19.癒えるということ
ちょっと長くなってしまいました。
鳴り竹は細く割った竹を連ねた輪を、三つ重ねてできている。竹の厚さや大きさによって音が変わるから、音を確かめながら、部品を作る。
二つ目の輪まで部品を作った頃に、ルピタがきらきらしてやって来た。
「エーヴェちゃん、はい、これ!」
「なんですか?」
渡された物は、竹と竹ひごがT字に組み合わさっている。
竹は双葉みたいだ。
「あ! もしかして、タタン作ってたの、これですか?」
「そうだよ!」
「色がついてる!」
双葉の一枚は赤く、一枚は黒く塗られている。
「こっちがエーヴェちゃんで、こっちが私だよ!」
感動してる間に、手を引かれて倉庫の外に出た。
「こうするんだよ!」
ルピタがびゅんと手をすりあわせると、双葉は空に舞う。
あー! これは、竹とんぼ!
「エーヴェもやります!」
手をすりあわせて、ルピタにもらった竹細工を飛ばす。
風を切りながら、竹とんぼは遠くに飛んでいく。
「すごいすごーい!」
ちゃんと飛距離が出るやつだ!
「どっちが遠くまで飛ぶかな?」
拾い上げて、二人で一緒に飛ばす。
遊ぶ途中で、どっちがどっちのか分からなくなったけど、おそろいだから大丈夫。
「これは、エステルさんが考えましたか?」
「プラシドだよ! 一緒に遊ぶと、だいたい水の中に落っことしちゃうんだよ」
お、それは注意しなければ。
「ありがと、タタン! エーヴェ、いっぱい遊ぶね!」
満足して、もう一度双葉を見て、はっとした。
「おお! タタン! タタンとエーヴェの色、お泥さまと一緒!」
「わ! ホントだ! 竜さまの色だ!」
素晴らしい一致に、うぉほっほをする。
不思議そうな顔をしながら、ルピタも真似して飛び回る。
「ねえねえ、エーヴェちゃんのこの踊りは、何の意味?」
「これは、楽しいときにお骨さまが踊ったんだよ!」
「おほねさま?」
「なんと! エーヴェはタタンにお骨さまのことを話していません!!」
お骨さまの話をルピタにする。
何度も話してるから、お骨さまの話は得意だ。
「面白い方だね、お骨さまって! エーヴェちゃんはいろんな竜さまに会ったことがあるんだなー!」
「タタンも旅したらいいです! お骨さま、タタンに会ったら絶対に喜ぶよ!」
きっと、一生懸命名前を覚えてくれる。
「でも、竜さまと離れるの、やだな。砂漠って水がないんだよね? 竜さま、一緒に行けないよ」
「おどろさま、日なたぼっこ好きです。水から出られませんか?」
ルピタと並んで、地面から浮き上がった竹の根に腰を下ろす。
「分かんない。昔ね、エステルとプラシドは竜さまと一緒に筏で旅したらしいよ。その時は、こんな風に家を建てないで筏の上で暮らしたんだって」
「それは素敵です」
今も十分お泥さまは身近だけど、もっと親しい感じがする。
「でも、こんなに家があって、人がたくさんになったら筏で暮らすのは難しいよね?」
腕を組んで、ルピタは想像をめぐらせている。
「大きな筏で、家も乗せて行ったらとても素敵!」
「うわぁ、いいね! いつでも竜さまに演奏できるよ!」
「きっとおどろさま、きらきらするよ」
日が暮れて道が見えなくなるまで、二人でお泥さまの話をした。
*
「わー! 止めて止めて、痛い痛い!」
ニーノがゆっくりプラシドの膝を動かすと、本気なのか大げさなのか分からない悲鳴が上がる。
「痛いのはいいことだ。自分の足だと分かる」
「自分の足、こんなに痛くないもん」
「徐々に動かせる範囲を広げていく。足の指に力は入るか?」
プラシドの苦情をニーノは取り合わない。
ニーノが足の指に手を添え、プラシドが力を入れる。
しばらくして、ニーノが頷いた。
「その調子だ。――カンデ、貴様もよく覚えておけ」
カンデと場所を変わり、リハビリの進め方やマッサージについて伝える。
「もみほぐしは他の者も練習するといい。こういう状況でなくても役に立つ」
