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CreateWorld~絶対死なない半異世界生活~   作者: 夢幻星流
第2章「魔獣のいる村」
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第6話 ローズ

 窓から光が漏れ、顔を照らす。目を開けなくても瞼の裏の赤さから光を感じる。

その光から避けるように寝返りを打ち、康介は薄く瞼を開けた。


「おはよう、コウスケ」


「?!」


 わずかに開いた目に飛び込んできたのは康介と同じく横になりながら笑いかけてくる女神、シャーロットだった。

朝の日差しより眩しいその笑顔で康介の目はカッと開き、眠気がとんで覚醒する。


「どうしたの?驚いた顔して」


「……いつから、起きてたんだよ」


「ちょうど起きたとこ。目開けたらコウスケがこっち向いてきたから、びっくりしちゃった」


 そう言って笑いながらシャーロットは身体を起こし始めた。それを見て、康介も布団から出て背筋を伸ばしてみる。

 隣にはヨイショと身体を動かし始めているシャーロットがいるが、そんな呑気な様子の彼女とは裏腹に康介はドギマギと心臓を轟かせていた。こちらを気にする様子もないシャーロット。朝起きた瞬間、あの笑顔が飛び込んでくるこっちの身にもなってもらいたいものだ。

 あんなもの健全な男子には刺激が強すぎる。

何を話せばいいかわからず、そわそわしていると、あることに気づいた。


「あれ、そういえばファルは?」


「いないわね……」


 シャーロットもあたりを見渡してみるがファルは見当たらない。

すると、空いた窓から一羽の小鳥が入ってきた。

 その鳥は空中で人型な変身し勢いよく床に着地した。


「お、二人とも起きてましたか」


 二人はファルの突然の窓からの登場を目の前にし、なんと言えば良いかわからない様子。

そんな二人を見てファルは補足として口を開く。


「朝の散歩的なヤツですよ。歩いてる訳じゃないので散飛ですかね」


そんな軽口を言っては、開いている窓の外の景色を見渡してから、ファルは真剣な顔に戻る。


「結界の外まで見てきましたが、上から見ても魔獣がちらほら居るのが見えました」


「それって……」


「ええ、一人で森にいくのは無茶ってことね。なんとか、ローズさんを止めなきゃ」


「はい、それもそうなんですけど、もう一つ気になることが……」


 シャーロットに同意しつつも、俯きながらファルは言葉を続ける。


「魔獣があまりにも多すぎるんです。ワタシ自身ここまで魔獣がいるとは思っていませんでした。自然界ではあり得ない光景……異常です」


深刻な顔つきでそう言うファル。普段は基本ふざけて軽口を言っている印象の強い彼女が見せたその表情に、康介たちの状況も気持ちのいい朝の幕から一変して、緊張感のあるものへと変わっていくのを感じさせられた。


「でも、どうしてそんなことが……」


そうシャーロットまでも深刻そうに呟く。

異世界出身の康介からすると、魔獣が多いと言われてもなんかヤバそうくらいのことしかわからないのだが、


「魔獣が多いってのは、何と比べての話だ?」


「今まで……昨日と比べてです」


「つまり……」


「……魔獣の数が増えた、この一晩で。そういうことになるわ」


 康介の言葉に答えるようにシャーロットが続いた。ファルもその言葉に同調して頷く。


「このまま放置していると、結界を貼り直す作業も難しくなってしまうかもしれません」


「それに、今よりもっと魔獣が増えてしまう事も避けたいわ」


「じゃあ、今すぐにでもやらなきゃまずいってことか」


「そうね。このことをローズさんに言って貼り直してもらうのが一番だけど……」


「ローズはどこにいるかもわかんねえし、魔獣が増えた原因もわからない、早く結界を貼り直したいけど、ローズ1人で行かせちゃバスさんとの約束が……クソ、面倒なことになったな」


