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花の標べ  作者: 一ノ関珠世
第二章
27/30

7 パーティー1

 玄関ホールまで来ると、冷気が感じられてぶるりとした。羽織った外套の前をしっかりと合わせて、釦を留める。窓の外は、灰色の曇天から雪が落ちてきている。


(ほたほたり 音無く降り積む ほたほたり)


 何か聞こえてきた気がしたが、気にしないことにする。サラは秋頃から意識しなくても何かの声が聞こえるようになっていた。その声は様々な種類があったが、有益な事を話すこともあれば、時にサラを困らせる様な事を言うこともあり、注意が必要だった。サラはその声に惑わされ、小さな穴に足を取られて転んでしまったこともあるし、川に転がり落ちてずぶ濡れになったこともある。

 サラは秋のきのこ狩りの際に妖精の輪に落ちたことを、お祖父様の庭にいるグノ爺に話すと、彼らの事を笑いながら色々と教えてくれた。

 人であらざる者は色んなところにいるけれど、決して簡単に信用してはいけないこと。気紛れで快楽主義の者や、人間にちょっかいをかけて面白がる者も多いので、聞こえてくる言葉は話半分で聞き流すのが肝心だということ。もし声だけでなく姿も現した場合は、十分注意して相対すこと。

 サラを迎えに来てくれた茶色い青年は、グノ爺が以前命を助けたことがあるそうだ。

「気持ちの良い青年じゃっただろう?」

とグノ爺は言っていたが、サラは思い出そうとすればする程どんどん彼の姿が曖昧になっていったので、考える事を放棄した。人を覚えるのは二回以上会ってからでも遅く無い、というのがサラの考えだ。彼はサラが忘れるだろうことも分かっていたようなので、次に会った時に分からなかったとしても許してくれるだろう。





 昨晩からずっと雪が降り続いている。自領では見ることが無い分厚い雪に覆われた銀世界の景色が眩しくて、目がちかちかとする。


私は今、リンドーク領から遠く離れた王都に来ている。


 冬の長期休みの前には、アナレイス騎官学校では学期終わりのパーティーがある。例年学校の大ホールで開催され、3日間続くのだ。伝統あるアナレイス騎官学校の卒業生もやってくるので、軍部のお偉いさんもズラリと勢揃いすることになる。学生の招待客は人数制限があるが、招待されるのはとても栄誉のあることだし、軍部のツテが欲しい人たちにとってはかなり羨ましがられる。


 アルからその招待状を受け取り、バタバタと準備をして王都に来たのがつい昨日のことだ。昼の部は若い世代の軽いパーティーだからあまり気負わず来て欲しいと書いてあったが、上記のことを王都にいる父から聞いてしまうとさすがに緊張してしまう。





 今日のパーティでエスコートをしてくれるアルは王都の屋敷に迎えに来てくれた。


 学校の行事なので、アルの服装は学校の第一正装だ。初めて見るその制服は、深い紺色に金の刺繍が映えてとても凛々しく見える。一つに編んだ髪は、私が贈った淡い青色のリボンで結わえており、行儀よく背中に垂れている。首元に指をかけて少し緩める仕草が何となく年長者のものみたいだ。


 対する私は少し暖かみのあるピンク色のドレス。少し子供っぽい色のように思えたけど、ふわりと幾重にも重ねられた裾には濃い色で小花の刺繍が入れられている。襟元はすっきりとスクエア型で、思った以上に大人っぽく見えてお気に入りだ。


「久しぶり、サラ。本日は宜しくお願いします」

「こちらこそお誘いいただきありがとうございます」


 少し気取って挨拶をしたが、視線が合うと二人とも思わず笑みが溢れた。久しぶりに会うから少し緊張していたけれど、いつものアルだ。


 馬車に乗ると向かい合わせではなく、すぐ隣にアルは座った。


「サラのドレス姿って初めて見たな。」

「だってアルってばこういうパーティに一度も出た事無かったでしょう?私アルから招待状が来てびっくりしたもの。どういった心境の変化かしらと思ったわ」

「今まで知らない場に行くのが億劫だったんだよ。」

 

 アルはそう言うと視線が逸れる。伏せたまつ毛は憎らしいくらいに長い。頬は削げて、精悍さを漂わせている。今日も非常に整ったお顔だなと感心していると、不意にアルの腕が私に向かって伸びた。


