第12話 死んでいないならば
康介は話を終えて、一度息をつく。
話を聞いていたファルはというと、小鳥から少女の姿にいつの間にか戻っていたようだ。
「……コウスケさんはやんちゃ坊主だったってわけですね」
「この話聞いた感想がそれかよ」
まあ、確かに間違ってはないが。
だが、昔の康介のしていたことはやんちゃで済ませれるほど、かわいいのものではなかった。
ふと森の中には乾いた風が吹き、俯きげな康介の髪を揺らした。
「コウスケさん、色々あったんですね」
「……あぁ」
「辛かったですね」
「何を……全部俺のせいだろ」
「確かに、コウスケさんのせいですね。でも……」
ファルはそう言い、さらに続けた。
「でも、それがどうかしたんですか?」
「は?」
ファルは、目の前の少女は何を、言っているのだろうか。
康介はそれが理解できず、口を開け続ける。
「そのことと、コウスケさんがシャーロットさんを助けに行かないことって関係ってありますか?」
少女はただまっすぐと康介を見てそう言う。
「わからないか?俺はあの頃、自分のことしか見えてなくて、周りに迷惑ばかりかけて、まず、友達を失った……手を差し伸べてくれた恩人にだって泥を塗って……違う、そんな可愛いもんじゃねえ……俺はただの犯罪者だ……今だって同じじゃないか……あの時、もうこんなことはしないって決めたのに!!……決めたのに……」
康介は上げた顔を下ろし、手を閉じ地面の土を握る。
「決心したのに……俺はあいつの足を引っ張って……中途半端な俺が人を助けようなんて自己満足で余計なことして、結局あいつを傷つけて、また俺は大切な何かを失ったんだよ……そんなのあの時と何にも変わらないじゃないか……あの時と何が変わったって言うんだよ!」
そうだ。康介は何も変わってない。
不良をやめたからって、この世界に来たからって、康介が周りに迷惑ばかりかけるのは変わるわけないのに。
異世界来たなんて浮かれて、調子に乗って、でしゃばって……
「あの時俺がなんも考えずに大声上げて、その上あいつは俺のことを庇って……そのせいでシャーロットは今や死んじまってるかもしれないのに……」
康介は拳を握りしめる。ただ握りしめる。すると、爪が手のひらに食い込み血が滲んできた。
「けど、それはもう起きてしまったことです」
「ああ、そうだよ!けど、俺は疫病神でクズで何者でもない。人の足を引っ張るだけのクズで、雑魚!それだけは確かだろ……もう誰も傷つけたくないんだよ!もう!俺は誰の迷惑もかけたくないんだよ!!」
康介は大声で叫ぶ。すると、周りの木に止まっていた小鳥達はその場から飛んでいき、風は止み、木々の揺れがおさまった。
森が静まり返った。
「自分を責めるのはもう十分ですか?」
静まり返った森の中、ファルは言った。
「あの頃と今が同じなんて、全然違いますよ」
「何言ってんだ!同じだろ!!俺は周りの人に迷惑をかけた!」
康介は、またそう怒鳴った。
そして、次は声のトーンを落とし、
「しかも、シャーロットは……初対面の俺を助けてくれて…道案内もしてくれたんだ。この世界に来て、何も分からなくて、困惑してた俺に、シャーロットは俺に優しく寄り添ってくれて……嬉しかったんだ。だから、助けたいって……カッコつけたかったんだよ……普通じゃありえない状況に立たされた俺はまるで自分が物語の主人公のような気がして……調子にのって……けど、そんなの間違いだった。それ自体はあいつにとって、迷惑でしかなくてよ……俺の根本は変わらない、あの時だって調子に乗ってでしゃばって最悪の結果を招いた……だから、もういいんだ……俺はもうなにもしない方がいいんだろ……」
「……そんなこと、ありませんよ」
ファルは首を振る。康介にとってファルの言葉は苦痛でしかなかった。ただ康介を慰める言葉なんていらない。そんなの自分の惨めさが際立つだけだ。
「なに言われようが、俺はクズだ……」
だから、もうなにも言わないでくれ。もう放っておいてほしい。
ファルはそれを聞いて口を開いた。
「あなた、馬鹿ですか?」
「は?」
「あなた先程から迷惑をかけただの、足手纏いだの、疫病神だの。そうやって自分を位置付けて自分は変わってないんだなんて言って自らを評価して、結局何もしない。変わる気がないのはあなた自身じゃないですか」
「なんだと……」
「まるで自分が何か悪い霊に取り憑かれてるような言い方をして。だから、自分じゃどうしようもないって現実から目を背けてるんじゃないですか?」
「お、お前になにがわかるんだよ!!わかったような言い方しやがって!」
「じゃあ、なんでシャーロットさんを助けに行かないんですか?」
「だから、俺が行ったって足手纏いに……あの時と同じになるだけだろ……だから……」
「いい加減にしてください!」
「……」
「あの時と同じ?自分が行っても足手纏い?なに見限ってるんですか!!起こってしまったことは仕方ないですよ、仕方ないんです。いくら後悔したって時は戻らない。ですけどねぇ!シャーロットさんが今なにされてるかもわからない!殺されるかもしれない!そんな時にそうやって泣きしゃぐって、シャーロットさんを助けに行かない?自分は何もしない?そんなの、自分の行動で助けようと思った人を傷つけてしまうことよりよっぽど酷い!『あの時』以下じゃないですか!」
「あ……」
その言葉は康介に、今置かれたあまりにも辛すぎる現実を知らしめるには十分すぎた。
そんなこと、最初から分かっている。
分かっているのに……
