第二章 最弱な戦士
ニアは夢を見ていた。
昔の出来事だ。
「ニアはおじい様の所で待っていなさい」
ニアの両親はニアをアヒルの村に残した。
ニアの両親は学者で研究の為、魔界に行かなくてはならなかった。
危険だと分かっている場所に、連れて行かせる事は出来なかった。
「私も行きたい」
まだまだ、子供だったニアはついて行こうとしていた。
「ダメよ。大丈夫。必ず帰って来るから」
ニアの両親はそう言い残し、ニアを置いて魔界へ旅立った。
それから一〇年の月日が流れた。
ニアが旅を始めて次の日の早朝、まだ、太陽が上がってすぐの頃、ニアは目を覚めた。
ニアはバイクの助手席に眠っている。
ギギは後ろにバランスよく横になっていた。
「うーん、私のお金~♪」
ギギは幸せそうに寝言を言っている。
運転席に上手く寝る事が出来ないルカは、寝袋を出し、バイクの近くに眠っていた。
そのルカがいなかった。
「あれ? 何処に行った?」
まさか、置いていかれたのでは?
一瞬そう考えたが、女の子好きのスケベ魔王が、約束すっぽがして、ニアを置いて行くはずない。
最悪そうだとして、商売道具のバイクとパートナーのギギを置いて行くはずはない。
ニアは近くにいると思い、探しに行った。
「おらぁ!」
ルカは近くの湖で剣を振り回していた。
数回振り回した後、ニアに気付き、ニアの方を見た。
「おはよう。どうした? 朝食の水くみか?」
近くに置いてあったタオルで顔を拭いてニアに近付いた。
「いや、いないから気になって」
「そうか」
腰を下ろし、タオルを置いた。
「ルカも努力するのね。魔族の血があるから必要無いかと思った」
「だから、必要なんだよ。力つーのは、鈍ればそれに振り回されるからな。魔族の血が混ざっていると特にそう思うよ。見ただろう。あの眼」
ルカはタバコを吸い始めた。
「うん」
「ありゃ、魔力の解放。人間には無い代物だから、強さが有り余るんだ。それに振り回せれ無い為にも努力は必要なんだ」
「へー」
真面目な事を言い感心した。
「まあ、じーちゃんレベルの魔族になれば、努力も必要ないかも知れないけどな」
「こうやって努力しているのね」
「まあな」
「意外ね」
「そうか?」
「ええ、もっと、女の子の尻を追いかけているのかと思った」
「失礼だぞ!」
「ゴメン」
「まあ、早起きしてニアの下着も盗みたかったな~」
「するな!」
ルカの頭を殴った。
「あたたっ。冗談だよ。それで、今日の朝食は何だ?」
「まだ、決めてないけど~」
「んじゃあ、フアフアのオムレツ食べたい」
目をギラギラと輝かせて訴え、少年にしか見えない瞳をした。
「分かったわ」
ニアは笑った。
「いや~少しの間でもインスタントから脱して良かったよ。ギギじゃああそこまで上手く作れないもん。黒こげの料理は嫌だ~」
「そんな料理を食べていたの?」
「まあね。どうにも魔族は料理が苦手な種族らしくってな。いや、俺の説からすると、科学は発達して、食が衰退したと思う。科学の力でインスタント食品を作って満足させたんだ。あれって人工的な物じゃん? 最初は美味いが飽きるんだよ。人間は畑を耕したり、家畜を飼ったりして、美味いもんを無限に作るじゃん。それは魔族にとって凄い事だったんだ」
「あっ、たがらか~」
「そう。だから、魔族は人間を滅ぼそう何て一粒も思わなかったんだ。魔族も生きる為には食わなけりゃならないからな。じーちゃんがまさにそうだった」
「へー」
「さて、続きやるかな~」
ルカはタバコをくわえ立ち上がった。
「じゃあ、私も作ろう」
ニアも立ち上がり、バイクのある所まで戻った。
二人と一匹は港町メズスに着いた。
メズスは漁港が盛んな町で、魚を求めてやってくる者も少なくない。
「それで、ここから、どうやって魔界に行くの?」
町の中の整備屋にいた。
「ああ、海を渡る。海上列車がここにはあるんだ。その列車に乗れば隣の大陸まで一日で着く。そっからまたバイク走らせたら、そうだな~一週間で着くかな」
ルカはタバコを吸いながら、慣れた手付きでバイクの整備をしていた。
「海か~」
ニアの目が輝いていた。
「ねえ、海行ってもいい? 海初めてなのよ」
「これだから、田舎者は」
ニアの言葉にギギがすぐさま悪口を言った。
「あんたは五月蝿いのよ。いつか、コウモリの丸焼きにするよ」
ニアがギギを素早く捕まえ、首を絞めた。
「苦しいでしゅ、暴力女~」
「なあ、コウモリの丸焼きって美味いの?」
ルカが無邪気に聞いてみた。
「やった事無いわ、でも、味付けは塩とコショウがいいかな~」
「ああ、鶏肉みたいで案外美味いかも。じゃあ、作ったら教えて」
「ええ。分かったわ」
「不吉な事を言うなでしゅ!」
