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08 至高の鑑定士

「断る!」


 俺はラビを引っ張って背後に隠れさせ、臨戦態勢をとった。

 あんなことがあったので、当然武器は所持していない。一応、右指が凶器になるといえばそうなのだが、相手は『大魔王』、しかも『七』という一桁数字を持つ上位個体だ。


 都会育ちの俺でさえ、その悪名は知っている。そして、その脅威も・・・・


 いくら手負いと言えど、勝てる見込みは相当に薄い。


「つれない奴だ。『魔王』になれる機会などもう一生こらんぞ?」


「そうかもしれないが、もれなく人類の全てを敵に回すことになるだろ」


「くくく、中には親しくしてくれる人間もいるぞ」


「それは、一部のもの好きだけだろうが。申し訳ないが、俺は、『魔王』になる気なんて一切ないぞ」


「ふむ。なぜ、そうまで頑なに拒むのだ? 『魔王』の称号がもたらすステータス補正は、絶大だぞ? 周囲の全てが虫けらに感じる程の圧倒的な力が手に入る。後に、『大魔王』にランクアップすることができれば、尚更だ。大陸最高峰の強者の仲間入りだぞ。とまぁ、こんなざまでは説得力に欠けるか? くくく。ごほっごほっ」


「強くなろうとか、偉くなろうとか、そういうつまらない考えは捨てたばかりなんだよ」


「つまらない考えだと?」


「あぁ、俺は気の置けない大切な仲間たちと自由に楽しく生きていくために冒険者を志したんだ。最強になれる可能性っていうのも捨てがたいけど、それのせいで望んだ冒険ができなくなるなら、欲しくない」


「くく、ははは。何とも変わった奴だ。変人だな。今まで『魔王』にしてやろうと誘惑して、食いつかなかった奴はお主が初めてだぞ。せっかく素質があるというのに、残念だ。だが、わしも簡単に諦める訳にはいかなくてな・・・・」


 そう言って、だらりと下がった左腕を重たげに持ち上げ、人差し指を伸ばして空中に何かを描く。


「おい、何を!?」


 俺は、それを見て警戒を強めた。逃走でも闘争でも、どちらにも対応できるよう足に力を込める。


「安心しろ。これは、わし自身にかけるための呪術だ。『血の誓約』。これよりわしはお主らに一切の嘘がつけなくなった」


「・・・・何の冗談だ?」


「冗談かどうかは、そこのチビ助に聞いてみると良い」


 メルダスに矛先を向けられて、背後でラビがびくんと体を引きつらせるのを感じた。


「うぅ、『魔王』の言ってることは、真実だと思うっす。彼のステータスに『呪い』が付与されたのを鑑定できたっす」


「くく。怯えながらも、ずっとわしのことを見定めておったからな。随分と度胸のある良い仲間を持っているようだな」


「どうして、このタイミングで自らに呪いなんてかけたんだ?」


「なに、わしも本気だということを証明しただけだ。『魔王』の述べる戯言など、こうでもしなければ、普通は信用しないだろう? その程度には、切羽詰まっておるのだよ」


「それは、まぁ、そうだが。と言っても、まだ信用はしきれないな」


「くく。用心深い奴だ。これ以上何をすれば、わしを信じてくれるのだ?」


「何をしても、お前の言葉を鵜呑みにすることなんてしないさ。もちろん、考えが変わって『魔王』になりたいと思うこともな。というか、そもそも、どうしてそこまで必死なんだ?」


 その問いかけを聞いて、メルダスは目を細めた。一時的に、周囲の温度が下がったような気がした。


「・・・・この数か月の間に、第二、及び、第五、六、八、九界魔王、加えて二桁数字の魔王が多数、何者かによって殺害された。そして、わし自身もこの有様だ。これ以上、『魔王』の席に穴を空けるわけにはいかないのだよ」


「何だと? そんな話、王都でも耳にしたことがないぞ?」


「当然だ。世界の均衡を崩しかねない大事件だからな。管理者どもによって、意図的に情報が隠蔽されているのだろう。奴らめ、今頃どんな顔をして事態の収拾に手を焼いているのやら。くく。愉快愉快。げほっ」


