表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第一章 最悪な勇者

 男は俯せで倒れていた。

 男は血まみれで俯せで倒れていた。

 男は銃で撃たれ血まみれで俯せで倒れていた。

 男は主人公だった。



 ヒルアと呼ばれる村。

 周りが森で囲まれた長閑な村で、大きな街や都から離れた辺鄙の地だった。

 主人公の男は昼から店のカウンターで、お酒を飲み酔いつぶれていた。

「うー、もっと飲ませろ」

 ダボダボの少し大きめのシャツと、ズボンを着た男だった。

 二十代半ばで、黒髪の黒い瞳、顔は割と格好良かった。

 名前はルカ。

「お客さん。昼間から困りますよ」

 店主は困り果てていた。

「いいだろう」

 呂律が回っていない。

「お客さん。働いて下さい」

「働く場所なんてねーよ。どうせ俺は無能だからな」

 ルカはどこか拗ねて、やけを起こしていた。

「ですが、脇にある剣はなんの為の物ですか? あなたは剣士でしょう?」

 ルカの傍らに、鞘に納められた剣が置いてあった。

「魔物退治をしているのでしょう?」

 二百年の月日は魔族の生態系を変えた。

 色々な原因があったが、主な所では、知能の高い魔族は特に影響無かったが、低い魔族はこの世界に充満した闇の力である魔力を浴び、力に呑まれ野生化し、言語が通じなく魔物となった。

 その為、人間にも魔族にも害が及び狩る必要があった。

 魔物退治とは今やこの世界で、必要不可欠な職業にまでなった。

「そう見える?」

「ええ、まあ」

「まあ、そうかも知れないが、違うかも知れない。だって、雇い主に解雇されたからな」

「解雇?」

「ああ、雇い主がかわゆい子でな。つい、手をだしたら、解雇だ~って言われたんだ。酷いだろう」

「酷いのはどっちですか……」

 店主は呆れていた。

「もう、飲まずにはいられないよ。ああ、これで可愛いの女がいれば、いいんだけどな~」

(この人、最悪だ)

 店主は目の前の客人に困り果てていた。

 バタン!

 勢いよく扉が開いた。

「いらっしゃい」

「全く、何でこんな場所に赴かなけりゃならないんだ」

 二人連れの男達が入って来た。

 真ん中の巨漢が苛立ちなから席についた。

「そうですよ。勇者様がこんな辺境の地に」

 巨漢の男の腰巾着のようだ。

 口が軽そうな男が、巨漢の男の機嫌を損ねないよう、振る舞っていた。

「ああ、金を根こそぎ貰わないとな」

 そんな文句を言いながら、ルカの隣に座った。

「とりあえず、ビール二つ」

「はいよ」

 店主はビールを置いた。

「しかし、いいのですか? 昼から飲んで」

 店主は心配していた。

「余裕、余裕。俺はこれでも勇者だぜ」

「勇者? ですか?」

 店主は聞く。

「そうだ。知らないのか俺をカイジ説明しろ」

「へい」

 腰巾着の男カイジが立ち上がった。

「ここにいらっしゃるは、白き聖なる銃を持つ勇者、名をキーチと言う」

 勇者とは、二百年前の魔族と人間との戦いの時、魔族と戦った勇敢な戦士で、戦争終結の立て役者となった人間だった。

 その為、勇者と崇められた。

「白き聖なる銃?」

(白い銃ね)

 隣に座って、酔いつぶれたルカも話を盗み聞きしていた。

「見せてやるよ」

 キーチは自信満々に店主に銃を見せた。

 確かに真っ白の銃だった。

「へー。これが世に聞く聖なる銃か」

 店主は感心していた。

「そうだ。凄いだろう」

 キーチは自慢していた。

「ええ、初めて見ました。これが世に聞く銃ですか?」

「ああ、そうだ」

 キーチは気分よく頷いた。

「マスター、俺にもビールちょうだい」

 ルカは酒をねだった。

「はいよ」

 店主はキーチの側を離れ、呆れながらビールを用意して渡した。

「それより、お客さん。飲ませておいてあれだが、金はあるのか? 仕事クビにされたんだろう?」

「ああ、心配するな。金ならある、俺、これでも金持ちだから~」

(なにを根拠にそれが言えるんだ? この人は)

 呆れ果てている。

「だから、もっとくれ……ぐぅ~」

 ルカはビールを一気に飲み終え、グラスを置くとテーブルに伏せてすぐ眠りについた。

「お客さん。はあ、困りました」

 店主が眠っているルカを起こした。

「ぐぅ~」

 しかし、目覚める事は無かった。

「困りました」

 店主が困っていると、再び扉が開いた。

「いらっしゃい。おや、ニアさんではありませんか」

「こんにちは」

 声も顔も可愛らしい女性が入って一礼した。

 見た目もそうだが、おしとやかで、いい感じの女性だ。

「ニア?」

 ルカがプイっと顔を上げた。

「ニア~会いたかったよ~」

 ルカはいきなり、ニアに抱きついた。

「お前。まだ、いたのか! 出て行けって言っただろう! 何故いる!」

 抱きついたルカに拳で殴りかかった。

 さっきと違いどこか、言葉遣いが雑だった。おしとやかだったニアの、本性が出た。

「痛いよ~冷たくしないで~」

「お前だから冷たくするんだ! ってか、酒くさっ。あんた、飲んでたの!」

「うん。ここの村の酒、滅茶苦茶美味いね~それニアに振られて悲しくってね~でも、また会えて嬉しいよ~」

「お前なんか大嫌いだ!」

「でも、いいや。会えただけで嬉しい。運命感じちゃうもん」

 ルカは体を擦り付けた。

「止めれ! バカ」

(ああ、そう言う事か)

