第11話 『不良』荒木田康介
「だから、話してみて下さいよ」
ファルはそう言う。
康介のことを知りたいと。何をそんな思い悩んでるのか知りたいと。
(会ったばかりの少女にそんなこと言って何が変わるっていうんだよ)
康介はそう思う。
しかし、ファルの方は偉そうに胸を張り、
「ワタシ、こう見えても100年は生きてるんです。お悩み相談だってどんとこいなんですから」
「そうは言っても、自分より年下の女の子目の前にしてそんなこと話したくねえよ」
すると、目の前から少女の姿が消え、小さな小鳥が現れる。
「何を。あなたの前にいるのは森の小鳥だけですが」
なぜファルはここまで康介のことを知りたがるのか。
それをこっちが知りたいぐらいだ。
だが、
(小鳥になら……か)
康介はそう思いながら俯いて笑う。
そして──
「……俺は……俺は実は他の世界で生きてきた異世界人で──」
康介は小鳥を前にそう話し始めたのだった。
荒木田康介は東京都練馬区で生まれ、練馬区育ちで、母と父と三人暮らし。
そんななんとも変わり映えのない家庭で育った。
俺は小学生の頃、いわゆるガキ大将ってやつで、ちょっと力の強かった俺の周りにはいつもいっぱい友達が集まってきた。
俺が大勢の友達を家に連れてくると、母さんも嬉しそうに俺の友達をもてなしていたのを良く覚えている。
父もそのことを誇りに思っていたと思う。
まあ、父は厳しくて口数の少ない人だったから、絶対そんなこと言ったりしなかったが。
だけど、いつからだろう、俺が変わってしまったのは。
いや、俺自身は何も変わってなんかいなかったのかもしれない。最初から、こうだったのかもしれない……
中学生になると、学校ではグループが形成されていった。陽キャとか隠キャとか、その中にも色々グループがあって、俺は一つのグループのリーダーだった。
俺たちは、コンビニで屯したり、年下の小学生をパシって飲み物買ってこさせたりしたり、いわゆる不良の卵みたいなことをしてた。
けど、そんなことをしていると小学生の頃からの友達が少しずつ俺のグループを抜けていった。今思えばそれは賢明な判断だったのだろうと思う。
当時の俺はそんなことする理由なんてわからなかった。だけど、グループを抜けた人を無理に連れ戻したり、虐めたりなんかはしなかった。
それは、なんとなく格好悪く思えたから。
ちょうどその頃だろうか。コンビニを屯していた俺の友達が隣の学校の年上のヤンキーにボコボコにされたのは。
俺は最初そのことを聞いた時、怒りで震えた。けど、それと同時に気分が高揚もした。
そして、仲間を傷つけたそのヤンキーたちに報復を与えるという考えに辿り着くのも極単純な話であった。
俺は次の日、グループの仲間達を連れて隣の学校の年上のヤンキーに会いに行った。
もちろん、
これが俺たちのはじめての喧嘩のだった。
そして、リンチにされた。
当たり前だった。俺たちは年下で数的不利、さらに個々の力も相手の方が上だったから。
それに怖気付いて、少し仲間が俺の元から離れていった。
けど、そんなんじゃ俺の喧嘩に負けた怒りは引かなかった。
俺は残りの仲間達を連れて、またヤンキー達に挑んだ。
そして、負けた。
それでも俺は諦めなかった。
毎日、そいつらに、無謀な喧嘩を挑み、そして負けた。
そして、毎日傷だらけになって帰ってくる俺を見て、母さんは心配そうに言った。
無理だけはしちゃダメだからね、と。
しかし、父はそんな俺を毎日叱りつけた。
だから、俺はそんな父が大嫌いになっていった。
俺は、街の不良達と毎日のように喧嘩をしては、
勝利し、ボコボコにされ、を繰り返した。
何度も喧嘩をして、経験を積み……
そして、俺は遂に例のヤンキーに勝利した。まずは不意打ちで二人たおし、その後はボロボロになりながらもがむしゃらに立ち向かっていき、
気がついたら目の前には倒れているヤンキー達の姿があった。
俺の気分は高揚した。
快感を覚えた。何度負けても最後に勝つことがこんなにも気持ちいなんて。
それから、俺は他の地元で強いと言われているヤンキー達に勝負を挑んだ。
けど、俺が負けることはどんど少なくなっていった。
俺は確実に強くなっていっていたのだった。
それでも、負けたやつには何度も挑戦し……
最後にはぶっ飛ばしてやった。
どんなに負けても最後に勝つ瞬間というのは、本当に気持ちが良かった。
そして、俺はそんな自分をカッコいいと思っていたんだ。
けど、ある日……いや今でも覚えてる。
