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04 兎の鑑定士

「もうお仕舞いですか? そんな貧弱な肉体で、お嬢様と一緒に冒険がしたいだなどと、笑わせないでください! おーほっほっほっほっほ」


 気を失った屈強な漢たちで巨大な山を築き上げ、その頂上で満足気に胸を張るエトナ。


 宴会が始まるや否や、『お嬢様のパーティに加入したければ、肉弾戦で私を倒すこと』という、勝手なルールを制定し、喧嘩祭りをおっぱじめた訳なのだが、これが強いのなんの・・・・

 前々から、只者ではないとは思っていたが、まさかここまでだったとは。全試合ワンパンケーオー。全く勝負になっていなかった。


 ついには、この街一番の腕自慢で俺を執拗に勧誘してきた男、名前が確か、『ガフ・ストロング』だったかな? そいつでさえ、一撃で地に沈めてしまい、いよいよ挑戦者として名乗りをあげる者がいなくなってしまっていた。


「さぁさぁ、楽しくなってきましたよ! 次は誰ですかぁ?」


 少し酒気を帯びているためか、いつにもましてテンションが高めのようだ。うん、今の彼女には絡まれたくない。


 俺は、下手に目が合ってしまわないよう、背中を向けて座れる席に移動した。宴会が始まってから三時間程度、皆ハイペースで飲み進めていたためか、半数近くが酔いつぶれておねんねしている。後の半分は、エトナにより強制おねんねである。


 勧誘の嵐も、大分落ち着いていた。


 片付けの準備に取り掛かる店員を横目で追いながら、十数杯目かになるジョッキの中身をぐいっと飲み干した。


「いやぁ。姉御、お酒強いっすねぇ」


 すると、俺の正面に一人の少女が姿を現した。ぴんと立ったもふもふの白い耳と、くりっとした丸い瞳が可愛らしい獣人族であった。右手には、橙色の不気味な液体が入ったグラスを所持している。


「お前? それは?」


「あぁ、これっすか? これは、キャロットジュースです。ラビは、お酒を飲むと、直ぐに酔っぱらって粗相をしてしまうんで、特別に作ってもらってるんすよ。これが美味いんだなぁ。一口欲しいっすか? うーん、どうしよっかなぁ・・・・あ、ラビは『ラビ』って言うっす。二文字だけ! ファミリーネームはないっすよ。遠い昔に捨てたんす。覚えやすいでしょう。ちなみに、この街で、鑑定屋兼宿屋『月亭』を営んでいるっす」


 机に身を乗り出して、にししと無邪気に笑う。突然のマシンガントークに若干気圧されたが、俺も笑顔を返した。


「店を経営してるってことは、冒険者ではないのか?」


「いや、一応、冒険者登録はしてるんすよ。ただ、『鑑定士』って、世間からの需要は高くて業としてはそこそこ儲かるんすけど、こと戦闘においては全く役に立たないので、誰もパーティに入れてくれないんすよ。まぁ、危険な地に非戦闘員を連れていける程余裕がある御方なんて、そういないんでしょうね。だから、仕方なく街中で店を構えて生計を立ててるんす」


「そうなのか。冒険者にも色々と事情があるんだな。まだまだ、俺の知らないことが多そうだ・・・・今度、お前の店にも寄らせてくれよ。迷惑でなければ、ゆっくりと話を聞かせてほしい」


