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2.どういうことかご説明願おうじゃないか

「ちょっと、ハリー、ねえ、どういうことなの!?」


 大広間から、ハリーの側近という近衛隊の制服を着た人たちにこの部屋に連れてこられて、ほどなくして部屋に入ってきたハリーの襟元を掴んで詰め寄った。

 慌てた近衛兵たちが私に槍を向けようとしたけど、ハリーはゆっくりとそれを制して私にがばっと抱き着いた。

「うわー、やっぱりナスカにはその色のドレスが似合うね。可愛いなあ」

 それまできりっと王子様然としていたハリーは、急にへにゃあっと表情を緩ませる。


 ここに着くなり、淡い水色のドレスとそれに合わせた青色の宝石を、あれよあれよという間に身につけさせられた。

 いや、お風呂に入るところから始まったんだけどね。だって、村にいきなり王宮文書を持った文官様と近衛兵が迎えに来たんだよ。そりゃ、着の身着のままでどこに引っ立てられるのか、恐ろしかったに決まってるじゃないか。

 丸々3日馬車に揺られてここまでやって来た。

 そんな私に、おんなじ服着た女性たちが、寄ってたかって身ぐるみ剥いで、お風呂に沈めて、ピッカピカに磨きにかかってきた。あんなとこやこんなとこまで人の手で磨かれるなんて、初めての体験で、やーめーてー! と何度叫んだか知れない。

 それでも、日焼けした肌や髪、手入れされていない手や爪はどうしても変えられないんだけどねえ。


「ちょー! そんなことじゃ誤魔化されないんだからね!!」

 

 そう、とりあえずご説明願いたい。

 確かにね、舞踏会に行ってみたいとは言いました。

 そりゃ、子どもの頃は貴族のお姫様に憧れましたよ。領主のステン男爵一家が夏至祭の挨拶にバルコニーにお出ましになった時のお嬢様のドレスはとても素敵だったし。

 いつかあんなドレスを着てみたいなあなんて、ハリーの前で言ったけども!

 小さい子供が見る夢よ、そんなの。


 それを、ハリーは真に受けたの?


 そもそも、ハリーがフリードリヒ・フェルディナンド・ゴーベル王太子だなんて、知りもしなかったし。


「だって、ナスカに僕は王太子フリードリヒなんだよ、なんて言ったって信じてくれなかっただろう?」

 困ったようにハリーが呟く。


 ハリーは私の暮らす村に年に一度、夏の期間だけ避暑に訪れていた。同い年の友人を作りたいというハリー側の大人の都合で、牧師様が私たちに引き合わせたのだった。

 ハリーはこの村に来ると、牧師様の息子のロベルトと、パン屋のハンスと、私と、鍛冶屋のマリーと小作のハンナといつも一緒に遊んでいた。

 避暑に訪れるくらいで、私達よりもかなりいい身なりをしていたから、どこか裕福なおうちの子どもなんだろうな、と思っていたけど。


 ——けど。

 まさか王子様だとは思いもしなかった。


 どうりで、川で遊ぶときにそばかすが気になるから川遊びは好きじゃないとか、我儘抜かしていたわけだ。


 小さい頃はそばかすが可愛い男の子だったのに。


 こんなに育っちゃうなんて。

 

 3年ぶりに会うハリーは、背も伸びて、そばかすなんてすっかりなくなっちゃって、昔絵本でみた王子様そのものだった。今日着ている金糸で縁取りされている白のタブレットがとても似合ってる。本当にどこからどう見ても素敵な王子様だ。


 ——しかし、その素敵な王子様が村娘と婚約するなんて言い出したら、そりゃ、頭おかしくなったと思うよね、みんな。


 もう、ため息しか出ない。


「僕はずっと、小さい頃からナスカのことが好きだった。13歳になって、婚約者を選ばないといけないと父から言われて、アメリアに引き合わされて、婚約者だって言われたんだ。だけど、どうしてもナスカのことが忘れられなかったんだ。

 それに、ナスカ、舞踏会に行ってみたいって小さい頃言ってたろ? 僕からしたら楽しいものではないけど、ナスカは喜ぶだろうと思ったんだ。一度、王宮の舞踏会を体験させてあげたいなって」


 あげたいな——って、可愛く言っても無駄だから!

 怒ってるのよ、私は!


 そんなことをハリーは簡単に言うけど、そう簡単なことじゃないってのは、ただの村娘の私でもわかる。

 っていうか、どんだけ我儘王子なんだよ、ハリー!


「……ねえ、ハリー、一つだけ、聞いていい?」

「一つと言わず、何でも聞いて」

 私の顔を見ると、ふにゃあとまたまた表情を崩したハリーは私を腕に収めたまま離さない。

 ……鬱陶しいな。


「アメリア公爵令嬢様と婚約破棄しようなんて、誰が思いついたの?」

 だって、お貴族様って政略結婚が普通でしょ? 領主のステン男爵様のお嬢様だって、隣の領地のお貴族様の三男だか四男だかをお婿に迎えて、ステン男爵家を継ぐって言ってた気がするけど。

 そのお嬢様がパン屋のハンスと結婚するとか言い出したら、村中大パニックだ。領地にいられなくなるどころか、男爵家から勘当されてもおかしくない。


 ……男爵家だってそうなんだよ?

 ましてやハリーは王太子でしょ。国中大パニックどころの騒ぎじゃない。

 そもそも、そんなことハリーの一存で決められるとは思えないし。


「ええ!? やだなあ、僕が決めたんだよ。僕は真実の愛に目覚めたんだ」

 ……真実の愛!? そんなもん、くそくらえだ。

 あら、言葉が悪くて失礼。いや、私、一地方の村娘Aですからね?

 おめえ、どこの村から来ただよ? 

 そんな口調のそんな会話が飛び交っているような、村の娘なんですよー!?


「うん。とりあえず、ハリーの気持ちは分かった。舞踏会に来れて、きれいなドレスを着られてとても楽しかった。ありがとう。じゃ、そういうことで」

 そのセリフを棒読みでハリーに言って、片手をぱっと90度に挙げて、回れ右をしようとした。


「どこに行くんだよ、ナスカ!?」

 慌てたハリーが私の腕を掴む。

 どこへ――? 

 はたと立ち止まる。馬車に揺られて丸3日。

 ――どこへ? 行くとこあるんですかねえ、私……。


 とりあえず今日、私のお宿はあるのですか?


 私は、頭に花が咲いているこの王子の隣で、現実逃避をするしかなかった。

 



 





 

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