 シャーロットたちの協力なくとも一人でもできると豪語していたローズのことだから、すぐに結界の作業に取り掛かるかもしれない。しかし、そこで発生した問題が原因不明の魔獣の増加。シャーロット達なしでの作業は危険だろう。


「くそ、あいつが勝手なことするのだけは避けねえと」


「ローズさんの居場所なら問題ないです」


「でかしたファル、ローズはどこに?」


そう聞かれたファルは指で天井を指差した。


「ワタシが朝ここに帰ってきた時は屋根の上にいました。今も多分……」


そうは言いつつも不安になり、ファルは窓から外に出て屋根の様子を見に行った。


「いない……」


「まじかよ」


ごめんなさいと慌てた様子のファルに、シャーロットは笑いかけて、


「けど、さっきまでそこにいたならまだそこまで遠くに入ってないはずよ。とりあえず、私とファルは結界の外とその周りを当たるわ。コウスケは村の中を探してくれるかしら」


「わかった」


「あ、あとコウスケ!」


「ん?」


 部屋を出ようとしたところ、シャーロットに呼びかけられ康介は振り返る。


「コウスケ、ローズちゃんを見つけたとしてもあまりローズちゃんのこといじめちゃだめよ。あの子口は強かったけど、意外と繊細な子だと思うの……だから……」


「……まあ、昨日みたいにはならないように気をつけるよ。だけど、まずはあいつを見つけるのが先だろ、そっちも頼んだぜ」


「ええ」











 シャーロットとファルと別れ1人になるまではよかった康介だが、ローズの居場所には全く当てはなく、ただ村を彷徨っているだけとなってしまっている。

ぱっと見たところこの村は東京ドーム4個分くらいの大きさがありそうだ。その3分の1ほどは畑が占めておりところどころに住宅が集まっている区間がある。康介が一晩を過ごしたバスの家は村の中心の広場の周りに建っていた。この付近は意外に建物が多く、ただ闇雲に人を探すのは骨が折れそうだ。