「…へぇ、この髪の毛ってどうなっているの?」


 くるりと鏝で癖付けさせた後毛を、横からアルの指先が弄る。首筋に指先がかすめて、くすぐったい。思わず首をすくめたが、毛先はアルに捕らわれたままだ。


「ふふ。くすぐったいわ、アル。今日のために侍女が張り切って可愛くしてくれたの」


 めっと睨むと、ごめんごめんとアルの指が離れた。お返しにサラはアルの編まれた髪をぐいっと引っ張る。


「うわっ」

がくりと揺れる頭に、思わず笑いが溢れた。


「こら、サラってば変わらないな」

「ちょうどイイところに引っ張りがいのあるものが垂れてるんですもの」


 アルの目尻がゆるむ。くしゃりと笑った顔は慣れ親しんだものだ。


「そうだ。せっかくだし、その髪編み直してあげましょうか?おまじない付きで」

「うーん…今はいいかな?馬車の中はガタガタとしてるしね。気持ちだけ受け取っておくよ」


 そう言うと、アルは幼子にするようによしよしと頭を撫でてくれる。髪型には配慮して慎重に撫でてくれるのが分かるので、サラは気持ちよく受け入れた。


 二人で話し始めると会えなかった時間が嘘みたいに、話が尽きない。馬車で半刻ほどかかる距離のはずなのに一瞬で着いてしまった。



 初めて見るアナレイス騎官学校は重厚な石造りの建物で、見るものを威圧しているようだ。王都の街並みはきらびやかだったせいか、周りが雪に覆われた山に囲まれた場所にあるこの建物は少し殺風景に見える。真昼間のはずだが、雪がちらちらと降っており灰色の雲が立ち籠めている。少し薄暗い分、窓から漏れる灯りは暖かだ。


 大ホールからは、踊りたくなるような楽しげな音楽と、騒めきが聞こえてきている。私は弾む様な足取りで、アルと門をくぐった。


 円形天蓋のホールに入ると、化粧漆喰のレリーフで飾られており、外観よりもぐっと華やかに見えた。正面には軍神マラガンの筋骨隆々とした像がある。


 まずはアルとファーストダンスだ。アルとこういった場で踊るのは初めてだ。イグルートン邸にいる時に、お母様から手ほどきを受けてる所は見かけた事があったけど、何故か頑なに私と踊る事を彼は固辞していたのだ。


 しょうがないので、私はその隣でジョシュアに踊ってもらったものだ。見た目に似合わずジョシュアはとっても優雅な所作で踊れるのだ。ちなみにお祖父様は論外である。リズム感がまるで無くて、お祖父様の足に踏まれないようにするのに必死に足を動かさなければならないのだ。


 アルが差し出した手に自分の手を重ねる。アルの長いまつ毛に縁取られた淡いブルーの瞳は真剣だ。


「アルってば緊張してる?」

「してるように見える?」

「初めての群れに入ろうとしてる新参者のヤギみたいに見えるわ」

 

 アルは小さく吹き出した。

「それはちょっと酷くないかな?当たらずとも遠からずだけど」

「ふふふ。私ダンスは大好きなの。楽しみましょう」


 アルは最初はぎこちなさを感じたものの、ステップを繰り返すうちにどんどん滑らかな動きになっていった。基本的にアルは飲み込みがよくて、すぐに自分のものに出来ちゃえるのだ。



 私はアルとのダンスを楽しんでいたが、なんだかどうも周りから注目されているようだ。普段以上に視線を感じるのだ。


 ターンの合間に周囲を見回すと、居並ぶ御令嬢達からアルに熱い視線が送られていた。


 何だか微笑ましい気持ちになる。確かにアルは綺麗な顔つきをしているとは前々から思っていたが、身長も伸びて身体つきも以前より筋肉がついてきた。この大人になる前の危うい美しさみたいなものが、前から知っている私ですら感じられるのだ。



「アルってば人気者ね」


 そう言う私に、アルは困った様に嘆息した。

 


 踊り終わったサラとアルを出迎えたのは、大きくて厳つい熊さんみたいな人だった。


「おおおおお!アラン!」


「こんにちは」

「同じ部屋の友人なんだ。ラナンカス、彼女がサランディナ・リンドーク。リンドーク伯爵令嬢だよ」


 初めて会うアルの友人だ。失礼にならないようにゆっくりと礼をする。

 アルは学校ではアランと呼ばれているようだ。


 ダンスホールの奥の方から、よく日に焼けた精悍な男の人がやって来て、アルの肩に腕を回した。

「よう!アラン、ちょっといいか?紹介したい人がいるんだ」

「分かりました。今行きます。ラナン、サラのことちょっと頼んでもいいか?」


アルはちょっとすまなそうな顔をしてこちらを向いた。

「ごめんね、サラ。すぐ帰ってくるから」

 

