第2話 危険な馬車の旅
次々と荷台に入り込んでくる魔獣――黒狼。
「まずい!俺一人じゃ捌き切れない!」
康介は黒狼に対し一体ずつ殴って応戦しながらそう叫ぶ。
すると、荷台の異変に気づいたのかバスも不安そうに声を上げた。
「だ、大丈夫ですか!」
「バスさん!大丈夫です。バスさんは村に着くことだけに集中してください!!」
そうは言ったものの自信をもって大丈夫とは言えない状況であることは間違いない。
ファルとシャーロットは安否不明。
「くっ!」
康介は1匹に腕を噛まれてうめき声をあげるも、そのままその黒狼を投げ飛ばした。
しかし、視界にあるのはさらに荷台に上がり込んでくる黒狼達である。
シャーロットはともかく、ファルは今どこで何をしているのだろうか。荷台の上に行ったかと思えば、外に身を投げ出されるなんて失態、何とも康介の知るファルらしくない。
ファルがこの場にいたらどんなに状況が楽になることか。
「くそっ!どこで何やってんだぁ!ファル!!」
そう康介が叫んだ瞬間だった。荷台に上がりこんだ黒狼の身体から突如として血がはじけ、黒狼はその場に倒れ込んだ。
それはまるで、見えない刃に体を裂かれたかのような……
「はぁ、少しいなくなっただけでこれですか」
「ファル!!」
すると、ファルは外にいる黒狼に向けて数多の風の刃を放つ。十数体の黒狼はその攻撃によって身体が弾け飛んだ。
「よし、やっちまえ!!あともう一息だ!たいしたことねえな、魔獣さんよぉ!」
「それ、自分で言ってて悲しくならないんですか」
ファルはそうツッコミながら、今度は手のひらでテニスボールほどの大きさの気弾を作ってみせ、それを黒狼に向けて放り込んだ。
すると、大きな爆発が起こり、馬車についてきていた黒狼達はその場から消し飛んだ。
「すごっ!」
その攻撃を見て、康介はやや興奮気味にそう言葉をこぼす。
「あー、今イライラしてるんです。荷台から落ちた拍子で頭は痛いし、コウスケさんは一人じゃなんもできませんし」
「おいおい、そりゃないぜ。この俺に何かしろという方が間違いだ。俺は魔法とか使えないんだぞ」
「じゃあ、そこで邪魔にならないように座っておくくらいはできますよね?」
「くっ!返す言葉がねえ」
と、康介がくやしそうにしていると、外でまたもや異変が起こる。
「キュイーーーーン!!」
先程聞こえた悍ましい鳴き声――魔獣、黒狼の鳴き声。
「くそっ、いつ聞いてもうるせぇ……」
そう、呑気に感想を述べる康介に対し、ファルは深刻そうに歯を食いしばり、
「っ!コウスケさん作戦変更です……魔獣の数がさらに増えました。またワタシは荷台の上に行きますからコウスケさんはここにいて下さい」
「はあ、またか!?俺一人で魔獣達を捌けないことは実証済みだろ?俺を一人にすんなよ!」
「だから、それ自分で言ってて悲しくならないんですか!荷台には入って来れないようにしますから。コウスケさんはとにかくバスさんを守ってください」
そう言うと、ファルは手から草のつるのようなものを出し、荷台の後ろを軽く塞いだ。
「今できるのはこれが精一杯!万が一魔獣達が入ってきたら……その時はよろしくお願いします」
「あーわかったよ!どうにでもならぁー!」
ファルは頷くと荷台の屋根を壊して外に出た。
と、その瞬間、途端に坂が急になり馬車の速度が上がった。
ガタンッ
そんな音がしたかと思うと、先ほどのように車体が大きく傾いた。
しかし、今度はそれだけでは終わらい。
車体が少し傾くどころか、荷台はその体制を崩し、タイヤが外れている所が地面に擦れ、火花を散らしてしまっている。
「まさか!もう一つのタイヤも壊れた?!」
このままでは、荷台がもたない。
次第に荷台は揺れを増し、馬と荷台をつなぐ縄が暴れ出す。
「あぁーーー!!」
そう康介が叫んだ瞬間、ゴンと大きな音を立て、荷台には過去最大の揺れが起こった。
その拍子に荷台が宙に浮いたような感覚がし、
(あ……終わった……)
しかし、それを機にピタリと荷台の揺れと崩壊は収まった。
「は……?」
康介はゆっくりと起き上がり、ファルの開けた穴から外を覗く。すると、そこには信じられない光景が……
「な、なんだ……こいつ……」
そう。今まで見たことのないほど大きな鳥が荷台を持ち上げているという信じられない光景がそこにはあったのである。
「なんだ……とは失礼……ですね……」
「その声!ファル……なのか?」
「ええ、超特大鳥の姿になって今少しだけこの荷台を持ち上げています」
ファルは元々鳥の精霊だなんてことを言っていたが、ここまで大きくなれるとは。鳥になった彼女は車輪が地面に触れない程度に荷台を持ち上げることで荷台の崩壊を抑えている。
康介の驚きをよそに、ジリジリッと、荷台の後ろのの方から嫌な音がした。一度、荷台の中に戻り、そちらを見やると、ファルの作った草の壁の先からその音は聞こえる。攻撃されている。
「くそっ!オオカミたちか!」