「あのーすみません」


康介はそばに歩いていた中年の女性に話しかけた。その女性はニコニコしながら康介のことを見て、


「あなたもしかして噂の冒険者様かしら」


「あ、まあ一応そうっす」


「バスさんがあなた達に助けられたと話は聞いてますよ」


「俺はなんの役にもたってないんすけどね……あの、赤い髪の女の子を見ませんでした?ローズって名前の……」 


「ローズちゃん?今日は見てないけど、あの子ならいつも通り村のお手伝いでもしてるんじゃないかしら」


「それって、どこにいるかわかりますか?今、彼女のこと探してて……」


「この時間なら畑に行けば会えると思うわよ」


そう言うと、女性は少し奥の畑の方を指差す。


「畑っていってもここ以外はあちらこちら畑だらけでわかりにくいと思うけどねえ。とにかく畑を回っていけば会えるはずよ」


「ありがとうございます」


 康介は女性にお辞儀すると、畑の方に駆け出して行った。その様子を見届けて女性はにこりと笑ったのだった。





「ってな感じでお前を見つけたってわけだ」


「は?知らないわよ」


 女性に言われた通り村の周りの畑を走り回っていたところ、割とすぐローズは見つかった。遠くからでもローズの赤い髪は特徴的で見つけやすい。

 康介が声をかけると、ローズは顔をしかめて康介を睨んだのだった。


「見ればバカでもわかると思うけど、今仕事中なの。あんたに構ってる暇ないのよ」


「悪いが、俺にはお前がくつろいでるようにしか見えないんだけど」


「浅いわね」


 そう言うローズは畑仕事をしているおじさん達を見下ろす形で椅子に座っている。


「若くて可愛い私は座ってることが仕事ってか?」


「うっさいわね、いちいち人の揚げ足とってきて。あんた、それかっこいいとでも思ってる?」


「何気に棘あること言ってくれるじゃねえか」


 バチバチと睨み合う康介とローズ。そんな2人を全く意に介さず、畑のおじさんが声をかける。


「ローズちゃん、そろそろよろしく」


「わかったわ、みんなちょっとどいてて」


そう言うとローズは椅子から立ち上がり、杖を取り出す。そして、空に杖を向け、


「プルヴォワール」


そう唱えると、地上10メートル付近に黒い雲が発生し畑全体を覆い被した。その雲からは雨が降り始める。


「これって……」


「この村も今の時期は乾季でね。中々雨が降らないんだよ。だから、ローズちゃんにいつもこうして畑の水やりを手伝ってもらってるのさ」


 しばらくすると雨が弱まり、ローズの発生させた雲は自然に消えていった。


「いつもありがとな」


「明日もよろしくな」


「うん、どういたしまして」


 感謝をするおじさんたちにローズはにこりと微笑んだ。


(ふーん、こいつもこんな風に笑うんだな)


