01
自らの身体が齧られ咀嚼されて飲み込まれて行くと言う絶望の中、唯一の救いは嬉しそうに燥ぐ子供達の声と笑顔だけだった。その中において世話役であろう女性だけは寂しそうな笑顔なのが気にはなったが、己の半身が消えて行くと言う恐怖に捕らわれ、そんな余裕など直ぐに消え去った。
一欠片、また一欠片と飲み込まれては消えて行き、時にはスープに浸されて消えて行った。
痛みを伴わない事が非現実的でありながら、消えて行く度にこれは現実なのだと思い知り恐怖した。
じわじわと己の存在が消えて行くと言う恐怖と絶望の中、全体の三分の一、枚数にして二枚が消え去った時にそれは起こった。紙袋に残された三枚の内の端に当たる一枚の俺が淡い光に包まれて元に戻ったのだ。
いや、正確には一枚の俺が切られていない状態の一斤に増えたと言った方が良いだろう。何故ならば紙袋は破れ、切られていた残りの二枚が袋の外に飛び出し倒れたのだから。
何が起こったのか俺にも良く解っていなかったが、それは俺だけではなかった。袋が破れる音に気が付いたその場に居た全員が唖然とした表情でこちらを見ていたのだ。
「おかあさん!ふえたよ!パンがふえた!!もっと食べてもいい?」
「あっ!あたしもたべたい!」
「ぼくもぼくも!」
一人の女の子が声を上げると他の子供達も次々と後に続いた。え・・・あれ?言葉が解る・・・さっきまでは確かに理解出来なかったのに?一体何が・・・・・
「・・・・・・そうね・・・でも、その前に私達に奇跡をお与え下さった神に感謝を捧げましょう」
「「「「「は~い」」」」」
え?なに?俺も祈った方が良いのかな?取り合えず助かった訳だし?
祈りを捧げる皆を見ながら困惑しつつそんな事を考えていたが、祈りを終えた母親が席を立ち近付いて来て我に返った。
母親の握る包丁の刃が俺を捉えて切られて行く。先ずは倒れた二枚が八切れになり、次に増えた一斤が六枚に切られ、その内一枚が四つに切られた。残り五枚か・・・寿命が延びたと言っても後一食か二食だ。奇跡なんてそうは起こるもんじゃない。
一欠片、二欠片と消えて行き、三枚目、四枚目と切られ焼かれた全てが彼らの中へと消えていく。
そして、また奇跡が起こる。
残り五枚の内の一番端の俺が淡い光と共に一斤に戻ると、子供達は喜びの声を上げ、母親は涙を流し神に祈りを捧げた。
そしてまた三枚が切られ、焼かれ、齧られては消えて行ったが、今回は戻る事は無かった。残り一斤と一枚が俺の寿命だ。
「・・・今度は増えなかったね・・・・・」
俺を買って来た年長の男の子が残念そうに溢した。
「そうね・・・でも、これは皆が今まで良い子にしていた御褒美なのでしょう。ですからこれ以上望んではいけませんよ」
「そっか~・・・かみさま!ありがとうございます!」
母親の言葉を聞いて俺を買った時に付いて来ていた女の子が神に礼と祈りを捧げると、他の子供達も口々に礼を言い祈りを捧げた。
「さあ、今日はもう休みましょう」
「「「「「は~い」」」」」
食事が終わり全員が食後の祈りを捧げると、母親が就寝を促し子供達が食堂を後にする。最後に母親がランプの灯を吹き消して出て行き、扉が閉まると室内が闇に染まった。
ん?あれ?ランプ?今時?ちょっと待てよ・・・色々起こり過ぎて周囲を気にする余裕が無かったけど、よく見りゃ竈に薪使ってるじゃねぇか。電気もガスも通って無いって事か?おいおい、何処の山奥だよ!それとも離島か?言葉は理解出来るようになったけど聞いた事の無い言語だったし、髪や肌の色からしても日本じゃない事は確かだな・・・ん?あ、そうか、俺って前世では日本人だったんだな。ははは・・・だから何だって話だけど。いや、マジでそれ所じゃねぇし。
明かりの消えた暗い部屋でここまで有った事を思い出しながら現状の打開策を模索した。が、動けない以上、ここから逃げる事が出来る訳でも無く、逃げるにしても行く宛てが有る訳でも無い。
つーか、食パンが街中を移動してたら騒ぎになるし、野良犬とかカラスなんかの野生生物に食われるのが落ちだろ。特にアリとか虫は勘弁して欲しい所だ。ほんとマジで。
結局アホな事を考えたり、せめて言葉が話せればとか現実逃避をして刻一刻と迫る死への恐怖を紛らわせて眠れぬ夜を過ごした。はぁ・・・パンって眠くならないんだな・・・当たり前・・・か?
ここまで読んで頂き有難う御座います。