5 きのこ狩り2
フードを被った人が、皆に聞こえるように手を大きく打ち鳴らした。視線が彼に集まる。
「さぁ、踊りの時間だ」
その声を合図に陽気な音楽が始まった。サラの足も自然と周りと同じようにステップを踏み始める。周りの美しい人々と、揃ったテンポに不思議な一体感を感じて、どんどんとサラの気持ちも高揚していく。音と身体とがぴったりと合う心地よさは素晴らしく、どれだけ踊っても疲れを感じなかった。そして不思議なことに秋という季節に対して胸いっぱいに嬉しい気持ちが溢れてくる。ああ今の曲調は色とりどりの落ち葉が落ちてくる時のものだとか、今のは空いっぱいに美しく染まった夕暮れの時のものだということが理屈ではなく感覚で分かった。
時間の感覚すらわからなくなっていた。それでもこの流れを止めちゃいけないような気がして、くるくると足が動くままに踊った。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
「君、もう戻らなきゃいけないよ」
その声が聞こえた途端、ずっと聞こえていた音楽がふっとかき消えた。それと同時にきりりと冷えた水を飲んだかのように頭がすっと冴えていく。
輪の外から射るような目でこちらを見つめる青年がいた。印象になかなか残らないような全体的に茶色っぽい人だ。とはいえ周りが花々が咲き乱れているように鮮やかな色合いの人々だからか、逆に彼の存在は浮き彫りとなっていた。
「あらもうお迎え?残念ね」
「素敵な踊りと歌声の子だったのよ」
「私はもっと一緒にいたいんだけどな」
近くで踊っていた人々が口々に不満を表明する。その言葉を聞くと途端に名残惜しいような気持ちが湧き上がってくる。もっともっとあの混じり気のない喜びの中で共に踊りたかった。知らない人々の間にいたはずなのに、ずっと昔からの知り合いと一緒にいるような慕わしさがあったのだ。
「まだまだ恋を知らない幼い子。貴女の恋が実りあるものになるように、私がいいモノをあげるわ」
左隣で私の手を握っていた琥珀色の髪の女性は、いつの間にか持っていた小さな瓶をサラに渡そうとしたが、茶色い男に制止するように手を掴まれた。
「こら、余計なモノは渡さないでくれ。これでももう十分だ。時間が無いんだよこっちは」
ピシャリと撥ねつけるような声に、その女性はぐっと表情が険しくなる。
「無粋な男ね」
その女性はナイフみたいな鋭い声を発して、掴まれた手を振り払った。先程まではとても優しいお姉さんというような雰囲気だったので、その豹変ぶりにサラは目を見張る。彼女の目が蛇のように瞳孔が細くなったのが見えて、途端に恐ろしくなりじりじりと後退る。
その様子を見て、茶色い青年はほっとしたようにサラを見た。
「どこも欠けたところは無さそうだね。身体の中で感覚が途切れるような部分は無いかな?ちゃんと君の持ち物は全て完全な形で持ち帰らなきゃいけないよ」
そう言われて、サラは自分の身体を見てみた。手をにぎにぎとしてみるが特に感覚が途切れる部分は無いように思う。ただここに来てからのことは所々曖昧にしか思い出せない。
「大丈夫そうだわ。記憶がぼんやりしている気がするけど、それは大丈夫かしら?」
「それはここに来てからの記憶かな?それなら大丈夫。君の体の自己防衛のようなものだから。只人にとっては過ぎた記憶は勝手に抜け落ちるようになっているんだよ」
茶色の青年はいつの間にかサラの籠を持っていた。中には沢山のきのこが入っているのが見える。
「君は妖精の輪に落ちてしまったんだよ。きのこが輪になって生えているところなんて十中八九どこかに通じているもんだろう。君のお祖父様やお祖母様に聞いたことなかったかい?」
「え?そうだったの?確かにベニテングタケが並んで生えてるなと思ったけどまさか輪になっているとは思わなかったわ」
きのこが輪のように並んで生えているところは妖精の輪と言われて妖精の世界の入り口になっていることが多いのだ。そこの輪に入ってしまうと、誰かから手を引いてもらわないと出ることはできない。
彼は私を見て大きくため息をついた。どうも私の返答に呆れてしまったようだ。面倒をかけてしまったようで申し訳ない気持ちになる。
「もう少し注意深く周りは見た方がいい。これじゃあ悪戯され放題になってしまうからな」
「貴方はどうして私を助けてくれたの?」
「神庭の爺に頼まれたからね。僕と彼はとても近しい者ではあるんだ。彼に恩もあるしね」
よくよく聞いてみると、グノ爺の知り合いらしい。神庭というのは、女神様の祠のある裏庭のことだろうか。彼の事をもう少し聞いてみたかったけれど、詳しいことまでは教えてもらえなかった。
