02
長い長い夜が明けた。閉じられた鎧戸の隙間から漏れた朝の光が俺を照らし、一日の始まりを告げた。
フゥ・・・良かった・・・ネズミとかGに襲われないかと冷や冷やしたぜ・・・まぁ、あいつ等の朝食になるんだけどな・・・・・
天井の向こう側、おそらくは二階が彼らの寝室なのだろう。子供達が目を覚ましたのか、足音と声が聞こえてきた。
朝から元気で何よりだ・・・・・なんて暢気な事言ってる場合じゃないんだけどね・・・まぁ、如何しようも無いし・・・・・
半ば諦めつつも昨日のように元に戻る事に期待するしかない状況に独り言ちた。
母親が部屋に入って来た。竈に火を入れ鍋を温め始め具を追加していく。人参とジャガイモを一つずつか。昨日も思ったが経済状況は芳しくないようだ。人の心配してる場合じゃないけど。
子供達が部屋に入って来た。どの子も期待に満ちた眼差しを俺に送ってくる。俺もね、増えてあげたいんだけど如何する事も出来ないんだ・・・ごめんな。
昨夜と同様に四つに切られて焼かれて行く。例によって三枚だ。残り四枚・・・早ければ昼か・・・・・・
だが、俺の予想は覆された。切られた三枚全てが無くなると、俺の身体が光を帯びてまた元に戻ったのだ。子供達は歓喜の声を上げ、母親は涙を流して神に祈りを捧げた。
更に三枚が切られ追加でもう三枚が切られ、焼かれ、消えて行った。残り三枚・・・確実に昼で終わりだ・・・・・
食後の祈りを捧げて子供達は部屋を出て行き、母親は食器を洗い、片付けてから部屋を出て行った。彼女の瞳には涙が溢れていた。
「「「「「いってらっしゃーい!」」」」」
部屋の外から子供達の声が聞こえた。母親が出掛けて行ったらしい。仕事か?そう言えば父親役を見ていない。俺を買って来た年長の子が面倒を見ているのか?
最後の時が近いと言うのに俺は落ち着いていた。短時間で恐怖と絶望を何度も味わっておかしくなってしまったのだろうか。これまでに戻ったのは三回。『仏の顔も三度まで』なんて言うし、これが神の仕業だと言うなら、もう戻る事は無いかもしれない。だと言うのに悟りを開いたかのように俺の心は凪いでいた。
鐘の音が聞こえてきた。昼を告げる鐘だろう。子供達が部屋に入って来て年長の子が竈に火を入れた。いよいよか・・・・・
男の子が持つ包丁の刃が迫ってくる。最早恐怖は感じない。俺はこの運命を受け入れていた。せめてこの子達に一時の幸せを―――
「キャッ!」
「・・・・・ふ、ふえた・・・パンがふえたよお兄ちゃん!!」
「お、おう・・・・・」
「かみさまありがとうございます!」
そしてまた奇跡が起こる。切られた内の最後の一欠片、一人の女の子に摘ままれていた食べ掛けから元の一斤に戻ったのだ。
「おにいちゃん!たべよう!あたしもっとたべたい!」
「・・・いや・・・でも・・・・・」
だが現実は残酷だ。戻ったとしても残り一斤、僅か六枚しかない俺では後二回しか食べさせてやれない。せめて無くなる前に腹いっぱい食べさせてやりたかった―――
「「「「「えええぇぇぇ・・・・・」」」」」
俺の祈りが届いたのか、光と共に身体が、一斤が二斤へと増えた。え?・・・なにこれ?どゆこと?
俺と同様に困惑しながらも男の子が俺を調理していく。他の子達の期待の眼差しと歓喜の声が心地よい。何故だか力が湧いてくる。
クックックッ・・・ハハ・・・ハハハハハ!!さあ、遠慮はいらねぇから喰らいやがれ!腹一杯我が身を喰らって大きくなるのだ!!ハハハハハ!!
やたらとテンションが上がって来た。全く死ぬ気がしねぇ。それ所かまだまだ増やせそうだ。笑いが止まらねぇぜ!!
ハハハハハ!そうだ!良いぞ!もっとだ!もっと俺を喰らえ!!ハハハハハ・・・・・あ、あれ?
追加で二斤増やした所で視界が暗転した。調子に乗り過ぎた・・・のか・・・・・
*
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・・・・・ぅぁ・・・あれ?生きてる?・・・あ・・・そうだ、何かハイになって、それから目の前が暗くなって気絶したんだった・・・・・なんか暗いけど・・・布が掛けられてる?身体は・・・一斤のままか・・・切られてないし・・・・・あっ!そうだ、夕食・・・夕食は・・・食べた・・・のか・・・・・
気が付けば俺は皿の上に乗せられ布を掛けられていた。辺りに人の気配は無く、静まり返っている事から夜だと推測されたが気を失っている間に何が有ったのかは解らない。増やした二斤分の意識が無い事から食べられたのだろう事は解っていたが、知らぬ間に自分自身が食べられていた事に恐怖した。
ここまで読んで頂き有難う御座います。