あの日、俺は初めて女と喧嘩した。
そして、負けた。
油断してたわけでも手を抜いたわけでもない。ただ、そいつは俺が今まで戦った誰よりも強かった。
当時、俺は中学3年生。
そいつは、多分高校生だ。地元の高校の制服を着てたからわかった。
「おいおい、何度やったって、あんたみたいなガキが私に勝てるわけないだろ?」
そいつは、いつも通り倒れている俺を見下ろして笑う。
「こんなのにやられてるなんて男どもも大したことないね。なあ、ガキ?て、おい、寝てんのか?」
そいつは俺を覗き込むようにして無防備にも身を寄せる。
「おらっ!!」
そこで、俺はそいつに勢いよく頭突きをかますが、簡単に避けられてしまった。
「くそっ!」
「ははっ、あんたも手段を選ばないねー。レディの顔に傷つけるつもり?」
「何がレディだ、化け物!不意打ちでもダメとかどうやったらテメェを殺せんだよ!」
「ひどいなー、化け物呼ばわりは流石の私も傷ついた」
「うるせえ!お前、女のくせに強すぎんだよ!」
俺は今まで何度もこの女に勝負を挑んだ。だが、一回も勝てなかった。パンチをしたらカウンター、キックをしたら転ばされ上に乗られて殴られる。タックルをしたら膝蹴りをされる。何をしても対応される。まさに隙がない。
「そりゃ、私の方が年上なんだからさー。力も強いし、あと私格闘技習ってたからさ。私より弱くて当たり前よ」
「お前以外でも格闘技かじってる奴らなんて沢山いた。けどな、そんなの路上の喧嘩じゃ関係ねえんだよ、普通な!」
「そうかそうか、そんなに勝ちたいなら武器でも使えばー?お手軽だよ」
「それは俺のプライドが許さねえ!」
「あはは、なんだそれ。ガキだなー、ほんとに」
その女はそう言うと、お疲れ様と言わんばかりに缶ジュースを俺に放った。
「君気に入った。名前は?」
「荒木田康介」
「私は田中志保。まあ、いつでも相手してあげるからうちのジムにおいでよ。こんな路上でやるって言っても、武器も使わないからジムとたいして変わらないだろう」
「ほんとに来た」
「うるせえ!俺はお前が殺せればどこでやってもいいんだ!」
「殺すのは無理だよ。今から私たちがやるのは総合格闘技。喧嘩に最も近い格闘技だ。素手のままでいい。なんでもあり、まあ、頭突きもありで、てかもうなんでもいいや」
「そうかよ!!」
「ほんと君、懲りないね」
「くそぉ……これで……30敗目か……」
「よくこんなことばっかして飽きないね」
「あー、くそっ!!あれ禁止だ!タックル禁止。お前力強すぎんだよ。押さえつけられたらなんもできねえ!」
「あれはね、力ってよりかは技術だよ。相手をグラウンドに押さえつける技術があるんだ。教えてあげるから来なよ」
「ああ、望むとこだ!」
「構えはこう!右のパンチ打つ時、左のガード下げたらダメだ。打ち終わりにその場に立たない!頭の位置変えて!」
「まだまだぁ!!」
そして、ざっと3か月ほど経った。俺は放課後、毎日志保とジムで決闘を繰り広げた。
一回も勝てたことはなかったが。
「なあ、志保」
「なに?」
「最近お前浮かない顔してんな。なんかあったか?」
「へえ、乙女の心がわかるんだ」
「そういうのじゃねえ、ただ、浮かない顔してんだろ」
「はは、実は最近、私ストーカーにつけられてるんだよ。相手も相当な手練れでね、こっちから接触しようとしてもすぐにいなくなってしまってさ」
「あんなに強いお前もストーカーにはビビってんのかよ」
「乙女心がわかってないね。それとこれは話は別。レディなら誰だって自分の身を心配するもんさ」
このように、プライベートの話もすることも多くなり、2人の距離はだんだんと近づいていた。
「あー、くそ、またかー!フェイントに左のパンチ打つ癖が抜けねえ!」
「はは、君もすっかりこのジムの一員だね」
「ジムって誰もいねえじゃねえか。なんなんだよここは」
「言ってなかったけどね、ここの建物の一階が私の家なんだ。2階のこのジムは今休業中。昔はお父さんが私のコーチでさ、楽しかったなー。けど、お母さんが死んじゃってから、お父さんも私置いて家出てっちゃってさ。今はお父さんが残したお金とバイト代でなんとかやりくりしてる……いや、してたんだけどさ……」
「なんだよ」
「いや、ごめんね。子供の君に話すことじゃなかった」
「俺を子供扱いすんな!俺はいつだって一人で戦ってきたんだ!」