 店主は納得していた。

 ルカはニアの村長である祖父の依頼で、この村にやって来た。

 ニアは村では、警備を任されている。

 この村は数年前から、魔物によって虐げられていた。その魔物を退治する為、雇われた。

 しかし、ルカがニアに手を出し解雇されたのだ。

 そして、キーチ達がやって来た。

 いや、タイミングからして、ニアと村長が雇ったタイミングは同じだろう。

 知らせもないままお互いが、お互いを呼んでいたのだ。

「もう、お前に構ってる暇ねーんだよ!」

 ルカを一本背負いして床に叩きつけた。

「うー」

 ルカは体が動かせないでいた。

「ふうー。お待たせしました」

 満面の笑みを浮かべ、キーチ達の所に向かった。

「ああ、大丈夫です」

 キーチは苦笑いを浮かべていた。

「お客さん。大丈夫ですか?」

 店主は心配になって声を掛けた。

「ぐぅ~」

「寝てる……」

 ルカはのん気に寝息を立てていた。

「お客さん。ここで寝ていたら困るんだけど」

 とは言ったが、起きる気配が全く無かった。

「それでは行きましょう。マスター、ツケといて」

 その間にニアは話を付けて、キーチ達を連れ、店を出た。

「あいよ。ありがとう」

 すぐ後、ルカが起き上がった。

「あ~あ~。よく寝た」

 大きな欠伸をした。

「マスター、水ちょうだい」

「あっ、ああ」

 店主は水を渡した。

「ありがとう」

 席に座り、ゆっくり水を飲んだ。

「ううっ、ニアの攻撃、効いた~お陰で酔いが醒めた~あっ、灰皿ある?」

 店主は灰皿をルカの前に置いた。

 ルカはタバコを吸い始めた。

「はい。それにしてもお客さん。いいのか? このままにしといて、あんたの仕事だったんだろう?」

「いいんだよ。あいつらじゃ、ここの魔物は倒せないよ」

「何を言っている。あの人達は……」

「あれが本物だったらね。どうやら、あいつらは人間側が派遣したんだろう」

「あなたは?」

「俺は魔族側からの紹介だよ」

「魔族? それは珍しい。あなたは人間ですよね? 誰か知り合いにでもいるのか?」

「まあ、そんな所、さて、マスター、いくらだ?」

 ルカは何事も無かったかのように、イスにかけた黒い上着の中にある財布を出した。

「ああ」

「いや、いいや。これやる」

 ルカは二枚の銀貨を渡した。

「これで足りる?」

 財布をしまい、上着を着て剣を持ち肩にかけた。

「あっ、ああ」

「んじゃあ、それで。釣りはいらないや」

 ルカはフラフラとした足取りで、歩き始めた。

「お客さん。困ります」

「いいって、迷惑料だよ。言っただろう? 俺は金持ちだって、んじゃあ、美味かったよまた飲みに行くよ」

 ルカは店を出た。

「お客さん」

 店主は外まで追ったが、ルカの姿はそこには無かった。

「不思議な客人だ」

 店主は呟いていた。



 ニアはキーチとカイジを屋敷に案内して話をしていた。

「そんな大金払えません!」

 ニアは驚いていた。

「それは当然の額だぞ? 安い位だ」

 カイジが話していた。

「それは……」

「こんな辺境の地に足を運んだんだ。無理なら帰らせて貰うぞ」

 キーチが歩き始めた。

「それは出来ません。ここにお金なんて……」

「それに、酒場にいたあの男も解雇したとはいえ、雇っていた。失礼だろう」

 カイジが更に畳みかける。

「それはおじいちゃんが……」

 ニアは言い訳を言おうとしたが止めた。

「まあ、無理なら帰らせて貰う」

「この村がどうなってもいいの?」

「構わないさ。こんなチンケな村。帰るぞカイジ」

「はい」

「わっ、分かった。なんとかして払うわ。だから、お願い」

 ニアが頼んだ。

「そう言えばいいんだ」

 キーチはニヤリと笑い承諾した。

「では、お願いします」

「じゃあ、前払いの半額を頂こうか」

「分かったわ。用意するから待って」

 ニアは部屋を出た。

「やりましたね。キーチさん」

「ああ」

「はい。ど~も」

 ルカが部屋に入った。

「お前はさっきの飲んだくれ!」

 カイジが指を差す。

「あっ、覚えててくれた? 有り難いな~」

「なんのようだ?」

 キーチが聞いた。

「そうそう。魔物退治に身を引いてくれないかな~って、思って」

「なにを言ってやがる」

「そうだ。寝ぼけるのもいい加減にしろ!」

 キーチがルカの胸元を掴んだ。

「格下のお前がなにを言ってる」

「そうだ。そうだ。あんな娘に投げられて」

 カイジが言う。

「はあ……」

 ルカはため息をついていた。

「まあ、いい。丁度、ウォーミングアップしたかった所だ。表に出ろ」

 キーチが先に外に出た。

「ほら、行くぞ。カイジ」

「はい」

「あっ、ああ」

 キーチがカイジを見た。

 すると、ルカの背中を押した。

「分かった。行くよ」

 ルカは自らの力で歩き始めた。

 外に出るとすぐにニアがいた。

「ニア。ここに行けば会えると思ったけど、また会えたね。嬉しいよ」

 ルカは満面の笑みを見せた。

「ちょっとお前がなんでここにいるのよ。ってか、なんでここが分かった」

「ああ、勘。かな~」

 ルカがニアにしがみつこうとしたが、キーチがルカを持ち上げた。

「金は用意出来たか?」

「ええ」

 ニアがお金の入った袋を見せ、音を聞かせた。

「ああ、受け取ろう。カイジ」

「はい」

 カイジがお金の袋をもぎ取った。

「では行こうか」

「あっ、でも~」

 ルカがニアに向かおうとしたが、キーチがルカの襟を掴み、外に出た。

「ちょっと、勝手に行かないでよ。私も行く!」

 ニアも後を追った。


 ドカッ!

「うっ」

「おらよ」

 カイジがルカの手足を抑え、キーチが殴っていた。

「ちょっと、これ只の弱い者虐めじゃない! 止めなさい」

 ニアが止めようとした。

「ニア……俺の心配してくれて嬉しいよ……」

「そうだけど、そうじゃない! あんたになにかあったら、寝覚め悪いし、呼んだのは私のじいちゃんよ。罪悪感も生まれる」

「そうか……はははっ。ニア、それでもありがとう。ニア、手出ししないでくれないか? ケガしたら困るから……うっ」

 腹部にマトモに膝蹴りが入った。

「ゴホゴホ」

 床に這いつくばり、咳き込んだ。

「もういいな」

 キーチは白き聖なる銃を取り出した。

「ちょっと」

「お前がウロウロして貰っては、困るんだよ」

 力無く倒れるルカの頭を掴み持ち上げ、腹部に銃が当てられた。

「止めなさい!」

 ニアが手を出そうとしたが、カイジが手足を拘束した。

「運がよければ、また会おう」

 バンッ! バンッ!

 銃声が響く。

 ルカは血を吐き出し、ゆっくりと目を瞑り、パタリと倒れ、真っ赤な血が地面に広がる。

「あっ、ちょっと、退きなさい!」

 ニアはカイジの腕を掴み一本背負いをして、ルカの所に向かった。

「ルカ、ちょっと」

「あいたたたっ、この女!」

 カイジが起き上がり、ニアを殴ろうとした。

「止めとけ。その女になにかがあれば、金が手に入らなくなる」

「ですが」

「行くぞ。さっさと仕事を終わらせて酒にしよう」

 キーチがニアを睨む、ニアが硬直した。

「キーチさん。分かりました」

「それでは、残りを用意しとくように、はははっ」

 キーチとカイジは歩き去った。

 歩き去った後、硬直が溶け、ニアがルカを揺らす、ルカに反応が無かった。

「ルカ、今すぐ医者連れて来るね」

 立ち上がり、ルカの元を離れようとしたが、ルカの手がニアの腕を掴んだ。

「ルカ?」

「大丈夫だよ」

 ルカの目が開き、ゆっくりと起き上がった。

「ちょっと、大丈夫な訳ないじゃん。バカな事言うのも……」

「それが、普通の人間だったらな」

 ルカは地面に這いつくばりながら、起き上がり壁に寄りかかった。

「俺は普通とは少し違う」

 タバコをくわえ、火をつけた。

「違う? 何処が?」

「俺は魔族の三世クォーター何だ。だから……」

 ルカの体に埋まった小さい銃の弾を抜き出し、地面に立てた。

 すると、傷が急激に塞がり、既に顔に出来た殴られた後は治っていた。

「この位の傷なら、大した事無いんだ。まあ、じーちゃんと違い、流れた血までは戻らないがね」

 ルカは煙をはいた。

「じゃあ、そんな力があったから、むざむざやられたの?」

「違うよ。ニアを危険にさらしたくなかったんだ。あの状況で下手に動けば、ニアにまで被害が出るからな。人質にされても困る」

「なによ。それ、私が邪魔だったの!」

「そう言う訳じゃ無いけど……」

 パシンッ!

