10.ジュスタの工房 二
竜さまが出ません……。
「おー――!」
つる草やこけに浸食され、ランが咲く緑の切り通しの先、見通しのいい斜面が広がっていた。
「この辺りの木はあらかた使っちまった」
おかげで、ジャングルではちょっと見かけない草原だ。花むらがぽつ、ぽつと落ちている。駆けよって、しゃがんだ。花はツユクサやシロツメクサに似ている。キンポウゲっぽい花もある。
竜さまの鱗は頭で支えて、両手でわやわやする。
――あいさつ、あいさつ。
たくさんの色が混ざって、かわいらしい。
「エーヴェ」
「はーい」
竜さまの鱗で眺めながら、ジュスタについていく。
踏みしめた感触が変わって、足下を見た。
石畳が敷かれている。
顔を上げた先は、今度こそ、思い浮かべる工房だった。
邸と同じ石材で作られた建物群。一部はこぢんまりしたドーム状の屋根を持ち、天体望遠鏡に似ているけど、望遠鏡じゃなくて煙突が出ている。
邸では見かけないしっかりした扉があって、内側は分からない。
ドーム屋根の向こうに、背の高い建物が見えた。大雑把な造りに見える。何かを保管する場所だろうか。
入口の脇に薪が積まれた工房の扉を押して、ジュスタが手招く。
中に入ると、おがくずの匂いがした。
「邸でも木の加工くらいはできるけれど、道具があらかたこっちにある」
のこぎりや金づち、のみやかんなが整然と置かれている。作りかけの椅子や食器もあった。
――胸がざわりとする。
隣は溶鉱炉、鍛冶。その隣は染料を作り、物を染める。その向こうは、繊維の加工と織機――。
こういうの、なんか、見たことある。マインクラフトだっけ?
ざわざわがどよめきに替わる。
――ジュスタ、超人じゃないですかー!
ゴザを織る器具の前でジュスタを見上げた。
「ジュスタ、すごい人……」
「そうだろ」
得意げに笑って、ふと真顔になる。
「はい。……ええ、すぐ近くです」
誰かと話している。口調からするとニーノだ。
きょろきょろと首をめぐらせるけれど、姿は見えない。
工房の外を見ようとして、ジュスタに呼び止められた。
「倉庫に行くぞ。おいで」
あの大きな建物だった。表に回ってびっくりする。
イメージは干し草小屋だろうか。そこに、竜さまのたてがみと毛と鱗が積み上げられている。
――鱗が積み上げられている!
戸を閉めたニーノは、こちらを振り向いた。
「昼食を持ってきた」
かかげた竜さまの鱗の上に葉っぱの包みを置き、ジュスタにも包みを渡す。
「俺にも?」
「溶鋼を見せてやれ」
「ああ――、はい」
許されない裏切りに、怒りに震えるところだけど、ニーノの肩を見て混乱した。
「ニーノ……ネズミ……」
小さなネズミが、ニーノの肩に後ろ肢で留まっている。
藍色の上に、枯れ草色の毛並みが、際立つ。鼻先がひこひこしているから、生きたネズミだ。
「木の実の場所を教えてくれるそうだ。夕食用に魚も突いてくる」
とてもマサイな槍を携えて、ニーノは歩み去る。
「いってらっしゃい」
のんきに手を振るジュスタを見上げた。
「ニーノ! ねずみ!」
鱗から滑り落ちそうになった包みを、ジュスタはすばやく取る。
「ニーノさんの知り合いだよ。取りにくい場所にある木の実とか、場所を教えて取ってもらうんだぜ」
――やっば。
空飛べて、魔法使えて、動物と意思疎通できるとか、チートじゃん。
「……ニーノ、すごい人」
「すごい人だよ」
「でも、悪い!」
「え?」
「あんなにりゅーさまのうろこあるのに」
指さし、不満にほっぺたが膨らんだ。
ジュスタがしゃがんで、竜さまの鱗をのぞき込む。
「エーヴェが拾った鱗は特に大きくて、きれいだな」
「うん! はい!」
竜さまの鱗を通った光が、ジュスタの睫毛に虹をかけた。
「竜さまの身体から得られるものには、すごく力がある。毛も、鱗も、たてがみも――。特に燃料としての価値が高いんだ」
「ねんりょう?」
――ってことは、鱗を燃やしちゃうの?
