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00 新米冒険者は鐵の部屋にて変態と踊る

 循環することを忘却し、ヘドロのように腐敗しきった空気の塊が鼻先で滞留していた。肺を運動させる度に、それらが体中を駆け巡るのだ。不快なんていうものではない。有限なる我が命の燃焼期間が、この一呼吸だけでどれだけ削り取られてしまうのだろうか。

 あまりにも理不尽な現実に、もはや憤慨する気力さえ失せていた。


 俺が一体何をした? 


 十八歳になり、成人を迎え、念願の冒険者になった矢先のこの仕打ちだ。世界は、『残酷粒子』で形成されている。――――などという迷言が頭に浮かび、すぐに消失した。


 閉じた瞼に広がる深淵に、すーっと脱力して身を委ね、深く深く堕ちていく。蒸しあがるような、じめじめとした熱気に包まれながらも、体の芯はひどく冷えきっていた。不気味な程に凍り付いていた。


 それは、精神的な要因によるものか、はたまた物質的な要因によるものか・・・・まぁ、間違いなく前者であろう。そうでなければ、唯の夏風邪だ。

 じっとりと汗ばんだ体を軽く動かし、寝心地の悪さを誤魔化そうとする。背中に感じるひんやりとした鉄床の感覚に少しばかり心が落ち着いた。


 良かった。まだ、この冷たさを心地良いと感じられる程度には、まともな精神状態であるようだ。


 安堵の念を抱いて直ぐ、強い眠気が襲ってきた。

 思い返せば、駆け出し冒険者にしては、濃密すぎる一日だった。なんせ、通常であれば一生を賭けて経験するようなイベントをこなした、いや、巻き込まれたのだから。


 俺に全く非が無かったのかと問われると、素直には頷けない部分もあるが・・・・


 とにかく、本日は心身ともに疲労困憊だった。明日になれば、きっと、全てが丸く収まるのだろう。この無機質な鐵の部屋ともおさらばだ。


――そして、今度こそ自由と希望に満ち溢れた華やかな冒険生活が幕を開けるのだ!


 そう自分に言い聞かせて、心奥に淀み蠢く煩慮を抑え込む。今は、睡眠に集中するべきだ。この悪夢から逸早く解放されるために・・・・

 浅かった呼吸が、次第に深くなっていった。


・・・・

・・・・

・・・・


 しばらくすると、傍らからごそごそと物音が聞こえてきた。


 続いて、ぱさり、ぱさりと何かが床を撫でる摩擦音。寝息とは明らかに異なる荒めの息遣いも耳に入ってきた。それが、妙に艶まかしい。


 俺は、嫌な予感がして半分以上沈みかけていた意識を引き上げた。


 案の定、湿り気のある熱い吐息が首筋に吹きかけられる。ぞくっという悪寒が背筋を伝い、直後に、ざらざらとした感触の細長い物体が右太腿に絡みついた。締め付けるでもなく、緩めるでもなく、優しく巻き付いた紐状の先端がずずずっと内腿を這いあがってくる。


「はぁ、はぁ。シャーロットお嬢様。あぁ、お嬢様、お嬢様。なんて愛おしい寝顔なのでしょう。エトナは、もう我慢の限界でございます」


 腹部に、確かな意志を持った質量及び熱量を感じた。五つに枝分かれしたそれが、ぷちっぷちっと、まるで高価な宝石でも扱うかのように、ゆっくりとボタンを外していく。


「抵抗しないのですか? 抵抗しないということは、私を受け入れてくださる、ということでよろしいですよね? よろしいですよね? はぁ、はぁ」


 眠っている相手に抵抗も何もないだろうと、心の内で溜息を吐いた。興奮度が高まってきたのだろうか、口元から漏れ出す吐息がより水気を増す。

 さすがに、これより先は色々とまずいことになると脳内で警報が作動し始めたので、全身を支配する倦怠感を押し切って、指先に電気信号を送った。


「あぁ、明かり一つない密室に、うら若き乙女が二人。このような状況で、過ちが起こらない訳がない! そう、私が過ちを起こす!! お嬢様。御許しを! エトナの愛を、その身でっ!!」


「起きてるぞ」


 ぱっと目を開き、腹部に乗せられたエトナの腕を掴みあげる。

 彼女の手がびくんっと大きく痙攣し、反射的に引っ込めようと力が加わるのだが、俺はそれを許さなかった。逃がすまいと、確保した色欲の権化を空中に固定する。


「通路の蝋燭に火が灯っているし、密室でもない。それに、もう一人仲間がいるだろうが」


 握った腕に沿って目線を移すと、そこには一糸纏わぬ姿を曝け出す変態少女がいた。


 まず初めに、ぷるんと揺れる二つの山が飛び込んできて、咄嗟に彼女の顔面へと視点を逸らした。もう何度も拝見してはいるのだが、未だに女性の裸体は刺激が強いと感じる。まじまじと直視できないのだ。


「え? お嬢、さ、ま、起きて、いらし、て・・・・?」


 エトナはそう言葉を紡ぐと、口を半開きにしたままの状態で動かなくなった。まるで、時が止まってしまったかのようだ。

 その表情には、驚嘆と絶望が浮かんでいる。おそらく、膨大な数の情報が彼女の頭の中を錯綜していることだろう。


「どれだけ欲望に忠実なんだ・・・・ばれて困ることなら我慢しろよな」


 俺は、よっこいせと上体を起こし、一メートル先で鉄格子をがじがじと噛みながら、呑気に爆睡するもう一人の仲間に目を移した。小さな体躯と頭部からピンと伸びたもふもふの耳。兎の血を引く獣人族の少女である。

