15.帰っても狩りは続く
カラカラカラ……
安心する音が聞こえてくる。
橋を渡って門の前に着き、声をかけると、ロペを抱いたフィトが扉を開けた。
みんなに見慣れると、白い肌のフィトにちょっと驚く。
「おかえり、遅かったね」
「ああ、まあ無事だ。ロペー! 元気かなー?」
カジョがロペをのぞき込んで、表情を崩す。大人たちはそれぞれ、フィトとロペに挨拶する。ロペはぶんぶん両手両足を振っているけど、上の方の出来事なので顔は見えない。
「小さい二人もおかえり」
「はい! 草持って帰ったよ!」
フィトがしゃがんだので、ロペが見えた。
薄茶色の髪が、全部上に伸びてておかしい。
「ロペー! ワニの卵だよ!」
ルピタはそうっと卵を取り出して、ロペの目の前にかざす。
「ワニのたまごだってー、すごいねぇ、ロペ」
ロペは卵が見えているのかよく分かんないけど、勢いよく手を伸ばしてくる。
「おっと! 割れると危ないから、もうしまって」
「うん!」
ルピタはまた丁寧にカゴにしまう。
「ノエミはどうした?」
「ちょっときついみたいだから、部屋で休んでるよ。ニーノさんが見てくれてる」
カンデに答えながら、フィトは立ち上がる。
「あ、ぶぁ!」
ロペがまだこっちを見てる気がして手を振ると、また両手両足をぶんぶんした。
赤ちゃんは、何を考えてるか分かりません。
「ノエミ、元気ないの?」
ルピタの言葉にフィトが振り返る。
「子どもを産むのは大変だからね、まだちょっと疲れてるんだよ」
「元気になるといいね」
「スベンザの血があるから、ノエミにもきっといい」
カンデの言葉に、フィトが嬉しそうにした。
狩りに行ったみんなで、高床式じゃない台所に獲物を運び込む。
カジョがハクビガンの羽をせっせとむしる。ドミティラとマノリトが、スベンザの頭を開けて目玉や脳や舌を切り出したり、肉をさらに細かく分けたりする。
ルピタと私は、カンデに呼ばれた。
「エーヴェはカゴをそこに置いて。ルピタはワニの卵をどうする?」
「中身がとろとろにゆでる!」
「じゃあ、お湯を沸かしてくれ。エーヴェは取ってきた草を洗って、傷んだものとより分けて」
「はい!」
ルピタがかまどに火をおこして、水を用意するのを横目に、大きな桶の中に水瓶から水をくんで、草を洗う。枯れた葉っぱを捨てていると、特徴的な香り。
「これはセリだよ。元気がない人には、とてもいい草だ」
「セリ!」
春の七草だっけ? 今の季節がちょっと分からないけど、食べられると言われたんだから、大丈夫。いい香りなのも納得だ。
カンデは竹筒のフタを開けて、中を確認している。
「それ、マノリトが取ってた血です」
「うん。ちょうどよく固まってる」
竹筒を差し出してくれたので、指で押してみる。
指の先に血が付かない。ぷにっとしてる。
「これをゆでると、食べやすくなる」
「おいしいですか?」
味の想像がつかないな。
「スープに入れて食べるんだ。味はほとんどしない。食感が独特なんだよ。今日は脳もあるから、豪華なスープになるね」
「おう……」
薄々そんな気がしてたけど、脳も食べるんだね。まあ、豚の脳みそなんて、白子みたいな感じだし、きっとおいしいんだろうな。
「スベンザ取れたって?」
明るい声がして、ハスミンが駆け込んでくる。
「待ってたよ、腱が欲しいんでしょ」
「お、やるやる! ――ぎゃー! 毛皮放置してるー!」
肉の解体へ走って行って、悲鳴を上げてる。なんか楽しそう。
「カンデー! 沸いた!」
ルピタから声がかかって、カンデは竹の筒から血の塊を取り出し、お湯の中に入れる。きれいにつるっと取れるのが気持ちいい。
「ワニの卵はそのカゴに入れてゆでるといいよ」
「はーい」
「ぉわー! ハクビガンも取れたのか! すごい!」
あっちでもこっちでも、みんなが作業をしてるから、おろおろする。
ハクビガンをさばいてるカジョが気になる。とっても作業が早いから、もう終わりそう。
羽を集めてるマノリトが気になる。何かに使うのかな?
スベンザの後ろ肢を開いてるハスミンが気になる。楽器の相談してたから、弦に使う腱を取りに来たのかな?
ドミティラは……あー! スベンザの頭がゆでられてます!
「なんと……なんと。やることいっぱい……」
「エーヴェちゃん! ワニの卵届けに行こ!」
挙動不審になっていたら、ルピタが助けてくれた。
「行きます!」
そういえば、もうお日様は空高く昇っている。お腹もすいていた。
水辺の道をエステルの家へ向かう。
「よかったね、タタン! 狩りに行く前に、言ってた通りになりました!」
「うん! これでエステル、元気になるよ!」
ゆで卵三個を入れたカゴを、ルピタがキラキラした目でのぞき込んだ。
エステルは少し顔色が良くなっていた。褐色の肌とか見たことがなかったけど、血の気が戻った感じがする。
「スベンザを狩りに行ったそうだね」
アラセリの手を借りて身体を起こしたエステルを見て、ルピタの顔も明るくなってる。
「エーヴェは狩り初めてで、とてもどきどきした」
「うん。それは、どきどきするな」
「エステルにお土産だよ!」
大事に持ってたカゴを、ルピタが差し出す。
「ワニの卵じゃないか」
「私が――みんなで取ったよ!」
お、ルピタ、言い直した。
エステルはそっと卵をなでる。
「そうか、どうもありがとう、ルピタ」
「これで、エステル元気になるよね!」
勢いが激しいルピタに、エステルが首をかしげる。
「私が熱出したとき、エステルがワニの卵くれて、元気になったから。エステルも元気になるよね。――元気になろうとするよね?」
しばらく瞬きを繰り返して、エステルは幽かに笑う。
ルピタを手招きして、頭に手を置いた。
「心配をかけたね。ルピタ、悪かった」
「あ――、謝ってもダメだよ! 元気にならないとダメだよ!」
ふふっと肩を揺らして、エステルはアラセリを見る。
「この卵を器にあけてくれ。ルピタは厳しい」
「自業自得よ、エステル」
アラセリも笑いながら、器に卵を移して匙と一緒に持ってきてくれた。
エステルがゆっくり卵を口に運ぶ。ルピタは固唾をのんで見守ってる。
「――おいしい?」
「うん。久しぶりの味だ」
まだたくさん食べられないのか、エステルはゆっくり卵を食べる。
「二つは多いから、二人で分けて」
アラセリに言われて、ルピタと半分こした。
……卵って、ゆでただけでこんなに美味しかったっけ?
黄身が濃くて背筋が伸びる。
「エーヴェ、元気!」
「おいしいー!」
笑ったルピタに、心が明るくなった。
やっと一段落つきました。
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