社会不適合者の月曜日その2
会社に到着した清田は、無言で自席に座った。
挨拶をしないのは、ろくに返ってこないからだ。
いじめられているわけでもなく、これがこの職場の雰囲気。
中高で体育会系の部活に属していた清田には信じがたがったが、ここでは挨拶という行為は全く重要ではないのである。
清田にとってはその距離感が心地よいときもあればつらい時もある。
今日のような憂鬱な気分の時には、元気な挨拶が恋しくなった。
睡眠不足でろくにはたらかない頭でどうにか今日の業務内容を整理する。
到底清田の能力では定時内に終わる内容ではない。
それでも清田は、わずかばかりの抵抗として、定時内で終わらせるような計画を立てる。
入社したばかりのときには必死にその通りに終わらせようとしていたが、
今となってはそんな気力もなくなってしまっている。
――早く家に帰りたい。
そんなことを考えつつ、清田はPCへ向かった。
睡眠不足の影響か、社会人になってから明らかに落ちつつある集中力で、清田はどうにか業務を進めていく。
時刻は21時。
当初の計画をすべて消化できたわけではないが、清田は帰宅することにした。
月曜日にこれ以上残業をすると、明日以降、明らかに効率が落ちることを清田は経験から学んでいた。
勤怠管理システムに入力を済ませて荷物をまとめ、小さく「お先です」と口にし、席を立つ。
清田の部署は、周囲にはまだまだ社員が残っていたが、特に咎められることもなく清田は部屋を出ることができた。
わかりやすいブラック企業であれば直接叱責があるのかもしれないが、この会社ではそれはない。
恵まれているといえなくはないが、清田は逆に厳しさを感じていた。
この会社――もしかしたらこの部署だけかもしれないが――では、長時間残業は口に出すまでもなく当たり前のものとして認識されているのだ。
期限内に仕事が終わらないのであれば、やむを得ず長時間残業をして終わらせる。
それだけであればそれほど大きな問題ではない。お客さんとの契約があるだから、仕方のない場合もある。
問題なのは、長時間残業をして終わらせることが想定された期限が設定されていることである。
ここではたらくには、それを当たり前のものとして許容する必要があるのだ。
そしてほとんどの社員はそれを許容し、粛々と業務を進めている。
それができない者は、裏で「彼は早く帰るよね」などと婉曲的に批判対象として挙げられる。
そしてそのうち「そういう」部署に異動されるのだ。
清田はそれを耐え難いものに感じていた。
清田は、働くことに人生の重きを置いていない。
働くことで自己実現など、就活時にそれっぽく口には出し、それは嘘ではなかったが、すべて「強いて言えば」という枕詞がついてのものだ。
長時間残業が当たり前の状態では、少なくとも週5日は、起きている間のほとんどの時間を労働に奪われる。
清田にとってはそれが苦痛だった。
だが一方で、会社のこの状態を否定しきれないでもいた。
清田は大学を卒業し、この会社に新卒として入社した。
この会社のことしか知らないのだ。
――ほかの会社も同じ状態なのではないか、これが世の中の当たり前なのではないか
そういった疑念を解消できないでいたのである。
自分の考えが正しいのか、自分が社会不適合者であるだけなのか。
帰宅してからも頭の中で延々とそんなことを考え続けた清田は、結論を出すのをいつも通りあきらめ、インターネットの世界に逃げ込んだ。