「まあ、今日は脅しだけでそれは次の機会の楽しみにしましょう」
ニアはがっかりしていた。
「そうか、次か……」
ルカもがっかりしていた。
「こいつら信用出来ないでしゅ」
ギギが呆れていた。
「それで、海行きたいんだけど」
「そうか、海に、いいよ。ってか何、ニア水着着るの?」
「着たいけど、あんたがいなかったらね」
「なんで?」
「どうせ、私の着替え目当てでしょう?」
「うん」
迷う事無く素直に頷いた。
「だから、嫌よ」
「残念」
ルカはため息をついた。
「それで、行っていいのね」
「ああ、いいよ。これでよし」
ルカはバイクを押し始めた。
「んじゃあ、俺は海上列車の切符手配して来るから、ギギ、ニアの案内してやれ」
「えーなんででしゅ」
「暇そうだから、他になにか理由は?」
「暇じゃないでしゅ」
「ふうん。ニア、今晩はコウモリの丸焼きがいい」
「そうね。丁度いい材料あるしね」
「分かったでしゅ。一緒に行くでしゅ」
「んじゃ、よろしく」
ルカは海上列車の方に行った。
「なんで、僕が、こんな人間に」
ギギはフワフワと飛びながら、海に向かった。
ニアも付いて行く。
「ねえ、なんでそんなに人間が嫌いなのよ。そもそもルカも戸籍上は人間でしょう?」
「正確に言うなら、無知な奴が嫌いなんでしゅ」
「無知ね~」
「無知は罪でしゅ。僕の事を冷たい目でみるんでしゅ。魔界の進んだ科学はここでは、異物の扱いでしゅ。喋るコウモリなんて、差別の対象でしゅから、科学を知らない人間は嫌いなんでしゅ」
「なる程」
「ルカしゃんは、その辺詳しいでしゅから、僕以上に」
ルカから学ぶ事が多かった。
「へー」
「だから、人間は嫌いなんでしゅ、勿論、あんたもね」
「随分、喧嘩腰ね」
「当たり前でしゅ。ニアは僕の敵でしゅから、ニアが現われてから、ルカしゃん、ニアにばっか構って……」
「あれ、ギギってもしかして」
「そ、それの何処が悪いでしゅか?」
真っ黒なコウモリ姿が、一気に真っ赤になった。
「いいえ。全然、魔界の科学は素晴らしいと感心したの。感情まで、作ったなんて」
「それはどうもでしゅ」
ギギは拍子抜けした。
その間に、海に到着してニアは海を見た。
「うわぁぁぁ。キレイ」
本でしか見た事無かったコバルトブルーの海を、ニアはこの時初めて目にして、感動していた。
急いで、カメラを取り出し、シャッターを何回も押す。
「本当に、旅に出てよかった」
ニアは笑った。
「ニアは、ルカしゃんの事をどう思うでしゅか?」
「どうって、ただの友達だよ」
「そうでしゅか?」
「ええ。好きでも嫌いでもないな。まあ、スケベな所は直して欲しいけどね」
「そうでしゅか、良かったでしゅ」
ギギは安心していた。
「おーい、切符手に入れたぞ」
ルカが満面の笑みでやってきた。
「これ、ニアの分な」
「ありがとう」
「僕の分は?」
「あん? 無いよ。ペットは籠に入れりゃ無料だから買ってない」
そう言い、持っていた籠を見せた。
「僕はペットじゃないでしゅ」
ギギは空をグルグル回り、暴れていた。
「しょうがねーだろう。三人部屋空いて無かったんだから」
「やっぱり、この人間邪魔でしゅ」
「こら、そんな事言うな!」
ルカは無理矢理捕まえ、籠にギギを入れた。
「酷いでしゅ」
「ちょっと可哀想じゃない?」
「まあ、そうだが、しょうがないだろう。俺やニアが籠に入る訳には行かないだろう」
「まあ……」
「ギギ、ちっと我慢しろ。部屋に入ったら、すぐ出してやるから」
「分かったでしゅ」
ギギは大人しくなった。
二人と一匹は列車の中に入った。
「凄い~」
ニアは目を輝かせていた。
部屋は六畳程の広さに、カーペットが敷かれ、ベッドが二つとテーブルが一つあるだけのシンプルなツインルームであった。
「これでも安い所何だが、もっと凄いスイートルームもあるぞ」
「本当に!」
「ああ、桁が違うから俺も一回しか泊まった事無いがな。俺も凄いと思った。サービスから何まで全部が凄くてな」
ギギを籠から放した。
ギギはすぐに籠から出て、飛び回った。
「そうなんだ~」
「まあ、新婚旅行に変更するなら、手配するよ」
ニアの顔に近付いて話した。
「その一言はいらねーよ!」
ニアは笑顔で、そんなルカの顔面を容赦なく殴った。
「痛い」
顔を抑えていた。
「あたたたた」
ルカはしゃがみ込む。
「他に部屋はあるの?」
「ああ、あるよ。もっと安い大部屋もあるが、それはギギもいるし、少し高いがツインにした」
「お金いいの!」
「いいさ。金なら困って無いしな」
「それならいいけど、ねえ、ルカ。そー言えば、何で私が魔界行くって言って、簡単な条件でオッケーしたの?」
ルカは自分の経費を請求する事は無かった。