「一見熱を使わないように見える家具作りや織布でも、それを支える道具には、金属が欠かせない。道具の多くは刃物だからな。つまり、鉱石を溶かして金属を作るのは、とても大事な工程だ」
うん。それは分かる。
「もし薪で鉄を得ようとしたら、薪を取るだけで何日もかかるし、木の中の水分を飛ばすために何日も乾かすことになる。でも、竜さまの鱗は何もしなくても、とても高い温度で長く燃える」
「りゅーさまのうろこ、燃えるの?」
――火の側には行かないようにしなきゃ。
私の顔色を見たジュスタが、明るく笑う。
「だいじょうぶだよ。竜さまの鱗とエーヴェだったら、まだずっとエーヴェのほうが燃えやすい」
「えぇっ?」
それは、大丈夫だけど、大丈夫じゃないね?
「畏れ多い話だけど、たてがみを焚き付けとして使うんだ。簡単に燃えて、すばらしい高温になる」
へえ、化石燃料に近いあつかいなのか。
「だからって、たてがみ一本や鱗一枚で一工程が終わるわけじゃない。だから、ニーノさんがこうやって蓄えているんだ」
「ニーノが?」
ジュスタは立ち上がって、倉庫に向かう。
「毎日夜明け前に、ニーノさんは竜さまの洞の掃除をしている。そのときに、たてがみや毛があれば、取り分けておく」
種類が分けられ、あつかいやすいよう、くくられている。毛やたてがみ、鱗と比べて、爪は剥離片でとても少ない。
床は清潔で風通しも良く、絵に描いたような“大切に保管”だ。
「初めて見せてもらったとき、ものすごくわくわくしたよ」
――え?
蜂蜜がとろける。
「俺もエーヴェみたいに、ニーノさんに世話されたんだぜ? 物を作るのは俺の習性だから、小さい頃からいろいろと試行錯誤してたんだ。でも、竜さまのたてがみを拾って燃やしたのを見られたときは、絶対怒られると思った」
それは怒られても仕方ない。夕飯抜きになるやつだ。……なったことないけど。
「そして、ここに連れて来られた」
「――じゃあ、ニーノはずっと集めてたの?」
「そうなんだよ!」
ジュスタの表情が輝く。
「ただうち捨てるのが惜しいと思ったんだって。すごい量だった。感動した。――俺たちと違って、竜さまの毛はホイホイ抜けないからな」
「そーなの?」
倉庫を見上げる。大雑把な造りだと思ったけれど、作り手が違うからかもしれない。
外に工房ができる前から、倉庫はここにあった。
「俺がだいぶ使ったからなぁ……。もう、あのときの半分以下になってるんだ」
「え?!」
倉庫を見回して、両手でつかんだ竜さまの鱗を見つめる。
貴重な資源の意味が分かった。これも、大切な一枚なんだろう。
――でも。
大きな掌が考え込んだ頭をごしごしして、視界が左右に揺れた。
「難しい顔するな。それはエーヴェのだよ」
「……はい」
「ニーノさんだって、きれいだと思うから捨てたくなかったんだ。エーヴェと変わらない」
「……こたいさ?」
「そうそう」
許されても、なんとなく唇がとがってしまう。
「もし、ぜーんぶなくなったら、エーヴェの、あげてもいいよ」
明るい笑い声と一緒に、また、視界が左右に揺れる。
「エーヴェは立派だな」
「おお――、りっぱ!」
安心して、竜さまの鱗に顔をくっつけた。
冷たくてきもちいい。
そして、もうひとつ思い出す。
「あ……ニーノわるくなかった」
「そうか」
「すごくりっぱ!」
破裂するように笑って、ジュスタは何度もうなずく。
「よぉし。じゃあ、すごく立派なニーノさんの昼飯を食べようか」
「食べるー」
今日はジュスタと二人で食べられるから、とても楽しみだ。
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