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連載6作品目となります。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
コンコンコンカン! コンコンコンカン!
広い庭の一角に薪を割る音が響いていた。
短い薄茶色の髪と白い肌をした一人の男が慣れない手つきで鉈を振り薪を割っていた。
「ブレッド~、あそぼー」
「あたしはおなかすいた~」
「ブレッド~、ぼくは赤くてあまいやつが入ったのが食べたい!」
男に五歳前後の子供達が寄って来て口々に遊びや食べ物をねだる。男が如何した物かと苦笑いをしていると、少し年上の男の子がやって来て窘めつつ屋内へと連れて行った。
「お前らブレッドさんのじゃましたら駄目じゃないか、薪割をしている時は危ないんだから近寄るなって言っただろ。それと、もう直ぐお昼なんだからそれまで我慢しなきゃだめじゃないか」
「「「「はぁ~い」」」
ブレッドと呼ばれた男は去って行く子供達の背中を眺めながらぽつりと溢した。
「そうか、もう直ぐ昼か・・・・・」
男は空を見上げて太陽の位置を確認すると手早く薪と鉈を片して子供達の待つであろう屋内へと向かって行った。
ゴーン・・・ゴーン・・・ゴーン―――
男が屋内に入ると、昼を告げる鐘が町中に響き渡った。
* * *
俺の名はブレッド。見た目は何処にでもある只の食パンだ。サイズは一斤で六枚切り。見た目はと言ったのは俺には同じパンの仲間達と違う所が有る。既にお気付きかと思うが、それは自由意志が有る事だ。そして元は人間だったらしい記憶が有る事。ああ、名前に関しては意識を得た時から付いていた物で、人であった時の物では無いだろうと言う事だけは解った。
不思議な事に切られていると言うのに、痛みと言うか痛覚を含めた感覚は無く、一枚一枚全てに俺の意思が有る。まぁ、人格が分裂している訳では無いのだが。
もしかしたらこれが全にして個と言う奴だろうか?自分で自分を見る事が出来ると言うのは何とも不思議な感覚だ。
そして気が付いたと言うか、意識を持った時には買われている所で、何が何だか解らない内に紙袋に入れられて何処かに運ばれていると言う訳だ。
開いた紙袋の上部から俺を購入した主の顔が見える。男の子だ。お使いだろうか?時折一緒に歩いている女の子が俺を覗き込み、臭いを嗅いでは満足そうな笑みを浮かべている。兄妹かな?会話は聞こえるのだが何を話しているのかは解らない。少なくとも俺の知っている言語ではなさそうだ。
前世の事はよく覚えていないが、食パンとして第二の生を受け、食パンとしての使命を全うして彼らの糧となる。そこに不満なぞ有ろう筈も無い・・・・・訳有るかあああぁぁぁ!!おいおい、このままじゃ食われて死んじまうよ!!逃げねぇと!!動け!動けえええぇぇぇ!!
まぁ、動ける訳ないんだけどね。一応試してみないと。
如何する事も出来ずに半ば諦めつつも如何した物かと頭を捻っていると、二人が自宅らしき家の門を開け中に入って行き、更に扉を開けて屋内に入ると数人の子供が声を掛けながら近寄ってきた。随分子供の多い家族だな。いや、託児所とかそう言った施設なのだろうか?門から玄関まで結構有ったし、そこそこ広い敷地のようだ。
俺を抱えた少年が一人の女性に俺の入った紙袋を手渡し、受け取った女性は温和な笑みで少年の頭を撫でた。この人が子供達の世話役なのだろう。少し寂しそうな笑顔で何か話しながら俺を奥へと運んで行き、その後を子供達が楽しそうに笑いながら付いてくる。
女性が袋から俺を一枚取り出した。いよいよ覚悟を決める時が来たようだと周囲を見渡せば、六人の子供達が席に着いたまま身を乗り出すようにこちらを見ていた。どの子もまだ小さく、俺を運んできた男の子が最年長のようだ。
女性が包丁を握った。その刃が俺に振り下ろされて四つに切られ、竈の上に置かれたフライパンの上に乗せられて焼かれていく。痛みも熱も感じなかったのは不幸中の幸いと言って良いのだろうか。
二枚目、三枚目と切られ、狐色に焼かれて皿に乗せられスープと共に配膳されていった。え?一食で三枚か?小さな子供ばかりだとしても少な過ぎだろ。いや、少し寿命が延びたのは有り難いが、いっそ一思いに―――いや、僅かでも時間が稼げれば助かる事もあるかもしれない。最後のその時まで諦めてはいけないだろう。
全員が席について胸の前で手を組んで食前の祈り?を捧げている。何の宗教かは知らないが、祈って助かるのならば俺もしたい所だ。
俺は楽しそうな子供達の声を聴きながら、刻一刻と迫るその時に抗う事すら出来ずに齧られていった。
ここまで読んで頂き有難う御座います。