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一つ、二つ、三つと、未だ目を開けない彼女に乾パンを投げて行く。
まるで結界のようにベッドを囲む球形の呪いの範囲に触れただけで光の粒子となって乾パンの俺は彼女に吸い込まれて行った。
「ん~?一瞬過ぎて良く解らなかったけど、続けてみるしかないか」
何時まで続ける事になるか解らないしと、部屋に有った椅子を持ち出して座り、乾パンを投げ続けた。
夕方になり鎧戸を閉め、暗がりの中只管投げ続けた。
朝が来れば鎧戸を開けて日の光を招き入れ、夜が来れば鎧戸を閉めて椅子に座り乾パンの俺を投げ続けた。
二日経ち三日が過ぎて四日目に変化が起きた。彼女の瞼が僅かに動いたのだ。
「おはよう、お嬢さん。朝食は如何かな?」
声を掛けたが彼女は目を開ける事なく四日目は終わった。
五日目。徐々に乾パンの俺が消えるまでの時間が長くなる中で、彼女が反応する事が数回あった。その度声を掛けたが、彼女が目を開く事は無かった。
六日目にバルダークさんがメアリーが着いたと、部屋の入り口まで執事のような恰好をした俺と共に連れてきた。
「メアリー、そっちの俺から聞いてるかもしれないけど、この子を助ける事が出来たら身の回りの世話とか頼めるかな?」
「はい、喜んで」
笑顔で了承の返事をしてくれたメアリーに有難うと告げて乾パンの俺を投げ続けた。
七日目。遂に乾パンの俺がベッドに到達した。そして彼女の目が開き、虚ろな目で俺を一瞥して、また目を閉じた。ほんの僅かな時間だったが彼女の金色の瞳に俺はどう映ったのだろうか?
八日目。一階でメアリーが屋敷の掃除を始めた。俺がこの子を救えると微塵も疑う事の無い彼女にとって、この屋敷を掃除する事は当然の事だと思っている。彼女の信頼に答えるためにも呪いを解かないとな。
九日目。彼女が目を開いたまま口を僅かに動かしているが何を言っているのか解らなかった。
「もう少しだ・・・もう少し待っててくれ。必ず救って見せるから」
十日目。俺の投げた乾パンの俺がベッドの上を転がり彼女の腕に触れて消えた。彼女は一瞬体を震わせて―――涙を溢した。
「いよいよか・・・・・」
「ああ・・・俺が消えたら後の事は任せた」
「解った、次は俺が行く」
入り口に居たメアリーを連れてきた俺と苦笑いをしあい、椅子から立ち上がってベッドへと歩を進めた。
右手を伸ばし呪いの範囲に触れた。指先が分解と再生を繰り返し全身が明滅を繰り返す。思った通りだ。呪いによって変異した彼女の能力は生命体の吸収。元はドレイン系の能力だったのだろう。それが呪いによって生命体を分解吸収する『暴食』とも言える能力に変わったんだ。
彼女は荒れ狂う自分の能力を止める事が出来なかっただけだ。だから、この暴走さえ抑えられれば―――
「・・・こな・・・いで・・・・・」
彼女の口から微かに聞こえたその言葉が、俺の足を更に前に進めた。急速に分解と再生を繰り返す俺の身体が光を放ち続けた。
「大丈夫・・・だ・・・直ぐに・・・そこに行ってやる・・・今までよくがんばったな・・・・・辛い事も、悲しい事も・・・全て終わらせてやるからな」
彼女に吸収され続ける事で俺の力が増して行き、身体から放たれていた光が点滅へと変わる。それと同時に彼女の血色が良くなり、その瞳の光が強くなっていった。
俺の腕がベッドの端に掛かると彼女が体を起こし俺から離れようと藻掻いた。もう誰かが自分のために犠牲になって欲しく無いのだろう。
「グッ!おおああぁぁぁああぁぁぁ!!」
力を振り絞ってベッドへと飛び上がり、逃げようとする彼女を抱きしめた。
「ほら、大丈夫だったろ?・・・・・これからは俺が傍にいてやるから・・・もう、何も・・・何も心配する必要はないんだ・・・・・」
「ぅ・・・うわあああぁぁぁぁ・・・・・」
気が付けば入口の所に居た俺は居なくなっていて、部屋の扉が閉まっていた。今頃村中に姫様が目を覚ましたと知れ渡っているだろう。
でだ・・・今更なんだけど・・・・・この子・・・服着て無かったよ・・・・・
ここまで読んで頂き有難う御座います。