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デュランさんと改めて自己紹介をした後、彼と初代との約束に付いて話したり、一体何歳なのかとか、何処で何をしていたのかを聞いてみた。
「初代様との約定か・・・我は大体五千年近く最北の地で自らを鍛えておったのだ・・・来るべき日に備えてな」
「鍛えていた?修行してたって事か?来るべき日って何が起こるんだよ?」
「そもそも我々は山脈に種族ごとに分かれて暮らしておったのだが、或る日突然訪れた初代様がその御力と人柄で全ての魔族を纏め、山脈を出て平原に移住する事にした所から始まったのだ。尤も当時は魔族などと呼ばれては居らんかったがな」
彼の口から語られた魔族が魔族と呼ばれる事となった切欠は本当に些細な文化の違いからだった。
「山を下り麓の草原を開拓し村を創った。初代様の御力で作物はすくすくと育ち、我々は飢える事無く繫栄して行ったのだが・・・二百年程経った後、散策していた者から南に六日程の所に村を発見したとの報告が有った」
その村が人族の村だった。初代様は余裕のある作物を馬車三台に乗せ、護衛を五名と狼系の魔物二十匹程連れて取引が出来ないかとその村に向かった。
「・・・酷い物だった・・・・・碌に作物の育たない畑と、朽ちかけた家。生気を失った目をした者達が唯生きるためだけに働く、そんな疲弊しきった村だった」
初代様は取引所では無いと、村人に支援を申し出た。そして村人に案内されて村の代表に挨拶をしに行ったのだが・・・・・
「・・・・・追い返されたのだ・・・我等の姿と、連れている魔物を見て『汚らわしい』と・・・そう言われ、石を投げられ、荷車には火を掛けられ作物は燃やされた・・・・・白い服を着た・・・『司祭長』と呼ばれた男の言う事が全て正しいと、それまで普通に話をして、荷車の作物を見て笑顔を見せていた村人達までもが豹変したのだ」
それでも初代様は言葉が通じるのだからと、何度も村を救うために通ったのだそうだ。
「無駄だった・・・我だけで無く、魔族の大半が放って置こうと言ったのだが、初代様は『私の夢は全ての種族が分け隔て無く共存出来る国を作る事なんだ』とそう言って聞かなくてな・・・・・だが、その夢も断念せざるを得ない事態が起こったのだ」
「・・・軍隊が派遣されてきた?」
「そうだ・・・何度目の訪問だったか・・・村の北側に千を超える武装した集団が陣取っておったのだ・・・その日は初代様が『いつもより少数で魔物の数も減らして行けば怖がられなくて済むかもしれない』と仰られてな、我ともう一人の竜人と魔物使い一人の三名と魔物も十匹に減らして向かったのだ」
御止めするべきだった―――
デュランは今にも泣きだしそうな悲痛な顔でそう呟いた。
「我々が森から出た直後に矢の雨が、魔法が降り注ぎ、成す術も無く、初代様を抱えて無我夢中で逃げ帰ったのだ・・・同胞二人を見殺しにしてだ・・・・・あの時、彼等が残した『陛下を頼む』と・・・最後の言葉が今でも耳から離れぬのだ・・・・・」
同胞二人を亡くしただけでなく、初代様もデュランも大怪我を負い森の中で倒れている所を発見されて一命を取り留めたのだと言う。
「我は五日で回復し、動けるようになったのだが初代様は・・・目を覚ますまでに十日、起き上がれるようになるのに更に二十日掛かった。当時魔族は総勢三百五十人程で戦える者は百人程だった」
魔物を使役出来る者が率先して防衛に当たっていたが次々と倒れ、満足に歩く事の出来ない初代様を背負って戦えない者達と北の山脈へと逃げ込んだそうだ。
「一つ目の山の中腹で追い掛けて来なくはなったが足を止めずに可能な限り奥へと逃げ続け、三つ目の山を越えた草原で漸く落ち着く事が出来た」
その場所がセシリアと出会ったあの村だった。開墾し、村を創り、どうにか軌道に乗った頃、人族の偵察に出ていた者が帰って来てこう言ったのだそうだ。『俺達の村が奴らに乗っ取られていた』と・・・彼等を魔族と呼び『汚らわしい』と排除しておきながら彼等の創った村に住み、彼等の創った畑で得た作物を食す・・・その矛盾した行動が彼等には理解出来なかった。
「我等は陛下に言ったのだ『人族とは相容れる事は出来ぬ』と。だが陛下は『私達と同じように全ての人族が同じでは無い』と『あの司祭長と呼ばれた男の言葉が無ければ共存出来た筈だ』と」
初代様は今は次期が悪い、その時が来るまでこの地で待ち続けようと言い、魔族の怒りを収めた。
「そして我は陛下に進言した。人族の兵数千を相手に戦える力を手に入れるために北の地へと向かわせてくれと」
人族の兵が攻めてくるとは思えないが千年二千年後のために、そして北部の山脈の奥地には強力な魔物が住んで居て南下してくれば逃げ場も無く、この地もけして安全とは言い切れないと。
「我等竜人族は約千年周期で肉体を造り替え幼年期からやり直せる。その時力は一時的に落ちるが、再生を繰り返す事で更なる強さを手にする事が出来るのだ。陛下は『デュラン、その時まで死ぬ事は許さない。全ての種族が共存出来る世界をその眼で見るまでは』と仰り、『何代先になろうとも私達はこの地で君の帰りを待ち続けるから』と送り出してくれたのだ」
デュランの話を聞いて俺達は何時の間にか涙を流していた。彼は初代様との約束だけを胸に五千年近くも孤独に耐え戦い続けてきたのだ。俺達が彼にしてあげられる事は、何一つ不安も不足も無い生活をこの国に用意する位だとそう思った。
ここまで読んで頂き有難う御座います。