10 駆け出し魔王VS駆け出し勇者
「さて、私のお嬢様に刃を向けた落とし前はどうつけるおつもりなのですかね?」
新調したばかりの装備についた煤を払った後、ぽきぽきと拳を鳴らすエトナ。
「龍人族・・・・ですか。少し相性が悪いですね・・・・」
刃に火を灯したまま、半歩だけ後退する。すかさず、メアリーが弓を引き絞った。
「わ、私が射貫くわ」
きりきりと力を込める。矢じりの先端に、魔力が集中していくのが感じとれた。
「おい、エトナ。大丈夫か?」
「ふふ。この程度、何ともありません。それよりも、お嬢様は怪我などございませんか?」
「あぁ、俺も何ともない。すまない。助かったよ」
「いえいえ、お気になさらないでください」
「すまないついでに、お願いがあるんだが、これ以上話をややこしくしたくないから、奴らをなるべく傷つけずに無力化したい。協力してくれるか?」
「はぁ、それがお嬢様の命令とあれば、尽力いたしましょう」
「ありがとな」
「お任せください」
エトナはぐっと親指を立ててみせる。俺も、同じポーズを返した。
「何を、こそこそと話しているの? 私の一撃で、風穴を空けてやるわ! 『アイシクル・アロー』」
メアリーがその指から矢を解放した。ひゅんと風を切り、一直線にエトナの左胸をめがけて放たれる凶器。その先端が氷に包まれていく。
火が効かないなら氷。そう判断しての攻撃なのだろう。妥当な考えではあった。
だが、エトナを貫くには、あまりにも心許なかった。
「遅すぎです」
構えをとる必要もないという様子で、棒立ちのまま氷塊の到着を待つ。そして、それが十分に接近した所で、矢の中間点に手刀を落とした。
ばきっと真っ二つに折れ、撃墜されるメアリー渾身の一撃。
むふふと、得意げな色を写すエトナ。
そこで、俺の脳内にラビの一言がよぎった。
「気を抜くな! 連射スキル持ちだ。次が来るぞ!」
案の定、二撃目の氷の矢がエトナの眼前に迫っていた。
いや、それだけではない。その後を追うように、三、四、五撃と、数多の雨刃が押し寄せる。その一つ一つが、心臓、脳天、両の膝と、エトナの急所へ的確に狙いを定めていた。
「あら? これは、驚きました。でも、まだまだです」
エトナは、少しも取り乱した素振りは見せず、腕の届く範囲に侵入してきたものから順番に撃ち落としていった。
日常の奇行はこの際どこかに置いといて、戦闘ともなれば何と頼もしい存在なのだと、改めて感心する。
「これで、全部ですね」
何十本もの矢を弾き、ついに最後の一本に腕を振り下ろす。
だが、勇者一行の連撃は、まだ終わってはいなかった。
「『シャイニング』」
今まで、顔を白くして項垂れていたはずのドロシーが、杖を高く掲げて魔法を詠唱したのだ。
その瞬間、エトナの眼前で光が弾ける。初歩的な目くらましの魔法ではあるが、タイミングが完璧であった。
「眩しっ!」
強烈な閃光に顔を背ける。
そして、その光のカーテンを突き破るように、何かがエトナに急接近した。
「危ない!! 避けろエトナ!」
「は、はい。って、あれ? 足が?」
俺の言葉を聞いて、後方に跳躍しようとするが、彼女の足は地面から離れなかった。すかさず、エトナの足元に目をやると、そこには彼女が破壊したはずの氷塊がびっしりと張り付いていた。
くそ! 初めからこれを狙って・・・・
直後に、光の中から姿を現す何か。それは、腕を捻り剣先を下に向けた状態で踏み込むエイベルであった。姿勢をぎりぎりまで低くした体勢。狙いは紛れもない。下方からの一刀両断だ。
「エトナ、伏せろ!」
「は、はい!」
咄嗟に叫び、言われるがままに腰をかがめるエトナの背中を馬跳びの要領で飛び越える。
間に合うか? と、俺は懸念したのだが、想像していたよりもずっと俊敏に体が動いた。
何だ? この体の軽さは?