 硬い物を噛みがちなのは、種族的な宿命か。かちかち、かちかち、微妙にうるさかった。


「それにしてもラビは、よくこんな所で気持ち良さそうに寝付けるもんだな」


 一言こぼし、改めて周囲を見回した。


 四方八方を金属に囲まれ窓の一つもない閉鎖的な空間。現在、俺たち三人が鎮座しているのは、まごうことなき『牢獄』であった。

 不名誉極まりないことに、『勇者殺害』と『魔王就任』の容疑で、こうして幽閉されている訳なのだが・・・・


 つい数時間前、魔王の甘い誘惑にほいほいと乗っかり(仲間が)、確かに勇者を焼き殺し(仲間が)、結果としてそういう事実が完成してしまったのだから、正直なところ、弁解のしようがなかった。

 チームメイトの勝手は行動が招いたものであったとしても、少なからずその責任の一端はパーティリーダーである俺自身にもあるのだろう・・・・


 その際、ステータスに『第七界魔王』などと言う忌々しい『称号』を強制的に刻印されてしまっているのだが、もちろん、魔を統べるつもりなど毛頭ないし、死んだ勇者だって蘇生済みだ。今頃、ぴんぴんとしていることだろう。


 何も問題はない。そうではないか? 

 むしろ、人類に仇為す魔王の一体がいなくなったのだから、万々歳ではないか。

 だから、俺達をここから出してくれ。早く胸躍る素敵な冒険がしたいんだ!!


――――と、いくら叫んだとしても、意味がないことは承知している。


「なぁ、そろそろ尻尾を解いてくれないか? 痛いんだが・・・・」


 視線をエトナに戻し、ぽいっと掴んでいた腕を投げ捨てた。力なく宙を舞い、そのまま灰色の床に落ちる。


 エトナは、「あ、あ、あ・・・・」と、小刻みに震えていた。謝罪を述べたいのだが、上手く言葉にできない、そういった所だろう。

 しかし、そんな状態であっても、俺の命令には従順なようで、しゅるしゅると太腿から撤退していく細長い尾っぽ。鱗がすれて多少の痛みが走る。


「はぁ。本当に油断も隙も無い奴だな。好いてくれるのは嬉しいが、俺とお前は主人と従者で、何よりも大切なパーティなんだ。共に冒険をしていくうえで、超えてはならない一線があることだけは重々に理解しておいてくれよ」


 やれやれと首を振り、諭すように軽く彼女の頭を撫でる。その掌の下、深紅の瞳から一筋の雫が零れた。

 泣いている? どうやら、きちんと反省してくれているようだ。


 俺は、ずいっと顔を寄せて、にこりと笑いかけた。


「ほら、怒ってないから安心しろ。今日は早く寝て、明日に備えるぞ」


 エトナの瞳に生気が宿っていくのが確認できた。怒鳴られるとでも思っていたのか? 軽蔑されるとでも思っていたのか? 何を今更。

 俺が「わたくし」から「おれ」になるよりずっと前からの仲だろう。


 お前の『変態性』は既に十分理解している。


「お、お、お、お・・・・」


「お?」


「お嬢しゃまぁ!! こんな卑しい召使に・・・・なんて、寛大な方なのでしゅかぁ。本当に申し訳ありましぇん。あぁ、お嬢しゃまぁ・・・・」


 俺の笑顔に安堵したのか、ここにきて本格的に泣きじゃくり始める我がパートナー。

 縋り付こうとこちらに伸ばしてきた手を、ぱしっと華麗に払いのける。だが、エトナは、それでもめげずにすり寄ってきた。


「鬱陶しいな。体調崩す前に服着て静かに寝ろ!」


 俺は、膝立ちの状態のまま全力で抱き着いてくる彼女の顔面を、右膝でブロックした。


「あぁ、お嬢様のおみ足・・・・はぁはぁ」


「ひぃぃぃ!? やめろ! 離れろ! 鼻水がつくだろう!」


 がっしりと脹脛をホールドし、恍惚の表情を浮かべる彼女を見て、若干の恐怖を覚えた。ぶんぶんと脚を振るが離れてくれそうもない。


 すると、煩かったのか、先程まで熟睡していたラビがむくりと起き上がった。そして、俺と目が合う。


「おぉ! ラビ。ちょうど良かった。こいつを引き剥がすのを手伝っ」


「うわっ!? 姉御が、エトナ嬢を泣かせてる!! 何してるんすか? 襲ったんすか? レ〇プっすか? このケダモノ!!」


 起床して早々、トップギアである。


「逆だよ、逆!」


「はは。冗談すよ。で、そろそろ、脱獄の時間ですかい?」


「お嬢しゃまぁ・・・・」


「はぁ? 脱獄? なんでまた、トラブルを誘発するようなことを?」


「え? しないんすか?」


「しないよ」


「お嬢しゃまぁ・・・・」


 エトナの呼びかけには、ことごとく無視を貫く。ラビは、不思議そうに首を傾げると、自らの唇に人差し指をあてた。


「でも、このままだとラビたち、明日の朝には殺されるんすよね?」


「は?」


「お嬢しゃまぁ、しゅき・・・・」


 耳をぱたぱたとさせる兎少女の口から放たれた衝撃の一言に、今度は俺が静止した――――




おまー。

シャーロットたちの冒険に、こうご期待!


少しでも面白いと思っていただけたら、評価、ブクマ、感想、レビュー等よろしくお願いします。

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