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長い冬も後半に差し掛かり終期から新期へと移り変わった或る日の事。
「雑煮が食べたい」
年が明けたら無性に雑煮が食べたくなった。だが、この世界で米の類は見た事が無い訳で、無いとなると余計に食べたくなるのが人の性と言うものだろう。
「ぞーに?ぞーをにて食べるの?」
「ぞうって何です?ミレーヌは知っていますか?」
「さあ?ブレッドが生まれ変わる前の食べ物なんじゃない?」
当然と言えば当然のように嫁三人は知らなかった訳で・・・・・
「俺の前世の国では新年に殆どの人が食べていた物なんだけど、こっちには無いんだよなぁ・・・・・」
「ブレッド様が作り出せないのでしたら不可能なのでは?」
無いなら作れば良いじゃないと言う訳で、雑煮は作れないが似たような物と言う訳で『力うどん』を出してみた。
醤油味の出し汁に四角い切り餅・・・・・うどんは見なかった事にすれば雑煮っぽいと言う事で食べてみた。
「まぁ、雑煮じゃないけどこれはこれで旨いから良いか」
「みよ~んってのびておもしろいね!おいしいし!」
で、何故か新年には『力うどん』を食べる事が未だ名も無い俺達の国の風習になった。と言うか何時の間にかなっていた。『やっぱこいつを喰わないと年が明けた気がしねぇよな!』なんて感じで。
それはさておき、鉱山都市では当初懸念されていた人族と魔族の諍い等も殆ど無く過ごして居る。特にお姉さま方の活躍は目覚ましく、厳つい見た目の職人達を叱り飛ばしては周囲の者達から笑いを取るなど、町全体のムードメーカーとなっている。
年越し前には移住者全員の家も形だけは整い、現在は春にやってくる魔族のための家を修復中だ。
約百名の魔族の移動は三回に分ける事に決まった。第一陣はバルダークさんとケティさん夫妻で、第二陣がゾルゲルさん。そして俺達は最後になる。流石に全員で山を越えての旅は厳しいだろうと言う事と、家の修復が間に合わないかもしれないからだ。
現状仕事の無い人族の方達には今まで経験した仕事の中から選んで貰って振り分けたいと思っている。農業経験者もいる事だし野菜や果物に亜麻だけで無く、植林や畜産も出来ないかと思っている。何にしても春までには予定を立てておきたい所だ。
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『ロレンツ、今直ぐ街の南西に来られるか?』
「勿論です、直ぐにお伺い致します」
王都ではロレンツが苦戦していた。新規参入の怪しい業者を信用してくれる問屋や商会が中々見つからないからだ。
質の良い小麦粉を格安で売る。普通なら飛びつきそうなものだが、実際は警戒されるだけで取引をしてくれる者は居なかった。まぁ、ロレンツの見た目が怪しいってのも有るけど。
ロレンツのポケットから指示を出して裏路地にある一軒の食堂へと案内した。
「お待たせしました、ブレッド様・・・・・あの、これは一体如何言う状況で?」
「ま、まぁ、順を追って説明するから座ってくれよ」
店内には俺の正面に不機嫌な顔をした男が座っていて他に客は居ない。そして、二人しかいない店員の親子と思しき女性が泣き崩れていてカオスな状況だった。
「それと・・・悪いんだけどお金貸してくれない?」
「それは構いませんが・・・本当に一体何が・・・・・」
「先に言っとくけど俺は悪くない・・・と思う・・・・・」
一見すると、俺が何かやらかして女性二人を泣かして前に座る男性に怒られている状況だ。ロレンツが訝しげな眼で俺を見るのも仕方がない。
俺はロレンツの誤解を解くためにも状況の説明を始めたのだった。お、俺は悪くねえええぇぇぇ!!・・・いや、少しは悪いかも・・・・・
ここまで読んで頂き有難う御座います。