 ローズが杖を椅子に向けると、椅子が分解されて木箱に変わる。ローズはその木箱を片手でもって、その場から歩き出した。


「へー、そんな魔法もあるのか、便利だな」


 康介は歩き出すローズの後ろについて行きながら、そう呟いた。


「この魔法は私が考えたオリジナルの術式を使ってるのよ」


「他にもあるのか?」


「他?」


そう言うと、ローズは木箱を宙に投げる。宙に投げ出された木箱は空中で細かく分解され、ほうきへと姿を変えた。


「すげえ」


「こうやってほうきにのって移動することもできるってわけ」


そう言ってローズはほうきにまたがってみせる。


「いいねー、これぞ魔女って感じだな」


 康介の世界では魔女といえば、ほうきに乗って移動するイメージが強い。こちらの世界でもその認識は間違ってないようだ。


「そうね、私も昔本で読んで神話上の魔女がほうきに乗るって知ったけど実際は………………ってあんた何さりげなく私と話してるのよ!」


「お、嫌だったか?」


 声を荒げるローズに康介は落ち着いた様子で返答する。ローズはなんでこんなやつと、とぶつぶつ言いながらも康介と一緒に歩いている。


「そんで、なに地味についてきてんのよ!」


「なにって、また見失ったら面倒だからな。結界の件だってまだ片付いてないんだろ?」


「だーかーらー、その話は昨日済んだでしょうが!あんたら冒険者に手伝ってもらうことなんてないのよ!何一つね!」


「わかったから、一々俺の耳元で叫ぶな」


 そのローズの変わらぬ態度に、康介は耳を塞ぎながら、頭を悩ます。


「ま、お前が譲れないっていうのはわかったよ。だから、もう諦める」


「はっ、急に潔いじゃない。じゃ、さっさと荷物まとめて次の目的地にゴーよ。精々、死なないように気をつけなさい」


「ん?何言ってんだ?お前説得すんのは一旦諦めて、無理やりにでもここに居座ってみることにしたってことなんだが」 


「前言撤回する。今すぐ死ね」


「そう言うなよ。とりあえず、今日はさ、今日だけはお前のそばに居させてくれよ」


「……は?気持ち悪い。普通に死んで」


「はっはー、今日の俺はそんなストレートな暴言なんかじゃあ怒らねえ。というか、その暴言も言われて悪くないような気がしてきたな」


「……キモい」


「うん、悪くない。」


「あーもう!!」


 ローズはぷんぷんと頬を膨らませ、また歩き出した。

 康介は様子を見つつ、またまたひっそりとローズについていく。

ローズはそんな康介を横目にため息をついた。


「どうやら、本気で私に嫌がらせしたいみたいね」


「今日の俺は何があってもおまえについてくぜ」


それを聞いて、ローズはため息を通り越し、はーっと長い間、息を吐き続ける。そして、しばらく黙ったかと思うと、目を閉じて、康介からそっぽを向き、


「勝手にすれば」


とだけ言って、歩いていく。


「あんたほどの頑固者初めて見たわよ」


「頑固者って……灯台下暗しってこのことだな」


「は?何よそれ、どういう意味よ」 


「なんでもねーよ」


 しばらく2人の言い合いはしばらく続いた。






「お、次はなんだ?」


 しばらく、畑を回って雨を降らした後、ローズはある民家に来た。

周りの民家と比べると少しばかり豪華に見える建物だ。康介がまじまじとその家を見つめていると、


「ここは私の師匠の家よ」


「師匠?」


「……私に結界術を教えてくれた先生。ちょっと前に倒れちゃって、意識もままならないのよ」


 ローズは俯き気にそう呟く。バスから聞いたところによると、この村で結界を張れるのはローズとあと1人。その人物は高齢で最近体調がすぐれないとも聞いた。このこととローズの話から推察するに、ローズの言う「師匠」というのが、ローズ以外の結界術の使い手、ミクレ・マチアのことなのだろう。


「そっか……よくなるといいな」


 康介はローズの方を向かず、そっぽを向いてそう言った。なんとなく、ローズはその時の顔を康介に見せたくないとそう思ってそうな気がしたから。


 そんな康介の言葉に反応することなく、ローズは民家のドアをとんとんと叩く。しばらくすると、ガチャと音が鳴りドアの向こうから女性が現れた。

 見た目は三十代ほどで長い黒髪を背中の辺りで束ねている。


「ローズさん今日もいらしたんですね」


「ええ、少しお見舞いに……どうですか、師匠の容態は……」


 少し前のめりになって、ローズはその女性を見つめた。しかし、女性は少しローズから目を逸らしながら、首を横に振る。


「……まだ、寝たきりです。意識もまだ……」


「……そう、ですか」


  その言葉を聞いて、ローズは分かりやすく肩を落とす。そして、何か考え込むように黙り続けた。女性はそんな様子のローズに申し訳なさそうな顔をしながら笑った。


「いつもありがとうございます。母もローズさんの顔が見れて喜んでいると思います。えっとー、そちらの方は……」


 そこで、初めて女性は康介の存在に触れる。急に来ると思っていなかった康介は少し挙動不審になりながら答えた。


「あっ、ええっと、俺は荒木田康介と言います。えっとー……」

 

「申し遅れました。わたくしはミリア・マチアです。あなたが噂の冒険者の方ですね」


「ま、まあ……そんなところですかね」


「では、お二人ともどうぞあがってください」


 その後、ローズと康介は2階で寝込んでいるというローズの師匠、ミクレ・マチアの元へ向かった。ローズに結界術を教えた人物。バスの言っていた村で結界を張れるという人物の名前とも一致する。先ほど康介たちを出迎えてくれたミリアはミクレの娘に当たるらしい。


 康介はローズの案内で、ミクレが寝ているという部屋の前に来た。ミリアは用事があるらしく外に行ってしまったため、今は康介とローズの2人だけだ。


「あんたは先に外行っててもいいわよ」


「いや、ここまで来たんだからお見舞いくらいしてくっつーの」


 部屋の前まで案内しておいてなんてことを言うんだ、と思いながらローズのことを見やると、彼女は層状以上に暗い表情をしていた。その表情から彼女の真意を測ることはできなかったが、そこに触れてはいけない何かがあるように感じられ、康介はすっと顔をそらして遠くを見る。


「まあ、早くいって来いよ、ここで待ってるからさ」


「わかったわ」

 

 そう言って、ローズはドアノブを握る。しかし、


「……」


 ローズはなかなかドアを開けずに、ドアノブを握ったままである。よく見るとその手はブルブルと震えていた。


「どうした?」


「い……いや、なんでもないわ。ただ、ドアノブが固くて回せなかったのよ……」


「……そうか、ちょっと貸してみ」


「あ、ちょっ……」


 康介は無理矢理ローズをドアから離して、ドアノブを握った。そして、そのままそれを捻り……


「なんだよ、簡単に開くじゃねえか。か弱い乙女アピールか?」


「は、はあ!?本当に扉が固くて開かなかったのよ!」


 そう言い合う2人だが、ベッドに横たわる人物が視界に入るとローズは瞼を少し閉じた。


「師匠……」


 そう呟きながらローズはベッドに近づく。ベッドの前でローズは立ち止まると、ミクレに手を伸ばし、そっとその顔に触れた。ミクレを見下ろすローズがどんな顔をしているのか康介には見えなかったが、きっと彼女たちにしかわからない何かを交わしていたのだろう。そうして、ローズはミクレの肩からはだけた毛布をかけてあげた。