「ああ、そんな事か、俺も魔界に用があって、どっちみち魔界に帰らなけりゃいけなかったからな」
ルカは腰の剣を枕元に置きベッドに座った。
どんな事があっても、胸ポケットの銃を出そうとしない。
そうとう大事な物のようだ。
「だから、オッケーしたの?」
ニアもベッドに座ると、列車が発車した。
「ああ、ちなみにこの列車が最短ルートだよ」
「他にルートがあるの」
「まあな。山を渡るルートや、船を渡る事も出来るが、海上列車は一番速度が早い。船よりは金はかかるが、船の揺れは好きじゃねーんだ」
「へー」
ニアは列車の窓から空を見ていた。
列車と言うからには線路があり、線路が光っていた。
太陽が海面に反射して光っている訳では無く、線路自体が光っていた。
「ねえ、どうして、列車が海上を走っているの?」
考えてみたら、不思議だった。
「ああ、魔界のテクノロジーで」
ルカはベッドに座った。
「簡単に説明出来る?」
「うーん。要は浮いているんだよ。電車と線路に魔力を与え魔力同士が反発しあっているんだ」
「じゃあ、何で、線路は消えるの?」
「消えてなんかいないよ。消えているように見えるだけだ。海に擬態出来る色にして、列車が通る時に魔力を放つ、その時、光も出すんだ。ちなみに列車が通らない時は船も通るからこの線路つーのは、見た目以上に丈夫で薄く出来ているよ」
「へー。ルカって詳しいのね」
「あんたが無知過ぎるだけでしゅ」
「五月蝿い、バカコウモリ!」
二人はさり気なく言い合っていた。
「ギギも知らなかっただろう。確か、俺が教えたと思うぞ。俺はそー言う学校通っていたからな」
「学校?」
「ああ、魔界に行けば、魔力と科学とメカを専門とする学校があるんだ。まあ、機械イジリ好きだったし、じーちゃんに頼んで、通っていたんだ」
「確かにメカに強いわね」
バイクを整備していた事を思い出していた。
「まあ、好きだけど、それで飯食おう何て思わなかったのは、好きと仕事にしたいは違ったんだと思うんだ。それに血のお陰か、剣士の適性がバカみたいによくってな」
「へー」
「んじゃあ、車内見に行くか?」
ルカは立ち上がった。
「うん。行く」
「ギギ、お留守番宜しくな」
「えー」
ギギはふてくされていた。
ペットは部屋から出てはいけないのだ。
「ほれ、銀貨だ」
ルカは剣を腰に差すと、ギギに銀貨を一枚渡した。
「いってらっしゃぁ~い♪」
ギギは笑顔で手を振った。
(分かり易い小動物)
ニアは呆れていた。
ルカはツインルームの後ろにある、一般車両に連れて行った。
「ここが、一般車両だな」
仕切りが区切られ、一部屋毎に三段ベッドが二台並べられ、ベッドにカーテンが掛けられ、中が見えない所もあったが、大体の所はカーテンがオープンとなり、家族連れや一人旅の客等がいた。
同じベッドとなった乗客は、他の客と仲良くやっている一幕も見えた。その部屋がすっと何両にもまたがってある。
沢山の客を収容する為の施設となっていた。
「へー。今度はこっちにも泊まってみたいな~」
カードゲームで遊んでいる客を見ながら言った。
「まあ、それも楽しいよ。ゲームしたり酒酌み交わしたりな」
「ここに泊まった事あるの?」
「ああ、ギギをバイクと一緒に貨物に預けたけどな」
(ギギも可哀想ね)
「次に行こうか」
「ええ」
二人は隣の車両に向かった。
倉庫を通り、列車の一番後ろに出て、海を眺めていた。
「うわぁぁぁ、キレイ」
ニアは感動していた。
カメラのシャッターを何度も押す。
海が宝石のようにキラキラ光、魚も跳ねていた。
「ああ、そうだな」
風が少し強いが、そんな事は気にならなかった。
「旅に出てよかったよ」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
しばらく、海を見ていた。
「次行く?」
「うん」
「次は前だな」
ルカとニアは前の車両に向かった。
次に二人は、ツインルームの、前の車両に連れて行った。
「ここは娯楽室だ。主にツインやスイートに泊まる客が遊ぶ場所だ」
中にはビリヤードやダーツ、スロットやルーレットまであった。
既に人の出入りもある。
「一般車両の人達は入っちゃダメなの?」
「いや、ダメじゃねーけど」
一瞬冷たい視線を感じた。
「まあ、よくある理由としては、貴族は庶民と遊びたくないし、庶民は貴族と遊びたく無いんだよ。あと、一般車両の人達は入りづらい環境だしな」
ルカは耳元で話した。
「なんだそうなんだ~もっと仲良くすりゃいいのに」
「まあ、そうもいかないんだよ。ニア次行こうか」
「うん」
ルカ達は更に前へ進んだ。
「ここが食堂車だ」
「ここも、お金持ち専門なの?」
「まあな」
