2.お迎え
フィー――――――――!
耳をつんざく音がして、思わず耳を押さえた。
「うー――、何ですか?」
なんだっけ? 大興奮した子どもの高音。
どこから音が来たのか確かめようと首をめぐらせる。
壁に張り付いているムカデの、様子がおかしい。
「……ムカデ、止まってます」
さっきまですごい連動だった足が、硬直したように動かない。
「どー――――」
上の方から、音が近づいてくる。
見上げたとき、目の前を何かが通り過ぎた。
「っうら!」
かけ声と共にムカデを踏みつける。そのまま、ふわっと身体をひねって、ドームの上に降り立った。
うぐいす色の髪が、灰色を背景に鮮やかに広がる。
「……はぁあああああっ!」
奇声が出た。
ドームをすたすた降りた人影は、動かなくなっているムカデの頭と胴体のつなぎ目に手をかける。
「よーいしょっ」
かけ声と共に、くるっと頭をひっくり返すと、ムカデの胴体もぐるっと仰向く。ひっくり返しを繰り返し、ドームからムカデを引きはがしてくれた。
「シスー――!」
「おちびー――!!」
システーナのオーラは薄暗い場所でも、ぶわっと明るくするみたい。近づいてくるシステーナに飛びついた。そのまま抱え上げられる。
「シスー! 久しぶりです!」
「そうだな、おちび。お泥さまの座に行ったんだって?」
にいと笑いながら、でもなぜか私の身柄はニーノに渡された。
「システーナ、助かった」
「助けに来たからとーぜんだ。荷物はあたしが持つ。いったん枝に戻るぞ」
頷いたニーノはそのまま、まっすぐに枝の方向へ浮かび上がる。
太い枝には木漏れ日が当たって、大きなコケが花を咲かせていた。
荷物を背負ったシステーナが、ぴょーんと地面から飛び上がってくる。
「よし。まぁ、ここならいったん大丈夫だろ」
「ああ。しかし、驚いた。ここにいたのは偶然か?」
一ミリも驚いてない顔で、ニーノは枝の上に私を降ろす。丈の高いコケにふわーっと足が埋もれた。
「竜さまから、エレメントの力が足りないって連絡もらったんだよ。お泥さまの座からの帰りで、この辺だって教えてくださったから、ここ何日間か待ってた」
「おお、りゅーさま!」
両手を上げると、システーナが目を細める。
「いやぁ、エレメントの警報があってよかったぜ」
「シス、エーヴェたちを探しましたか」
「そりゃあ、この辺りってしか分かんなかったからな。あんなのに絡まれてて、ビックリしちまった」
「エーヴェもびっくりした。シス、とっても力持ち! ムカデがぐるんぐるんなってた」
ぐるんぐるんジェスチャーをすると、システーナは明るく笑う。
「そんなに重くねーよ、虫だから。でも、かったいから、脅かすのが大変だ」
脅かす?
「じゃあ、フィーってシスが言いましたか?」
システーナがにやりとする。
……あ、嫌な予感。
フィー――――――――!
近距離からの超音波攻撃で耳が痛い。
「貴様、やめろ」
「あっはっは! おちびが聞きたいって言うからさー」
「エーヴェ、言ってない!」
抗議しても、システーナはからから笑ってる。
「ま、何事もなくてよかった。あいつら、枝から落ちた動物を食べっから、空から降ってきた餌だと思ったんだろ」
おお、それは大変なことだ。
「ここには大きいムカデがいっぱいいますか?」
「いるっちゃいるが、あんなに大きいのは珍しーな。きっと賢いんだ」
「かしこい?」
「長生きしないと大きくなれねーから。小さいうちは、すぐに食われちまう」
「最初は小さいですか?」
もしかして、普通サイズのムカデから電車サイズになったのか? それは、とても怖い。
システーナは首をかしげて周りを見る。
「――あ、あの枝くらいかな」
三メートルはある枝を示されて、無言になる。大きいのから大きくなっても、やっぱり怖かった。
「まあ、あいつ、枝の上までは来ねーよ。心配すんな」
「……お? ムカデ、生きてますか?」
システーナはサーモンピンクの瞳を見張る。
「とーぜんだろ? ちょっと目ぇ回してただけだよ」
驚きだ。殺したとばかり思っていた。
「ニーノだったら殺せるだろーけど、しねーもんなぁ」
笑うシステーナに、ニーノは眉間にしわを寄せる。
「そんなことより、ここから邸まではどのくらいだ」
「三人で行くなら、二日はかかるな。だけど、備えが足りねーだろ? おちび背負って飛んで行け。まあ、一日で着くだろ」
「え? シスは?」
久しぶりだから、もっとおしゃべりしたい。
システーナは背中の荷物を指す。
「これ持って、追う」
なんと!
思わず、ニーノを振り返ると、軽くため息をついた。
「貴様の備えは十分なのか」
「はー? 貴様、誰に聞いてんだ?」
たしかにシステーナは旅してる時間のほうが長いから、心配要らないと思う。
ニーノは無表情に頷いた。
「それが最善か。頼む」
「任せろ」
にかっと笑うシステーナを見上げる。
「シス、邸で会います!」
「そーだな、おちび」
抱え上げて、頭をなでた後、ニーノの背中に移された。
「ロープは二日しか持たん。急げよ」
「お、分かった」
言葉を交わしたと思ったら、次の瞬間には、木の上に浮かんでいた。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。




