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第二話 loved one

ミレリアでの生活に慣れてきたハル。


自身の記憶も少しづつ取り戻してきていた。



欠けた記憶や自分のことは、ヤンと共に過ごすことで知っていった。



しかし、ハルの好奇心は禁忌に触れる。

ハルは初めて目が覚めたあの日から1週間程度はヤンの部屋で過ごしていた。

 

本来、目が覚めた子供達は3人1組、1つの部屋で過ごしている。

そこには1人、担当保護者がつき、その担当保護者が3人の面倒を見るというシステムだった。



ハルの担当保護者はシリルだった。


シリルはハルに部屋を案内しようとしたが、まだハルが環境に慣れていないせいか元気がない事をヤンに相談した。


ヤンはハルをしばらく預かると言った。





「ハルよ、どうだい朝は慣れたかい?」

 


目をこすって起きてきたハルにヤンはコーヒーを淹れようとしていた。

 


「僕がするよ。」

 


右腕がないヤンの代わりにハルが朝コーヒーを淹れていた。

 


「僕甘いのがいい。」

 


苦いコーヒーをあまり好まないハルに、ヤンは笑って言った。

 


「男なら、朝はコーヒーなんだ。」

 


ハルはヤンと毎朝9時ごろに起きてコーヒーを飲んだ。支度をしたのち、お昼前にミレリアを見て回った。


昼食を済ませてから、ヤンは仕事に行くので、その間はヤンが戻るまでヤンの部屋にいるか、1日や2日では回れないほど大きなミレリアを散歩した。そんな生活だった。

 

右腕のないヤンのために、ハルはよく働いた。


コーヒーを淹れるのも、ヤンお気に入りのジャケットを着るのも、部屋で簡単な料理をつくるのも、ハルが働いてくれているお陰で以前より時間はかからなかった。

 



そんなハルはヤンとミレリアを回るのが好きだった。


ヤンはハルの知らないことをたくさん教えた。

例えば街を歩いている時に、本当に小さな氷がゆっくりと降ってきた。

ハルが不思議がっているとヤンはこれを雪だと言った。

 


「地球には季節というのがあって、ここではそれを再現してるんだが、本物はまた素敵なんだ。」

 


そういうとヤンは煙草をふかした。

 

ハルはなんとなく気を遣って聞いていなかった質問をヤンに投げた。

 


「ヤン、どうして僕は記憶が無くなってしまったの?」

 


ハルは恐る恐る聞いたつもりだったが、ヤンは思いの外笑顔で話し始めた。

 


「ハルが地球から宇宙に運ばれてきた時の話だよ。」

 


「あと厳密に言うと記憶は無くなってない、忘れているだけだ。実際シリルもお前のように最初はほとんどなにも覚えていなかった。けど今じゃアレだ。」

 


そういってヤンは笑った。

 


「地球から子供達がこっちに来る時、思いの外時間がかかってしまった。その間は子供のパニック発作が多発してね。みんなを眠らせたんだ。その時の薬が良くなかったみたいだ。」

 


大丈夫時間をかけたらすぐに思い出すよ。とヤンは言った。


だが実際その通りだった。

ハルはヤンと話している内にだんだんと自分のことを思い出してきたし、特別生活に困る程何もかもは忘れていなかった。

 


「ミラは?ミラも自分のことを忘れているのかな。」

 


ハルは自分のことよりも、ミラの方が気になっていた。

 


「きっと最初は忘れていたと思う。しかしお前と同じ、今頃はお前のことでさえ覚えているだろうな。」

 


ハルは少し安堵した。

ハルはミラの事をあまり覚えていないが、ミラが自分のことを覚えているなら会った時になんとかなると思った。

 


「僕のお父さんはどんな人だった?」

 


ハルはもう自分の覚えていないことを聞きたくて仕方がなかった。



「今日はよく質問が来る日だな。」

 


ヤンは相変わらず笑っていた。

 


「お前の親父は、狂っていた人間の文明にただ1人立ち向かっていった男だったよ。」

 


ヤンは煙草の火を消した。

 


「さ、私はもう仕事の時間だ。部屋に戻ってなさい。」

 


何もよくわかっていない顔をしているハルを置いて、ヤンは研究室へ戻った。

 

ハルは自分の父親のことが気になって仕方なかった。

 

ヤンの部屋で何かヒントがないか探そう、そう思ってハルは部屋に向かった。




     ***




ヤンは1人、研究室で煙草をふかしながら考えていた。

 

ハルになんて伝えようか、どう説明すればハルは納得するのだろうか。

 

いつかハルが自分に父親のことを聞いてくるのはわかっていた。

その時のためにずっと考えていた。

 

しかしいざハルに聞かれると、何も言えなかった。

 

ハルは知ってはいけない。

 

ハルの父親のように、自分の息子のようになってしまってはいけない。

 

しかし子供の好奇心というのは計り知れない。


もし隠せても恐らく見つけてくる、子供とはそういう生き物だ。

 

 

「ヤン少佐、煙草の火が落ちますよ。」

 

 

ヤンの知らない間に研究室の入り口にシリルが立っていた。

 


「後、ヤン少佐の喫煙は医療研究室から許可されていないと先日もお伝えした筈です。」

 


「すまない、こればっかりは辞められないんだよ。」

 


相変わらずうるさいやつだとヤンが笑って煙草の火を消すと、シリルはヤンに資料を渡した。

 


「兄の今月の計測結果です。ご確認頂けますか。」

 


もうそんな時期か、とヤンは呟いて資料を受け取った。

 

