プロローグ
少女を背中に抱え、燃え盛る森の中を全速力で走っていた。木の根っこに躓かないように最低限足元に注意を払いながら。少しでも躓けば、それが命取りに成りかねない。自分一人の命ならばまだマシであるが、今この手には一人の少女の命が預けられている。下手に死ねないし、殺せない。
「とりあえず走ってっけど、この森に出口なんてあるのか……! ?」
今、自分に課せられているのは、とりあえず森を出ること。このまま森と心中する訳にはいかないのだ。少女のためにも。戦っているあいつのためにも。
正直言うと、既に体力の限界は超えている。最近ろくに運動していなかったせいで、体力どころか筋力すらない。走っている脚の筋肉も、少女抱えている腕の筋肉も、筋繊維が千切れに千切れているだろう。今体を動かしているのは、元々運動部であった意地と、少女を絶対に死なせないという強い意思だ。
幸いなことに、走り続けた結果、そこまで炎が回っていない所までは移動できた。煙も少なくて、大きく呼吸ができる。しかし、ここもいつ火の森になるか分からない。うかうかと休憩をしている暇もないのだ。
だけど……。走っても走っても同じ景色。まるで光が見えない。木々の間を器用に抜けながら、また木々の間を抜け、また木々の間を抜け。
一向に森を抜けれないもどかしさから、もう諦めてしまいたくなる。
──これ、本当に進めてるのか……?
そう思った瞬間、カクンと膝から力が抜ける。
「しまっ……!」
限界だった。足が休めと言っている。いや、叫んでいる。
軸足を失ったことにより、だんだんと崩れていく姿勢。前に向かって倒れていく上半身をどうすることも出来ない。このままでは顔から地面にぶつかってしまう。
あぁ……俺、ここで死ぬのかな……。頑張ったけど、結局やり遂げられずに死ぬんだな……。
「うぅ……あぅ……」
背中からうめき声が聞こえた。
その声が聞こえた瞬間、ハッとする。
「くそったれがぁぁぁぁぁぁぁぁっっ! !」
もう力も入らないはずの足で、思いっきり地面に突き刺す。
そうだ。俺だけ死ぬんだったらいいんだよ。だけど……だけど!
「こいつはぜってぇ、死なせねぇっ!」
こんな幼い歳で、家を奪われて、友達を殺されて、挙げ句死にそうにまでになって!
これ以上こいつから奪わせないためにも、せめて生きるという選択だけでも掴めるように!
「大人が導かなくてどうすんだぁっ!」
俺に出来る事くらい、しとかねぇと……! 死んでもいい。だからせめて、この子だけは生かしてやらねぇと。
走れ。ただ走るだけでいいんだ。それだけで、この子は助かる。
息が苦しい。腕が痛い。足も痛い。走りすぎでどっか折れてんじゃねぇか、これ。
吐きそう。
涙で前が見えない。
俺、何してるんだっけ。
あれ、何だか……目の前が暗く……。
「ちく、しょぉ……」
決意は途切れずとも、体は限界だった。
彼は走り続けたが、突然、膝から崩れ落ち、そのままドサッと顔を地面につけた。
彼、フユノ・シイロはそのまま眠るように意識を失った。