 メルダスの喉から、ひゅーひゅーと空気の漏れる音が鳴る。この『大魔王』を、瀕死の状態まで追い詰めた犯人の素性が非常に気になるが、それよりも、俺が興味を抱いたのは――――


「お前、管理者を知っているのか?」


 世界の裏側の住人。

 いくら『魔王』といえども、まさかその存在を認識しているとは思ってもみなかった。しかも、あの言い回しだと、数人の管理者と面識があるようだ。俺の知らない彼女たちの情報を保有しているのかもしれない。


「ほう。やはりな。妙に奴らの匂いがすると思ったが、気のせいではなかったようだな。お主のような一般市民に関わりを持つ変わり者は一体どいつだ? メリシアか、ジョージンスか、それとも・・・・」


 吐き出した血で深紅に染まった自らの口元に手を当てるメルダス。そして、俺は、彼女の名を口にした。


「マーゴット・アシュベリーという老婆だ」


 と、その瞬間、メルダスの両の瞳がかっと見開かれた。


「くくく、はーはっはっは。げほっごほっ、くはははは。そうか! そういう因果か! お主のその一言で、全てが繋がったぞ。これは、傑作だ! あの老いぼれめ、そういう結末を描くのか・・・・やはり、一番食えない奴だな。くくく、どの時点で、わしは奴の描いたシナリオに巻き込まれたというのやら。となると、尚更惜しいなぁ」


 多量の血が零れ出すのにも拘らず、盛大に笑い声をあげるメルダス。


「おい、一人で盛り上がっているところ悪いが、全然ついていけないんだが・・・・」


「あぁ、すまないな。つい、気持ちが昂ぶってしまった。して、お主は、本当に『魔王』になる気はないのか?」


「当然だ」

 

「そうか、残念だ・・・・では、そこのチビ助はどうだ?」


「え? ラビっすか?」


 ひょこっと、俺の脇の下から顔を出す。ここに来てのまさかのご指名に、かなり驚いているようであった。


「あぁ、そうだ。こう見えてもわしは、『魔王』になる以前は、名のある『鑑定士』であったのだ。どうだ? もし、その気があるのであれば、わしの『鑑定士』としての能力の全てをお主に授けてやるぞ」


「え? マジっすか?」


「嘘のはずがなかろう。わしはお主らに嘘がつけないのだ。そうだろ? シャーロット・レッドメインのパーティメンバーにして、『中級鑑定士』の称号を持つラビよ?」


「どうして、姉御の名前を!?」


「お主がわしにしていることと、同様のことをしたまでだ。とは言っても、わしの目にはお主の数十倍もの情報が視えているのであるがな。くく、素晴らしいぞ。この世の全てを知るというのは」


「そ、それは・・・・でも、きっと何か落とし穴があるはずっす」


 腕の間から、じゅるりと、唾液をすする音が聞こえた。こいつ、まさか心が揺らいでいるのか?


「そんなものはないさ。『魔王』の称号を受け継ぐ。わしから提示する条件はそれだけだ。その条件さえ飲むということであれば、お主は世界の真理でさえ鑑定可能な瞳を手にすることができる」