 ニアがルカの頬を叩いた。

「痛っ!」

 いきなり、叩かれタバコを落とした。

「痛いんじゃない! なんで当たるのよ!」

「だから、ニアが」

「私を甘く見ないでよ! これでも、この村を守っているのよ。負けても、少しは抵抗しなさいよ! 命は惜しいでしょう? 男の子でしょう?」

「うーん」

 ルカは殴られる理由も怒られる理由も、理解が出来なかった。

「まあ、相手は白き聖なる銃を持った勇者だから、負けるけどね」

「本当にあいつらが勇者だと思うか?」

「それは」

「あの銃はレプリカだよ」

「何で分かるのよ?」

「俺が立ち上がって、魔物を退場しようと考えているから」

 ルカは剣を拾った。

「白き聖なる銃は名前の通り、魔を撃つんだ。二百年前の戦争で、その銃が勇者の証と呼ばれたのも、魔を倒す、つまり、当たれば魔族を仕留める事が簡単に出来たからそう呼ばれたんだ。魔を撃つ事に例外は無い。俺も1/4だが、魔族の血が流れている。当たれば、体に流れる魔が反応して、ただじゃ済まないよ」

「当たった事ある口ね」

「ああ、あるよ」

 ルカは準備体操を始めた。

「さて、行くか」

「ちょっと待ちなさい!」

「あん?」

 剣を背中に背負った。

「私も連れて行きなさい」

「へっ?」

「いつまでもコケにされたく無いの! それに私には見届ける義務がある!」

「だけどよ。もし、ニアになにかあったら」

「嫌でもついて行くわ。なにかあったら、化けて出るわ!」

「分かった。一緒に守ってやる。その変わり、守った暁には、報酬ちょうだい」

「分かっているわよ。お金なら用意するわ」

「んなもんいらないよ。可愛い女の子と美味い酒でいい。俺、金に興味無いからね」

「あんたね。それで魔族は商売になるの?」

「まあね。それに、もう、金は貰っているからいいよ。あいつらの懐から奪えばいいだろう? どんだけ請求したか分からないけど、あれの半分位で事済むし、人間に必要以上に金品を取ったら、また、戦争が起きかねないだろう? 魔族は平和主義者が多いんだ。さて、行くか」

 ルカはニアをお姫様抱っこした。

「ちょっと、何するのよ!」

「さっさと行かないと、あいつら死んじまうからな」

「そんなに強いの!」

「ああ」

 ルカは高くジャンプして、屋根を渡った。

「この村、なんで魔物が蔓延っているかと言うと、どういう訳か魔力が充満しているんだ。この村を中心にな。その魔力に反応して魔物が繁殖して、最終的に人間を襲うんだ」

「なる程」

 次は森の木々をつたい始めた。

「魔力が高い魔物が人間を脅かしているんだ。あいつらじゃ勝てないよ」

「そんなのよく分かるわね」

「ああ、魔族の血が強く反応するからね~じいちゃんのお陰だよ。さて、着いた」

 ルカは村外れまで足を運んだ。

 そこでは、カイジとキーチが魔物に苦戦していた。


 カイジはナイフで魔物を切っていたが、魔物の回復力が高く、倒される事は無かった。

「兄貴、ここらで逃げましょう」

「そうだな」

 キーチは銃で魔物を撃っていたが、やはり回復力が強く、倒せなかった。

 目の前の敵はとても大きな、花で蔦を尖らせ攻撃した。

「金は貰っているものな」

 キーチも逃げ腰になる。

 そこにルカとニアが目の前に現れた。

「おっと、逃げてもいいがニアに金は返せよ」

「お前、再起不能になったはず」

「俺はお前らとは身体の出来が違うんだよ。だから、忠告は聞く物だぜ」

 ルカはゆっくりと剣の鞘を抜いた。

 普通の剣とは形状が異なった。

 少し、柄が短く、刃の部分が細い。柄と刃の間には、大きな水晶が埋まっていて、全体的に派手な装飾品を施していた。

 抜いた剣を下に向けニアの足下に線を引いた。

「死にたく無かったら、そっから一歩でも出るなよ。俺もこんな魔力の豊富な所で剣抜いたら、何処まで理性保てるか分からねーからな」

 さっきと違い淡々と話した。

「ええ、分かったわ」

 ニアはそれに従った。ルカと言う男が変わっていた。

「お前らもだ」

 ルカは剣を一振りして、蔦を切り裂きキーチとカイジに逃げる隙を作った。

「わっ、分かった」

 二人はニアの近くまで逃げる。

「そうそう、そっから逃げてみろ、地獄の果てまでお前らを追って、蜂の巣にするから」

 最後に二人に睨みつけ脅した。

 そのルカの左目は瞳の色を変え、黒い瞳が一瞬にして、真っ赤な血と同じ色をしていた。

「ひっ、分かりました」

 二人は従うしか無かった。

(これが、魔族の血)

 ニアもルカを恐れ始めた。

 ルカは魔物の正面にゆっくりと歩き立った。

「さて、始めるか」

 ルカは襲ってくる蔦を片っ端から切り始めた。

 その速さは魔物の回復力と同じ位だ。

「凄い、でも、あれじゃ倒せない」

 ニアが呟いた。

(まだか)

 ルカは柄に収まっている宝石を見た。

 しばらく攻防が続いていると、コウモリが飛んできた。

「ルカしゃん。持って来ましたでしゅ」

 幼稚な言葉を喋るコウモリであった。名前はギギ。

 頭にリボンをつけた、メスのコウモリで魔族の高い科学力によって、人語を話すようになった。

「ああ、ギギか遅ぇぞ」

 ルカは魔物と戦いながらコウモリを見た。

「そう言わないでしゅ。ルカしゃん、こんな低級魔物になんで本気になるでしゅか」

 ギギはそう問いながら、周りを見た。

 ニアという女の子に、乱暴そうな三下のキーチとカイジ。そして、ルカの破れた服。

「なる程でしゅ、ルカしゃん。相変わらずお人好しでしゅ」

「グダグダ言って無いでとっととよこせ。ぶったぎるぞ」

「そんな物騒な事言わないで欲しいでしゅ、物は持って来たでしゅ」

 ギギはルカに真っ赤な水晶を渡した。

「ああ」

 ルカは剣に水晶をかざした。

 すると水晶と、剣に埋まっている水晶が光り始め、剣は水晶の色を吸収し、水晶は透明になった。

 ルカは剣を投げ、自分も投げた剣以上高くジャンプした。

「終わりだ」

 剣は姿を変え、柄が曲がり、刃の部分は縦に筒上になり、口が開いた状態となった。

 それはまさしく銃の姿である。

 ルカはそれをキャッチすると、一気に引き金を引いた。

「燃え尽きろ!」

 呑気なルカと考えられない程の大きい声で、強い口調で叫んだ。

 銃から赤い物が現れると、一気に膨らみ、魔物に当たる時には魔物と同じ大きさになっていた。

 赤い物は炎となり、魔物を包み込んだ。

 ルカが着地した時には、殆ど燃え尽きていた。

「凄い」

 ニアはルカを見た。

 ルカの銃は再び形を変え元の剣に戻っていた。

 ルカはゆっくり、剣を鞘に収めて、ニアの所に向かった。

 その時には、左目も元の色に戻っていた。

 深呼吸をして、数歩歩くとルカはバタリと倒れてしまった。

「ルカしゃん」

「ルカ!」

 ニアとギギが急いで向かった。

「ううっ、力、入んねー」

 顔色もどんどん真っ青になっていた。

「当たり前でし、ルカしゃん。どんだけ血を流したでしゅか?」

「うーんと、あいつ等に色んな所殴られ、デカい方に、銃を二発撃たれた」

「それは、動かなくなりましゅ」

「ううっ」

「えっ? 体は治っているのに?」

 ニアが聞いた。

「そうでしゅ。田舎者には分からないでしゅが」

(田舎者)

 ニアは拳を握り締め、一人と一匹にバレないように怒った。

「ギギ。ニアは依頼人の孫だ。失礼な事言うな。それと、ちゃんと自己紹介しろ」

「これは失礼したでしゅ。僕はギギ。ルカしゃんのパートナーでしゅ、魔物じゃなく、魔族でしゅ」

「私はニアよ。それでこいつはなんで倒れたの?」

「こいつとは、失礼でしゅ。まあ、気持ちは分かりますしゅが」

「おいおい、お前はどっちの味方だ」

 ルカが突っ込む。

「ルカしゃんはあくまで、魔族の血が流れている人間でしゅ。その血のお陰で傷は早く塞がりましゅが、回復力の強い魔族とは違い流れた血は戻りましぇん。動かなくなったのも、それが原因でしゅ」

