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花の標べ  作者: 一ノ関珠世
第二章
24/30

4 きのこ狩り1


 アルがアナレイス騎官学校に行っても、私の生活は続いて行く。アルが進学してしまったのはちょっぴし、いや、かなり寂しい。私は2年も年下なのだ。せめて同じ歳なら私も学校に通うために王都に行けたのに。


 サラが志望するメイリンダム貴官学校も王都にある伝統的な学校だ。入学試験は来年。サラも先に優秀な成績で進学してしまったアルに負けじと勉強を頑張っているところだ。アルの不在で寂しさは募れど、今やるべき事をしっかりとやることが大事なのだとサラは自分に言い聞かせている。2個下だということもあってサラは少しでもアルに追いつきたいのだ。



 アルとかなりの頻度で会っていたサラだが、この地方の貴族の子達の間ではアランディル・イグルートンはいわば幻の存在だ。何故ならアルは貴族の子ども達の集まりにはことごとく欠席していたからだ。

アルがあんまりにも表に出て来ないので、一応縁戚関係のあるサラは、アルのことについて聞かれることが多かった。引退したとはいえ前イグルートン伯爵のヴァージェンスが養子をとったということは、話題の少ない田舎町では格好の噂となっていたのだ。昔よりはぐっと少なくはなったが、田舎の方ではまだまだ幼少の頃に婚約者を決めてしまうことも多い。そう言った意味で詮索され、煩わしい気持ちにさせられることもあった。


 しかし母のユーラディアからはあまりアルのことは話さないようにと口止めされていたので、聞かれても「普通にいい子だよ」等の当たり障りのない事しか言わないようにしていた。


 便箋と封筒を机の上に用意する。アナレイス騎官学校に行ってしまったアルに手紙を書くのだ。手紙を書くのは朝が1番いい。窓から朝日が差して、便箋もたっぷり日光浴が出来る。そうしてアルが読む時に少しでも光を感じられたらいいなと思う。夜に手紙なんか書くと、くどくどと後ろ向きな愚痴ばかり書いてしまいそうになったことがあったので、それからはもっぱら朝に書くのだ。夜に書くのは日記帳だけで十分。


「お嬢様、ルーク様とマリア様がいらっしゃいましたよ」

「はーい。今行くわ」


 書きかけの手紙はそのままに、サラは扉に向かって駆け出した。


 今日は近くに住んでいるアシュクレー家の子ども達ときのこ狩りの予定だ。屋敷の近くにある森は秋になると木の実やきのこなど沢山の恵みをもたらしてくれる。この辺りでは、大人も子供も秋になるとバスケットとナイフを持ってこぞって近くの森へ出かけるのだ。

もちろんサラも朝から動き易い服を着て楽しみにしていたのだ。サンドイッチや焼き菓子などたっぷり詰め込んだバスケットは侍女と侍従が持ってくれている。


 アシュクレー家は代々リンドーク伯爵家のお抱えの医師の一家で、サラも小さな頃からお世話になっている。アシュクレー家には四人の子どもがいて、長男のフィリップはサラの兄と同じ歳でイグルートンの領都にある医学校に通っている。次男のルークはサラの一つ上で、昔はやんちゃな事ばかりしていたが、ここ最近ぐっと大人びたようだ。今日も妹のマリアのお守りとして付いてきている。昔は近くの男の子達とそのへんを泥だらけになりながら駆け回っていたのにすっかり澄まし顔のお兄さんだ。


 マリアはぎゅーっとサラの腕を抱き締める。


「サラはアランディル様とばーっかり遊んで、それ以外はお勉強ばーっかり。マリアの事なんて忘れちゃったのかと思っていたわ」


 アルがアナレイス騎官学校に合格してからは何故か自分も焦ってしまっていたのだ。空いた時間は出来る限り勉強にあてていた。

 マリアを見ると尖らせてる唇にふくふくとした薔薇色の頬が愛らしい。好意を開けっぴろげにぶつけてくれるマリアのことはサラも妹のようにかわいく思っている。

「そんなこと無いわ。マリアのことだってとっても大切よ」

「じゃあ、今日はずーっと一緒にいてよ」

「ええ、もちろんよ」

「こらこら、サラもメイリンダムの入学試験に向けて沢山勉強しなきゃいけないんだからあまり我儘を言ってはいけないよ、マリア」


 マリアの頭をぽんぽんと撫でながら嗜めるルークの声音は優しい。

「ルークも今勉強頑張っているんでしょう?」

「もちろん」

ルークは今年メイリンダムの試験を受ける。何年も浪人する人だっている難関試験だが、確実に合格するだろうと周囲にも言われている程ルークは優秀だ。


 雨上がりのしっとりと水を含んだ落ち葉の上を革のブーツで踏み歩く。少し霧がかかった針葉樹林は朝の陽射しを孕んで、うっとりとする程美しい。ひんやりとした空気を吸い込むと、胸の中も洗われるみたいで気持ちよくて自然と呼吸も深くなる。



