03 冒険者の証を刻む
「ぎゃあぁぁぁ! お嬢様から離れなさい! 特に、男! あぁ、汚れる! お嬢様の匂いが届く範囲から、即座に撤退しなさい!」
わらわらと群がる先輩冒険者たちと俺の間に割り込んで、エトナが絶叫していた。
両腕と尻尾を鞭のようにぶん回し、接近する者に容赦なく殴打を浴びせる。龍人族である彼女の一撃は非常に強力で、既に何人かの命知らず共が足元に転がっているのだが、それでもなお、打ち寄せる人の波が絶える様子はなかった。
「ぐぅぅ、小癪な。私の許可なく、『私の』お嬢様に近づくなど・・・・全員纏めて滅して差し上げましょうか!」
呪い殺すような目つきで群衆を睨みつける。その口元からは、ばちばちと黒炎が顔を覗かせていた。
俺は、それを見て、「おいエトナ、それだけは止めろ! 取り返しがつかないことになるから!」と、咄嗟に制止した。
本当は、『私の』云々の件についてもツッコミを入れたいところであったが、今回はやめておいた。
「くっ、お嬢様の命令であれば、仕方ありません。命拾いしましたね、愚民ども」
口内に充満させていた火気をごくんと飲み込む。しかし、打撃の手を休めることはせず、ばったばったと屈強な男たちをなぎ倒し続けていた。
「おぉ! すげぇ・・・・」
「俺にも見せてくれよ!」
「こんなの、初めてだ」
「お嬢ちゃん! 俺達のパーティに入らないかい? 可愛がってやるぜぇ」
エトナの猛攻を掻い潜って、俺の傍に辿り着いた冒険者たちが口々に声をあげる。総じて、その口調は昂ぶっていた。
彼らが視線を落とす先、それは共通している。受付にて魔鉱石を握る俺の右手。その上部の空間に映し出された『ジョブ適正表』であった。
これは、基本職を選択する際に広く利用されている魔鉱石の機能の一つで、当人にかかる各職業の『将来性』を数値化し、可視可能な状態にして展開してくれるというものらしいのだが・・・・
それを見た受付嬢の発した一言が、この珍事件の発端となっていた。
――『嘘でしょ!? 他のジョブはいまいちなのに、『剣士』だけ異常に適性値が高い。これって、三か月前に、特級称号『剣聖』を習得したアレンさんよりも遥かに上なんじゃ・・・・』――
その直後、ギルドに併設される酒場にたむろっていた全ての冒険者が殺到したのだ。
「新たな英雄候補の誕生だぁ!」
「俺にも拝ませてくれよ!」
「一緒に冒険しようぜ!」
などと、秒でお祭り騒ぎである。気付けば、逸早く噂を聞きつけた人々が、酒場外からも集まってきて長蛇の列を形成していた。
「これって、そんなに凄いことなんですか?」
大群の気配を背中で感じつつ、受付嬢に尋ねる。
「もちろんです! 適性値が九十八って、前代未聞ですよ! 『覇王』シグルス・ゴールドバーグ様だって、これ程の適性値は持っていない筈です!」
周囲に負けず劣らず興奮した口調で、担当のお姉さんが答える。
「一応、確認しますが、基本職は『剣士』、『魔導士』、『拳闘士』、『槍使い』、『弓使い』、『聖職者』、『錬金術師』など、数百種類の中から一つ選択してもらうことになります。ジョブレベルが二十以上になるまでは基本職の変更はできませんので、ご注意ください。なお、基本職の確定と同時に、冒険者登録が完了し、初期情報が魔鉱石を握る手の甲に『刻印』されます」
そして、真っ直ぐに俺の瞳を見つめる。周りの観衆もすっと声を潜めた。ギルド内に緊張が張り詰める。
そんな中で、ごっごっとエトナが暴行を働く鈍い音だけが響いていた。
「基本職は何を選択されますか?」
ごくりと誰かが唾を飲み込むのが聞こえた。
俺は、ゆっくりと肺に溜まった空気を吐き出す。
そんなの、決まっているだろう。ここまで御膳立てされて、期待を裏切る訳にもいかない。堂々と胸を張って宣言するのだ。
――――もちろん、
「『剣士』で!」
それを聞いた瞬間、受付嬢の表情がぱぁっと晴れ渡った。
「ようこそ、冒険者の世界へ! シャーロット・レッドメインさん。冒険者ギルドは、貴方を心から歓迎いたします! 刻印開始!」と、彼女が発声し、魔鉱石が眩い光を放った。視界を焼き尽くすような眩しさに、目を細める。
次第に閃光が収縮していき、手中から魔鉱石が紫色の煙となって消滅した。程なくして、右手の甲に浮かび上がる剣の紋章。
冒険者の証。『探究の刻印』であった。これさえあれば、大陸中に点在する各種専用施設を利用することが可能となる。いわば、手形のようなものだ。
俺は興奮のあまり、ぶるると身を震わせた。
ついに、ついに、ついに、俺は冒険者となったのだ! 心の奥底から歓喜した。
「期待の新人の誕生だぁ!」と、周囲の皆も歓声をあげる。
俺は、その様子を一望して、これならいける! と、直感し、『一度で良いからずっと言ってみたかったワード』を叫んだ。
「宴だぁぁぁぁぁぁ!」
根は小心者であるためか、言い終わった後で、やばい。はしゃぎ過ぎたか? と、不安になったが、すぐさま続いて、「おおおおおお!!」と、雄叫びをあげる荒くれ者共。酒場の奥では、すでに店員が厨房から沢山の酒樽を運び出しているのが目に入った。
そうだ。これだ。このノリだ。俺が求めていた生活が、ついに手の届くところまでやってきたのだ!
そこでなぜか、マーゴットがほくそ笑む薄気味悪い姿が頭をよぎったのだが、多大なる幸福感に包み込まれている俺は、特に気にかけもしなかった。受付嬢にぺこりと一礼してから、集団を引き連れアルコールの大海原へと出航する。
そういえば、転生してからは初めての飲酒だ。前世では、ストレスと闘うために毎日浴びるように酒を飲んでいたのだが、この体は一体、どれだけのキャパシティを持っているのだろうか?
せかせかと、ジョッキを運ぶ店員から、最初の一杯目を受け取ると、躊躇うことなくそこに注がれた液体を一気に喉奥へと流し込んだ。
次回、もう一人の変態少女現る
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