「もちろんすよ! 遠慮せずにご利用ください! いつでもお待ちしてるっす」


 ラビは嬉しそうに、びしっと敬礼をかます。俺は、出会いの証とばかりに、空のジョッキを机の端に置いて、右手を差し伸べた。


「俺は『シャーロット・レッドメイン』だ。『剣士』になったばかりだが、よろしくな」


 それを見て、ラビは目を見開く。


「え? 良いんすか?」


「良いって何がだ?」


「いや、その手を取っても良いんすか?」


 いきなり何を言い出すかと思えば・・・・単なる握手だろうに。


「別に構わないぞ?」


「まじっすか? ラビも自己紹介しても良いんすか?」


「は? 良いぞ?」


「まじのまじっすか?」


「まじだ」


 ぱぁっと、満開のスマイルが咲き乱れ、「こちらこそ、よろしくっす! 改めまして、『ラビ』と申します。職業は『鑑定士』っす!」


 大げさに両手を使って俺の右手を包み込み、そのまま深々と頭を下げてきた。


「この御恩、一生忘れないです」


「あ、あぁ。そうか?」


「はいっす」


 その瞬間、手の甲の刻印が赤い光を帯びたような気がした。


 ラビが、さっと素早く顔を上げる。横を通った店員を呼び止め、追加のお酒と人参汁を注文した。


「それにしても、姉御のお連れさん、相当な強さっすね。あの尻尾から察するに、龍人族とお見受けしましたが、まさかこんな所で拝見できるとは・・・・うぅ、あの鱗、鑑定したい」


「龍人族って、そんなに見かけないものなのか?」


「当然っす! 千年前に終結した大陸戦争で、そのほとんどが犠牲となり、世界各国を回る冒険者であっても一生に一度出会えるか出会えないかという程に、個体数が少ない種族なんすから」


「え? そこまで希少なのか・・・・」


 故郷では、ちらほらと見かけていたのだが・・・・


 そういえば、学者を目指している五女から、『ここを出ると龍人族なんてほとんどいないよ』という話を聞いたことがあったような。


 オズワードヴァンネス王国は、人族が治めていながらも『亜人族保護』を第一に掲げる、大陸でも珍しい多種族国家だ。絶滅寸前である彼等が、その価値を尊重してくれる王都周辺に身を寄せるのは必然的なことなのかもしれない。


 エトナは、その中でも特別な血を持った『優位種』である。


 いわば、龍人族の中の龍人族という訳なのだが、思い返してみれば、そんな稀有な存在である彼女がレッドメイン家に奉仕している理由なんて、尋ねたことはおろか考えたことさえ無かった。

