02 駆け出し冒険者の街へ
十六歳になるまでの間、勉学のみに励み、『特権階級の御令嬢』としてぬくぬく育った俺の体は、とても運動に特化しているとは言い難かった。
故に、両親に頼み込んで、王都でも著名な剣術指南役を雇ってもらい、ワンツーマンでの稽古を依頼した。文化的な習い事や、同階級の御友人たちとのお茶会も極力削り、成人するまでの二年間、余暇の全てを筋トレと体力づくりに費やした。
マーゴットの言う通り、剣の腕については非凡な才能を秘めていたようで、十八歳になる前日には、父から課せられていた『冒険者になる為の最終条件』、聖騎士を目指す長男との決闘において、見事勝利を収めることに成功した。
「完敗だよ。シャーロット・・・・君は、きっと素晴らしい冒険者になれるだろう。そうでしょう父上?」
「あぁ、そうだな。まさか、この短い期間の鍛錬で、レッドメイン家の次期当主を追い抜いてしまうとは・・・・その情熱、認めざるを得ないだろう」
「ありがとうございます! お父様! お兄様!」
その翌日、早速俺はエトナを連れて家を飛び出した。馬車に揺られて約二週間、ついに『駆け出し冒険者の街アンサルヘイブン』へと足を踏み入れたのだ。
騒動を起こし、囚獄に収監される半日前のことであった・・・・
――――――――――――
~オズワードヴァンネス王国最北部ハンバルト領~
「それでは、登録手続きを開始しますので、こちらの魔鉱石を、利き手でしっかりと握りしめてください」
「はい」
冒険者ギルドにて、受付嬢から差し出された漆黒の石塊を右手で包み込む。自然と口元が緩むのを感じた。
「いよいよですね。お嬢様」
「あぁ、そうだな」
「ふふ。幸せそうですね」
「当然だろう。この瞬間をどれだけ待ちわびたことか・・・・」
「私も、幸せです。お嬢様と共に、旅をすることができて・・・・」
「そうか」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・あのう」
これまでの苦労を噛みしめると同時に、これからの生活に心を弾ませる俺へ向かって、窓口のお姉さんが困ったように声をかけた。
「はい?」
「えっと、複数名様を同時に登録することはできかねますが・・・・」
「え? あっ! おい!」
そこで、俺の右手の上に別人のそれが添えられていることに気付いた。どうやら、隣の窓口に立つエトナが、そっと手を伸ばしてきていたようだ。さわさわとその肌触りを堪能するかのように五指が蠢いている。
一体いつの間に・・・・あまりにも自然な動きであったため、全く感知できなかった。
「お前は、そっちだろうが! どけろ!」
空いている左手で、すぐさまぺしんっと払い落とし、じろりと睨みつけた。
「うぅ、すみません。御手が麗しかったものでつい・・・・」
「うふふ。仲が良いのですね」と、愛想笑いを浮かべる受付嬢。
俺は、わざとらしく大きな溜息を吐いて、肩をすくめてみせた。
「勘弁してください」
「そんなぁ。冗談でも酷いですよ。私たち、こんなに仲良しだというのに」
「冗談に聞こえたのか?」
「え?」
エトナの顔から、すぅっと笑みが消える。続けて、
「お嬢様、その話を詳しく」と、真顔で尋ねてきた。圧が凄い。
「はいはい、さっさとやること済ませるぞ」
俺は、そんな彼女をスルーした。のだが、
「私達って、仲が悪いのですか? お嬢様は、私のことが嫌いなのですか? もしそうならば、私に生きる価値など無いに等しいということに・・・・あぁ、そうか。私は虫けら。私は生ごみ。私は・・・・」と、『面倒くさいモード』に突入し始めたので、本格的に機嫌を損ね対処が困難になる前に、フォローを入れておくことにした。
「あぁ、もう! 冗談だよ、冗談! からかっただけだって。悪かったよ」
「本当ですか?」
「本当だよ。俺を信用できないっていうのか? 俺達は、『な・か・よ・し』だよ」
「本当に本当?」
「本当に本当だ」
「・・・・」
「・・・・」
「ですよねー。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ不安になりましたよー」
にかっと満面の笑顔を浮かべるエトナ。どっと疲労感が押し寄せてくる。まぁ、これで、しばらくは大人しくしてくれるだろう。
ふと、受付のお姉さんの困惑した表情が目に入り、非常に申し訳ない気持ちになった。俺達の馬鹿なやり取りにこれ以上付き合わせないためにも、迅速に手続きを終わらせてしまおう。
――――そう決心して、視線を手元に戻した。
「よし、今度こそ、登録を・・・・って、しまった!」
一つ問題を解決して気が緩んだのか、思わず魔鉱石を握る指先に力を込めてしまった。
ばきっという音が響く。
再度、エトナを睨みつけそうになったが。
いや、これは自分の不注意によるものか。彼女のせいにするのはお門違いだな、と、途中で気付いて踏みとどまった。
「あらら? 魔鉱石が砕けるなんて、おかしいですね。劣化が進んでいたのかな? すぐに代わりのものを用意してきますね。破片で指を切ったりはしていないですか?」
「あ、いや、すみません。怪我はしてないので、お構いなく・・・・あはは」
せっせこと、俺の腕から粉々になった石ころを譲り受け、背後の棚から同様のものを取り出す。
「お怪我が無くて良かったです。ごめんなさいね」
「こちらこそ、なんか、すみません・・・・」
そう言って、俺は憎たらしい右手の三銃士を眺めた。親指、人差し指、中指。マーゴットから授かった二つ目の特典だ。
その効果は、『とてつもなく強靭』。その一言に尽きる。
特段、魔法の力が宿っているわけではない。純粋に頑丈。それだけであった。
このいまいち使いどころに窮する謎能力のおかげで、今までの私生活においても、スプーンやナイフ、コップに歯ブラシ、椅子の背もたれ、ドアノブ、仕舞いには剣の柄まで、様々なものを握りつぶしてきてしまった。その度に、どう言い訳をしたものかと悩まされたものだ。
力の入り抜きにはかなり神経を使って生活していたつもりなのだが、あの黒石も我が呪いの犠牲の一つとなってしまったようだ・・・・きっと、そこそこ高価なものなのだろう。ごめんなさい、受付のお姉さん。
「はい、どうぞ。こちらをお使いください。次は大丈夫だと思います」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げてから、新たな魔鉱石を受け取ると、細心の注意を払って再び利き手に招き入れるのであった。
変態少女は大好物です。
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