エトナの前方にすとっと着地する。ちらっとねじれ角の紋章が目に入り、全てを理解した。
『周囲の全てが虫けらに感じる程の圧倒的な力が手に入る』
俺にこの刻印を託した前魔王の言葉が蘇る。そうか、これが『魔王』の称号によるステータス補正か・・・・
突然の俺の登場に気付き、目を見開くエイベル。しかし、その時にはすでに腕を振り上げ始めていた。
「くっ」
今更止める訳にもいかないと判断したのか、彼は腕の勢いを殺さない。
俺は、右手の人差し指と中指を揃えて立て、上昇してくる刃の根元に当てた。
ぱきぃぃぃん
甲高い金属音が響いた。
ひゅんと、折れた剣の刀身が俺の頬をかすめる。エイベルの両腕が柄のみとなってしまった得物を握りしめたまま、虚しく宙を切った。
「そんな・・・・」
驚嘆に形相を歪める彼を、俺は、右足で蹴り飛ばした。
「ぐっ」と、うめき声をあげて、無様に尻餅をつく。それでもなお、剣から手を離さないのは、心までは折れていない証拠なのか。
「これで、大人しく俺の話を聞く気になったか?」
ふぅっと、ため息をつく。
なるべく涼しい表情を浮かべようと試みるが、内心はどきどきとしていた。『魔王』の称号がなければ、おそらく真っ二つにされていたことだろう。まぁ、そもそもこの称号さえなければ、命を危険に晒すこともなかったのだが・・・・
つぅっと、刃の破片がかすった頬から血が滴るのを感じた。
――――と、
「お、お嬢様の麗しい御顔がぁぁぁぁ!!」
視界を取り戻したエトナが絶叫した。両手で頭を抱えて、激しく上下左右させ苦悶し始める。
あまりの異様な雰囲気に、「な、何です?」と、勇者が尻を地面に密着させたまま後退った。
「エトナ、落ち着け」
滲み出る殺気と圧力。しかも、口元からは黒炎が覗いていた。
「あぁぁぁああぁぁぁぁああぁあ!」と、ひとしきりに、頭を振り乱した後、ぴたりとその動きを止めて、勇者一行を睨んだ。
「殺す、殺す、殺す・・・・」
小声で連呼している。これは、相当やばい精神状態だ・・・・
「おい、早まるな!」
俺を追い越して、エイベルの前に立ちはだかる彼女の肩を全力で引っ張るが、びくともしない。
こいつ、本気で殺るつもりだ・・・・
「本当であれば、四肢を引き抜いて、腹を裂き、内臓を一つずつ取り出し、ゆっくりと時間をかけて、犯した罪の重さを噛みしめながら死んでもらいたいところではありますが、特別サービスです。今回だけは、一瞬であの世に送って差し上げましょう」
俺なんかよりも遥かに『魔王』らしい佇まいで、エイベルの胸元を握り、無理矢理立たせる。
「くっ、やめなさい! 離しなさい!」と、必死に暴れるエイベルを余所に、肺いっぱいに空気を吸い込むエトナ。取り込まれた酸素に反応して、彼女の口内の炎がばちばちと歓喜した。
「それだけは、ぜったい駄目だ! エトナ! おい、その手をはなっ!」
俺は、何とか阻止しようと彼女の背骨めがけてタックルをかます。だが、その強靭な体幹の前に、逆に跳ね返されてしまった。
先程の勇者と同様に尻餅をつき、それでも止めようと右手を挙げるが、虚しく空中を彷徨った。
そして――――
「『エンシェント・ドラゴンブレス』」
エトナの口内から放出された高濃度の爆炎が、エイベルを呑み込んだ。
がっつり戦闘描写書いたの久しぶり。
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