「あ!村が見えてきました。このまま直行します!」
バスがそうして声を上げると同時に、馬車は森を抜け大きな草原に出る。すると、バスの言う村が見える。
「よし!頼むからそこまでもってくれよ!」
康介は攻撃されている草の壁に、ファルに掴まれている荷台にそう呼びかけた。
それに意味があるのかどうかは知らない。ただ、そうであることを信じて……
すると、ガタンと音がし荷台が大きく揺れる。
「こ、今度はなんだ!」
「ごめんなさい、ワタシです!どうも調整が難しくて」
ファルは暴れる荷台をどうにか安定させようと全身全霊の集中を払いながらそう答え、
「頑張ってくれよ、ファル。お前にかかってる」
康介はそう願うことしかできない。
ファルは今荷台を持ち上げているが、それはとても繊細さが必要な業であった。大変なのは馬の走るスピードと同じくらいの速度でファルも進まなくてはいけないということ。
もし、少しでも速さがズレたら……
「クソっ、そんなこと考えたくもないぜ。ファル頼んだぞ」
康介がそんなことを願うそばで、馬車の速度はみるみるスピードを増していく。急に坂になった訳でもないのにどうして……
「そうか……ファルが荷台を持ち上げてるから、馬の負担が減って走る速度が増してるって訳か」
なんて、冷静に考察をしている場合ではない。馬もパニックになっているのか馬車の速度はどんどんとスピードを増していく。バスも必死に手綱を握り馬を落ち着かせようと努めているが、これには流石に康介も命の危機を感じずにはいられず……
「やばいやばいやばいっ!!」
その瞬間、馬車の荷台の後ろにガタンという大きな音が響く。
康介が恐る恐る後ろを見ると、そこには奴らが草の壁を食いちぎり、次々と荷台に入り込もうとしている姿が見えた。
「くそっ!!もう、壊されたのかよ!あと少しもってくれよ!」
康介は入ってきた黒狼を何度も踏みつけ、なんとか荷台から体を離させた。
しかし、そうするとまた他の奴が荷台に上がってこようとする。
「キリがねえ……」
「ヴェント!!」
すると、その詠唱と共にオオカミは身を投げ出して吹き飛んだ。
鳥状態のファルからの援護だ。
ナイス援護と言いたいところだが、残念ながらそんな一言を言っている暇は康介にはない。
新たな個体がさらに荷台に入り込んでくる。
康介はそれを払い除けようとするが、そのうちの一体が康介の腕に飛びつき噛み付いてきた。
「っ!いってぇな!!こんにゃろー!」
康介は叫びながら、大きく腕を振りかぶり自分の腕を噛みつく黒狼を外に投げ飛ばした。大きな身体が荷台の外に飛んでいく。
しかし、それでも入ってくる黒狼の数は減らない。
「ああ!あと、もう少しで結界です!」
聞こえてくるバスの声。
バスはここまでイレギュラーだらけの中、馬車を運転し続けてきた。よく、ここまで耐えて来た。
ファルも懸命に荷台を持ち上げている。
そして、今まで特に何もしていない康介。そんな彼に今、与えられた使命。それはここで黒狼を食い止めること。それが今、康介にできること。
「コウスケさんあと少しだけ!もう少しだけ耐えて下さい!!」
ファルは荷台を掴む部分が壊れかけ、限界だろうに、そう叫ぶ。
あと少しだけ。あと少しだけ耐え抜けろと。
不死身の康介にはできるのはそれくらいだと!
結界らしき結晶石のかかった木が見えてきた。あと少し!
「カッコいい名前だなんて言ったが、今となってはお前らのことなんて大嫌いだぜ」
そう吐き捨て、康介は黒狼達に突撃した。一体をパンチで投げ飛ばし、もう一体を蹴りではたき落とす。
「あと、10秒もってください!」
「ガァ!」
すると、3体の黒狼達達が康介に向かっていく。そして、康介は3体のうち2体のターゲットを取るが……
「なっ!?」
もう荷台の屋根はほぼ壊れて、中が剥き出しになっている。だから、荷台にいる黒狼達にも馬を操縦している存在は認知できる。
他の二体とは違う獲物を狙う。そんな賢い奴が一体いても不思議ではなかった。
残った一体は荷台を超え……即ち、手綱を引くバスの方へ。
「バスさん!!」
一瞬の隙。あと少しだと気を抜いた。
康介でもファルでも救えない。気づいた頃にはもう遅い。
もらった。とばかりに黒狼はその口を大きくあけ、バスの首を食いちぎり……
とは、ならなかった。
何故なら、その一体の黒狼は空中で血飛沫を上げたのだから。
そう、
「あ、あ……」
「ほんっとうにごめん。やっと追いついた!」
「シャーロット!!」
シャーロットの登場に震えながら、康介も2体の黒狼も投げ飛ばし……
「いっけぇーーー!!!」
そうして、馬車は結界を通り過ぎて、次第に速度を緩めていき、止まった。
すると、後ろを追いかけて来ていた魔獣達も結界の前で立ち止まり、踵を返し森に帰って行ったのだった。
「はあ、一件落着、か……」
そうして、康介は地面に倒れ込み、薄く笑いながらそう呟いたのであった。