「つまりそれってただの貧血?」

「そうでしゅ。魔物倒すまで倒れなかったのは、ここの魔力のお陰でしゅ、全く、おじいしゃまに言いつけましゅよ」

「それは勘弁して~じーちゃん。また、俺の事、心配しちゃうから、ほら、この通り元気だし~」

 元気よく立ち上がったが、ふらついてすぐ倒れた。

「ダメでしゅね」

「バカ」

 ギギとニアは呆れていた。

「おい、チャンスじゃないか?」

「ああ、そうみたいです」

 キーチとカイジはコソコソ話をしていた。

「逃げろ」

 二人は逃げ出した。

「あっ、こら、待て!」

 ニアがいち早く気が付き、追い掛けた。

「全く、言う事聞かない人間だ。ギギ追いかけろ」

 ルカは近くの気に寄りかかり座った。

「嫌でしゅ、いくらルカしゃんのお気に入りの女でも、人間の肩は貸したくないでしゅ」

 ギギはあまり人間が好きでは無かった。

「今回の依頼料、あいつらが持っていると言ってもか?」

 ルカは座り込み、タバコを吸った。

「なんでしゅと! 大事な事は早く言うでしゅ」

 ギギは一目散に跳び去った。

「分かりやすい奴」

 ルカは微笑んだ。



 村に入り、ニアとギギはカイジとキーチを追い掛けた。

「こら、待ちなさい!」

「くそー、しつこい女と魔物だ」

「魔物じゃないでしゅ、魔族でしゅ」

 キーチが言った事にギギが文句を言っていた。

「どっちも黒い血が流れているんだ。同じだろう」

 カイジが更に言う。

「違ーう。もう、怒ったでしゅ。僕も本気になるでしゅ」

 ギギは猛スピードを出し前の二人を追い抜いた。

 そして、二人の目の前に浮くと、黒い光を出した。

 すると、ギギは色黒のナイフを持った女性となった。

 この女性は、必要最小限の衣服しか身に付けていなかった。

「そこまでだ」

 口調もギギとは違い、大人ぽくなり、言葉もはっきりしていた。

 ギギはキーチの動きを止め、首筋にナイフを当てた。

「この女、よくもキーチ兄貴に」

 カイジがナイフを出し、威嚇したが、その手をニアが握り締めた。

「お前の相手は私だ!」

 化けの皮が一気に剥がれ、ニアはそのまま、一本背負いをした。

 続けて腹部を肘で殴り、カイジは気を失った。

「余計な事を」

 ギギは呟いた。

「さあ、返しなさい」

「嫌だな。もう貰った物を今更返さないよ」

「それが、女性に向けて、いや、人としてやる事か?」

 ニアの後ろからルカが現れた。

「ルカさん。平気か?」

 ギギが問い掛ける。

「ああ、まあな。さて、言ったよな? 逃げたら蜂の巣にするって」

 ルカはゆっくりとキーチに近付いた。

「あれは、冗談じゃないよ」

 ルカはもう一度剣を抜き、少し念じると、銃に変わった。

 そして、キーチに銃口を向けた。

「ギギ、戻れ」

「はい」

 ギギの体が再び黒い光に包まれるとコウモリの姿に戻った。

「さて、なにか遺言はあるか? それだけは聞いてやる」

 ルカは睨んだ。

「くっ、申し訳ない。許してくれ」

 キーチは土下座した。

「ほら、この通り、お金はお返しします」

 お金の入った袋を地面に置くと、ギギが取っていき、ルカに渡した。

 その一瞬をキーチは狙っていた。

 キーチは懐からあの銃を取り出し、ルカに撃とうとした。

 ルカは一瞬早く反応して、素早くキーチの所に向かい、銃を持っていた右手を蹴り上げ、銃を高く上げた。

 ルカはその銃を持っていた銃で撃ち、レプリカを粉砕して、キーチの頭に銃を当てた。

「今度、面見せたら、次は無い」

 ルカはキーチの右腕を撃った。

 そしてルカは……倒れた。



 ヒルアの村の近くの森。

「予定より早く着いてしまいました」

 黒いスーツを着た青年が話し掛けた。

 耳が長く、色黒の青年。森の中でスーツ姿。結構目立つ格好である。

 名前をジジと呼んだ。

「構わない。しばらく森を散策して時間を潰そう」

 こちらも同じ服、歳はジジより上だったが、まだまだ若い男だ。

 耳や鼻は尖っていて、目は切れ長、輪郭も細長い。黒い髪に黒い瞳、色白の男は明らかに、人間とは違う雰囲気を出していた。男は魔族である。

 それも、強い力を持つ魔王と呼ばれる、魔族の中でも上位に属する魔族であった。名前はメフィストフェレス。

 縮めてメフィストである。

「はい」

 メフィストの方が、立場は上なのだろう。

 ジジはメフィストに逆らえず頷き、森の奥へ二人は進んだ。



 ルカは傷の影響で丸一日眠っていた。

 そして、次の日の昼、ルカは近くの定食屋でご飯を食べていた。

「甘いでしゅ」

「なにが? このラーメン無茶苦茶美味いぞ。この村、小さいが衣食住と女は充実しているな~俺、ここを安住の地にしようかな~」

 ルカはラーメンを啜っていた。

「心にも無い事言わないでしゅ、でわなく、何故止めをささなかったでしゅか?」

「誰の?」

「あの人間でしゅ。僕の悪口言った人間でしゅよ」

「だからなんだ? あの状況で人を殺したら、俺が悪者になっちまう」

 ルカは丼を積み、二杯目を平らげていた。

 血が流れ、お腹が空いて大食いになっていた。

「周りは、俺らを弱い者虐めした悪者として見るだろう。俺はそれを避けたかった。俺はまだ、この村にいたかったからな。あっ、ありがとう」

 三杯目のラーメンを食べ始めた。

「それは分かりましゅ。でしゅが、あの報酬はなんでしゅか」

「ああ、ニアと約束したし、あれの半分位でいいって」

