18.謎、深まる
遅くなりました。話の切れ目が分かりません。
倉庫に行くと、ハスミンは染め物ホールの先の小部屋を、さらに抜けた部屋にいた。
独特のにおいがして、鼻の頭にしわが寄る。広くて扉に窓もある部屋だけど、生臭いのと鼻を刺すような匂いがする。
「ハスミン! エーヴェちゃんが鳴り竹を作りたいんだって!」
「ああ――、鳴り竹を?」
一段低くなった場所で作業をしていたハスミンが、顔を上げる。
「お! スベンザの皮?」
マンガのとげとげした吹き出しみたいに広げられた皮の側で、ハスミンはヘラを手にしている。
「そう。きれいに脂を取って、腐ってしまわないようにするんだ」
「エーヴェちゃん、黒い竹が使いたいんだよ。エステルが材があるから、ハスミンに聞けって」
「うーん、そうか。ちょっと待って」
ハスミンは皮と自分の手を見て、空を見た。
「ちょっとさぁ、手が空いてたら、エーヴェに鳴り竹の作り方を教えてくれないか?」
お! これはテレパシーの予感。
しばらくやりとりして、ハスミンがこっちを見る。
「ナシオとマノリトが来る。ルピタ、作業部屋にエーヴェを案内して」
「分かった!」
ハスミンの皮の加工にも興味があるけど、ルピタが早く行きたそうなのでついていった。
確かに鼻がくたびれている。
倉庫は、入ってすぐが染料の部屋、その隣が三階建てになっている。一階は皮を加工する側につながっていて、二階が染料にも皮にもつながり、三階は屋根裏みたいに狭い。
前は気づかなかったけど、鱗の実験をした部屋から材を置く部屋につながっていた。
「ここ、いろいろあって楽しいけど、埃っぽくて危ないから、大人と一緒に入るんだ」
薄暗い材置き場をのぞき込みながら、ルピタが教えてくれる。
「全部竹ですか?」
「木と竹だよ! ときどーき、木も取りに行ったりするんだよ」
「ほー!」
「――こら。ここは危ない」
落ち着いた声がした。ナシオとマノリトが部屋に来ている。
「見てただけ! エーヴェちゃんが鳴り竹作りたいんだって!」
「ハ、ハスミンから聞いたよ」
ナシオが材置き場に入ってる間に、マノリトが道具を用意してくれる。
「ナシオとマノリトは、鳴り竹の作り方知ってますか」
「み、みんな作れるよ」
「ルピタはまだ作ったことがないぞ」
黒い竹の束を抱えて、ナシオが戻ってくる。ルピタはぷうとほっぺたを膨らませた。
「私はエステルに教えてもらうんだよ!」
「分かった。――材はこれだが、はじめからこれを使うのは難しい」
ナシオが机の上で束を解いて、竹を選び始める。
「エ、エーヴェは、竹を削ったことはある?」
「ないよ。木とかつるとかは切ったり削ったりしてる」
マノリトから、黒くない竹を渡された。
切り方、削り方、割り方を順にやって見せてくれるので、真似してみる。
「――き、今日はここまで。す、少しずつ、作ろう」
「夕方には手が空くことが多い。倉庫に来るようにする」
ナシオとマノリトも一緒に集落に戻る。
「タタンは何を作ってますか?」
マノリトが教えてくれる間、ルピタも何か作業をしていた気がする。
ルピタはにーっと歯を見せて笑う。
「ふふー! 内緒!」
「お? なんでー?」
「内緒だから内緒!」
ぶう、とふてくされると、大人二人が笑った。
翌日から、朝の水遊び、午後のお見舞い、夕方の鳴り竹作りが日課になった。
ニーノはエステルとプラシドの経過を見ながら、他の人も様子を見ているみたい。カンデと話しているところもよく見かける。
エステルは少しずつ食事が変わって増えるくらいだけど、プラシドは五日後には固定具を外していた。外すときにはニーノとケンカしてたけど、今はリハビリを始めている。
「プラシド、丈夫だね」
「竜さまの唾液のおかげだろう」
ニーノは苦々しい顔で言っていた。
やっぱり心配性なのです。
鳴り竹作りは、たいていナシオとマノリト、ときどきどちらか一人が見てくれた。ルピタは、二回に一回くらいどこかに行ってしまう。
「ル、ルピタは、動くのが好き」
マノリトがにこにこ教えてくれる。
ナシオとマノリトはすごく仲が良い。どっちも言葉少ななのに、必要な道具をすっと手渡したりする。
「俺とマノリトは落ちた時期が近い。よく一緒に遊んだ」
「そう。ナ、ナシオは無口だ。だから、い、いろいろ推測した」
「話さないのは、お前もだぞ」
答えながら、鉋をマノリトに渡している。
二人は兄弟みたいな感じなのかな?
でも、座に来た人はみんな兄弟姉妹なのかもしれない。
ジュスタはお父さんの気分もお兄さんの気分もあるけど、システーナは親戚みたいな気分だ。
ニーノはお父さんかなぁ? もっといいのがありそうだ。
*
今日はお泥さまと一緒にひなたぼっこしている。ルピタと泥人間になって、赤いお腹の上で大の字だ。
お泥さまはお日様が好きなのか、三日に一回はひなたぼっこをしているらしい。
――お腹、ぽかぽか。
お泥さまの呼吸に合わせて、身体が上がったり下がったりする。
「おどろさま、お腹出してて危なくないですか?」
「だいじょーぶだよ! 赤は怖い色だもん!」
警戒色ってことかな? お泥さまは毒も出せるから、ぴったりだ。
そもそも竜さまなので、怖い物なんてない。
そこで、急に思い出した。
「おどろさま、りゅーさまのお名前知ってますか?」
すっかり忘れていたけど、他の竜さまなら、竜さまの名前を知っているんだ。
――エーヴェの親竜の名前か?
「はい!」
様子を見ようとしたのか、お泥さまの首が腹筋みたいに持ち上がったけど、お腹は見えなかったみたい。結局、元の体勢に戻る。
――あやつは名前を封印した。わしは年若い。分からぬ。
きょとんとして、身体を起こす。
お泥さまの顎が見える。
名前を封印?
なんだなんだ? 封印とか、物騒な響きだ。
「おどろさまじゃなかったら、誰が知ってますか?」
他の竜さまに聞けば、すぐ分かると思ったのに。
――あやつより長じているのは、もはや古老だけ。
「なんと!」
古老の竜さまに会わないと、竜さまの名前が分からない!
「わ! エーヴェちゃん! 大変だよ!」
「はい! 大変です!」
古老の竜さまなんて、会うのが難しそうな気がする!
「泥が乾いちゃう!」
「――おお!」
さっき急に動いたせいで、そこここで泥がはげている。
緊急の問題を解決するために、ルピタと泥に飛び込んだ。
五章終盤です。長くなってます……。
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