「そうですね。ありがとうございます」
「二人とも! 俺の痛みを無視しないで!!」
きゃあきゃあ言ってるプラシドはみんなから冷たい目で見られて、ちょっとかわいそうだ。
「プラシドはいつもぎゃあぎゃあ言うから、誰も心配しないんだよ。いちばん痛いときに、取っておくといいよ!」
「ルピタ、本当に? 俺がんばる……痛い痛い!」
すぐに叫んでる。
こんなに痛みに弱いのに、具合悪いのを隠してたなんて信じられない。
「いいか、プラシド。常に足の指先や全体を動かすことを意識しろ。自分で立つことは、お泥さまの付き人に必要だ」
これにはプラシドも、神妙な顔で頷いた。
「あと、泳ぐのも大事です!」
「そうだね、エーヴェ」
「歩けるようになったら、一緒にエステルのお見舞い行こうね!」
ルピタの応援に、プラシドは嬉しそうに笑った。
「――エーヴェ、ついて来い」
「お? はい!」
ルピタとカンデをプラシドの家に残して、ニーノと一緒に行く。
方角的に、エステルの家だ。
エステルは、寝台の上で座れるようになった。柔らかい物しか食べられないけど、日に日に顔色が良くなっている。
「貴様も体力が落ちるから、前と同じに動くには少しかかる」
一通りエステルの調子を見て、ニーノが言う。
「そうだね。元通りになるまで、君を付き合わせるわけにはいかない」
そうか、帰る時期の相談だ!
エステルが幽かに笑う。
「率直なところを聞きたいが、私はあとどのくらい生きられる?」
ニーノはしばらく無言だった。
「分からない。経験的に言えば、貴様はすぐに死んでも不思議ではない。貴様が生きているのは、竜さまがたのお力だ。血にしろ、臓器にしろ、どんな影響をどの程度及ぼすのか……」
ふふっとエステルは笑う。
「本当のことらしい」
「――人の身体と考えはつながっている。腫瘍を抱えていたときと、今の考えは異なっていないか?」
ニーノの突然の質問に、エステルはまたたいた。
「なるほど……。的確だ」
影の差した部屋で、紫色の瞳がほとんど黒っぽく見える。
「腫瘍がなくなり、しかも竜さまのお力を注がれたとあらば、この変化も不思議はないのかな」
「何か変わりましたか?」
エステルが頷く。
「はやく竜さまにお目にかかりたい。――ぜひお礼を」
「おお――! よかった!」
みんなエステルを好きだから、エステルが生きる気になったのはとても嬉しい。
夕闇色の目が笑う。
「私は――自分が竜さまを害することを恐れていた」
「お?」
「――竜さまを害する?」
ニーノの声は静かだけど、ちょっととげとげしい。
「竜さまは素晴らしい。だが、私がいないときにも竜さまは他の人間と接し、私以外が竜さまの感情に触れる。人が増えれば増えるほど、その割合は増えていく。それがとんでもなく腹立たしくて、衝動が日に日に募った。料理に毒でも入れるかと」
……は?
エステルは笑顔のままだ。
「しかし、座の者が死ねば、竜さまはとてもとても悲しむ。それは知っている。つまり、私が死ねば、竜さまを悲しませる可能性が消える――まぁ、そう思ったわけだが」
極端! エステルさん、極端だよ!
「……変わったか」
ニーノが溜め息みたいに吐き出す。
ホントだよ! なんてことを考えているのか!
「竜さまのお力は生殺与奪を握っている。私が思い詰めたときは、竜さまの力で生き延びたこの身体は死ぬだろう。――満足だ。これで安心して生きられる」
……はー?
よく分かんないぞ?
頭の周りにはてなが飛んでる感じがする。
「――それだけ話せれば上出来だ」
ニーノの言葉もビックリだ。
「生きることだ。――また変わることもある」
「そうだな」
エステルは口の端をきれいに持ち上げた。
「それを希望というのだろう?」
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