第一話 Reviver
突如宇宙空間で目が覚めた少年ハル。
彼に記憶はなかった。
そんなことも束の間、争いは彼を待ってくれなかった。
ハルは自分の幼少期のことを覚えていない。
目が覚めた時には大きな部屋の小さな透明のカプセルの中で点滴を打たれていた。
そのカプセルはふわふわと浮いていたし、その部屋には無数のカプセルがあった。
目が覚めてしばらくすると無重力でも耐えれる専用のスーツをきた女がハルの入ったそのカプセルを抱えて違う部屋に運んだ。
部屋まで行く道中にはいろんな肌の色をした人達が同じように専用のスーツを着用していた。
その女に運ばれてきた部屋には何やら大掛かりな機械と大勢の研究員らしき人間がいた。
自分と同じように連れてこられたであろう子供は全身にパッドをあてられ、頭には脳波を計測する機器が接続され研究員の質疑応答に答えていた。
ハルを閉じ込めていたカプセルが開けられたので、自分もそこに行くのかと思ったが、先ずは研究員と少し話すらしい、個室に案内された。
個室の中には白髪の研究員がいた。
白髪の研究員は自分のことをヤンと名乗った。
ヤンには右腕が無かった。
あとは右の眉の上に大きな傷があった、元軍人のようだ。
ヤンはその佇まいからは想像もできない優しい声でハルに話しかけた。
「よく眠れたかい?」
ハルは答えれなかった、というよりかは自分が置かれた状況にまだ脳がついていっていなかった。
「まぁそうだよな、ここがどこで君は自分が誰なのかもわかっていない、そんな状態でこんな傷だらけの老人に話しかけられても答えれるわけがない。」
そういってヤンは笑った。そして「君が誰なのかを教えてあげよう。」と続けて話した。
「ここにくる子供達はみんな世界大戦に巻き込まれた子供達だ。君がもっと小さな頃に終戦したわけだけれども。」
そういってヤンはハルに1枚の紙を渡した。
そこには自分の顔写真と細かなプロフィールが貼ってあった。
「君の名前はハル、年齢は12歳。地球で5歳まで住んでいたのだが、ここに移送された。そして今君が居るのが国家宇宙艦ミレリア。まあ簡単にいうと君の住む国だ。」
そこまで言うと個室のドアが開いた、さっきの女が居た。
「ヤン少佐、次はその子の番です。」
「おお早いな。わかった、すぐに送ろう。」
そういうとヤンはハルに渡した紙をもう一度自分のデスクに置き、こういった。
「もう一度いうが、名前はハルだ。そして私はヤン。皆は少佐をつけるが私のことを呼ぶときはヤンでいい。今はそれだけでも覚えておきなさい。」
ヤンはメガネをかけてドアのところにいた女に目配せをした。
ハルは女に連れられて、大勢の研究員のいるフロアに戻った。
ハルは自分の名前もわからないほど、何も覚えていなかった。
年齢はどうやら12歳らしい。そういえば目が覚めてから自分の声を聞いていない。
「ハル…」
目が覚めて初めて自分の声を聞いた。
その時にもう1つの名前がハルの記憶に現れた、がすぐに忘れてしまった。
移動した先で脳波測定器等の機械をつけられたハルは、ベッドに寝かされた。
ハルの周りには女を含めた4人の研究員がいた。
2人は何やら記録係らしい、小さなタブレット端末と、測定結果の映し出されるモニターを交互に見ていた。
1人はハルに取り付けた機械の操作、そして質問係はハルをここまで案内した女だった。
「さ、そろそろ始めてもいいかな。」
女はハルの寝ているベッドの横にある椅子に座った。
「まず、名前を聞いてもいいかしら?」
女は聞いた。
「ハル。」
「ハル、ね。私はシリル。」
そう言ってシリルは微笑んだ。
「緊張しなくていいわ、私も最初は何覚えてなかったし。」
ハルは緊張などしていなかったが、目が覚めてからの展開についていけなかった。
「さっきの研究員のおじいさんはミレリアと言ったけれど、ここは?」
