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短い夏も終わりを告げ、秋へと季節が移り替わる。日に日に大きくなるメアリーのお腹を撫でていてふと気が付いた。
「あ・・・そう言えば俺が転生したのって今位じゃなかったかな・・・・・」
この一年を思い返すと本当に色々な事が有った。
気が付いたら食パンに生まれ変わっていてジャンに買われている所だった。
ライザや子供達に食べられて死に直面し、最後の一欠けらから命を繋いだ。
不可思議な現象に困惑しつつも子供達のためにパンを出し続け、ライザを助けるために人の姿を手に入れた。
ベンゾさんとアルバさんに出会い、ザイツェンさんとは一悶着あったが収入源が出来た。
借金を完済し、冬支度も滞り無く終えてこれからだと言う時に鉱山都市陥落の知らせを聞いた。
失恋して半ば自棄になって鉱山都市を奪還して更に北へと向かった。
そしてメアリーやミレーヌ、セシリアとの出会いと結婚。アルバゴーン王国との戦争ではフォスターに殺されそうになったがセシリアに助けられたりもした。
ヘルガさんやロレンツにキースと様々な人達と出会い助け合ってここまで来た。
本当に濃い一年だったなと苦笑いしていると膝の上のメアリーが俺の顔を覗き込んでいた。
「如何かしましたか?」
少し不安げな顔をしたメアリーに
「いや、この一年、色々あったなって思ってさ・・・愛してるよ、メアリー」
笑顔で答えそっと肩を抱いた。
「いいなぁ・・・メアリー・・・・・」
「やっぱりメアリーは特別かぁ・・・・・」
「そ、そんな事は無いって!二人の事もちゃんと愛してるって、なあ」
「ああ、勿論だとも。誰が特別とか、そんな事は無いからね」
セシリアとミレーヌの呟きに額から汗を流し、慌てて弁明をする俺達を見てメアリーはクスクスと笑っていた。二人に言われて気が付いたが、『愛してる』なんて言ったのは初めてだった。
そしてその二十日後の夕方、メアリーが産気づき、数時間後子供が生まれた。女の子だった。
生まれるまでの間、俺はうろうろそわそわと部屋の前を行ったり来たりしていて、駆け付けたヘルガさんやバルダークさん達に呆れられていた。
「しっかりなさいな、これから父親に成ろうと言うのに今から狼狽えていて如何しますか」
「全くだ。アゼリアさんにも来て貰ったんだ、万が一など起こらんだろうに」
「いや、解かってるけど・・・メアリーのあんな声聞いたら心配になっちゃうんだよ・・・・・」
「いいから座って落ち着け」
ゾルゲルさんに無理やり座らされ、ヘルガさんに父親になる心構え的な事を言われていたが、殆ど覚えていない。と言うか上の空だったので両手で頬を挟むように叩かれてしまった。
そんな醜態をさらしていると部屋の中から泣き声が聞こえ、赤ん坊を抱いた産婆さんとアゼリアさんが出て来た。
「ブレッド様、可愛い女の子―――」
「メアリー!無事か!!」
何故か俺は二人を押し退けるように部屋へと駆け込み、ベッドで横になっているメアリーに抱き着いていた。
「え?ええ、無事ですよ・・・ちょっと疲れましたけど」
「・・・・・・よかった・・・よかった・・・・・」
メアリーは困惑しながらも抱き着き涙を流す俺の背中を摩ってくれた。
「ブレッド様、先ずは子を産んでくれたメアリーに労いの言葉を掛けるべきなのでは?」
「あ、あの、ヘルガ様・・・少し待って頂けますか?もしかしたらブレッドの生い立ちに何か関係あるのかもしれません・・・でなければこんな・・・・・」
「ハァ・・・仕方ありませんね」
何故この時俺はこんな行動を取ったのか自分でも解らない。他の妻とヘルガさん達は別室で話し合っていたようだが、他の俺は自室に隠れていたので何が話し合われていたのかは知らない。後日ヘルガさんに説教された訳だが。
で、『やっぱりメアリーは特別なんだ』と拗ねたセシリアとミレーヌを宥める日々を過ごす事になるのだった。あ、娘の名前はエミリーです。
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補足。
ブレッドのこの行動は前世の記憶と言うかトラウマからきています。
前世でも二人は夫婦だった訳ですが、前世のメアリーは息子を産んで直ぐに亡くなっているのです。
勿論二人はその事を覚えてはいないのですが、その時の記憶がブレッドの魂に深く刻まれていると言う訳です。
因みに娘の名前のエミリーは前世のメアリーの名前『絵美』から来ていますが、勿論これも二人とも覚えていません。
ここまで読んで頂き有難う御座います。