二人は食堂車にいた。
まだ、食事時ではなかった為、人はいなかった。
いかにもお金持ちの人が食べるような、ドレスコードがある、高級そうな雰囲気を漂わせていた。
「それだけの額を払っているから、俺は金持ちに文句は言えないよ」
「まあ、そうか」
「それに一般にも解放しているしな」
「そうなんだ~」
と、ニアがメニューを見た。
見た事も食べた事もない、高級な食材を使った料理名が書いてある。
そして、金額もゼロが一つ多かった。
「ねえ、これ」
「ああ、高いだろう。まあ、これだから、手がつけられず、お弁当を用意したり、売店があったり、簡易キッチンみたいなのもあるから、そこで軽く料理して、食べたりするんだよ。所でニアはどうする? 食べたいなら奢るけどここで食べる?」
「いや、作るよ」
ニアは元気なく言った。
「いいの!」
ルカは逆に喜んでいる。
「だって何か場違いな所だし、これ以上ルカに迷惑かけたくないし……」
「俺は迷惑だなんて思ってないけど?」
「だって桁違うのよ。いくら何でも」
「ああ、金なら大丈夫だよ。じーちゃんの名前出してツケて貰えばいいし」
(そうか、ルカって筋金入りのお坊ちゃんだったのよね)
メフィストは、実際かなり儲かっていると話を聞いている。
ツケる程の財があるのだから、大したお金持ちのようだ。
普通に話していたり、食べたりして、金持ちの素振りを見せないから、ニアは考えた事無かった。
「まあ、俺はニアの飯の方がいいな~」
「なんで?」
「こー言うのって、ガキの頃から食べてたし、それに俺、いわゆる家庭料理とか、安くて美味い飯とかの方が大好きだし、ツインにしたのだって、ある程度不自由な方が、旅は面白いだろう?」
(なんつーか)
ニアは苦笑いをしていた。
「俺がじーちゃんの所から離れた理由もそんな所だよ。あのまま何も知らないで一生を生きるのは嫌だったからな」
(意外と普通の生き方を望んでいるのね)
「私の料理でいいなら作るよ」
「んじゃあ、それで決定だな」
ルカは微笑んでいた。
「うん、分かった。ルカ次、行きましょう」
「ああ」
ニアを先頭に次の部屋に向かった。
一部屋がとても豪華な部屋が、並ぶ車両についた。
「ここがスイートルームのある車両だ」
「へー」
真っ赤な絨毯が敷かれ、照明はキレイなシャンデリアとなっていた。
「空きがあれば、中が見えるけど」
ルカは空き部屋を探した。
「空いてなさそうだね」
「そうだな」
二車両、スイートルームで占拠しているが、何処も埋まり、扉がしまっていた。
「まあ、仕方ないわね。次行きましょう」
「次は運転席だけどいいか?」
「ええ、いいわ」
「んじゃあ、行くか」
ルカとニアは更に前に進んだ。
ルカは目を輝かせ、列車を運転する姿を見ていた。
「凄いな~」
「ねえ、分かるの?」
「ああ、なんとなくだがな」
「へー」
ニアにはなんがなんだか分からなかった。
「運転してみたいな~」
隣でルカと一緒に、目を輝かせている男の子がいた。
一見すると戦士の格好だ。
腰に高そうなロングソードを下げ、白くてしっかりとしたアーマーを纏っている。
まだ、あどけない顔をしていて、年はニアより下の十代後半だろう。
金髪の髪に青い瞳、高貴な雰囲気を感じられた。
「ああ、俺もだ」
ルカも同意見のようだ。
「気が合いますね」
二人が顔を合わせた。
「お前は!」
「あなたは!」
ルカと男の子は知り合いだった。
二人は大声を上げていたが、ニアにはなんだか分からなかった。
「なんなの?」
とりあえず、男の子の部屋に入った。
男の子はスイートルームの乗客だった。
中はとにかく広い。
一泊しか止まらない列車にしては広い。
ニアの感想はそれに尽きなかった。
ニアとルカの部屋にもトイレは無く外になる。
しかし、ここは違う。凄い清潔感のある部屋に、ベッドは勿論、トイレやキッチン、広いバスルームもある。
(こりゃ、新婚旅行にしたい気持ちも分かるな)
ルカの言っている事は間違っていなかった。
どんだけお金をつぎ込めばいいか、想像がつかない。
こんな豪華部屋で新婚旅行は、夢のような話である。
「僕の名前はマルコです」
ニアに自己紹介する。
ニアはマルコと握手を交わすと、隣にいたルカはむすっと、顔を膨れた。
「どうしたの?」
「別に」
ルカが気になって、声をかけてが、ルカはソッポを向いたまま、なにも話そうとはしなかった。
「しかし、また、あなたに会えて良かった」
「俺は、面倒になるから二度と会いたくなかったよ。しかも、こんな部屋で、さぞ、儲かっているんだな。白の戦士団は」
「いいえ、これは僕の実家のお金です」
「どっちでも、いいよ」
「ちょっと、今、さりげなく、凄い事言わなかった? 白の戦士団って、あの白の戦士団よね?」
