22.またおいで
遅くなりました。
お泥さまのところから帰ると、もう夕ご飯の時間だ。
食堂に、みんなが揃っていた。
「もてなしは要らないと言ったが」
「ニーノちゃんはいいけど、俺たちが良くないんだよ」
「エステル、貴様まで」
苦りきってるニーノの言葉を、エステルは笑みで受け流す。
「感謝を表すのに、形が便利なこともある。すぐに戻るから、そう怒るな」
ため息をつきながら、ニーノがエステルから一つ空いた左隣に腰を下ろし、こっちに視線を向けた。
空いたところに座っていいってことかな?
エステルの右隣には、ルピタとプラシドがいる。
それぞれにお膳が運ばれてくる。川魚を、山椒みたいな実と煮込んだもの。レンコンととろとろ水草のスープ。ご飯も特別だ。色合い的に栗ご飯かと思ったけど、栗じゃない。ちょっと甘いけど、百合根みたいにほろっと崩れる。
「すごい! おいしい!」
レンコンは大きめに切られていて、かみ千切ると、ばーっと糸を引いて面白い。どうやったらこんな風に火が通るんだろう?
「よかった」
微笑むエステルは、スープに口をつけている。ルピタはご飯が好きなのか、もうおかわりをもらいに走って行った。
お腹が落ち着いてくると、みんなが演奏を始める。
カンデの歌にハスミンがドラムを打ち、ナシオとマノリトが即興で竹琴を合わせ、ロペを預けてフィトとノエミも弦楽器を弾く。カジョの琴はホントにすごかった。二人か三人で演奏してるみたいな音の数。腕がいっぱいあるって、本当なんだ。
感謝を表すって言ってたけど、お泥さまの座のみんなは根っから歌や演奏が好きで、楽しいみたい。
「お泥さまも聞いてるかな?」
アラセリとドミティラの太鼓に、うきうき踊りながらニーノを振り返る。
みんな好きに踊っていいから、ルピタもひょいひょい踊ってる。
「もちろん、聞いておいでだろう」
「どうだ、キミも弾いてみないか? ニーノ」
エステルの言葉にビックリして、ニーノを凝視する。
「ニーノも楽器が弾けますか?」
「――客分に演奏をしろというのか」
「ここは、主客の区別なく楽しむだけだよ」
あっはは、とプラシドが明るく笑う。
「ぜひ聞きたいな! 俺のを貸すよ、ニーノちゃん」
ルピタがプラシドの弦楽器を持ってきた。胡弓に似た形のやつだ。
仕方なく受け取って、ニーノはしばらく沈黙した。
「一曲しか覚えていないぞ」
確認するように何度か弓を当てた後、ゆっくり弾きはじめる。
しばらく耳を澄ませた後、エステルが歌った。
「竜さまがおめめをぱちり」
あ、ルピタが歌ってくれた歌だ。
囁くような歌声に合わせて、ルピタも一緒に歌い出す。
「夜来たお空にお星さまきらり」
みんなが次々に声を合わせて、ニーノの音を飾っていく。
子守歌は簡単な繰り返しで、最後は一緒に声をそろえた。
子守歌の後、エステルは家へ戻ったけど、演奏は続いた。
楽しくて、嬉しくて、眠りたくなかったけど、やっぱりいつの間にか眠ってしまう。
起きたのは寝台の上だったから、誰か運んでくれたみたい。
帰る朝だ。
まだ明け方の門の前に、エステルとプラシド以外のみんなが集まっていた。邸から持ってきたカゴが積まれているけど、数は行きより少ない。
「私たちはここで見送るよ」
水色の髪のドミティラと握手をする。
「あんまり遊べなくてごめんね」
「次来るときには、ロペとも遊んでやってな」
ノエミとフィトと握手をして、ロペに手を振る。
「これ、ジュスタに渡してくれるかい? いい色が出せたんだ」
ハスミンがにいと赤茶色の目を細める。深い黒の布だ。
「きれいです!」
「うん。次来たときは、一緒にいろいろ作ろう」
「はい!」
「また、か、狩りに行こう」
若葉みたいな色の目が、優しく笑っている。
「次は俺も行く」
ナシオもしっかり手を握ってくれる。
「なんの心配事もないときに、また会おうね」
アラセリが静かに微笑んだ。