「……早く、よくなって下さいね、師匠」


 そう言って、ローズはベッドから離れていく。その顔はどこか安心したようにも、不安がっているようにも見える。ただ、康介の目からもローズがミクレのことを大事に思っていることだけは明らかだった。




「もうちょっと居なくても大丈夫だったのか?」


「長居してもミリアさんに迷惑よ」


 そう言ってローズは足早に


「いつも、ああして顔見せてんのか?」


 お見舞いを終え、再び外に出て縦一列になって歩く2人。横じゃない、縦だ。横並びになることをローズが拒絶してきたため、康介は仕方なくローズの後ろを歩いている。


「そうだけど、何か悪い?」


「別に悪くねえよ、ただ……」


「ただ……?」


「……なんでもねえ」


 康介がそう言うと、前を歩いていたローズは勢いよく後ろを振り抜き、ものすごい形相で康介を睨みつけた。


「はぁー?何よ、言いなさいよ!なに?また、私をバカにしようとしたってわけ?!」


「違えよ、ただ……俺は、婆さんの体調よくなるといいなって…….そう思っただけだよ」


「はっ……な、なによ。あんたに言われなくなってよくなるっての」


「は、そりゃよかった」


 すると、ローズはふん、と前を向き、また歩き始める。そうして、前を歩くローズと後ろから追いかける康介の構図に元通りだ。


「昨日から気になってんだが、なんでそんな俺らを村から退けようとすんだよ。なんでそんなに冒険者を嫌う?」


「はぁ?……土足で他人の問題に踏み込んでくるんじゃないわよ。あんた空気読めないってよく言われない?」


「言われない……少なくとも面と向かってはな」


「可哀想な人。だいたい、あんたみたいな人って周りから人が離れていくから、注意されることも一生ないのよね」


「ギクリ」


 康介は、喧嘩ばっかりしていつしか友達がいなくなっていた不良時代の自分のことを思い出し、思わずローズから目を逸らす。


「そんなこと言って、お前は俺と話してくれるじゃんかよ」 


「はあ?勘違いキモすぎて普通に吐きそうなんだけど」


 後ろにいる康介にもわかるように、横を向いておえ、と口をふさぐようなジェスチャーをするローズ。そんな彼女のひどい仕打ちに内心あきれながら、ため息交じりに口を開いた。


「つーか、話をそらすな。俺は聞いてんだぜ。お前が……」


「なんであんたにそんなこと言わなきゃならないのよ、よそ者が。おこがましいにもほどがある」


 前を歩きながら、ローズは康介への罵倒をやめない。康介は困ったとばかりに頭をかいた。


「こんな反抗的な娘に尊敬されてるミクレさんって人、すげえんだな。お見舞いしてた時のお前、今とはまるで別人だぜ」


 あはは、と笑いながら、康介が何気なく口にした言葉。その瞬間、ローズはピクリと体を反応させ、歩く速度を落とす。彼女の顔は見えない。ただ、触れてはいけない何かに触れていしまったような感触が、そこにはあった。康介は思わず顔を引きつらせ彼女の様子を恐る恐る覗く。