 いえいえどうぞと私はひらひらと手を振ってアルを見送った。


「ごめんなー!あの人先輩でさ。俺ら一年生は先輩に呼ばれたら行かざるを得ないんだわ」


 ラナンカスは顔の前で手を合わせて謝ってくれるが、アルが引っ張りだこになることは想定内だ。あんなにダンスの時に注目されていたのだから。

せっかくなので、色んな人と交流してきたらいい。


 サラはラナンカスを見つめるとにっこりと笑って言った。


「大丈夫ですよ。上下関係がすごく厳しいと聞いてますので」

「サランディナ様は……えーと…」


 口籠るラナンカスが、大きな熊が一生懸命縮こまって困っている様に見えて、少し可愛くなる。


「あ、あまり堅苦しく話さなくても大丈夫ですよ。年下ですし、友達に平民の子もいるので慣れてますから」

「助かる!さっすがアランの相手だな。貴族の御令嬢とは話したこと無いからどうしようかと思ったよ。じゃあサラちゃんって呼ばせてもらうな!俺の事はラナンって呼んで」

「はい!ラナンさん」


 口を大きく開けて愛嬌たっぷりで笑う姿に、私まで笑顔が伝染してしまう。


「サラちゃんはお腹は減ってる?」

「少し。緊張していてあまり入らないかもしれませんが」

「そっか。あっちの方には、このアナレイス騎官学校名物の食べ物が並んでいるから少し見てみるだけでもどう?」


 二人連れ立って、料理が並ぶテーブルに向かう。

 壁際には沢山の美味しそうな食べ物が大きなお皿に盛り付けられていた。

 その中で一際目を引いたのが、てんこ盛りになっている丸いパイの山だ。


「わぁっ!あの丸くて大きなパイって何ですか?!」

「あれは〝大砲玉〟って呼ばれてる林檎が丸ごと入ったアップルパイ。あれを一度に12個食べたら自由外泊の資格が貰えるっていう噂があるらしいけど、試した奴は見たことないな。でも味は美味しいぞ」

「食べたことあるんですか?!アップルパイは大好きだけど、一個丸ごと食べるのは大変そう!」

「身体動かすと腹が減るからな!アランだってあれをよく食べてるぞ。しかもあれに追加で蜂蜜までかけてるからな」


 アルは学校でも変わらず過ごしているようだ。きっとしれっとした顔で喉が灼けそうな程甘いものを食べているに違いない。



 ラナンカスはアナレイス名物の食べ物や、ホールで出会った級友達を次々と紹介してくれた。その中にはアルからの手紙に書いてあった人もいて、サラはこっそりと笑ってしまう。


―同室のマルトさんにリックさんね…。


 二人ともそれぞれの婚約者と出席していた。


 ラナンカスは初めて会ったはずなのに、びっくりするほど話しやすくてサラは緊張がすぐに解れた。聞くところによると、ラナンカスにはサラと同じ年頃の妹さんがいるらしい。


「パートナーとして一緒に来たのに、仲のいい子を見つけるやいなやひとっ飛びでどこかに行っちまったんだ。「お兄ちゃんの友達はちょっとね…」て捨て台詞まで残してだぞ?」

 

 そう言ってラナンカスは嘆いているが、自分に置き換えてみても、兄の友人とどうこうなるのはちょっと嫌だなと思う。絶対自分の恥ずかしい話の一つや二つは影でコソコソ言われるに違いない。


 曲が丁度終わったので、ホールをぐるりと見回してアルを探してみると、華やかなドレスの集団に囲まれていた。お嬢様方はアルを大変気に入られたようだ。


「アルはちゃんとアナレイスで上手くやれてます?」

「同室の奴らとは上手くやってるよ。アランは口ではあーだこーだ煩いけど面倒見がいーから」

「そうなんですよ!ちょっと無愛想なところもあるけど、優しい人なんですよ。ちゃんと上手くやってるようで安心しました」


 ラナンカスは笑顔が人懐っこくて、身体が大きい割に雰囲気は柔らかい。こういうひとがアルの近くにいるなら大丈夫だ。少々困ったり悩んだりする事だって吹き飛ばしてくれそうな明るさがある。



「喉は渇いた?」


 ラナンカスの問いにサラが首肯すると、丁度通りがかった給仕を呼び止めてくれる。何となく雑な雰囲気があるのに気遣いは細やかで、意外に思う。


 この国ではお酒は15歳くらいから本人の責任のもと、飲むことが出来る為に、酒精の入ったものも用意されているが、サラはレモンの炭酸水を頼んだ。


 受け取った細いグラスにはスライスされたレモンが沈んでいる。覗き込めばシャンデリアの光を受けて、ぱちぱちと泡は弾けた。一口飲むと、爽快な香りが鼻に抜けて、ほろ苦さが舌に残る。好きな味だ。


 ラナンカスはそんなサラを見て、黙ってグラスに入った葡萄酒を傾けた。

季節外れ半端ない…。

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