ニアも本でしか読んだ事がないが、白の戦士団は魔物を倒す為に、人間達が組織した。
その昔は魔族との戦争でも活躍した由緒ある集団だった。
「まあな。それ以上でもそれ以下でもないよ。ただ、こいつが戦士と呼べるかは、人それぞれだがな」
「えっ? どう言う意味?」
「本人に聞け」
ルカは話したく無いみたいで、イスと灰皿を窓に持って行き、窓を開けると、タバコを吸い始めた。
そうとう、イライラが溜まっているようだ。
ニアとの会話より、タバコを優先させた。
「ルカさんの言う事も最もですよ」
マルコはルカに会った時の事を話し始めた。
ルカは、どっかの昔話にありそうな、山に鬼退治に近い、山に魔物退治に行った事があった。
そこで魔物に襲われていたのが、マルコであった。
(最低な戦士だ。本当に、一応、戦士なんだね)
ニアは話を聞く限り、余りにも戦士らしく無かったからだ。
ルカが、スケベでどうしょうもない酒飲みでも、一人前の戦士とするなら、マルコはその下だ。
戦士は出逢った魔物と、強くともある程度までは勇敢に戦うが、マルコはそんな事をしなかった。
マルコは魔物に出逢い怯えて、体を丸くしていた。
「よく、戦士でいられるわね」
つい、言ってしまった。
こう言う事は一度脳を通して、咀嚼してから言う物だが、マルコの話はそんな連鎖反応を無視していた。
「ええ、名前だけです。僕、両親も兄二人も戦士でしたから、無理矢理戦士になったのです。でも、向いていないのですよ。魔物を見ると、怖くて足が震えてしまいます」
ニアがバカにしたように言っても、マルコは笑顔を絶やさず答えた。
(親族の七光りね)
ニアが呆れ返っていた。
それはそれで問題であるが、今は話を続ける事にした。
「それでルカさんは、僕が恐れた魔物も傷つきながらも勇敢に戦いました」
(まあ、あいつらしいのかも)
ちらっと、ルカを見ていた。
まだ、タバコを吸っている。
出会って数日しか経っていないが、ルカと言う男は究極のバカだ。普通、解雇した村を助けたりはしない。
これをバカと言わずなんと言う。感謝しているが、ニアはルカをそう位置付けていた。
ニアはルカの行動に想像出来た。
「それで、ルカさん、あの時の傷、大丈夫ですか? まだ、一ヶ月も経っていませんし、かすり傷と言っていましたが、かなり急所に入っていたと、思うんですが?」
しかも、あの時の傷を、他人に心配かけないように平然を装っていた。
(バカだ。バカ過ぎる)
「ああ、大丈夫だ」
今更、ダメだったとは言えないし、言わないだろう。
本当は大丈夫なはずは無いのだが……。
(いつか、確実に死ぬわ)
ルカの命を軽視する考えは納得出来なかった。
(あとで、問い詰めてやる)
「でも、僕はすぐ医者を呼びに行ったのですが、戻った時にはいなくって、あの時は探しましたよ」
「そうなんだ」
ニアは苦笑いを浮かべた。
体質的にほとんどの傷が治っていて、一番深い所も一晩眠れば完治するとまで言われた。全く、無茶苦茶な体をしている。
だから、医者に見せたくないと逆の説も考えられた。
純血の人間からすれば、魔族も魔王のクォーターも変わらない。
「別に平気だったんだ。今さら蒸し返すな」
「そうですよね。それよりルカさん。こっちで、お茶にしませんか?」
メイドがお茶とお菓子を持ってきた。
「俺は女の子をおかずにお茶は飲みたいが、男のしかもお前は嫌だぞ」
新しいタバコを吸い始めた。
「そんな酷い事言わないで下さい」
「俺は俺の生理現象を正直に話したまでだ」
「そうですか、まあ、いいです。それより、白の……」
「断る」
ルカはマルコの言葉を切ってしまった。
「せめて全部言わせて下さい」
「言わなくてもいいだろう。どうせ、勧誘がしたいんだろう。俺は断っているんだ! 何度も言っているだろう」
「ですが、心が変わったのかと思って」
「一ヶ月で心が変わるか!」
ルカに似合わず、怒鳴っていた。
「大体、お前に会う前にお前んとこの副隊長にネロだったけな~」
「ネロさんですか! 今、隊長、やっています」
「そう、まあ、どっちでもいいや、とにかく、そいつにスカウトされたんだ」
「それを断ったんですか! 勿体無い。隊長さんはそう簡単に勧誘なんてしない方だ。それを断るなんて」
「ねえ、ちょっと待って」
ニアが口を挟んだ。
「なんですか?」
「ルカの何処がいいのよ?」
「そんな野暮な質問しないで下さい。ルカさんは隊長に匹敵する程の実力を持っています。僕は一目で、ルカさんしかいないと思いました」
「あっそう」
(まあ、無駄に強いもんね)
「ねえ、来て頂けませんか?」
「嫌だ」
「どうして、そう即答するのですか? せめて理由を聞かせて下さい」