「ヨゼフがもうアンズタケが出て来てるって言ってたのよ。ならそろそろヤマドリタケも出るでしょう?私ヤマドリタケのクリーム煮が大好きなのよね。」

 

 ヨゼフはリンドーク邸の庭師だ。彼は森を抜けて邸に通ってるので、どこにどんな植物が生えているか、そろそろ食べ頃になったものはあるかいつも教えてくれるのだ。

 ヤマドリタケは大きくて丸い茶色いかさに太い軸には網目模様のあるキノコだ。でっぷりと太っているおじさんのようで、一つ見つけるだけでも家族みんなで食べる夕食に使えるくらいの大きさだ。沢山採れたら乾燥させて保存も出来る。香りも良くて味もいい。秋に見つけたら小躍りしたくなるようなきのこなのだ。



「私はバターで焼いたのが好きだわ」

「パスタも捨てがたい」

「寒くなってきたら、朝にスープとして飲むのも素敵よね」

 

 ヤマドリタケのポタージュスープに焼いたパンを浸して食べるのも美味しい。旨味と香りがじゅわりと口の中に広がるのがたまらない。

 

「パイも忘れちゃいけないな」

「お兄様必ずお代わりするものね!」


 わいわいと話しながら森を歩くのは楽しい。見つけた木苺をぽいっと口に含むと、爽やかな甘酸っぱさに笑みがこぼれる。


 木の根元を注意深く見て行くと、落ち葉の隙間から顔を出す赤い頭を見つけた。ベニテングダケだ。この赤い傘に白いぽつぽつがのっているキノコを見つけると近くにヤマドリタケがいることも多い。


 近寄ってそっと視線を下げるとベニテングダケがぽこぽこと一列に並んでいるのが見えた。

その瞬間、頭上がふいに暗くなったので、陽に雲がかかったかと思い見上げると、様子がおかしい。


視界いっぱいに映るのは真夜中の空の色だ。今の時間にあるはずの無い星まで瞬いているのが見える。


はっとして、周りを見回すと、マリアにルーク、サラのすぐ側についてきていた侍女や侍従もいなくなっている。森は完全に闇に閉じ込められており、樹々にはぽうっと暖かな光を放つランタンがそこかしこにかけられていた。


 わぁっと、歓声が上がったのが聞こえて、びくりとする。私を囲む様に円になっている人々は明らかに只人では無さそうだ。髪の色や纏う衣服は身近に無い色彩に溢れている。視界の端には楽団が独特な浮遊感のある音楽を奏でているのが見えた。


 こちらに気づいたのか数人が近寄ってくる。


「まぁ、久しぶりの可愛いお客様ね」

「お名前は何と言うの?」

「あらあら名前をもう聞いちゃうの?せっかちね」

「一緒に貴方も踊りましょうか」


 沢山の声がかけられたが変に耳元で反響しており、普段と音の聞こえ方まで違っているようだ。


 私はとっさに首を横に振った。ここから逃げようと思うのに、足は根が生えたように動かない。



 一人の女性が私に近寄って来た。たっぷりとした波打つ琥珀色の髪は地面についてしまいそうに長い。

彼女は好意的な笑顔で手を差し出しているが、この手に自分の手を重ねてもいいか躊躇う。色々ちゃんと考えたいはずなのに頭はもやがかかったみたいだ。



 その女性と視線を合わせると驚くほど深い蒼い色の目だった。その目に吸い寄せられるように差し出された手を握るとひやりとした感触に驚く。繋いだ手から感じる温度は低く、生気を感じさせない。ここにいる人々は話に聞く妖精か精霊なのだろうか。


「秋の夜長の余興よ」

「今日は特別な秋の日なの」


 周りから聞こえてくる声がまた反響する。

 

 握られた手にいざなわれて、私も輪に入った。隣にいる白金色の毛皮のコートを羽織っている男性にもう片方の手も繋がれた。見上げると丸いお月様みたいな色の目が三日月みたいに細くなった。

