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11 戦慄のドラゴンメイド

 かつて『古代龍』のみが使用していたと言い伝えられる火属性最強の魔法。あえて公にはしていないのだが、エトナは、ドラゴンの始祖にして頂点とされる彼らの血を引く、特別な個体であった。


 今となっては希少な龍人族の中でも、極めて稀有な存在。そんな彼女の口から吐き出された地獄の業火は、即死属性をも併せ持つ、文字通り必殺の一撃であった。


 あっという間に勇者の体を包み込み、それでも喰い足りないとでもいうように、背後に控える二人の少女へとその牙を向ける。


「エイベル様ぁぁぁぁ!!」


 迫りくる灼熱を前にして、愛しき勇者様の名を呼ぶドロシー。そんな彼女に、隣に立つメアリーが思いっきり体をぶつけた。


「きゃあ!?」


 短く悲鳴をあげて、壁際まで吹き飛ぶ。何が起こったのか理解が追い付かないといった表情で顔をあげる。

 メアリーは、微笑んでいた。


「ドロシー。あんただけでも、生きてっ」


 なんと尊い友情なのだろう。だが無情にも、先程までドロシーが立っていた箇所を通過する死の波。


「メアリー!!」


 悲痛な叫び声が響くも、暫くして、黒炎が晴れた後には、人骨はおろか、灰さえ残っていなかった。


「ああぁぁぁぁぁぁあぁああぁあぁ!!」


 絶叫しながら、泣き崩れるドロシー。


「ヒール! ヒール! ヒール!」と、一心不乱に治癒魔法を唱えるが、死んだ人間に効果は期待できない。


 俺は、目を閉じ、右腕で額を抑えて天を仰いだ。


――――あぁ、ついにやっちまった。


 肉体を失った魂は、個人差はあるのだが、一般的に一時間程度で完全に消滅する。そうなってしまえば、もう為す術はない。

 蘇らせる方法としては、魔導を極めた最高位の『白魔導士』に『蘇生魔法』を唱えてもらうか、大型教会にて三十人以上の聖職者が参加する『蘇生の儀式』を執り行ってもらうか・・・・


 しかし、一時間という制限内に上位の『白魔導士』を見つけられる可能性は低いし、教会についてはそもそもこの街に三十人もの聖職者が務めているのかも怪しいところだ。仮にいたとしても、その費用は馬鹿にならない。庶民では手が出せない程の報酬を請求されることだろう。


 そして、残る手段は『蘇生儀式』に準じる効果を持つこの最高級アイテムのみ・・・・


「はぁ、使うしかないか・・・・」


 俺は、腰に提げた巾着袋から紫色の液体が詰まった小瓶を二つ取り出した。


 いつか、エトナが暴走して、こうなる日が来るのではないかと思い、前もって大量購入していた『蘇生薬』だ。

 特殊な製造方法から、貴族でさえも入手が困難な特級薬品ではあるが、それはまぁ、我がレッドメイン家独自のルートがあるわけで・・・・

 どの世界においても、金銭というのは恐ろしいものである。


 しゅうぅぅ、と、口の端から熱気を吐き出しその余韻に浸るエトナを尻目に、エイベルとメアリーの肉体が存在していた箇所それぞれに、瓶の中身をぶちまけた。


「こ、今度は何をするつもり!?」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔でこちらを睨む。俺は、頭をぼりぼりとかきながら、口を開いた。


「安心しろ。ただの『蘇生薬』だ。それと、すまなかったな。あいつは怒ると手がつけられなくなるんだよ。これで、勘弁してやってくれ」


 周囲に小さな光の球が多数出現し、一か所に集約していく。それらは、みるみるうちに人の形を整えていき、最後にぱんっと弾けた。


 と、同時に、ドロシーの大切な仲間が無事に帰ってきた。


「あれ? 生きてる?」


「私、死んだはずじゃ?」


 目を点にする二人。状況が飲み込めていないようだ。


「エイベル様! メアリー! 良かった・・・・あの、『魔王』が、蘇生してくれたんです」


「どういうことです?」


「どうもこうもないさ。最初から言っているだろう? 俺に敵意はないって」


「でも、そこの龍人族に確かに殺されたはずでは・・・・」


「うっ、ま、まぁ、それは許してほしい。自分で言うのも恥ずかしいんだけど、こいつは俺のことを溺愛し過ぎている節があって・・・・で、でも、もう大丈夫だ。こいつも冷静になったはず。な? エトナ?」


