終電前
駅のホーム。
ラス前の電車が行ってしまった直後。
いくつかあるベンチの一つにカップルが座っていた。
俺が使う駅はローカル線の起点となっていて、利用者数も路線で一番多い。
つまりこんな景色は掃いて捨てるほど目にするわけだが、ほかに何か見るものが有るわけでもなく。
ただただ俺はぼーっとそれを観察していた。
歳は、大学生……いや、もう少し上だな。
二十代の後半といったところか。
さっきからどちらも特に話すことなく揃ってじっとしている。
拳一つ分空いた距離が微妙だが、別れ話では、なさそうだ。
女の方の格好に何だか気合いも入っているようだし……付き合い出して間もなく、か。
それならまあ黙っている理由もわかるが……いや、直接の理由は女のスマホだろう。
俺が見始めてからこっち、女の方はひたすら画面とにらめっこをしている。
折角二人でいるんだったらもうちょっと、愛想の一つも振り撒いてやれよと、俺は鼻で笑った。
まあ、ほったらかしにされて従順に待っている男も男だが。
苦労するタイプだな。
ん?……男の方が少し困った顔をしているようだ。
よくよく見ると、男が羽織っているジャケットの裾を、女の方が腿に敷き込んでしまっているらしい。
それくらい、引っ張り除けろよ……
絶対将来尻に敷かれるな。
そんなところまで考えた所で、構内に妙に明るい音楽が流れる。
電車がもうすぐ来るという合図だ。
それとほぼ同時に、俺の隣でスマホケースをパタリとたたむ音がした。
「どしたの? なんかにやにやして」
「いーや。なんでも」
怪訝そうにこちらを見る彼女に俺は微笑む。
「あのさ」
そう言いながら俺が指したのは、彼女の腿に敷き込まれた俺のジャケットの裾だった。