17.平和な日
昼ご飯といっても夕方近くで、あとはもう休憩することになった。
「エーヴェ、部屋に戻るぞ」
「はい」
立ち上がったところに、ルピタがやって来る。
「エーヴェちゃん、大丈夫? 悲しいの?」
「タタン! ちょっと悲しいけど、大丈夫。エーヴェはスベンザ、好きだよ」
ルピタはにっこりする。
「よかったー! 明日また泳ごうね!」
「はい!」
ルピタはハスミンと部屋に戻っていく。
ニーノに手を伸ばしたら握ってくれたので、二人で家へ向かった。
鳴り竹の音がする。とんとんと、軽い音を立てる竹の床も、すっかり馴染んだ。
ニーノを見上げて、今回の狩りの報告をする。
「ニーノ、狩りは大変なことでした。邸で狩りをしないのは、大変だから?」
「それもある。スベンザのような大きな動物を狩るには、こちらも危険がある。小動物ならば危険はないが、その分たくさん殺さなければならない」
「んー……、やっぱり殺すのは嫌です」
スベンザの悲しそうな声を思い出す。
「そうだな」
「でも、みんなは全部食べます。腱を弦にしたり、毛皮を使ったりします。立派」
ちゃんとスベンザの死に向き合ってる感じがする。
「人は、他者から力を得る」
「お! 前にジュスタが言ってたよ。力を借りてくるって。道具を作るのと、狩りと、似ているところあるんだね」
ナイフをくれたときに、自分の形を覚えておこうと言っていた。借りてきた力がどれだけか分かるように。
「人はよく借りてきた力を使う。それは人の特性だろう。だが、貴様は殺すのは嫌だと言う。それも人の特性だ」
「はい」
「二つがせめぎ合って、ここまでにしようという心が生まれる。貴様が悲しんだのも、力を借りたのも必要なことだ」
「ここまでにしよう? ――あ、マノリトがワニの卵は三個までって言いました」
ニーノは頷く。
「貴様は子どもだ。ここまでが分かるはずがない。だからこそ子どもは、影響が小さくできている。だが、もし大切なものに関わるならば、長く生きている者の知恵を借りてもいい」
「りゅーさま!」
「そうだが……人のことは人に聞け」
竜さまは何でも知ってるわけじゃないのか。
「何にせよ、下手な真似をせず帰って来た。今日はしっかり休め」
まだ、夕陽にも早い時間だったのに、部屋に帰って竜さまの鱗を安置すると、こてんと寝てしまった。
次の日、ルピタと泳ぎに行く。お昼ご飯のあとで、エステルの家にお見舞いだ。
「エーヴェ、鳴り竹作りたいです」
「鳴り竹?」
エステルは、首を軽く傾ける。
「りゅーさまへのお土産」
「お山さまのところには、鳴り竹ないの?」
カヤツリグサの腕輪を交換し終わって、ルピタがこちらを見た。
「ないよ。エステルさんの家の鳴り竹は色が違います。音も良いです」
「慧眼だな。竹の種類が違って、音が響く」
「けいがんって?」
「物を見る力が強くて、他の物と区別できるってことだ」
ルピタに丁寧に説明して、紫の瞳がまたこちらを向く。
「ちょっと離れたところに生えている竹だが、たぶん倉庫にまだ材が残っている。ハスミンに聞けば、作り方も知っているよ」
「みんな鳴り竹作れますか?」
エステルはゆったり頷く。
「私が作り始めたけど、難しいものじゃないからね」
「エーヴェちゃんは、ものを作るのが好きなの?」
「好きだよ!」
ルピタは目を丸くする。
「へー、私は竜さまと泳ぐのがいちばん好きだよ」
「エーヴェもりゅーさまと遊ぶのがいちばん好きだよ!」
ふわっとエステルが笑った。
「誰だって、竜さまと一緒にいるのがいちばんさ。でも、興味はいろいろあるからね。倉庫に連れて行ってあげなさい、ルピタ」
「うん! あ、でも、その前にプラシドの所行くんだよ!」
「エーヴェもプラシド会いたい!」
エステルに手を振って、家を出た。
プラシドの家は丸い屋根の家に近いから、倉庫は通り過ぎてしまう。近道だからと、ルピタが田んぼに沿った道を案内してくれた。
青い葉の上を通り抜ける風を眺め、作業をしているナシオとマノリトに手を振った。
「プラシドー、来たよー!」
「ルピター! エーヴェ! よく来たねー!」
部屋の中にはニーノとカンデがいた。
「お? 治療ですか?」
「いや、話していただけだ。入って構わない」
プラシドはエステルと比べると、ずっと元気だ。
「何話してたの?」
「これから、どう変化するか。プラシドがすることは何か、という話だ」
「だから、もう動かす練習していいよね」
「無茶を言うな。骨が固まるのにどれだけ時間がかかると思っている」
要約すると、早く動きたいプラシドと、たしなめているニーノみたい。
「あと八日は固定具を外せない。それから、なまった足を動かす練習をすることになる」
「退屈すぎるよー」
上半身だけじたばたするプラシドを、ニーノとカンデが冷たい目で眺めている。
「プラシド! エーヴェちゃんとお見舞い来るから、頑張れ!」
「うわ、ルピタは優しいな!」
プラシド、にこにこ。
「縄編みでも弦よりでもできる。明日から、作業できるように準備する」
「えー、仕事なのー!」
カンデには、大げさに嘆いている。
うーん、いつも騒いでいるから、プラシドはあんまり心配な感じがしない。
「プラシド。貴様の右膝は借り物だ。それを使って歩くには、相応の努力がいる。焦る気持ちも分かるが、気を大きく持て」
「分かってるよ。ニーノちゃんの言うこと聞きまーす」
ニーノが溜め息をついた。
プラシドは、リハビリが大変なのか。
入手方法は不明だけど、関節を移植したわけだもんな。
「プラシド、頑張ってね! ニーノはプラシドの足切らないように頑張ったよ!」
一瞬、きょとんとして、プラシドが感動の面持ちでニーノを見る。
ニーノはすでに眉間にしわだ。
「そっかぁ、ニーノちゃんが俺のために頑張ってくれたから、この足があるのか! 俺、頑張らなくちゃ!」
「――うるさい。感動するなら静かにしろ」
ニーノは渋面だけど面白くて、ルピタと大笑いした。
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