「そのきのこは持って帰って食べても大丈夫かしら?」
彼は少し難しい顔をすると籠の中に入っていた見たことの無い派手なピンク色のきのこや鮮やかなレモンイエローのきのこをぽいぽいと捨ててしまう。残ったのは見慣れたキノコばかりだ。捨てられたきのこも魅力的な物に見えただけに少し残念に思ってしまう。食べられはしないだろうけど、もっと良く見てみたかったのだ。しょうがないのでどこに落ちたかしゃがんで探してみるが、不思議なことに先程のきのこの影も形も無くなってしまっている。
「はい。余計なモノは捨てたから、もう大丈夫。このキノコは君の大事な家族と食べるといいだろう。きっといい恵みを齎してくれるはずだ。……ところで君は何をしてるの?」
「さっきのキノコをもう少し見てみたかったの。だってとても綺麗な色をしてたんですもの。何で消えてしまったのかしら?」
「そういうキノコだったのさ。ああいった軽薄な奴らから貰ったものには注意するに越した事は無いよ」
そう言って彼は籠を返してくれた。どっさりと入ったその籠はずっしりと重みを感じる。残念に思う気持ちは消せないが、きのこは美味しそうに見えたとしても毒があるものが多い。目に鮮やかなきのこは特に危ないのだ。基本的に自然界では目立つ色のものは警告色で、毒がある。
そこまで考えたところで、サラはまだ自分が彼に感謝もしてないことに気づいた。不思議な世界に迷い込んだから気が動転していたのだろう。
「今日は本当にありがとう、親切なお方。お名前を聞いてもいいかしら?」
「名前を名乗る程のつながりは君とは持つつもりはないよ。ただ、向こう側に帰るには手を繋がなきゃいけないから、手は繋がせてもらうよ」
そう言いながら無造作に繋がれた青年の手は、見た目からは想像がつかない程皮膚は厚く、乾燥してひび割れていた。ただ先程の女性と違い、ほんのりと温かみが感じられる。その温かみにサラは少し安心して頬が緩んだ。
帰ったらグノ爺にお礼を言わなければ。
そう思ったところでサラの思考は暗転した。
◇◆◇
「わぁっ!サラってばいつの間にそんなに沢山見つけたの?」
マリアが駆け寄ってサラの持っている籠を覗き込んでいる。サラは気付けば森の中の切り株に腰掛けていた。
「ん…??」
先程まで暗い森の中を青年と手を繋いでいたと思ったのに、瞬きをする間に元の森に戻ってきたようだ。ちらちらと眩しい木漏れ日に目が痛む。手をかざして陽を遮り、空を仰ぎ見た。妖精の輪に落ちる前よりも少し陽は昇ったようだ。
でもマリアの様子を見るに、心配したほど時間は経っていないだろう。
「お兄ちゃーん、サラってばすごいのよー!」
マリアはぱたぱたと落ち葉を跳ね飛ばしながら、ルークを呼びに行ってしまった。サラはまだ夢うつつな気分で自分の籠の中のきのこを眺めた。茶色い青年から渡された籠にはもちろんどっさりときのこが入っている。歌で歌ったからか、ヤマドリタケとアンズタケは特に多く入っている。きのこをここに入れてくれた人は…と思い出そうとして、思い出せないことに気づいた。あの青年の言う通り、記憶がどんどん曖昧になってきているようだ。
ルークと合流してからはそれぞれの戦果を讃えながら、湖でランチとなった。そこで二人に妖精の輪に落ちた話をすると、ルークは自分の祖父から聞いた話をしてくれた。秋になると妖精たちは豊穣な恵みに喜びに湧きたち、あちこちで宴を行っているのであちら側とこちら側の境界まで曖昧になってしまうそうだ。なのでそんな時によくあちら側に紛れ込んでしまう人も多いそうだ。
「ちゃんと帰ることが出来てよかったね。やっぱりあちら側は魅力的な人々が沢山いるからこちら側に帰ってくるのが嫌になってしまう人もいるんだよ」
ルークの言葉にサラは苦笑いで返した。確かに妖精の輪舞は楽しくて時間を忘れて踊ってしまっていた。あの青年がいなければ、まだあそこで踊っていたかもしれない。
マリアはマリアで、無邪気に「私も行ってみたーい」と言いながらサラにじゃれついた。
その帰り、サラは自分が座っていた切り株の近くを通った時、何かがチカリと光るものに気づいた。拾い上げてみると、よく磨かれた丸い石だった。それは澄んだ湖の深いところのような透明感のある青色をしていた。サラはなんとなく今日の不思議な体験と関係がある気がして、そっとポケットの中にその石を入れた。次のお休みにはお祖父様のところに行かねばと思いながら。
出来れば秋にアップしたかったのにまさかの正月まで過ぎてしまいました。次はもう少し頑張って、早く続きを書きたいです。