「んじゃあ、言うけど、まず、面倒、あと俺は今、大事な仕事の真っ最中なんだ。それをほっぽり出す程、腐っていないよ」
「なんつー単純な理由」
(まあ、私の事を考えているのは分かったが……)
最初は呆れていたニアだが、少し嬉しかった。
「次に隊長が気に入らない」
「隊長さんは偉大です!」
マルコが間髪入れずに反論した。
「最後に白の戦士団の思想が嫌いなんだ」
「思想?」
ニアが聞き返す。
「ああ」
「隊長も、思想も偉大です!」
「それが合わないんだ。だから、断ったんだよ。そして、その言葉からして変わっていないようだし、どっちみち、俺はブラリと旅がしたいんだ。だから、俺は断る」
「何故です。あなたがいれば、魔王を倒す事も可能だ! なのに」
「それが気に入らないんだ。俺は魔王を倒す気は無い」
「何故です。魔王をこのまま野放しにすれば、いつか世界は魔王の物になってしまいます。そうなれば、元も子もなくなります」
「さっきから、理由を聞きたがりやがって、その思想が気に入らないんだ。そー言う考え方、見方をする奴がいるのは分かっているし、それを否定する気も今は無い。だが、それを無理矢理強要されるのが、一番腹が立つんだ」
会話がヒートアップしていった。
ルカはタバコの火を消し、もう一本吸った。
「それでも魔王は倒さなくてはならない。あなたにはその力がある。なんで分からないのですか!」
マルコは今までに無い程の強い口調で言った。
マルコはあの時の事を忘れない。
ルカはマルコを守る為、ガンソードをマルコの近くの地面に突き刺した。
「こいつの側にいろ。何があっても離れるな。それと、その剣を貸せ」
そう言うと、マルコの腰の剣を許可無く抜き、ルカは魔物の前に立った。
体を丸くしていたマルコは、怯えながらルカを見た。
魔物は大きく強く、コールド系の技が得意な魔物であった。
ルカは避けながらも必死に、魔物の所に向かって行った。
しかし、魔物の氷の刃に合い、全身が切り傷だらけになった。
(くっ、やっぱり、慣れねー)
ルカは苦しい顔を見せた。
氷の刃はマルコの所に向かって行ったが、ルカの剣が魔力を放ち、バリアを作っていた。
ルカは何とか近付き、魔物の頭にマルコの剣を刺した。
魔物は血を噴水のように流れ苦しみ、魔物は防衛手段として、とっさに氷の刃をルカの右腹に貫き、ルカは剣を放し飛ばされてしまった。
「うわぁぁぁ」
ルカは木に叩き付けられた。
「うー」
魔物はまだ生きていて、ルカに気付いた魔物はルカに再び襲い掛かった。
「くう」
貫いた氷の刃に強い痛みを感じた。
そんな苦痛もままならぬまま、魔物が向かってくる。
「ヤバいな……」
ルカは上着の中から、白き銃を出し魔物を狙って撃った。
弾は魔物の体を貫いた。
「悪いな。負ける訳にはいかないんだ」
ルカは銃をしまい、タバコを吸った。
魔物はなにも感じないのかルカを襲った、しかし、すぐ動きが止まった。
魔物は苦しみ始め、流れ出た血が一気に塊、結晶化した。
「終わりだ」
魔物は倒れ、体まで赤い結晶となり、最後は粉々に砕け散った。
「あの白き銃は何の為の物です!」
「護身用だ」
ルカはめんどくさそうに話した。
「ルカ。あれ使ったの!」
「なんだ。知っていたんだ。じーちゃんか?」
「ええ」
「まあ、いっか」
怒られると思ったが、特に詮索するような事は無かった。
「しかし、エクソシストの銃があれば魔王にも勝てる違いますか?」
「さあな。例えそうだとしても、お前らの力にはならない」
ルカはまたタバコに火をつけていた。
(相当苛立っているようね)
ニアが正面にいた時は、あまり吸っていなかった。
ルカは一日一〇本程タバコを吸うが、三本目までのペースが速かった。
「分からない人ですね」
「お前もな」
「はあ、どうしても断るのですね」
「ああ」
「勿体無い。魔王は今、大人しくしていますが、いつか本性を表します」
「マルコは魔王が嫌い何のね」
ニアが言った。
「ええ。あんな得体の知れない種族。二百年前、滅ぼさず戦争を終えたと思います。その銃があれば、魔王も倒せたはずなのに」
「和解しちまった物を悔いても仕方ねーだろう。和解しなければ、俺はここにいねーし」
「じゃあ、貴方も」
「ああ、俺は混血だ。じーちゃんが魔族のクォーターだ。分かっただろう。倒したく無いのはじーちゃんを敵にしたくないからだ」
「やはり、貴方も悪魔の子でしたか、僕も父が魔族のハーフです」
人間の血が強く出て、魔族の血が見られないハーフのようだ。
「だったら、何故滅ぼそうとするの?」
「だからですよ。これ以上、悪魔を増やさない為、魔族は忌むべき存在です」