「それが間違っているでしゅ、なんで、そんな約束したでしゅか?」

「女と酒つー宴のセッティングを頼んだから」

「そんなもの、頼まないで下しゃい!」

 ギギが声を荒げた。

「そりゃなんだ? 俺の生きがいを奪う気か? いくらギギでも怒るぞ」

「いっ、いえ、しょんな事は……」

 ルカがギギを睨んだ。

「んじゃあ、美味い飯を食わせろ」

 また、ラーメンを啜った。

「でしゅが、手元に残った金貨はたった十枚でしゅ」

「それだけ残れば、充分だろう。ギルドにちゃんと収めていない訳でも無いんだ。生活には困らない程度あればいい」

 ギルドが仕事を斡旋するので、お金を納めなければならないのだ。

 ルカはすぐに、三杯目も平らげた。

「本当に欲が無いでしゅ」

「欲位、俺もある。生活に困りたくない」

「だったら、もっと稼いで下しゃい」

「それだけあれば充分だろう。一週間は生活出来る」

「本当に最小限の生活でしゅ」

「どうせ、また、ギルドからの依頼が来る。その時に稼げばいいだろう。下手したら、これも多い位だ」

 チャーハンを食べ始めた。

 ラーメン&チャーハンを三杯分頼んで、三つのチャーハンがあった。

「そう呑気な事、もし、大ケガしたら、どうしゅるのでしゅか?」

「ああ、考えた事無かったな~」

「昨日の今日でどれだけ、浅はかなんでしゅか?」

 ギギはルカの言葉に呆れ果てていた。

「そんな事言っているなら、ギルド行って仕事を持って来りゃいいだろう」

「まあ、それもそうでしゅ」

 ギギは外に飛び出した。

 それと同時にニアが入って、ルカの前に座った。

「ん? どうした。俺と付き合う気になったか?」

「ならないわよ!」

「あっそう。つまんねー」

 スプーンをくわえ、拗ねていた。

「つまらなくない!」

「そう言うなよ~あんな一本背負い食らった事無かったから、嬉しくってね」

「あんた。変態だって、思っていたけど、底無しのドMだったのね」

「それは違う。ニアが美しかった、それに敬意を称してだな……」

「それが変だって言うのよ」

「そうか~?」

「って、そんな事話している訳じゃないの、頼みがあるの」

「なんだ? 俺と一緒に寝る事か? 大歓迎!」

「絶対嫌だ! 違うわよ」

「なんだ。つまんねー」

「つまんねーじゃない。あんたのせいで話が進まないの!」

 ニアがテーブルを何度も叩いた。

「分かった。怒らないでくれ、それで、俺になんのようだ?」

 チャーハンを口に入れた。

「ねえ、魔王って倒せる?」

「うっ」

 ルカは喉を詰まらせた。

「ちょっと、大丈夫?」

 ルカの背中をさすった。

「ああ、大丈夫」

 水を飲んだ。

「それで、なんで倒して欲しいんだ?」

 ルカは落ち着いた後、ニアに聞いた。

「今日、急に魔王が来る事になってね。メフィストフェレスつー魔王なんだけど、なに考えているのか分からないから、お礼はいくらでもだすから」

「ふうん」

 チャーハンの山をスプーンで崩し始めた。

「メフィストフェレスが村を襲ったら、困るのよ。もし、怒りを見せたら、魔王は村を一つ潰すかもしれない」

 ニアはメフィストフェレスと呼ばれる魔王を恐れていた。

 魔族より強い力を持った者達を魔王と呼ばれ、戦争の時も人間に恐怖と絶望を与えた。

 戦争を終結させる際、人間との条約を結び、魔王や魔族は武力で持って、人間を襲う事を禁止し、魔族は人間に力を貸すよう法を作った。

 勿論、人間が魔族を襲う事も禁止している。

 魔族も同じ人として、見るようにしたのだ。

 だが、その努力は計り知れない物である。

 二百年の月日で何とか、作り上げ、積み立てた物だった。

「ねえ、ルカって無駄に強いんだし出来ない?」

「無駄はねーだろう。まあ、無理だよ。俺は魔王を倒せない」

 二杯目を平らげ三杯目に手を出した。

「なんで? あんな破壊力のある攻撃。あの水晶はなんなの?」

 ルカが魔物を倒す時に、使った水晶を言った。

「ああ、あれか、石に魔力を溜め込み、銃にチャージして力を放つアイテムだ」

 色が変化する事もある。それは溜める魔力の属性を変えていた。その属性の色が水晶に現れるのだ。

 今回はたまたま、火を使った為、赤く変わっていた。

「それに、相手が魔王だ、正当な理由が無い限り倒したら、俺は一生他の魔王の手から逃れ無いといけない。俺はそんなの嫌だ。それこそ、この村が俺に一生、不自由無く、悠々自適に過ごせる保証をするなら話は別だが、そんな金は無いだろう? そもそも、この村に魔王が来るのは、ここの魔力が原因だ」

「まあ……」

「俺もこの魔力が原因で魔族側から派遣された」

「人間なのに?」

 魔族の三世は人間に近いので、容姿が人間とかけ離れていない限り、人間として扱われた。

「ああ、戸籍上は人間だが、魔力が人間の比じゃない程備わっている。人間側のギルドに登録したら、人間は俺の力を過信して、俺の力以上の魔物退場を依頼してくるだろう。あのふざけた奴らみたいに」

 人間の無茶とは、キーチとカイジの事を言った。

 人間は魔族と違い力を持たない。

 それ故に無謀な事をよくしていた。

 人間は魔族に対して、劣等感を抱いている。

「確かに」

 ニアはその事には納得した。

「俺だってちっとは長生きしたいんだ。んで、あんな無謀な事して、命を落とすのは嫌だから、魔族側のギルドに登録したんだ。あそこなら、俺以上の魔族がいくらでもいる。知り合いもいるし、無理な魔物退治させないから、長生きも出来るって訳」