シリルは質問は本来受け付けないんだけど、と前置きした上で答えた。
「ここは国家宇宙艦ミレリア。ここでは大体2500万人が生活しているわ。宇宙艦といっても中には街もあるし、私たちみたいな子供は学校にも行く。色んな仕事があったり、まあ簡単に言うとスペースコロニーね。さ、質問に戻るわ。」
「君の1番古い記憶を教えてくれる?」
ハルは困った。自分の1番古い記憶と言われても、本当に何も覚えてなかったからだ。
数分間の沈黙のあと、シリルは質問に付け足した。
「大丈夫、別に答えれなかったからといって何かされるわけじゃないから。」
ハルは何も思い浮かばなかった、さっき少しだけ思い出したもう1つの名前は何度目を瞑って考えても出てこなかった。
その時、シリルが右耳だけにつけていたイヤホンから高い警告音が鳴った。
「チッ…毎回うるさいわねこれ。」
かなり嫌な顔をしたシリルは右耳のイヤホンに触れて応答した。
「こちらシリル。」
他の研究員にも連絡があったのか、なにやら慌ただしくなった。
「了解。引き続き業務を行います。」
そういってシリルは連絡を終了し、部屋にいた他の研究員に告げた。
「海賊よ。ミレリア領の小惑星を占拠しようとしてるらしいわ。そこまで大した話じゃなかったわね。」
シリルはハルに付いた機械のスイッチを一時的に消した。
「大きな音が鳴るかもしれないから、一旦止めておくわ。ゆっくりしててね。」
「海賊って?ここが狙われてるの?」
「どこの国民にもなれなかった人間が宇宙で生き残るためにはこうするしかないのよ。大丈夫、ミレリアはこんなことじゃ潰れない。」
その後にシリルは部屋の窓を指差した。
「ほら、ちょうど見えるかも。」
シリルが指差した先には、小さな惑星の周りを飛ぶミレリアの警備艦とそれを攻撃しようとしている海賊の戦闘艦があった。
もっとも、海賊の戦闘艦は1機で、既にミレリアの警備艦が隣につけていた。
「ああやって隣につけることでミレリアの軍隊が直接相手の戦闘艦の中に入れるの。」
「戦闘艦には武器はついていないの?」
「もちろんついてるわよ。けど戦闘艦には資源や資料がたくさんある。もし敵を生きたまま捕まえれたら全部こっちのものでしょ?海賊相手にはそうやって戦うのよ。」
しばらくすると海賊の戦闘艦の隣についていた警備艦が青いレーザーを射出した。
「終わったみたいね。」
どうやら青いレーザーは信号のようだった。
ミレリアの警備艦は驚くほどスムーズに海賊艦を制圧していた。
ハルはなにか警備艦からロボットが出撃したり、戦闘艦からエネルギー砲が発射されたりするのかと思っていた。
「そんな大昔の漫画みたいなのはないわよ。
」
そういってシリルは微笑んだ。
「まあどの艦艇にも実弾もエネルギー弾も発射できる武装はしてあるけど、海賊相手に滅多にそんなことはないわね。」
ハルはなんだつまんない、とつぶやいた。
そこへヤンがやってきた。
「どうだいシリル、ハルの測定は終わったかい。」
「失礼します、まだ終わっておりません。」
「いやいいんだよ。それよりシリルよ、ハルはどうせ測定してもなにも悪いことはででこない、それくらいにして少しハルを貸してくれんか。」
「了解致しました、また迎えに上がりますのでご連絡下さい。」
すまないね、と言ってヤンはハルの方を見た。
「さぁ、少し老人の話し相手にでもなってくれ。」
シリルに測定機を外してもらい、ハルは先に歩いていったヤンの後ろについていった。
廊下を進むヤンとハル、ヤンが口を開いた。
「7年ぶりに目が覚めたんだ、どうかね。」
ハルは首を横に振った。
「なにがなんだか、わかんない。」
「そりゃそうだ。」
「おじさんは、僕が5歳まで地球に住んでいたっていってたけど僕は覚えてない。」
「そりゃ、そうだ。」
「どうして?」
「どうして、かぁ。なかなか難しい質問をするな。」
