13.ワニの卵
二日空きました。お待たせしました。
「おうおおうお、タタンがいません!」
竜さまの鱗に気を取られてる間に、こんなことが起きるとは!
あわあわしていると、マノリトが地面に顔を寄せる。
「だ、大丈夫。お、落ち着く」
「見つけた?」
カンデの言葉にマノリトが頷いた。
「マノリトは追跡の名人だ。目を離したのはちょっとの時間だから、まだ追える」
「お、追いかけます!」
慌ててマノリトの後について行く。
しばらく慎重に歩いてたマノリトが振り向いた。
「エ、エーヴェ、離れないで。き、気をつけるけど、ここはワニが多い」
「ワニ! わ、わかった離れないよ!」
マノリトの簑の先をしっかり握りしめて、周囲を警戒する。
あれ? マノリト以外の大人がいない。
「マノリト、みんなは?」
「みんな、ほ、他の場所から来てる」
他の場所?
首をかしげたとき、葦原の向こう、すこし砂が続いている場所にルピタがいるのが目に入った。
「タタン!」
呼びかけると、ルピタが顔を上げる。掘っていたのか、顔まで砂が散っていた。
「エーヴェちゃん! マノリト!」
「どうして一人で行っちゃいましたか! エーヴェ、びっくりした!」
近づいて、掘っていた穴とルピタの顔を見比べる。
ルピタは思惑が外れたような顔だ。
「何を探してますか?」
「――ワニの卵」
口がへの字になってる。
「あ、エステルさんにあげます」
「そうだよ! 私がとってあげるんだ!」
「おお」
ルピタの黒曜石の目がうるうるした。
「プラシドは怖がりだからちゃんと逃げるけど、エステルは怖がりじゃないから、死の前でも立ち止まってる気がするんだよ」
「なんと!」
エステル、ばれてるよ!
「熱が出たときね、エステルがワニの卵持ってきてくれたんだよ。これで元気になるよって言われて、ホントに元気になったんだ」
話しながら、一生懸命、穴を大きくしている。
「だから、私もエステルにワニの卵あげるの。ニーノさんじゃなくて、カンデじゃなくて、私があげるの!」
手術が終わって一安心だと思ってたけど、ルピタはまだ心配なんだ。ずっと具合が悪いエステルを見てたんだから、私より心配に決まってる。
それに、本当にエステルが大好きなんだ。
「でもねっ、ワニの卵、見つかんないんだ」
最後のほうは涙声だ。
周りには、四箇所も掘った跡がある。
「る、ルピタ、な、泣いても見つからない。い、一緒に探そう」
マノリトに背中をとんとんされて、ぐしぐし顔をぬぐってたルピタが顔を上げる。
「エーヴェも探すよ!」
「わ、私が取るんだもん!」
「る、ルピタ、狩りは一人でできない。み、みんなの獲物」
「……そうかなあ?」
ルピタは不服そうだ。
「みんな、や、やることがある。ひ、一人いないと、それだけで、か、狩りはとても難しい。みんな、いるだけで、だ、大事」
狩りがうまいマノリトの言葉は、説得力がある。
マノリトによると、ワニは地面に卵を埋めない。泥や枯れ葉を積み上げたり、川の土手に穴を掘ったりして、巣を作るそうだ。
「じゃあ、砂を掘ってもダメだったんだね……」
「でも、よ、よかった。す、巣の近くはワニが卵を守ってるから、とてもあ、危ない」
水辺を歩くのは、草の丈が高くて大変だ。
短い距離かもしれないけど、とても長い道のりだった気がする。
マノリトが身を低くしたまま、指をさす。
「あ、あれ、ワニの巣」
水辺のすぐ近く、少し盛り上がった場所があって、水鳥の巣にそっくりだ。
「る、ルピタ、卵取るのは多くても三個。わ、ワニの卵は、ねらう生き物多い。ちょっとにする」
「分かった」
水辺から遠回りして、巣に近づく。
気をつけても、草を踏んで音が立ってしまうのに、マノリトは本当に静かで、息の音も聞こえない。
ワニが守っているかなと首をめぐらせるけど、よく分からなかった。
水の中にいるのかもしれない。
ウー――ロロロロロロロロロロ……
「お?」
この声はカジョじゃないか?
ばちゃんばちゃんと、派手な水音もする。
「い、急ぐよ」
マノリトに急かされて、巣へ走る。
ワニの巣は乾いた草がたくさん敷き詰められていた。きれいに卵が並んでいる。鶏の卵より、二回り大きい。
巣をのぞくのって初めての経験だけど、本当に大事にしているのが伝わってくる。そっと卵のてっぺんをなでなでした。
ルピタがそーっと卵を抜き取って、二つ抜き取って……。
「エーヴェちゃん、一つ持って」
「お! はい!」
片手には余る大きさ。
ルピタが両手に一つずつ、私が一つで三つだ。
用事が済んだので、素早くそこから離れた。卵を包む掌に、温かさが伝わってくる。
今、小さいワニが出て来たら、どうしよう?
どきどきする。初めて見たワニの巣や卵に、大興奮だ。
「ワニの卵がほしいなら、ちゃんとそう言いなさい! 一人で行ったら、自分がワニに食べられるところだったよ!」
「ルピタはお口があるのに、どうして意見を言うのをさぼったの?」
合流したカジョとドミティラに怒られて、ルピタは口を尖らせている。
「一人で取ってきて、エステルにあげたかったんだもん」
「一人で取れましたか?」
「……取れなかった」
「ルピタはまだ分からないことがたくさんあるんだから、いっぱい相談してくれ、な?」
カジョが目線を合わせて、まだほっぺたが膨れているルピタも、こくんと頷く。
「ごめーん」
「なんじゃ? その言い方は」
「ごめんなさい……!」
「よし! じゃあ、帰るよ!」
「はーい!」
小さなカゴを両手で抱えて、ルピタは声を上げる。カゴの中には割れないように枯れ草をいっぱい敷き詰めて、卵が入れられている。
「よかったね、タタン!」
「うん! ありがとう、エーヴェちゃん!」
目線まで掲げたカゴを見る目がきらきらしている。
「エステルに二つあげて、プラシドに一つあげるよ!」
「ほらー! 急ぐよ!」
ドミティラが声を上げる。
二人で、声をそろえた。
ちょっとうまくいきすぎですが、ルピタの気持ちが通じたんだと思います。
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