「ルカも分からないけど、マルコはもっと分からないわ。それって下手したら家族を討つ事になるんでしょう?」
「それは兄さん達も覚悟しています。そして父も……」
「そんな」
「ニア、こんな奴になに言っても無駄だ」
「だけど」
ニアは納得出来なかった。
「まあ、ついでだから言うけど、俺の流れている魔族の血は、魔王の物だ。俺が魔王に銃を向けると言う事は、じーちゃんの敵になる事に等しい。お前の家じゃないんだ、俺はそんな裏切り行為はゴメンだ」
「魔王の孫」
「そうだ。俺のじーちゃんは、魔王メフィストフェレスだ」
「そんな」
マルコは驚いた。
「分かっただろう?」
「そうですか」
マルコはガッカリしていた。
「しかし、メフィストフェレスの子供がいる何て……噂ではルシファーと……」
マルコが指を折った。
「メフィストの子供は最も有名だよ。二百年前の話だけどな」
ルカは四本目のタバコを吸い始めた。
「エクソシストの銃と魔王、まさか、世界を変にした元凶!」
「白の戦士団からすればそーなるか、俺はそのハーフの子供だ。最も、俺の存在は公式発表してねーけどな。俺は魔王の敵にはならない。理由は一通り言ったぞ」
「あなたは僕と違い、実力があるのに」
マルコは立ち上がった。
「僕は諦めません。ルカさんが腰を上げれば、革命は起きる。絶対に!」
マルコは涙を溜めた。
「ふうん。くだらないな。話はもう充分だろう? ニア行くぞ」
ルカはタバコを消した。
「えっ、ええ」
二人は部屋を出た。
二人は部屋に戻る事にした。
「ああ、無駄な時間を費やした。悪かった。煙くなったな」
「ううん、私もルカの立場だったら、相当苛立っていたと思う」
ニアが首を横に振った。
「そうか」
「それにしても、随分と必死だったよね」
「大方、出来のいい兄達を持って、それが重荷になっているんじゃねーのか、自分に出来るのはこれしかないと、変な使命感を作っちゃってな」
「そうね」
「だから、全部話してしまったが、あれで諦めないとは思わなかったよ」
マルコの執念は、ルカの考えを超えていた。
「確かに」
「まあ、勧誘は日常だから仕方ねーけどな」
「そんなに受けているの?」
「まあな。人間から魔族まで、どうやら、魔王の孫と隠していても、力が出れば、欲しがるらしい、人間の姿をした異能者じゃ当然かもしれないがな」
「そうよね」
ルカは見た目以上の力を秘めていた。
魔王の力は相当強いと言う事が分かる。
「巻き込んじまって悪かったな」
ルカは笑って見せた。
「大丈夫よ。仕方ない事だもん」
ニアも笑った。
「それよりも、あんた、無茶ばっかしていたらいつか死ぬよ」
「そうだな。死ぬかもな。まあ、仕方無いよ」
ルカはあっけらかんと歩いている。
「あんた、村にいたときからその態度ムカついていたのよ! なんでそんな態度を取るの!」
「知りたいか?」
ルカは振り向き、ニアの目をしっかり見た。
「ええ」
「そうだな。あえて言うなら、俺は俺の命が重いと思っていないからだな」
ルカはまた歩き始めた。
「はあ~どう言う意味よ!」
「まあ、それはいい過ぎだけど、分からないんだよ。俺がここにいる理由が、何故生まれて来たのか、一層生まれて来なければ、良かった……そんな事を……ぶたないで」
ルカが考えながら話していると、背中に殺気を感じて、急いで振る向くと、ニアが手を上げていた。
「ぶちたい!」
「だから、言い過ぎかもって言ったんだよ。とりあえず、言葉にするのは、難しいけどこれだけは言える。俺の命の重さが他人と同じだななんて思っていないんだよ。イコールになれば、少しは大事になるんだろうな~って、ニア……いや、ニアさん……」
ニアは手を挙げている。
「あんたね。殴られたら痛いんでしょう?」
「ああ、まあ」
「痛みを感じるのに、なんで、そんな痛みを伴う無茶をするのよ」
「それはだな」
「だから、殴りたいわ」
「殴らないで……」
「分かった殴らないわ。後で投げる事にした」
「止めて、違うから、命が軽い訳じゃないんだ。命は重いけどだな~」
「何を言っても無駄よ。要はあんた、自分の命を軽く見ているんでしょう!」
「違う。いや、間違ってないけど、そんな単純なもんじゃなくって……分かった俺が悪かった。だから、投げないで」
「投げるわ。覚悟しなさい!」
「なあ、悪かった。この通りだ。済まない」
手を合わせて謝る。
まるで、浮気がバレた後のような会話となりつつあった。
「私はそう言う人大嫌いなのよ。あんた最悪ね。スケベの上に命も粗末にして」
「だから、違うって」
「なにが違うのよ!」
ニアはルカを追い抜き、早歩きをしてルカと離れた。
「それはだな」
「メフィストさんが心配するのも、よく分かるわ。そんな事していたら、きっと両親だって悲しむわよ!」