 小さい頃からずっと傍にいるため、当たり前のように感じていたが、もしかしたら何か暗い過去を抱えているのかもしれない。


 俺は、エトナ含め龍人という人種に対する認識を改めた。


「あ、噂をすれば」


「何ですかぁ? 私の居ない所で私のお話ですか? お嬢様ぁ、それ!」


「どわっ! いきなり抱き着くな! 離れろ! 鬱陶しい!」


 ぶにゅ


 背中に感じる柔らかな感触に、どきっと心臓が波打つ。が、仲間に対するそういった良くない感情はささっと一掃して、いつも通りにあしらった。


「うぅ、つれないですねぇ」


「当然だ。お前は、大人しくこっちに座れ」


「はい・・・・承知しました」


 ぶーっと唇を突き出し、渋々と俺の隣の席に腰をおろす。


「それで、こちらの方は?」


「あぁ、ラビっていうらしい。宿屋をしているそうだ」


「鑑定屋兼宿屋っす! メインは、鑑定屋っす!」


「へぇ、『鑑定士』なのですか! それは頼もしい限りですね」


「えへへ。そうでもないっすよぉ。ちんけな街の単なる『中級鑑定士』っすから」


「中級ですか。素晴らしい」


「うへへ。そんなことより、貴方の方が、よっぽど素晴らしいっす! えーと、」


「あ、申し遅れました。私は『エトナ・オズボーン』と申します。『白魔導士』をやっております」


「え? お前、『白魔導士』になったのか? てっきり、『拳闘士』か何かを選んだとばかり思っていたが、そっちの方も適性があったのか?」


「いいえ。からっきしでございますよ?」


「は?」


 俺は、エトナのその一言に唖然とした。我が耳を疑った。こいつは、本当に何を考えているのだ。


「そう怖い顔をしないでください。私は、あくまでサポート役に徹したいのですよ。冒険の主役はお嬢様ですからね」


 そう意味の分からないことを言って、ばちんとウィンクをする。


 ――――さっさと、ジョブレベルを二十まで上げさせて、他の基本職に変更させよう。絶対に。


「ラビさんも、これからよろしくお願いしますね」


「はい、こちらこそよろしくっす! 強くて麗しいシャーロットの姉御と、エトナ嬢の力になれるように精一杯尽力させていただくっす!」


「ふふふ。お嬢様の壮麗さを見抜けるとは、なかなか見所がありますね。ラビさんとは、上手くやれそうな気がします」


 固い握手を交わす二人。


 ん? 待てよ? 何かおかしくないか? 初対面にしては妙にウマが合っているような。俺は、彼女たちの会話内容に違和感を覚えた。


「なぁ、お前のジョブの件は後で詳しく話し合うとして、何か、ラビが俺たちと冒険するみたいな流れになってないか?」


 そう率直に尋ねてみると、揃ってキョトンとした表情を浮かべた。


 嘘だろ? どのタイミングで、そういう流れになったんだ?


「え? 違うのですか?」


「ラビたち、さっきパーティ加入の契約を交わしたっすよね?」


「加入の契約? いつだ?」


「お嬢様、何を仰っているのですか? パーティリーダーと加入希望者が、お互いに『冒険者名』及び『職業』を名乗り、刻印を突き合わせる。先程されていたではありませんか?」


「・・・・」


 ――――あれか!! だから、右手が光ったのか! 握手する前に、ラビがしきりと確認を取ってきたのも、おかしいとは思ったんだ・・・・

 というか、なぜ俺が知らないで、お前が知っているんだよ! 冒険者の常識なのか? 俺が世間知らずだったのか?


 ラビの方をちらりと見やると、「あ、姉御ぉ。あれは、嘘だったんすか? 嬉しかったのに。信じていたのに」と、今にも泣き出しそうな顔つきをしていた。その幼い外見が助長してか、耐えがたい罪悪感が沸き立つ。


「いや、嘘というか、知らなかったというか・・・・」


「うぅ、酷いっす。ラビを弄んだんすね」


「そういうわけでは・・・・お、俺は別に構わないけど、エトナは良いのかよ?」


「はい? 私は構いませんが? 男ではないので」


 ――――お前の判断基準は、それしかないのかよ!


「それに、都会で育った私達にとって『鑑定士』は、かなり重宝すると思います。毒性動植物や、罠、危険地帯などの判別も容易になりますし」


「そ、そうか・・・・でも、宿屋はどうするんだ?」


「鑑定屋兼宿屋っす! それについては、心配ご無用。今すぐにでもたためるっすよ」


「そうか、なら、何の問題もない・・・・のか?」


 本当にこれで良いのか? と、胸騒ぎがして仕方ないのだが、仲間を増やしていくうえで最大の鬼門であったエトナの検閲を見事クリアし、おめがねにもかなっているようなので、よしとする他ないか。


「やったぁっす! ありがとう姉御! 大好きっす! これで、未知が溢れる外の世界へ・・・・ぐふふ。探究心が燃え滾るっす! あれもこれも、何もかも鑑定しまくってやるっすよ。ふふ、ぐふふふ」


 こうして、我がパーティは三人となった。『剣士』に、『白魔導士』に、『鑑定士』。火力に若干の不安を感じるが、決してバランスは悪くないだろう。


 しかし、この時の俺はまだ知らなかった。いや、あまりにも軽く考えすぎていた。この小柄な少女がその身に秘める恐ろしい程に強大な『知識欲』を・・・・


 もはや『変態』の域に達している、『それ』を目の当たりにするのは、それからさらに数時間後のことであった。


――――そう、全ての始まり。『駆け出し冒険者の街アンサルヘイブン』が位置する『ハンバルト領』、そこを代表する『勇者』と、『第七界大魔王』、双方との邂逅の瞬間である。


動物の中でも、兎が特に好きです。

広島の大久野島は良いぞ。もふもふだぞ。

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