「長生きしたいなら、安住の地でゆっくりと過ごせばいいのに」

 ニアが呟く。

「どうした? なんか言った?」

「いえ、なにも」

「そー言う訳で、俺は魔王を倒せない訳」

「そこをなんとか」

 ニアがルカに甘えた。

「まあ、相手がメフィストフェレスなら、方法が無い訳じゃないがな」

 ニアの甘えに乗ってしまった。

「本当に!」

「まあな。ただ、その前に俺との約束あっただろう?」

「ああ、あれ……」

 言葉にするのが嫌になる位、ニアは急に機嫌を悪くした。

「ああ、あれ今晩にしてくれないか?」

「はあ? 急になに言っているのよ」

「俺にも覚悟が必要なんだよ」

 ルカは一気にチャーハンを食べた。

「うん、食べた」

 スプーンを置いた。

「覚悟? どんな?」

「メフィストフェレスに会う事だよ。それなりの準備が必要だ」

 ルカは灰皿を見つけ、タバコに火をつけた。

「それと宴とはどうにも繋がんないんだけど」

「まあ、文句があるなら、やらなくてもいいよ」

 ルカはタバコをくわえ、メニューを見ながら言った。

「いいえ、準備します。でも、本当になんとかなるのね」

「ああ、そこは任せろ。スミマセン、バニラアイスちょうだい」

 店員に注文した。

「ニアもなにか食べる?」

「私はいい。ってか、まだ、食べるんかい」

「うん、余裕だよ」

「あんたの胃袋はどうなっているんだか」

 ニアは呆れ果て、そして立ち上がった。

「あれ? 帰っちゃうの」

「私はあんたと違い暇じゃないの! あんたのワガママも聞かないといけないしね」

「そうか、残念だ」

「準備出来たら、呼びに行くから」

「おう、楽しみにしてる」

 ルカが手を振った。

 ニアはそれを見向きもせず歩き去った。



 その頃、森の奥に進んだメフィストとジジは……。

「メフィスト様」

 魔物が倒された場所につき、ジジが驚いていた。

「ああ」

 ゆっくりと頷いた。

「相当の手練れがいるみたいですが、誰でしょうか?」

 ジジが問い掛けている時、メフィストは村の方を見ていた。

 すると、物音がした。

「誰だ!」

 ジジが隠し持っていた腰に差した剣を構えた。

「兄貴、大丈夫ですか?」

「大丈夫な訳あるか!」

 キーチとカイジが歩いていた。

 キーチの右腕には三角巾がされ、首から吊るされていた。

「で、ですよね」

「全く、何故、あそこに化物がいる。俺の商売道具の白き銃まで大破してしまったし」

「酷い話ですよね」

「ああ、次会ったら、ぶっ殺してやる。不意打ちをして、急所を狙えば、魔族の血だろうが、関係ないからな」

「流石、兄貴」

「だろう」

 二人があの場所まで歩いて来た。

 そして、メフィストとジジと目が合った。

「まっ、魔族」

 メフィストの容姿を見て、異形の姿と判断し、二人は顔を青くした。

「なっ、なんで、こんな所に」

 キーチが挙動不審な態度を取った。

「ジジ、剣を下ろせ」

「はい」

 メフィストの命令に素直に聞き、剣を納めた。

「あっ、兄貴」

 二人は一巻の終わりだと、体で感じていた。

 足が震えて、動こうにも動けなかった。

 メフィストが二人を威圧していた。

「死にたくなければ、答えろ」

「はっ、はい。何でも」

 キーチはゴマをすった。

「これをやった奴は誰だ?」

「えーと、それは……」

「答えられないのか?」

 メフィストは更に冷たく睨んだ。

「いっ、いえ。見た目は人間なんですが、中身は左目だけ紅くなる化物で、確か名前はルカと名乗っていました」

 必死で訴えた。

「そうか、分かった」

 メフィストは怪しく笑った。

「あのー、お命は……」

「ああ、今回は取らないでやる。とっとと失せろ」

「はっはい」

 キーチとカイジは死に物狂いで走り去った。

「楽しくなりそうだ」

 メフィストが呟く。

「メフィスト様、どうかされましたか?」

「なんでもない。それより、調査を続けよう」

「はい」

 二人の魔族は更に森の奥を進んだ。



 その日の夜。

 メフィストとジジが村長の家にいた。

 ニアもそこにいる。

「やはり、この村は……」

 村長はニアの祖父であった。

「ええ、今まで、突然変異した魔物が村を破壊しなかった事が、奇跡でしか無い」

 メフィストはタバコをふかしていた。

「そうですか」

 村長もニアもメフィストを前にして、緊張を隠しきれないでいる。

「この村にこうやって、魔力が溜まるようになった原因は定かではありません。しかし、このままにしておけば、この村は近いウチに無くなるでしょう」

「そんな」

 ニアが言葉を漏らした。

「方法が無い訳ではありません。その為に私がここに来たのですから」

 メフィストが黒い宝石を出した。

「それは?」

「ジジ」

「はい。それは魔力を溜める道具です。魔族が開発した、エネルギー補給の道具で、魔界ではこれを元にして、灯りを灯し、火を起こしています。人間の世界でも浸透し始めた物です。これは小さい物ですが、巨大な柱状の物を三つ用意し、この村の三カ所に仕掛けます。魔力はそこに吸収しますので、魔物も強くなる事も無くなるでしょう」

「しかし、魔物が柱を襲ったらどうするのよ」

 ニアが意見を言うと、メフィストがニアを睨んだ。

 ように、ニアには見えた。ただ、ニアを見ただけだろう。

 切れ長の細い目はいつもあらゆる物を、睨み付けているように見えるのだ。

「本当に心配なら、見張りを付ければいいと思います。少し知能が高い魔物が襲っても、その柱は強い魔力を帯びている。攻撃は跳ね返るでしょう」

 ジジが説明する。

「なる程」

「これから、必要なエネルギーはここから送ればいい。化石燃料よりずっと効率的に取れます」

「そうか……」

「これを一本、設置費込みで金貨百枚。そして、年二回のメンテナンスに金貨五十枚。それでどうですか?」

 ジジがお金の話を始める。

「そんな、高すぎる。この村にそんなお金」

「剣士雇って、魔物を倒す。魔物に怯えた生活でも、こちらは困りません。私は命をお金で売っているのですから、安いと思いますよ。見殺しにするなら、話しは別ですがね」

 メフィストが怪しく微笑んだ。

「剣士が敗北したり、派遣している間に村が滅んだりしてしまっては元も子もありません」

 ジジが優しく言う。

「しかし、村にそんな金は」

「いつまでも、腕のいい剣士がここにいると、思えますか? 私は別にこの村がどうなろうが関係ありませんがね。滅んだ後で建てても、別にいいのですがね、協定がある為、村を破壊する事が出来ないのは残念ですが」

 条約は人間と魔族が共存する為に作られた物であり、魔王でも逆らえない。

(この悪魔)

 メフィストを見てニアが強く感じていた。



 その頃ルカは、村長の屋敷にいた。

 玄関から侍女を呼び出し、隙をついて堂々と中に入った。

「ニアの部屋何処かな~下着何処にあるかな~」

 鞘に納めた剣を肩にかけ、周りを見ていた。

「困ります!」

 侍女がルカを止めていた。

「えっ? なに? なにか言った?」

 ルカがとぼけている。

 侍女はルカの手を引っ張り、外に追い出そうとした。

 ルカはその力もはねのけ、ゆっくりと前に進んでいる。

「あっ、しかし、君可愛いね~ねえ~名前は~」

 振り向き侍女にも興味があったのか、声をかけた。

「困ります」

「ダメか?」

「ダメです。即刻出て行って下さい」

「名前も教えてくれないの?」

「教えません」

 きっぱりと断った。

「そうか、残念だ~じゃあ、ニアの居場所教えて?」

「出来ません。今、ニアさんは村長とメフィストフェレス様と一緒にいて、誰かと会う事なんてとても出来ません」

「そうか。ちょうど、メフィストフェレスにも会いたかったんだ。やっぱり連れてってよ~」

「出来ません。今、村の存続がかかっているのです。もし、ここで粗相な事があれば、村はおしまいです」

「そうか、んじゃあ、自力で行くしかないみたいだ」

「ダメです」

 侍女が必死に止めていたが、ルカの方が力が強くどんどん先に進んだ。



「話になりませんね」

 メフィストが苛立っていた。

 村長が値引き交渉を始め、メフィストが納得しなかった。

「ですが、この村の財源ではこれ以上は……」

「ですから、話にならないと言っているのですよ」

「いい加減にしろよ」

 ニアは一連のやりとりをずっと聞いていて、いてもたってもいられなくなり、メフィストに怒りをぶつけた。

「こっこら、ニア」

 村長が止めようとしたが、止められなかった。

「お前な、こっちが下手に出ていれば漬け込みやがって、元はと言えば、お前ら魔族がこの星にやって来たのが問題なんだろう。んで、力が弱い人間が苦しんでいるのに、なんだよその態度」

 一度言ったら、全て言い終わるまで一瞬だった。

 そして言った後で後悔した。

 メフィストが冷たくニアを睨んでいる。

「なっ、なによ。やるの? 無闇に人間に手を出したら条約違反を食らうのはお前だぞ!」

「……」

 更に目が鋭くなり、部屋に沈黙と思い空気が漂う。

 バタン!