シリルの兄、クムは戦闘によって意識を完全に失ったまま8年が経過した。


現在はシリルがクムの体を計測し、それをヤンに渡している。


シリルがミレリアで目を覚ました時、シリルに兄の記憶は無かった。

 

兄の記憶が蘇ったのは、ヤンに連れられてクムの眠る治療室を訪れた時だった。

 

まだ当時14歳だったシリルは、変わり果てた兄の姿に驚いたが今後の技術の進化でクムが目を覚ますかもしれないとヤンに言われ、研究員を志した。


 

シリルはもともと気の強い負けず嫌いな性格だが、それも相まってかシリルの学力や技術は一般の研究員をも遙かに凌ぐものに成長していった。

 


「いつも通り、特に危険な状態にもなっていない。安心したまえ、魂は宿ったままだ。」

 


ヤンは資料を自身の端末にコピーしてシリルに返した。

 


「君も疲れただろう。他の研究員に任せてもいいんだよ。」

 


ヤンは17歳の少女が自分のすべての時間を兄に費やしていることを気遣った。

 


「いえ、兄の計測は私が。」

 


シリルは資料をしまった。



「しかし、ヤン少佐。」

 


シリルは少し小さな声でヤンに話した。

 


「兄は心肺の機能は通常です。音や光に脳も反応しています。」

 


シリルはもう1つの資料をヤンに見せた。

 


「8年間の計測データをまとめても、ずっと同じ状態です。」

 

「何が言いたい?」

 


ヤンはシリルを見つめた。

 

シリルは涙目でヤンを見ていた。


負けず嫌いな性格は時にシリルを苦しめていた。

 


「これから、これから先兄が目を覚ますことはあるのでしょうか。」


「兄がこうなってしまった戦闘というのはいったいどんな戦闘だったのでしょうか。」

 


ヤンは煙草を取り出して火をつけて話した。

 


「そうなってしまった戦闘か。」

 


ヤンは煙を吐き出した。

 


「私もよくわかっていない。」

 


世の中にはわからないことも多い、と言いヤンはシリルに歩み寄って肩を叩いた。

 


「不安になる気持ちも、焦る気持ちもよくわかる。今の私も同じような気持ちだ。」

 


ヤンはわかっていた。

 

このままクムが目を覚ますことはない。

 

シリルは随分と前から勘付いていたのかもしれない。

 

子供を失ったヤンにとってシリルは娘のような存在だった。

 

そんなシリルが苦しんでいるのを助けてあげられない自分が憎くなることがあった。


 

そして、シリルの知らないことをヤンは知っていた。

 

 


クムはある事件の犠牲者だった。

 




    ***

    

    

    

    

ハルはヤンが帰ってくる時間まで、データベースルームにて父親に関する資料を探していた。

 

そういや名前も聞いてなかったな、と思っていたがヤンの名前で検索すると息子の名前も出てきた。

 


「サファテ・リオン」

 


それがハルの父親の名前だった。


サファテは国際自衛軍で軍人をしていた。

 

幾度もテロ組織の壊滅に貢献し、小規模な紛争や軍の手の届かないような難民問題、環境保護活動にも積極的に参加する人間だった。

 

ハルは少し嬉しかった。

自分の父親は正義感に溢れた強い人間だったことがわかったからだ。

 

その後、1度は軍の司令官になった。

 

しかし、その後の欄には「事故死」とだけ記載されてあった。


 

それ以外のことは全くわからなかった。


 

その年に起きた事故のデータを漁っても、サファテの事故の資料は出てこなかった。

 

1度軍の司令官にまでなった人間の事故死を資料に記載しないなんてことはあるのだろうか。

 


 

ハルは不思議に思いながらもそこまでの資料をコピーしてヤンの部屋に帰った。

 



ハルが部屋に戻ると、既にヤンがコーヒーを淹れていた。

 


「ごめん。遅くなっちゃって。」

 


ハルが慌ててヤンに駆け寄ると、

 


「構わないさ。」

 


とだけ言ってヤンはコーヒーを啜った。

 


「どこに行ってたんだい?」

 


ハルはあの時はぐらかされた父親のことを調べているのは知られたくなかったが、

 


「データベースルームだろう。」

 


ヤンは既に知っていた。

 


「うん、ごめんなさい。けどお父さんのことが知りたくて。」

 


そりゃそうだな。とヤンは言った。

 


「事故死、と書かれていただろう。」

 

「うん。」

 

「事故で死んだ、それだけなんだよ。サファテは。」

 

 

ヤンはコーヒーを啜って、ハルに煙草を差し出した。

 


「吸ってみるか?」

 


ハルは首を横に振った。

 

そうか、と呟いてヤンは立ち上がった。

 


「そうだ、そろそろ慣れてきただろう。シリルの保護下で過ごすといい。」

 

「なあに、いつでも私の部屋に遊びに来て構わないから。」

 


そういってヤンはもう寝ようといって寝室に入っていった。

 

ハルも、ヤンについていった。

 

 




ハルの寝顔を見ながら、ヤンは考えていた。

 

この世代の子供たちは不幸な子が多い、と。

 

純粋無垢な子供達に突きつける運命にしては重すぎる。

 

 

シリルの兄、クムは被害者だ。シリルはもちろん知らない。

 

 

 

 

そしてハルも、父親があの事件の犠牲者なことはもちろん知らない。

 

ハルはこのことを知りすぎてはならない。

 


ヤンは右腕を失った右肩の傷を押さえながら、眠りについた。

 


    


 

 

 

 


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