「コウスケさんの話だと、シャーロットさんは知らない人の道案内もして、迷惑かけられてもその人を命をかけても守る。呆れるほどいい人です」
「そんなこと分かって……」
「けど……」
そのファルの言葉には続きがあった。
ファルは続ける。
康介には続くファルの言葉が、康介のすり減った紙一枚にも満たない心を抉り取るために発せられるように思われた。
逃げ出せたならそうした。
しかし、ファルの目はそんな康介をひき止めさせる。そんな不思議な力があった。
そして、ファルの口はゆっくりと開かれ──
「けど……コウスケさんもシャーロットさんも"同じ"じゃないですか」
そう、言ったのだった。
「は?」
彼女は何を言っているのだろう。
康介とシャーロットが同じなんて、
「そ……そんなわけないだろ!!シャーロットは初めて会った俺のこと助けて……お前だって今そう……」
「ですよね。じゃあ、コウスケさんも同じじゃないですか」
「だから、お前は何を言って──」
「だってあなただって、今日シャーロットさんと初めて会ったんじゃないんですか?」
「は?」
康介は唖然とする。
それとこれにどういう関係が──
「あなただって、今日初めて会ったシャーロットさんを、危険を犯してでも助けようとしたじゃないですか?」
「ぁ?」
「だから!あなたが足を引っ張ったって迷惑かけたって、あなたは、コウスケさんはシャーロットさんを助けたいって命をかけたんじゃないんですか!!」
「……」
「結果的にそれが悪手に回ってしまったってコウスケさんはシャーロットさんを後先考えるより先に救いたかった!!違いますか!!」
何故だろうか?ファルの目は少し赤く潤んでいた。それでも口を動かすことをやめずに、ファルは続ける。
「コウスケさんはシャーロットさんが心配で大声を上げた!!目の前の敵を忘れる程に必死になって、シャーロットさんの身を案じてシャーロットさんに駆け寄った!!それが、優しさと言わずなんて言うんですか!!」
ファルは叫ぶ。
まるで、静まり返った森に命を注ぐように、
「それを、その優しさを迷惑だなんて誰がそんなこと言えるんですか!!」
森にはファルの声だけが響き渡る。
まるで、森も静かにファルの叫びを聞いているかのように。
「……優しさ?俺がしたことは、ただの自己満足じゃないか……あの頃と……同じだろ……」
「ええ、同じです。あの時のコウスケさんだって志保さんを助けようと思って行動した。いつだって、コウスケさんには優しさがあるんです!!それが自己満足と言われたって、その行動の原動力に優しさがあることは嘘じゃない!!違いますか!!」
その言葉の一つ一つは康介の胸に落ちていく。
「俺が……優しい……」
「そうですよ。少なくともワタシはそう思います。だから、それを誰かが迷惑だと言ったってワタシがそんなこと許しせません!!ワタシはコウスケさんを肯定します……だからーーー」
ファルは自分の目から溢れる涙を気にはせずに大きく息を吸い、
「だから、もう…………迷惑だなんて言わないで下さい」
ファルは優しく康介に笑いかけたのだった。
すると、何処かに飛んでいったはずの小鳥達がこの森に戻ってきて、風が吹き木々を揺らす。
小鳥達のさえずりと共に、雲に隠れていた太陽が現れる。
そして、それは康介を照らしてくれているようで……
「……迷惑じゃないのか?」
康介はただそう呟く。
「言ったでしょう。コウスケさんは人としてすべきことをしようとしましたよ」
「……人として?」
「はい。それは誰かを助けようとするということです。誰かの為に、それも見ず知らずの初対面の人の為に命をかけれる。そんな人はこの世に一握りしかいませんよ」
「けど俺は、シャーロットを……」
守れなかった。そう続けようとすると、
「そうですね。……だけど、今から助ければいいじゃないですか。自分が変わってないと思うなら今から変わればいいじゃないですか。だって、あなたはまだこうして生きている……」
「だけど、シャーロットはもう……」
「あのですね……ワタシ森中にいる命を感じ取れるんです。……だからわかります。シャーロットさんはまだ生きてますよ」
「っ!……だけど、俺にそんなことできるのか?シャーロットを助けるなんて、この俺に……」
「……出来ますよ。あなたとワタシなら出来ます」
ファルはそう答え、康介の前に手を出した。すると、康介の目からは自然に涙が零れてきて……
「俺は、誰かを助けたいって、そう思ってもいいのか?」
「何言ってるんですか……そんなのコウスケさんの自由じゃないですか」
「俺は……俺はシャーロットに必要とされてるのか?」
「そんなことわかりませんよ。ワタシはシャーロットさんと話したこともないんですよ?……だけど、コウスケさんが誰かを助けたい、誰かに必要とされたいとそう思うんだったら……なれますよ。ここから、いくらでも。だって、コウスケさんは──」
康介はその少女の言葉に優しく包み込まれ
──
「ーーあなたはまだ死んでなど、いないのだから」
そう、少女はファルは言ったのだった。
「なあ……ファル……」
「なんです?」
「俺、シャーロットを助けたい……」
「ええ、助けに行きましょう」
心が震える。
彼女の言葉は康介の胸の奥底にすっと手を差し伸べる。そして、その手は康介の中にあるモノを優しく包み込んで……
「ここで逃げたら俺はもう一生変われない気がするんだよ。だから、もう逃げないよ」
もう、康介の目に涙は溢れ出なかった。
ただその目には、希望という名の輝きがあって──
康介はただ目の前にある少女の手を握ったのだった。