 そんな中で急に扉が開いた。

「ちょっと困ります」

「あっ、ニア。声がしたから、もしやと思ったけど、やっぱりいた」

「なんでお前がいる。約束は守っただろう! まだ、注文があるのか!」

「ううん、ない」

 ルカはニアに首を横に大きく振ると、剣を床に置きメフィストの方を見た。

「久しぶりだな」

 二人の男が目を合わせ見ている。

 しばらくすると、一瞬にしてメフィストが消えた。

 そして、次にはルカの目の前に立っていた。

「久しぶりだな~ルカ~」

 メフィストがルカを抱き締めた。

「ああ、じーちゃん」

 ルカは満面の笑みを浮かべていた。

「元気そうで何よりだ」

「ああ、じーちゃんこそ」

「しかし、ルカ痩せたか?」

「うーん、痩せて無いとは思う。さっきも食ったし」

 今までの冷たい感じが一転して、ほのぼのとした空気になった。

 それに取り残されたのが、残りのメンバーだった。

「ちょっとあんた達!」

 ニアが先頭を切って喋った。

「なに、ニア? お望み通りなんとかしたよ」

「なんとかの前に言う事あるでしょう。これ、どう言う事!」

「どうもこうも、俺の魔族の血は魔王メフィストフェレスから貰った物だ。つまり、俺達は正真正銘の血縁関係にあるって訳」

「はあ、そう、って納得行くか!」

 ニアが一人怒鳴る。

「ルカ、あの子お前の新しい彼女か?」

「うん」

「違ーう!」

 ニアは近くにあったジジの電卓取り上げ投げつけ、ルカの頭に命中させた。

 コツンと軽い音がして、電卓が落ちた。

「道は遠そうだな」

「うん」

 落ち込んでいるルカを、メフィストが慰めた。

「メフィスト様、これはどう言う事ですか?」

 今まで黙っていたジジも会話に加わろうと、二人の所に向かった。

 ニアも二人の所に向かう。

「ジジは会った事無かったか、私の孫だ」

「それは分かりました」

 ジジは一拍置いた。

「なんで黙っていたのですか?」

「なんで黙っていたんだ!」

 ジジとニアが同時に言った。

「うーんと~」

 メフィストが腕を組んだ。

「え~んと~」

 ルカも腕を組んだ。

 二人は考え、そして、出た答えが……。

「偽物だと悪いから、確認してから話したかった」

「だな」

 メフィストが頷いた。

「かな~」

 ルカは呑気に言う。

 語尾は違うが、理由は同じだった。

 それを聞きニアとジジが呆れかえる。

「それより、じーちゃん。この村、いい酒と可愛い女の子沢山いるの」

「本当か?」

「うん、今すぐ行こうぜ」

「ああ、つー事だ。ジジ後は頼んだ」

「話を勝手に進めるな!」

 ニアが声を張る。

「頼んだ。ではありません。どうするのですか?」

 ギギも言う。

「ああ、面倒だから、全部最初の半額でいいよ」

「いいのですか?」

「ああ、いいよ。どうせ儲けは出る。元々そんなに単価が高い訳じゃないし、それに……」

 メフィストが優しくニアを見た。

「この村には酒と可愛い女の子、そして、勇敢な女の子もいる。あのまま泣き寝入りするようなら、本当にそれでも良かったが、必死に食いついた子がいる。魔王と知って刃向かう人間を見るのは、好きでね。その勇気を評価しない程私は堕ちてはいないよ」

「じーちゃん。早く行こうぜ」

 ルカは待ちきれないのか、先に進んでいた。

「ああ、分かった」

 メフィストは急いでルカの所に歩いた。

「あっ、待て」

 ニアも後を追った。

「では、そう言う事で」

 残された村長はジジに頭を下げ、お願いした。

「はあ、分かりました」

 ジジもその方向で話を進めた。


「ちょっと、ルカ待ちなさい!」

 ルカを引っ張り出し、部屋の隅で話した。

「どうしたの? ニア」

「どうしたの? じゃない。あんたねその為に用意しろって言ったの?」

「そうだよ。言ったじゃん。メフィストフェレスなら何とか出来るって」

「今度から詳細も話そうか、偽物だったらどうしたのよ」

「その時はその時だ。もう行っていいか?」

「よくないわよ。用意した子みんな私の友人なの」

「道理で可愛い訳だ」

「話逸らさない。なにか合ったら困るのよ」

 ルカが変な話をする度にニアは頭を殴った。

「じーちゃんなら、なにもしないと思うよ。俺のじーちゃんだし」

「だから、心配なのよ」

 ルカが無自覚で言っている事は、ニアに取って返って心配だった。

「それと、この会話全部じーちゃんに聞かれているよ。なんたって、聴力は人間のニ倍あるし」

「なんですって、なんで、もっと早く言わない!」

 ルカの首を絞め始めた。

「くっ、苦しい~」

 近くでメフィストが困った顔をしていた。



 やっと、宴会場に辿り着いた。

「ちょっと待ってくれ、顔を変えるから」

 メフィストが入り口で立ち止まった。

「ああ」

「ちょっと顔を変えるってなによ!」

 なんだかんだでニアも付いて来た。

「ああ、じーちゃんって、遊ぶ時はいつも変身しているんだ~。人間から遠いと、恐れられるからね~今の顔は一応本当に近いけど、眼の色が違うんだ~ほら、俺の左目見ただろう。あれが、本当の眼だよ。まあ、赤い眼は魔力を解放しないと出ないみたいだけどな。俺もガキの頃悪戯して、怒られた時、赤い眼になって怖かったな~」

 ルカは懐かしがっていた。

「さて、準備が出来たぞ」

 ルカと同じ様な顔の男となっていた。

 耳も鼻も目も尖っている所が円くなり、人間らしくなった。

「メフィストフェレスつーのは、変装が上手くってね。これで、ばーちゃん口説いたらしいよ」

「余計な事は言わんでいい」

 メフィストは照れながら、ルカの頭を殴った。

「あたっ」

 扉が開き宴会の幕が上がった。



 それから三時間後。

 宴会は盛り上がり、人通りの波が治まった頃。

 呼んだニアの女友達は、深夜になり遅くなったので、家に帰した。

 ルカは酔いがメフィストより早く、寝言を言いながら、床で眠っていた。

「なんだ。だらしないな」

 メフィストは、ルカに文句を言いつつ、まだ、飲んでいた。

 隣にはニアもいる。

 ニアは二人をほっといて帰る事が出来なかった。

「しかし、ニアさんは飲まないのか?」

 メフィストに進められた。

「ええ、弱いんでいいです」

 実際はそんなに飲む気分にならなかった。

 傍らに魔王がいるのだ。緊張して飲めない。

「そうか、それは残念だ」

 そう言い、ボトルをまた開けた。

「さて、なにを話そうか?」

「えっ?」

 ニアは意外な言葉に驚いた。

「なにか知りたそうな顔をしていたからな」

「まあ、確かに……」

 知りたく無いと言えば嘘であった。

 あの魔王がこんなに砕けた人とは思えなかったからだ。

「なんでもいいよ。話せる範囲ならなんでも話す」

「じゃあ、メフィストフェレス様」

「メフィストでいいよ。長いし、こっちの方が好きだからな」

「何故、最初冷たく接したのですか?」

「そこから聞く。まあ、いいか、あえて言うなら、威厳かな~人間は魔王を恐怖の対象としている。そう思わせておいた方が仕事し易いんだよ。特に、人間と接する事の多い私はな。下手に人間は襲って来ないだろう。まあ、今回はたまたま、近くに孫がいたから、こうなってしまったがね」

「そーいえば、偽物とか言っていたけど」

「実際、魔王を名乗るバカな魔族も少なくないからな。ルカには細心の注意を促している。魔王の孫も狙われ易いからな。もし、偽物と名乗るバカがいれば、容赦なく殺せとも言っている」

「へー、でも、魔族の方が強い事無いですか? 相手は純血、ルカは混血ですから」

「その心配なら、大丈夫だ。本当に不意を撃たれない限り、ルカが負ける事はまず無い。今日は私もいる。ルカは安心して眠っているだろう。ニアさん。ルカの上着の左内ポケット見てごらん」

 ルカが丁度寝返りを打って、仰向けの状態になった。

 ニアは隙をついて、ルカの内ポケットを見る。

「これって」

 ニアは驚き、声を上げそうになったが、声を殺し、素早くメフィストの元に戻った。

「あれって本物ですか?」

「ああ、間違い無く本物の対魔族退治用のエクソシストの銃だ。当たれば魔族は只では済まない」

 ニアは白き銃を見たのだ。

「なんであれを」

「あれの本当の持ち主は、私が唯一愛した女性の物。そして、その女性の血を唯一受け継いるのは、ルカなんだ」

「じゃあ……」

「二百年前の戦争を終結に向かわせた、勇者の子孫なんだよ」

(だとして、最悪な勇者だ)

 ニアの勇者へのイメージが、完全に壊れてしまった。

「うーん。でも計算が合わないのですが、ルカって実はすんごい年寄りなんですか?」

「いや、ルカは年相応にしか生きていないよ、娘が人間より長生きでな」

 酒の入ったグラスを一点に集中して見ていた。あまり、話したくなかった。

「いずれはルカの死も見届け無くては、ならないのだな。ルカは私の血が少ないのだから」

(メフィスト……)

「すまない。しんみりとした話になってしまった」

「いえ、私こそ」

「だから、一日でも多く孫と一緒にいたかったのに、ルカがさ~酷いと思わないか~」

 急にテンションが上がった。

「でも、世界見たいから旅に出たいとか言い始めてさ~これ、反抗期だと思わない。いや、きっとそうだ。じいちゃんを独りにするな~」

 メフィストは無茶苦茶な事を言っていた。

 いくらお酒の力でも急に変わり過ぎだった。

 本来の形のようだ。

(ルカの性格は全部この人譲りなのね)