 そう言って、エトナの方を振り返る。


「っ!?」


 そこで俺は、目を疑った。彼女の瞳にまだ殺気が籠っていたのだ。


「しぶといゴミ虫共ですね。ブレスは充填が必要なので、あと七十二時間は使えません。となれば、最初に公言した通り、まずは、両手足をもいで差し上げましょうか?」


 お前が『魔王』になれよ! と、ツッコミをいれたくなるような極悪ぶりである。エトナは、こきこきと指を鳴らし、一歩足を進めた。


「ひぃ」


「いやぁぁ」


 エトナの剣幕に怯えきり、二人の少女が引きつった声を漏らす。スカートの股下付近がびしょびしょに濡れているのは、失禁、いや、きっと汗だろう。うん、そうに違いない。


「くっ、彼女たちだけでも見逃してやってくれないか?」と、エイベルが懇願する。


「だ・め・で・す。汚らわしい男が、お嬢様の御身に触れることでさえ大罪なのに、傷をつけたともなれば、死罪でも足りないくらいです。自らの犯した行いを、地獄で後悔しなさい」


 こいつ、イかれてやがる・・・・

 

「おい、その辺にしといてやれよ」


「お嬢様は、少し静かにしておいてください。これは、どうしても譲ることのできない私の信念なのです」


 俺の制止にも耳を傾けようとはしない。ざっざっと、一歩ずつゆっくりと勇者一行との距離を縮めていった。

 エイベルは、何とか立ち上がり、折れた剣を構えて勇敢にもこの巨悪に立ち向かおうと試みているが、他の二人は恐怖で腰を抜かしたのか、満足に立ち上がることさえできていなかった。


「もう! いい加減にしろ!」


 俺は、一際大きな声を出して、エトナの腕を掴む。


 はぁ、正直この手段は使用したくなかったのだが、こうなってしまったら致し方ない。


 そして、そのまま彼女の腕を引っ張る。目指す先は、


――――俺の慎ましやかな胸だ!


 『むにゅっ』というよりは、『ごすっ』という方が適切だろう。巨乳の多いレッドメイン一族において、圧倒的な異端。驚異の断崖絶壁ぶりを誇る俺の胸部を、エトナの手が包み込んだ。


「んっ」


 他人に触られる感覚に、変な声が漏れる。羞恥心が体を支配し、火花が飛び散るように顔面が熱くなった。


 だが、効果は抜群だ。


 瞬く間に、エトナの表情が変化していく。『憤怒』から『困惑』、そして『歓喜』へと変わり、果てには『恍惚』の面構えに。


「え? お、お嬢様、な、ななななな、と、ととと、とつぜじぇん、何を! わ、わ、わたくし、まだ、ここりょのじゅんっ%$#@?!!?」


 一瞬にして、腕の先から頭の天辺までを桃色に染める。舌が回りきっておらず、最後の方は何を言っているか聞き取れなかったが、喜んではいるようであった。


 仕舞いには、ばたんと仰向けに倒れ気絶してしまった。


「うへ、うへへへ」と、不気味な笑い声が聞こえる。


 俺はすぐさまエイベルたちの方を振り返り、「今の内だ! こいつが気を失っている間に、できるだけ遠くまで逃げろ!!」


 その命令に、エイベルはびくんと体を震わせると、「か、かたじけない!」と、軽く頭を下げてから、踵を返した。


「行きますよ。メアリー、ドロシー」


「ひゃ、ひゃい! 『魔王』さん、ありがとうございました」


「助かったわ。で、でも、私は、まだあんたのこと、信用してないからね!」


 素直に礼を述べるドロシーと、捨て台詞を残すメアリー。そんな二人の少女を両脇に抱え、エイベルは一陣の風となって走り去っていった。


「ふぅ、何とか最悪の事態だけは、免れたのか?」


 投げ飛ばした際に頭でも打ったのか、路地奥のごみ山の上でのびているラビと、俺の足元でニヤニヤしながら寝そべるエトナを交互に眺めて、深い深い溜息を吐いた。


 この後すぐ、騒ぎに気付いた街の警備隊が駆けつけてきた。俺は、適当なことを言ってやり過ごそうとしたのだが、街中に仕掛けられた犯罪抑止用の監視魔法により、全ての悪行が記録されていたため、あえなく身柄を拘束され、ついに投獄されるに至ったのである。

 


エトナくらい愛してくれる人いないかな・・・

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