2話 エヘカトルのいたずら
http://ylvania.org/jp/elona/
この物語は、Elonaというフリーゲームの二次創作です。
二次創作は自由ということでさせていただきました。
ところどころ自己解釈が含まれたり、用語の解説がなかったりします、ご了承ください。
ヴェルニースの中心街からかなり離れた場所。
ここの酒場は腕利きのガードマン監視のもとではあるが、盗賊や犯罪者が盃を交わすことができる、ダルフィ以外では珍しい場所だ。
なぜガードマンがいるのか、と思ったかもしれないので一応説明をいれておこう。
盗賊や犯罪者、ということは当然ながら酒場内のスリや殺人がおきるので、時に店の利益に影響する場合がある。
そういった場合にのみ、ガードマンが制裁を下すのだ。
ただの個人間の争いや悪酔いによる行為は、殺人だろうと店の利益に関係なければ黙認される。
ま、その光景を楽しみに自分に護衛をつけて飲みに来る貴族もいるし、稀に王族関係者もいるので、この施設も半ば国から黙認されているのだろう。
ちなみにダルフィにはこういったガードマンつきの酒場は存在しない。
私はこの酒場で、今日も酒を……といいたいが、アルコールが苦手なのでオレンジソーダを飲んでいた。
「その血、まだ新しいね、また喧嘩したのかい」
マスターが私に尋ねる。
「この外套の血か? よく明るくないのに気付いたな」
「はっはっは、私はこれでも殺人鬼として名をとどろかせた男だ、それくらいわかる」
「《血を飲む三日月》と呼ばれていただけのことはある、ということか」
オレンジソーダを一口飲むと、後ろから怒号が聞こえた。
この店では珍しくないが、どうも殺意を含んだ声に聞こえたので振り向いてみる。
「てめぇ俺を誰だか知ってんのか! 《夢を見る妹》って呼ばれてんだぞ!」
「二つ名は自分から名乗るものではないよ、それになんだ、そのダサい二つ名は」
今にも殴り掛かりそうな男と、羽帽子を深くかぶった、恐らく女。
その女は一言言い放つ。
「その二つ名、自分で考えたのか? あまりにもダサい、カッコいいと思ってるのか、坊っちゃん」
男の我慢が、限界に達したようだ。
ふざけるな、と怒鳴りつけ、背中に背負っていた棍棒を振り下す。
が、女は座っていたにも関わらず、キャスターのついた椅子を足で動かして避けると、持っていたワイングラスを男に投げつける。
その態度が、男をさらに怒らせた。
「なめやがって!!!」
見た感じ男はあまり実力のない野盗だろう。
何度も棍棒を振るが、重さが見合ってないのかふらふらとしていて、それでいて大振りだ。
女は容易くかわしてみせると、机に立てかけるように置いていた木の長棒を突き出し、男の股間を直撃する。
そのまま男がその場に崩れこむと、すかさず足で顎を蹴り上げ、気絶させた。
周りの客たちは、距離をとったものの見向きもせず酒を飲んでいたが、私はその華麗さに見惚れてしまっていた。
そしてそれに気づいた女がこちらへ向かって進んできた。
「隣、いいかな」
「ふぇっ、あ、あぁ」
とっさにでた自分の声が乙女みたいで驚いた。
私も、女のはしくれだということを改めて認知させられる。
「アルコールは苦手なのかい?」
「ま、まぁな」
「ふふっ、緊張しなくていい」
なぜか胸が高鳴る。
ネフィアの奥でボスを倒して宝を手に入れる時よりも、貴族から宝石を盗んだ時よりも、はるかに大きく、そして速く心臓が鼓動しているのがわかる。
なぜだ、この高鳴りは、なんだ。
不思議と声も詰まるし、動きも素っ気なくなる。
「マスター、レモネードを2つ頼むよ」
女は注文をすると、帽子を脱いで机に置く。
帽子の中に隠れていた髪は、青く美しかった。
ショートカットの、透き通るサファイアのように艶やかな髪。
だめだ、ドキドキが抑えられない。
「君は盗賊かい?」
「あぁ、人も殺したことがある」
「そうか、生憎私は人を殺したことはないのでな……人を殺すことは、楽しいか?」
「楽しくはない、だが生きるためにはなんだってするってだけだ」
「生きるために、か、私と生きればその美しい手を汚すことはないのに」
私と生きれば、なんてプロポーズじみた言葉を使われたことがない私は、もしかして、と一瞬舞い上がった。
だが、すぐに冷静になる。
この世界に転生する前、私はクラスでいじめを受けていた。
不細工な、容姿のせいで。
ストレス発散に、万引きを繰り返した。
何度かばれて、学校をやめることになって、引きこもった。
匿名掲示板で嘘ばかり書き込み、あまりにストレスがたまったときは万引きで快楽を得て。
そうして罪悪感が麻痺していって、幸いこの世界で適応できた。
しかし不思議なことに、自殺したはずなのに服装や容姿はそのままでこの世界のエウダーナの民として転生したのだ。
何が言いたいって、容姿は不細工なままなのだ、そんな女を口説くわけがない。
きっと反応を楽しんで、さよならする気だろう。
と、考えてる間にマスターが私と女の前にレモネードをだす。
「これ、私に?」
「レモンは苦手だったかい」
「いや、そんなことは……」
「私の奢りだ、気にせず飲むといい」
人にやさしくされたのは、いつぶりだろうか。
最初はもしかしたら、という願望と、そんなわけない、という思考が入り混じっていたが、今となっては違う。
もはや、彼女の優しさに溺れたようだ。
お世辞抜きに美しい顔立ちで、野盗を追い払う力もある。
そうか、私は恋したんだ。
そのせいで、判断が狂ってしまったんだろう。
私はとんでもない言葉を口にした。
「もしよければ、あなたと生きたいです……」
私はこの世界で、男同然なずぼらな生活をしてきた。
口調も男らしく、人を呼ぶときはお前だったし、可愛い服や下着を持っているわけでもない。
ただ、あなた、という言葉を使うことが、せめてもの乙女だったんだろう。
破裂しそうな心臓。
そもそも、名前も知らないのに。
だが、女は
「それは嬉しいよ」
と、凛々しく強気でそれでいて可憐な顔で、満面の笑みを見せた。
完全に、射抜かれた。
「私の名はリミア、リミア=シェブルだ」
マスターが気をきかせて他の客の方へ体を移したタイミングで、囁くように彼女は言った。
シェブル……どこかで聞いたような気がするが思い出せない。
「私は、ルーアという……本当にいいの?」
普段ならいいのか? というところだが、私の中の隅にいた乙女が、言葉を濾過して口からこぼす。
「もちろんだ、君を初めて見た時からずっと声をかけようと思っていた」
「はじめて、見たとき?」
「路地裏で盗賊団を華麗に殺した、あの時からな」
いつの間に、見ていたんだ……?
全く気付かなかった。
そうか、あの時から。
あ、あの野蛮な姿を見られたのか。
乙女らしく振舞っていたのが、ばかみたいじゃないか。
「さて、夜も更けてきたが、紹介したい場所がある、来てくれるかな?」
「もちろん、だ」
乙女らしく振舞わない、と意識すればするほど、言葉が詰まってしまうが。
私らしさを受け入れてくれたのだ、変に乙女らしくすることは返って失礼かも、と思ったのだ。
レモネードを飲み干し、ヴェルニースはずれの酒場をでてパルミア市街地の方へ二人で向かうことになった。