 ニアは納得していた。



 次の日の朝。

 もう少しで昼になる時間、メフィストが大泣きしていた。

「ルカと別れたくないよ~」

 メフィストとジジは次の場所に、旅立たないといけなかった。

(爺バカ)

 ジジとニアがそう思ったのは言うまでも無い。

 流石にルカも苦笑いをしていた。

(ルカの気持ち分かるわ)

 ニアは流石にルカが哀れに思えた。

「メフィスト様行きますよ」

「嫌だ~」

 ジジは強制的にメフィストを連れ出した。

「それではお元気で」

 ジジが一礼した。

「ルカ。困った事があったら、すぐ、報告するんだぞ。ちゃんとご飯食べろよ。ちゃんと歯を磨けよ。ちゃんと寝ろよ……」

 声が聞こえなくなるまで延々と聞こえた。

「じーちゃん……」

 最後にため息をついた。

「さて、もう一眠りするかな~」

 ルカはメフィストが見えなくなると、大きく欠伸をした。

「それよりあんたは、いつまでいるつもりなの?」

「さあな~ギギが仕事持ってくりゃ、すぐにも出るが、寂しいか?」

「別に」

「そうなんだ~」

 ルカは疑っていた。

「なによその目」

「別に~」

「ルカしゃん」

 タイミングよく、ギギが返って来た。

「見つけたか?」

「はいでしゅ」

 ルカにメモを渡した。

「そうか、ここから三日の地か~ギギ、夕方出る。それまで寝かしてくれ」

 ルカは金貨を渡し、欠伸をしていた。

「分かったでしゅ。準備して待っているでしゅ」

「ちょっと待って」

「あん?」

「私も連れて行って」

「ん? なんで?」

「なんででも、行きたい所があるのよ」

「何処?」

「魔界よ」

「なんで?」

「なんででも、こっちも落ち着いて、私は暇になるし、それに行きたいからに決まっているでしょう! 癪だけどあんた強いもん。あんたなら、魔界に行けるでしょう」

 魔族が二百年前、種族が住む為に作られた魔界と呼ばれる所は、人間にとって未開の地となっていた。

 人間を近付けさせないように、強い魔物が魔界を守っているとも言われている。

「ふうん。まあ、可能だが……」

 ルカは考えながら歩き始めた。

「報酬は出すから、足りなくとも働いて出す。だから」

 ニアも追いかける。

「いくら~?」

 ギギが目を輝かせた。

「ギギ。ニアにねだるな。この村の財政を考えたら、期待は出来ないよ」

「そんな~」

「ねえ、ダメ?」

「別にいいけど、ニアが俺の女になるなら」

 ルカが立ち止まった。

「ならないわよ!」

「まあ、そうだろうな。んじゃあ、飯を作ってくれ、朝食、滅茶苦茶美味かった。また食べたいからな~」

 なかなか目の覚めないルカの為に、ニアがわざわざ作ったのだ。

「ちょっとそんなの優しすぎるわ。相手は人間よ。足手まといになるだけでしゅ」

「俺に一本背負いした子だぞ。俺は充分強いと思うぞ。それに俺も人間だし、ギギがダメでも俺は大丈夫だから。飯作ってくれる条件飲むなら、着いて来いよ」

 ルカは満面の笑みを浮かべ、手を出した。

「お願いするわ」

 ニアも手を出し、握手を交わし交渉成立した。

「んじゃあ、俺寝るわ。ギギ、バイクの助手席の荷物どけておけよ」

 ルカは目をこすり、宿屋に戻った。

「もう、分かったわよ。おい、今回だけでしゅからね」

 ギギは泣きなが飛び去った。

「はははっ、さて、私も準備しなきゃ」

 ニアは家に戻った。

 ニアの壮絶な旅はここから始まるのだった。



 それから五時間後。

「凄い。初めて見た」

 ニアは二人乗りのバイクを見て目を輝かせている。

 両手と背中にしっかり荷物も持っていた。

「荷物持ちすぎでしゅ」

 ギギが文句を言った。

「人の事言え無いだろう。ギギの言う事は気にしなくっていいから」

 ルカは後部に荷物置きの蓋を開けた。

「必要な物は別にして、そうでない物はここに入れてくれ、もし、入らないようなら、下着は俺が持つから」

「絶対渡さない!」

「あっそう」

 ルカは寂しい顔をした。

「はあ……スケベ」

 ニアは荷物を入れる事にした。

「って、なによこれ」

「魔族が魔族と呼ばれる所以は、人間と違い魔力と呼ばれる目に見えない力を自由に使うから、そいつもその一つで、こいつの元は、ただの鉄の塊だが、魔族が生み出し、鉄を乗り物に変えた。そして、荷物入れとなっている所は、半異空間装置つー魔力を集中させ、その場所に密封させ、空間に穴を空けた。ここと、別の空間のハザマと思ってくれて構わないよ。空間のハザマは無尽蔵に広がっているから、荷物の持ち運びには持ってこいの場所なんだ。って、分からないか」

 ニアは頭を抱えていた。

「魔族の生み出した科学の結晶。それでいいか?」

「そうね」

 ニアは荷物を入れた。

「本当だ。入る。これ、取り出す時はどうするの?」

「俺に下着を見せてだな~」

「また、地面に叩きつけられたい?」

「いえ、結構です」

 首を横に振った。

「出したい時は、出したい物を頭の中に描いて、手を入れれば出るから、例えば、ガンソードと」

 ルカは手を入れ、しばらくすると、愛剣を出した。

「ほらな。たまに誤作動を起こすが、持ち主にしか反応しないようになっているから、俺がニアの荷物を取り出す事は基本的には出来ないよ」

 ルカはまた、中にしまった。

「なる程、魔族って凄いね」

「ああ、だから、世界が一度滅んでも生き長らえたんだよ」

 ルカはバイクのエンジンを入れた。

「ああ、そうか。こことは別の世界から来たんだっけ?」

「まあ、今の魔族にそんな力は無いらしいが、その力の応用らしいよ。あとニア、これもやる」

 ニアの席に置いていたカメラを手渡しした。

「これって、カメラよね?」

「ああ、村を出るのは初めてだろう?」

「なんで、分かるの?」

「うーん。勘かな。外れてないだろう?」

「うん」

「だから、旅の記念を残すのもいいだろう? 俺は残す事があんま好きじゃないから、あんま撮らないけど、ニアには必要だろうからな」

「ありがとう」

「ああ、さて乗って」

 ルカは蓋を閉めて、運転席に座った。

「ギギは後ろでいいな」

 後ろとは荷物置きの上だ。

「もう、私の席」

「コウモリでいろ。許可無く人になるのを禁止しているだろう」

「人に戻りたいでしゅう」

「我慢しろ!」

「ねえ、なんで人になれるの?」

 ニアに取って魔族の科学、ルカの環境全て新鮮だった。

「知能のしゅくない人間に分かり易く言うと……」

「ちょっと待って、昨日から感じていたけど、あんた、少し人間をバカにし過ぎじゃない」

「バカでしょう?」

「あんたね、ムカつくのよ」

 ギギの首を引っ張った。

「ギギや、じーちゃんの近くにいたジジもそうだな。魔族が作り出したコウモリは知能の他に変身能力もオプションで付けられるんだ。魔族の手伝いも兼ねているからな」

「そうでしゅ、しゅばらしいんでしゅ」

「はあ、そうですか、凄い凄い」

 ニアは胸を張っているギギに、棒読みで褒めた。

「なんか、バカにされているでしゅ」

「まあまあ、さて行くか」

 ルカはバイクを走らせ、草原を突っ走った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