「そうか、親か」
ルカの顔が更に暗くなった。
「そうよ親よ。私は両親に会いに魔界に行くの。大事な人だから。遠くから両親も私を心配しているのよ。心配しない両親はいないわ」
ルカはニアを追い越した。
「そうだな」
「どうしたのよ」
「いや、なんでも無いよ。そうだな。悲しむな。本当に悪かった」
ルカは無理に笑顔を作っていた。
「何よ。急に、ルカの両親もいるでしょう?」
「ああ、いたな」
「なによ。過去形で言って」
「俺、物心ついた頃から、じーちゃんに育てられたんだ。かーさんは物心ついた時に死んだし、とーさんは顔も知らないよ」
「そんな」
「だから、両親が悲しむとか、分からないんだよ」
「ゴメン」
「いや、知らなかったし、気にしなくていいよ。俺さ、クォーターだろう? 人間のとーさんは、魔王と人間のハーフのかーさんを捨てて、俺も捨てた。かーさんはそんな俺を悪魔と呼んだ。捨てたとーさんの面影を見ていたのか、元々持っていた魔族の血を嫌っていたのか、かーさんは俺が嫌いだったんだよ」
ルカはポツポツ話始めた。
「そんな、子供を嫌う親なんて」
「やっぱり、俺、気持ち悪い奴なのかもな」
「ルカ……」
ルカの背中を見て、ニアはルカとの会話を思い出した。
同じ言葉をルカは言っていた。
『俺って、気持ち悪い奴じゃないか?』
ルカはお酒を片手に、星を見ながら、呟いた。
『スケベな所は気持ち悪いわ』
『そうか、違うって、クォーターつー所だよ』
ルカは笑った。
『ああ、そこね。別にそうは思えないけど……』
『俺、目が赤いんだぜ。身体能力も人間に比べれば高いし、中途半端だろう?』
『それがどうしたの? 人間には変わり無いでしょう? ああ、魔族かな~? 別に目の赤いのは血のせいだし、魔力が解放しなければ、出ないでしょう? それにそんな体質羨ましいわ。なんか、お話に出てくるみたいで、魔法遣えそうじゃん』
ニアは本心から言っていた。
『あははっ、そう言って貰えると嬉しいよ』
『でも、実際はどうなの? 魔族って魔法みたいなの使えるの?』
『うーん、魔力があるから、魔王や上級クラスになれば、魔法みたいなのは遣えるよ。じーちゃんは魔力を放出し、物質を動かしたり、止めたりするいわゆる超能力が遣えるし』
『ルカは遣え無いの?』
『うーん、本当は遣えない事は無いとは思うけど、じーちゃんの力がいくら強くったって、俺はクォーターで、半分以上が人間の血だから、人間に近い訳じゃん。遣えた事無いな』
『そうなんだ~』
『でも、俺も遣えると思ってガキの頃よく、物体を上げようとしたよ。こうやって、念をこめてね』
コップを置いて、浮き上げようとして、力を集中させた。
微かに揺れている。
『……』
『……』
コップが倒れた。
『ルカの力じゃないよね?』
『うん……』
風の力で倒れ悔しいのか、ルカは落ち込んでいた。
『はははっ、ルカは人間だよ。少なくとも私はそう思うし、クォーターなんて気持ち悪く無いわ』
『そうか、ありがとう』
ルカは満面の笑みを浮かべた。
(ルカはずっと、気にしているんだ)
父親の失踪。
母親の死。
そして、今までに出会った人間や魔族に言われた言葉。
ルカの『自分を大事にできない』態度や言動には理解できないし、したくもなかったが、ルカはずっと悲しみを引きずっている。
魔族が人間に出会って二百年。
差別は未だに消えていない。
お互いが理解しあっていないのに、ハーフやクォーターはもっと、肩身が狭いのだろう。
ニアはどちらも平等であると、思っている。
勿論、ハーフやクォーターも例外ではない。
魔族と人間が差別しあう事そのものが、ニアには理解が出来ないのだ。
今、そこに魔族も人間もいるのだ。
ギギも差別されていたと、言っていたが、ルカもそうとう辛い事を経験していたのだろう。
だから、どうでもよくなったの?
(分からないわ)
ニアには理解し難いものだった。
しばらく沈黙が二人を襲った。
(私が沈んでどうするのよ。辛いのは彼よ)
「ねえ、ルカ」
ニアが再び話しかけた。
「なに?」
まだ、少し落ち込んでいる。
「今日の晩御飯何がいい?」
「えっ? なんで?」
いきなり質問されてルカは驚いて、瞬きを何度もした。
「うーん。そうだな」
次には真剣に考えている。
「なんでもいいわよ」
「んじゃあ、ニアの一番の得意料理がいい」
「分かったわ」
ニアは笑って見せた。
ルカもそれにつられて笑う。
「ありがとう。ニア」
ルカが呟く。
「なにか言った?」
「いや。なんでも無い」
部屋の前に着き、ルカが扉を開けた。
「二人ともいつまで一緒にいるでしゅ!」
中でギギが顔を膨らまして待っていた。