大変な心境だったはずのアラセリは、いつでも温和に接してくれる。
「はい! アラセリ、よかったね」
「ありがとう」
「――では、行きましょう」
カンデとカジョ、それからルピタが外に行く格好だ。荷物持ちと道案内で、エレメントの所まで、一緒に来てくれる。
みんなとの挨拶を済ませたニーノが頷いた。扉が開く。
「みんな、またね!」
手を振って、歩き出した。
エレメントへ向かう間、どんどん心臓の音が強くなった。ルピタとおしゃべりしているのに、何を話しているのかよく分からない。
「へー、これがエレメント?」
気がついたときには、エレメントの前にいた。
白い卵になったエレメントを、ルピタはしげしげ見てる。
「そうだ。――少し下がれ」
ニーノが卵の先に手を置くと、白い竜の影が、ぐいっと頭を持ち上げる。
「帰るぞ、エレメント」
頭を二度なでられて、エレメントはやる気になったのか、首を持ち上げて羽を広げた。
「おおー! すごい!」
ルピタだけじゃなく、カジョとカンデも目を丸くしている。
「遠目で見たけど、こんなに大きかったのか」
「この荷物をどうすれば?」
「エレメントに運び入れる。――エーヴェ、挨拶を」
ニーノに言われて、背筋を伸ばす。
エレメントに先に入って、カゴを積み上げる役をするんだっけ?
「カジョ、カンデ、ありがとうございました。エーヴェ、楽しかったよ!」
「こちらこそ、楽しい時間だった」
カンデと握手する。カジョと握手しながら、ふと気がついた。
「見えない腕とも握手できますか?」
カジョは驚いた顔をして、笑う。
「本当に、面白い子だな。――ほら」
カジョの左手が導いた先で、何もないのに、手を握られる感触がした。温度もない。
「変な感じです」
「そうだろう? ありがとうな」
見える手で頭をなでられて、にっこりする。
最後に、ルピタを振り返った。
「タタン!」
「エーヴェちゃん!」
リュックにしまった竹とんぼを取り出して、前に出す。
「ありがとうございます! いっぱい遊ぶよ! エーヴェ、タタンと友達になれて……」
ぶわっと涙がこみ上げてきて、うーとうなり声が出た。
楽しい記憶がいっぱいで、離れるのがさびしい。
「エーヴェちゃん! ま、また来るよね! す、すぐ、来るよね!」
いつの間にか、ルピタの目からもぼろぼろ涙がこぼれている。
怒ったように、眉根が寄った。
「ニーノさんはね! カンデがこんなに大きくなるまで、ぜんぜん来なかったって! エーヴェちゃんは、また来るよね!」
お泥さまの座に来るのに、ニーノでも急いで七日かかる。
この世界で、隣の座に行くことは全然簡単じゃない。
「エーヴェ、今度はりゅーさまと来るよ!」
ごしごし涙をぬぐって両手を上げる。
「大丈夫! すぐだよ! また泳ぎます!」
「そうだよね! 来なかったら、わ、私が行くからね!」
ルピタも鼻をすすりながら、両手を上げた。
防音の魔法を断固拒否して、エレメントに入った。
エレメントの中に降りてくるカゴを並べ、エレメントのお腹にひっついているルピタと変顔して遊ぶ。
「エステルとプラシドのこと、助かった。本当に礼を言う」
「できることはしたが、後は貴様たちで見てやれ」
カジョ、カンデと握手を交わしてから、ニーノが入ってくる。
エレメントは一つ首をかしげ、ばたばたと羽を揺らした。
「――行くよ、ルピタ」
カンデに手を引かれるルピタに、すりガラス越しに手を振る。
「またね! タタン!」
「うん、またねー、エーヴェちゃん!」
ルピタの声は、ものすごい轟音にかき消えた。
空気を切り裂いて、エレメントが上空に浮かぶ。ルピタもカジョもカンデも、もう豆粒くらいに遠い。
耳を押さえながら、近づいて、遠のく座を見つめる。
座の広場に、楽器を演奏しているみんなの姿が見えた気がした。
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