「うぐぅ。今の状況で『魔王』になれば、ラビも命を狙われてしまう危険があるっす。でも・・・・」


「ごほっごほっ。もうそろそろ潮時だ。早く決心しなければ、お主は中途半端な知識だけに囲まれて一生を過ごすことになるぞ」


「うっ・・・・」


「あぁ、もったいないなぁ。世界はこんなにも未知で溢れているというのに」


 ごくりっと、喉を鳴らす。見かねた俺が、口を開いた。


「ラビ、やめておいた方が良いと思うぞ。堅実にこつこつといこうぜ。身の丈に余る能力は・・・・ってラビ?」


 胡散臭すぎる死にかけ魔王の誘惑に、負けそうになる仲間へ助け舟をだそうとしたのだが、落とした視線の先に、彼女の姿はもうなかった。


 あれだけ畏怖していたというのに、あろうことかメルダスの正面にひとっ飛びで移動している。


「おい、まさかお前・・・・」


「姉御。すみません。やっぱりラビは、探究心には勝てないみたいっす」


 こちらを振り向くことなく言葉を紡ぐ。


「馬鹿かお前は。冷静になって考えろって、怪し過ぎるだろ」


「ずっと孤独だったラビを、仲間に入れてくれた御恩は死んでも忘れません。感謝してもしきれません。だから、もしラビが世界を征服する日が来たとしても、姉御だけは殺さないようにするっすね」


「狂ってるのか!? やめろって!」


 俺は、ラビを止めようと駆け出した。ラビの背中に手を伸ばす。


「メルダスさん。お願いするっす」


「くく。交渉成立だ」


「やめろーーーー!」


 だが、その手が届くよりも先に、ラビの右手がメルダスの首元にあてがわれた。そして、眩い閃光がほとばしる。視界が白一色に覆われ、二人の姿が視認できなくなった。


「では、『魔王』となってもらうぞ。シャーロット・レッドメイン!」


「「え?」」


 俺とラビの声が重なった。今なんて?


「わしは、『誰が』魔王の称号を引き継ぐのかまでは言っていなかったはずだぞ? あくまで交換条件を提示しただけだ。嘘はついていない。そうだろう?」


「そんなのありかよぉぉぉぉ!!」


「ごめんなさい姉御ぉぉぉぉ!!」


 二人の絶叫がこだまする。


「いやぁ、これ程うまくいくとはな。愉快愉快」


 メルダスは憎たらしくも、満足気であった。


「最後に一つ。シャーロットよ。お主が呪いだと考えているその指と、その特異体質。それは、『種』だ。あの老いぼれが蒔いた、世界に変化をもたらすための重要なきっかけだ。救済か、変革か、はたまた破滅か・・・・どう花を咲かせるかを決めるのは、他の誰でもないお主であるということを決して忘れるなよ。剣に忌避された『剣士』よ。世界を統べる『覇王』となれ」


 そして、光が収縮する。


「嘘、だろ・・・・」


 右手の甲、剣の紋章と仲良く肩を並べる、二つ目の紋章。


『魔王の刻印』


 がっくしと膝をつく。いつの間にか、メルダスの姿は跡形もなく消え去り、血の池も干上がっていた。


「あ、姉御。すみません・・・・」


 おろおろと俺の周りを歩き回るラビ。


 どうしてこうなる? この世界の神様は、俺のことがそんなに嫌いなのか? 


 そうだ。こういう時は、前世のつらい記憶を思い出して・・・・


「はは、はははは」


 自然と乾いた笑いが零れ出た。さて、これからどうしたものか。お先真っ暗とはこのことだ。


 いつになったら、俺は冒険ができるのだ?


「あのぅ、ほんっとうに申し訳ないんすけど、一回大声出しても良いっすか?」


「あ? 好きにしろ」


「じゃあ、遠慮なく」


 そう言うとラビは、ばっと両手を天高く挙げる。そして、


「いぃぃぃいやっふうぅぅぅぅぅぅ!! 何すかこれ! 世界が文字で溢れてるっす! 情報が止まらないっす! 最高オブ最高! 我が名は、『至高の鑑定士』ラビ様っす! ふぅぅぅぅぅ!!」


 こいつ! 絶対泣かす!


 俺は、歓喜の舞を披露するラビの耳を掴み上げてやろうと腕に力を溜めた。


――――のであったが、


「おや? 手負いの『魔王』がこの街に逃げ込んだと、あの方は仰っておられましたが、思いのほか、ぴんぴんとしているようですね。メアリー、ドロシー。十分に気をつけてください。尋常ではない殺気を纏っているようです」


 突如として、背後から声がしたので、ゆっくりと振り返る。

 そこには立派な装備に身を包んだ三人の男女が立っていた。



ラビくらいぶっ飛んだ女の子好きです。

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