「子供だよ。君はこの世の中のことをなんも知らない。君とこうやってここで練習してるのはさ、このままじゃ君がヤバい連中に喧嘩挑んで死んじゃいそうだなと思ったからなんだ。なあ、康介、私がいなくなっても、もう喧嘩なんてやめるんだよ」
「だから子供扱いすんな!俺のやりたいことは俺が決める」
俺はそう大声を張り上げたのち、俺はしばらく黙っていた。そして、大きく息を吸い上げてから、
「なあ、志保。俺さ、格闘家になるよ。今はまだ弱いかもしれないけどさ、いつかもっと強くなって、お前を超えてやる」
「目標が低いな、君も高校生になれば私のことくらいすぐに越せるよ。君は強い。だからこそ……その力は大切な人を守るために使うことだ」
「恥ずかしいこと言いやがって。それより、お前はどうなんだよ」
「ん、私?」
「ああ、俺は夢を語った。お前はどうなんだ」
「私の夢か……そうだな、今はただ……この家を出ていったお父さんに会いたい。あんなくそおやじだけど、昔は本当に優しかったんだ。それが急にいなくなっちゃってさ。今はただ、私をおいてどこ行ってたんだよって。一発殴って、あとはそうだな……また一緒に暮らしたい。だけど……」
志保はさみしそうな表情から少し笑って、
「しばらくはこのまま君と遊ぶのも悪くないね」
そう言った。俺はなんか恥ずかしい気持ちとイライラする気持ちが混じったように言い放つ。
「ふんっ、余裕ぶっこいてられんのも今のうちだっつうの!」
「じゃあ、かかってきなよ」
「望むところだ!」
正直言うと楽しかった。
それから、数日後のことだった。俺はいつもと同じように、志保のジムに向かった。
どうやら、うれしいことがあったらしい。俺にも直接伝えたいからと連絡をしてきた。
「珍しいな、めったに連絡してこないくせにな」
俺はいつもの道を通り、ジムに向かう。
その時だった。
俺の向かい側からフードをかぶり、サングラスにマスクとなんとも怪しい男が歩いてきた。俺はその男を怪しげにみる。そして、すれ違いざま、その男のスマートフォンの画面をのぞくと、
「おい」
俺はその男の肩をつかみ、そう声をかける。
「その写真どこで手に入れた?」
「は、は?」
「とぼけんな!」
俺はその男の胸ぐらをつかんで、怒鳴りつけた。
「お前か!うわさに聞くストーカーさんよ」
そう言って俺は男のスマホを手で払う。道に弾き飛ばされたスマホの画面には志保の写真があった。
「な、なんだい、きみは……」
「言い訳無用!」
俺は、何かを言いかけた男を大外刈りで転ばせ、上から押さえつけようとした。
しかし、男はそれを察知して、それよりも早く俺の身体を持ち上げて投げ飛ばす。
「ぐはっ」
地面に投げつけられた俺は、すぐに立ち上がり男にタックル。しかし、それもしのがれ逆に転ばされて上に乗られた。下になってもがく俺を押さえつけるようにその男は俺の首を抱えて締め上げようとする。
「勘弁してくれよ。相変わらず不良が多いなこの町も」
「は、はなせ……」
相手は大人。力では勝てない。そこで、俺はその男の腕を思いっきりかみつく。
男が一瞬ひるんだすきに俺は男の拘束を抜け出し、男の顔にサッカーボールキックを浴びせた。男はそれを腕で防ぎ、素早いステップで俺に近づき強烈なパンチをお見舞いした。
(あ、意識が……)
俺は脳が揺れるのを感じながら、なんとか立ち続ける。
俺は志保から教わったことを思い出して、ステップからのワンツー、フック、そしてハイキックのコンビネーションをするが、すべてよけられてしまった。
(康介、いいこと教えてやる!ハイキックがよけられたら相手は無防備な君に距離を詰めてくるだろう。だからね、ハイキックした後は……)
俺は、ハイキックをした後、体を回転させ後ろ回し蹴りをする。その攻撃は男のあごにドンピシャで当たった。
相手が倒れたのを見て俺は慌てたように男の顔にキックをあびせ、踏みつけ……
ここから先のことは覚えていない。ただ、ひたすらに拳をぶつけた。
「はあ、はあ、はあ……」
気が付くと、目の前には血だらけで、倒れた男。そして……
「馬鹿野郎!」
パンと音が響き、ほほにひりひりとした刺激が感じられる。俺は声のした方向をゆっくりとを見た。
「し、ほ……?」
「何やってんだよ、康介!」
そこには目をかっ開き激情した志保がいた。いつもふざけたような態度を取っている志保からは想像できない表情。
その様子に俺は驚いて言葉も出ない。アドレナリンが切れたのか、拳が痛み始めた。
俯くと血で赤く染まった両手がそこにあった。
「な、何って、お、おれは……ただ……」
