2 入れ替わり
愛しのリリーと元婚約者のマリアが倒れてから二日、未だに二人が目を覚ます気配はない。
マリアはともかく、愛しのリリーが目覚めないことに、俺やトニー、フィズ、カインは医務室のベッドの横に立ち、悲しみに明け暮れていた。
もう夜と言っても差し支えのない時間。婚約者でもない異性が、大人数とはいえ同じ部屋に居ることはよろしくない。
全員で、自室に戻ろうとなったその時だった。
「……んんっ」
「……ぅぁ」
小さな呻き声と共に、リリーとマリアが目を覚ました。
「リリー!」
まだ少し虚ろな目をしたリリーに声をかける。
「エリック……様?」
しかし、俺の名を呼んだのは目の前の少女、リリーではなくマリアの方だった。
まだリリーは意識がはっきりしていないのか、中々焦点が合わない。
「エリック様! 私、どうなって……あ! マリア様も、ご無事だったのでしょうか」
俺達はわざとマリアとリリーのベッドの間を陣取っていた。目覚めたマリアがリリーを狙うかもしれないからだ。
しかし、リリーではなくマリアを心配する声は俺達の後ろから聞こえてくる。
リリー本人は未だ、意識がはっきりしない。
「あ、あの、エリック様……、トニー様、フィズ様、カイン様!」
あぁ、煩い。リリーの振りをしてまでも俺の気を引こうというのか。どこまでも俺を苛立たせる女だ。
「何を言っている。マリアはお前だろう。ふざけるのも大概にして欲しいものだな。お前のせいで、リリーはまだ意識がはっきりしないんだ。少しは静かにしていろ」
後ろを振り返らずに、答えてやる。
本当は口も聞きたくないのだが、如何せん喧しくて適わないのだ。
「えっ……エリック様、リリーは私です! 私がリリーです!」
「はぁ?」
マリアが、言うに事欠いて自分がリリーだと? そんな馬鹿なことを言ってまで、俺の気を引きたいのか。
流石にこれには、怪我人に対しても怒りが抑えられない。
「マリア・ハイルアー。君との婚約破棄は正式に進めている。そのような戯れ言はさらに君を貶めることにしかならない」
「っ、エリック様?」
何が何だか分からないという表情のマリアに、これ以上用はない。リリーの方へと向き直ると、しっかりと俺の姿をリリーが捉えたところだった。
「私が目覚めて一言目が婚約破棄のこととは……。分かりましたわ。もう、分かりましたから。これ以上私を惨めな気持ちにさせないで下さい。エリック王太子殿下」
「リリー? それに、姉さんも何を言っているんだ?」
思わず固まった俺の代わりに、マリアの弟であるカインが口を開く。
「……はい? カイン、あなたは何を仰ってるの? 姉である私と、貴方の愛しのリリーさんを見間違えるだなんて。目玉でも取り替えてきたら如何です」
リリーの可憐な声にはミスマッチな言葉。
俺達は顔を見合わせた。
「これは、一体どういうことだ……」
誰が言ったかは分からない。もしかしたら、俺が言ったのかもしれない。それくらい、何が起きているのか理解が出来なかった。
「マリア様、目を覚ましたんですね! ……良かった。お怪我などはありませんか?」
言葉だけを聞くと、心の優しいリリーが言っているのだと分かる。しかし、声と姿はマリアなのだ。
「リリーさん……いえ、私としたことが、大変な失礼をしましたわ。これからはエリック王太子殿下と貴女を邪魔しないと誓いますわ」
「マリア様……」
俺達のせいでお互い、姿が見えていないだろうけれど、トントン拍子に進んでいく。
もし物語ならば、ここで新たな友情でも芽生えそうだ。
「はっ! いや、二人とも待ってほしいんだけど」
慌ててトニーがリリーとマリアを止める。
「今俺達は、マリア様がリリー嬢を害する可能性を思って、お互いが見えないような位置に立っています」
「あら、トニー様、失礼ですわよ」
リリー……の姿でマリアらしき言葉が放たれる。
「も、申し訳ございません。しかし、いえ、これは一端置いておきましょう。一度、お互いの姿を確認すべきだと思うのです」
「そうだな。それがいいだろう」
俺はトニーに賛成だ。この訳の分からない状況を打破するには、一度、リリーとマリアが顔を合わせるべきだと思う。
恥ずかしながら俺達では、この謎を解明することは出来なさそうだからな。
「では、一息でここから離れます。殿下も、リリー嬢もマリア様も良いですね」
「あぁ」
「はい!」
「よろしくてよ」
「では、退きます!」
トニー含めて俺達全員が、ベッドとベッドの間から離れる。
倒れてから初めてお互いを見たリリーとマリアは目を見開き、そして。
「私が……いる?!」
「私、ですわね!?」
「もしかして、入れ替わってるの?!」
「もしかして、入れ替わってますの?!」
入れ替わりが確実になったのだった。
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3話と4話は今日中に掲載する予定です。