「……師匠は関係ないでしょ」


 康介が警戒する中、発せられたローズの声は小さく、先ほどと比べて明らかに弱々しく感じられた。


「……ローズ?」


「……師匠は、関係ない、師匠は……きっと……」


 康介のことなど気にも留めず、何か小声でぶつぶつと呟くローズ。

 すると、そんなローズの腕が強引に後ろから引っ張られ、


「きゃっ!」


 びくりと反応してローズが振り向くと、そこには真剣な表情をした康介がいた。


「な、何よ……!ち、力ずくってことかしら……この、へ……」


「……前、ちゃんと見ろ」


 康介にそう言われてローズはそろりと前を見る。すると、彼女の目の前には大きなため池が。あと一歩足を踏み入れていれば、その体は水浸し、それどころかその奥まで沈んでいってしまうところだったのだ。


「……ふ、ふん。よく私を止めれたわね。あんたを試したのよ、あんたがちゃんと女の子をエスコートできるかどうか。私を止めてなかったら今頃、あなたがこの池に落ちることになってたってわけ」


「茶化すなよ……お前、大丈夫か、さっきからなんかおかしいぞ」  


「……は?おかしい?普通よ、これが普通。隠し事なんてないし、仮にあってもあんたなんかに……」


「さっきだって、部屋の前で急に動かなくなったり、今だって目の前の池に突っ込んで行きそうになったんだぞ。そんなやつが普通な訳あるかよ」


「……」


 思わず、ローズは康介から目を逸らす。それは昨日からのローズで一度も見たことがない顔だった。何かに怯えているような、何か葛藤するような。


「……それより、早くその腕離しなさいよ」


「いや……お前が答えるまで離さない」


 康介はそう言って、黙ってローズの腕を掴んだまま離さない。


「……にして」 


「あ?」


「いい加減にして!!」


 すると、ローズはそう叫んで、康介の腕を思いっきり振りほどいた。


「なんなのよ、あんた!何様のつもり!?ただここに立ち寄っただけの冒険者でしょ?!なんで、そんなやつに私が……!!」


「お前……」


「触るな!」


 ローズに伸ばされた康介の手がパチンとはじかれる。

 彼女は叫び、その腕を振り払い、康介を拒絶する。涙目だった。康介には、分からない。 

 なぜ彼女は苦しんでいるのか。

 なぜ康介に涙を見せるのか。

 なぜ彼女は康介を拒絶するのか。

 それなのに、なぜ彼女はこんなにも救いを求める目をしているのだろうか。

 いや……


「お前、俺のことが……俺ら冒険者のことが嫌いなんだろ?」


「……だったら……だったらなんなのよ」


「それなのに、なんで今日、お前は俺と一緒にいてくれるんだ」


 ローズはその言葉を聞き、怒りの形相を浮かべる。


「それは、あんたがしつこく付き纏ってくるから……!」


「……本当にそれだけか」


「……」


 康介の問いに答えはない。ローズは今先までの勢いをなくし、目はうつろ。それでも、懸命に口を動かす。何か言わなくてはならない。なにか言わないと……


「あんたに……なにが……」


「よそ者の俺だって分かるくらい、おまえの顔見れば、何かあったんだってわかるんだよ!」


 ローズは康介の言葉を聞いて、歯を食いしばる。拳を握りしめたその腕はフルフルと震えていた。康介は彼女の言葉を待つ。


「どうして……」


 ローズは涙目で康介のことを覗く。康介の目は真っ直ぐとローズの目を見ていて眩しい。まるで、本気でローズのことを知ろうと歩み寄っているかのように。

 しかし、ローズは思わずその目を逸らす。


(私は……)


 そうして彼女が捻り出した言葉は、


「……ドルミーレ」


「はっ……?!」


 ローズのその言葉を聞いた瞬間、康介の体の力がふっと抜けた。


(なんだ……これ……)


「……あんたには関係ない」


(から……だが……)


「……これは……私が……」


(聞こえ……ない)


「……たちには……から」


 康介が急激な睡魔に襲われる中、彼女は康介を背にして1人で歩き始める。 

 康介は夢の中で彼女を引き留める。待て、とそう叫ぶ。が、その声は誰にも届かない。


「……だから、あんたには関係ないのよ」


 その言葉は康介には届かない。それが彼女の康介の問いに対する答えだった。

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