「馬鹿野郎!息してないんだぞ!!」
「俺は……お前が言ってたストーカーの話を思い出して……それでこの人が……お前の写真持ってたから……」
「なにいってんだ……康介……その人は……その人は……」
志保はこらえるようにまっすぐと俺を見つめる。その瞳からは一筋の涙がこぼれていた。
「この人は……私のお父さんなんだよ……!」
「は……?」
一瞬理解できなかった。違う、理解したくなかった。
「お父さん息してないんだよ……!やっとお父さんの連絡できて……今日やっと会えると思ったのに……お父さん……!まだ話してもないのに……」
「はぁはぁはぁ……おい、待ってくれ……俺は……俺は……何を……何を……」
救急者のサイレンが聞こえる。
「お、俺……違う!違う!そんなつもりじゃ……。ああぁ、ダメだ……」
「けが人だ!」
すると、救助隊が到着し、志保のお父さんを救急車に運び始めた。
「ああああああ……あ……」
俺は頭を地面に打ち付ける。何度も何度も。頭にこびりついた現実を払うために……
「……やめろ、康介!!」
志保は俺を殴りつけ、胸ぐらをつかむ。
「逃げるな!現実から逃げるな!自分がしたことを受け止めて、前を見るしかないんだよ!お前はこんなところで終わる人間じゃない。わかったら、ここから立ち去れ!私がお前を殺す前に!」
涙を流しながら志保は俺を睨みつけた。俺の視界がぼやけ、瞬きをすると頬に水滴が落ちる。
俺は黙ってうなずき、志保から背を向けた。
走った。怖かった。誰かに指をさされてる気がして、目をつむって走り続けた。
車にひかれたっていい。そう思いながら、走った。それから先のことは覚えていない。
後で知ったのは、志保のお父さんはいまだ意識が戻らないことと、田中志保が暴行容疑で捕まったこと。おそらく、志保は俺の罪をかぶったのだろう。
「俺がやったことなのに……あいつの大切な人を俺は……うっ」
嘔吐した。俺は罪の意識に苛まれ、俺はこの世にいちゃダメな人間だと本気でそう思った。
だけど、あいつの最後の言葉がそれを許さない。現実から逃げるなと言われたから……
今思えばそれもただの言い訳だ。俺は何度だって死のうとした。だけど、怖かったのだ。
死ぬのは怖い。そんなかっこ悪い感情にふたをして自分が死ぬことは志保を裏切ることになるだなんて言い訳しているだけ。
俺はこの出来事を……自分の罪を誰かに明かすことはできなかった。
父はどこで知ったか俺がよく志保のジムに行っていたことを知り、
「まさか、お前も何か悪さしてないだろうな」
「……」
「暴行で捕まった娘もすぐに出てくるだろう。あんな野蛮な奴とはもう関わるのはやめなさい」
「……うるせえよ」
お前に何がわかる。あんたに志保の何がわかる。
もちろんわかってる。俺がクソなのは誰よりもわかってる。
けど……
「あいつのことは……」
次の瞬間、乾いた音が響いた。俺の頬はヒリヒリして、目の前には仁王立ちする父親が何かつぶやいた。
「クズめ」
いつもなら俺は殴られっぱなしで終わるようなたちじゃない。けど、今回は怒りより自分に対する情けなさが勝って、何もやり返さなかった。
やり返す気力もおきなかった。
それ以降、父は家を出ていった。俺は毎日俺を叱ってくる父が嫌いだったので精々する。
と、思った。
だけど……俺は見た。
母さんが自分の部屋で泣いているところを。
「あの子は何も悪くない!あの子は巻き込まれただけなのに……!」
一人で泣き叫ぶ母さん。
違うんだよ、母さん。悪いのは俺だ。志保は自分が一番つらいのはのはずなのに俺をかばった。母さんは犯罪者の俺を信じて涙を流す。
俺は大切な人を守れない。志保だって、母さんだって……
(俺は疫病神だ)
俺の行動のせいで大切な何かを失うのが怖くなった。
(もう、誰ともかかわらなければいいんだ。そうすれば失うことも傷つくことも……ない)
もう誰も傷つけないように。俺は外とのつながりを遮断した。
不良はやめた。家に引きこもっていたら、母さんが学校には行きなさいと言ったから、学校には入った。母さんを心配させたくなかったから。
だけど、極力誰とも話さない。喧嘩を売られることもあったが、無視するか適当にあしらった。
俺は、前を向いているのだろうか。否、そんなわけなかった。
何をするにも無気力、こうなったのは自分のせいなのに……それを思い出すたび、俺は自分を殺したくなる。
ただ、思い出さないようにしてるだけ。
そんな日々の中、俺は青白い光を見た