ヤンは少し困った顔をした後、こう答えた。
「これからわかっていくんだ。」
ヤンとハルはエレベーターに乗り、ヤンの部屋がある59階まで向かった。
ヤンはエレベーターの中で、59階に部屋があるのは私が59歳だからだよ、と笑って言ったが59階に着くまであまり会話はなかった。
ハルは不思議だった。
今まで訪れた全ての場所や機械、シリルを含めた研究員達も今日初めて見たはずなのにヤンは何処かで見たことがあった。
それ故にヤンといるのは心地よかった。
「さあ、着いたぞ。」
エレベーターが開くと、そこにはヤンと同じくらいの年齢の男女が過ごしていた。
「おお、ヤン。ちゃんと薬はのんだのかい?」
「のんだよ、ちゃんと。」
先ほどの殺伐としたフロアと違ってここは比較的時間の流れがゆっくりとしていた。
「ヤン、その子は誰だい?」
ひとりの老人がヤンに話しかけた。
「あぁ、この子がハルだよ。」
その場にいた数名の老人がハルの方を見た。
「本当か!とうとう目が覚めたのか!」
「お前がハルなのかい、可愛らしい。」
「いや、親父さんと目がそっくりだ。」
次々に老人達はハルに駆け寄った。
困惑していたハルを見かねたヤンがハルの手を握り引っ張った。
「7年ぶりに目が覚めたんだ、後にしてやってくれ。」
ハルとヤンは通路を進んだ。
「すまないね、老人はいつだって新しいものと子供が好きなんだ。」
ヤンの部屋に着いた。
ドアの横にあるセンサーにヤンは目を合わせた。
「生体認証クリア、ヤン・リオン少佐」
機械音声が流れた後、ドアが自動で開いた。
そのまま中に入るヤンの後にハルは続いた。
部屋の中はさっきまでいた部屋とは違う質感だった。
革の焦げ茶色のソファがあり、年季の入った木の机は塗装が若干剥げていた。
さっきまでが機械で金属で主にできている世界なのに対して、この部屋は自然で木や革をつかった家具が並んでいた。
「私は地球に住んでいた頃の人間の文化が好きなんだ。」
そう言ってヤンは左手だけでコーヒーを淹れていた。
皆に知られたら怒られるから、とハルに笑いかけてタバコを咥えた。
「それ、臭い。」
ハルはタバコの煙が苦手だった。
怪訝な顔をしているハルを見てヤンは笑った。
「これがまたいいんだよ。」
大量の煙をふかしたヤンはハルの分のコーヒーも入れて机に置いた。
「ほれ、座りなさい。」
ハルはコーヒーを手にとってソファに腰掛けた。
「何も覚えてないかい?」
「うん…」
ヤンは古いアルバムを棚から出した。
そして開いてみせた写真は、ヤンがまだ少し今より若い写真であった、そのヤンの腕には幼児が抱かれていた。
「これは私でね。そしてこの赤ん坊はハル、お前だよ。」
「お父さん、ってこと?」
ヤンは少し間を置いたあと、コーヒーを啜った。
「お前のお父さんは、私の息子は戦争で死んだ。お前が生まれて間もない頃にね。」
「じゃあ、ヤンは僕のおじいちゃんってことになる?」
「そういうことだ。」
ヤンはもう1枚の写真を取り出した。
そこにはヤンと、ハルと、ハルと同い年くらいの女の子が3人で笑っている写真だった。
地球で撮影されたもので、ヤンがハルを肩車し、もう1人の女の子がヤンの手を引いていた。
「この子は誰?」
ハルが聞くとヤンは少し微笑んだ。
「この子はミラ。覚えているだろう?」
ハルは頷いた。この子の事は絶対に覚えている。
何をしたとか、何を話したとか、そんな事は覚えていない。
ミラの存在をハルは覚えていた。
「この子はどこにいるの?まだ眠っているの?」
ヤンは部屋の窓を指差した。
「あそこにいるよ。」
ヤンの指差した先には、一隻の黒い国家宇宙艦があった。
「宇宙艦ロスヴァイア、あの中で生きている。しかし、ミレリアとは敵対しているんだ。」
「大丈夫、いつかお前たちは出会う運命だよ。」
そういってヤンはコーヒーを啜った。