 

「今日はとてもいい秋の夜だ。秋というのはあなたにとってどんな季節だろうか?」


 その整った顔にはにっこりと笑顔が浮かんでいるはずなのに、親しげな温度は感じられず、ひどくチグハグな感じを受けた。ただ、ひたりと合わされた目には、試されている様な色が見えて、背筋が冷やりとする。


「収穫の秋かしら。冬が来る前にしっかりと準備をしておかなければならないのよ」


 無難でなんでもない返答を返す。子どもは妖精や精霊に会うと悪戯をされることが多いし、彼の者達の興味を惹く様なことをしてしまうと、自分たちの領域に連れて行かれてしまう。元の世界に戻れなくされても困る。

こういった問答は慎重に答えなければならないことはサラも知っていた。


「へぇ。確かに長い眠りにつく冬の前には沢山の食糧が必要だよね」


 そう言うと、彼はこちらへの興味が失せたのかつまらなそうに視線が逸らされた。気をひかなかったことがみてとれたのでサラはほっとした


「さぁ、次は誰の番?」


「私よ」


 そういって1人の女性が輪の中心に踊り出た。ゆさゆさと豊満な胸にキュッとくびれた腰はとても妖艶で、濃いワインレッドのドレスがとても良く似合っている。


「葡萄が熟れたわ 甘く熟れた

色付いた私の頬にも口づけを

馨しいあなたの香り

私の体も熱くなるわ」


 甘いハスキーボイスで歌い上げた女性は周りに艶やかな笑みを振りまいてゆっくりと大柄な男性の元へと戻ってゆく。


 次に中央に出てきた女性は、どことなく立ち姿が寂しげで、すらりと伸びた華奢な手足は折れそうだ。それでも目には強い意志が宿っているようだった。



「夜風が秋の匂いをさせる

葉は燃える色に変わっていく

夏に出会った貴方との約束を

今一人で思い返しているの」


 

「馬鹿ね。ナナカマドの娘はまだランタナの男に心を奪われたままなのよ。あの男程不実な人はいないでしょうに」

「私ならあんなにもくるくると色が変わる男なんて信用しないわ」

「それでも心を差し出してしまったのね。思い通りに行かないのも恋の一面ですもの」


 聞こうとせずとも聞こえてくる噂話に、ああ人ではない者でも同じように周りに好き勝手に評価されるものなのだなと思う。


 ナナカマドの娘は周りの声をものともせず凛とした横顔でまた周縁に戻って行った。



 次に小走りに中央に駆け寄ったのは、ふわふわの茶色い髪で、くりくりとした目の男の子だった。


「どんぐりが落ちた ころりと落ちた

沢山拾ってあの子にあげよ

丸く実った僕の愛も

そっと忍ばせてあの子にあげよ」


男の子が小さな手いっぱいに載せているどんぐりはつやつやしていて宝石みたいだ。その子は歌が終わると真っ直ぐにピンクのリボンをつけた女の子にその手のどんぐりを渡していた。

その様子がとても微笑ましくて心が温かくなる。


「さぁ、次よ。貴女の番だわ」

司会の女性が私を指差す。


「えっ?私も歌うの?」


 戸惑う私を宥めるように隣の女性は細くて白い指先をサラの顎にかけた。大人の女性の親指がサラの唇に触れる。とろりとした目と自分の視線が出会うと、どきりとして後退りたくなる。思わぬ接触に身の危険を一瞬感じるが、彼女の目を見ていると警戒心まで溶かされていくような不思議な気持ちになる。


「大丈夫。あそこに立つと貴女の心が歌いたい歌を歌うのよ。力を抜いて声を出せばいいわ」


 サラは背中をそっと押されて、輪の真ん中に進んだ。

ここまできてしまえば、もうなんとでもなれという気持ちで息を吸い込む。



「にょきにょき生えたきのこに挨拶

ヤマドリタケにアンズタケ

毒キノコには御用心

秋の恵みは誰と食べよう」


 歌い終わった瞬間、周りから「ふふふ」と笑う声が上がって、顔が熱くなる。これじゃあ食いしん坊の歌みたいだわ。今までの人たちはあんなに大人っぽい歌を歌ってたのに。


「なんてかわいらしい歌かしら。きのこが好きなのね!じゃあその籠にいっぱいお土産を入れてあげなきゃ」


 知らぬ間にまた知らない少女がサラに近寄っていた。きゃらきゃらと笑った少女は私から籠を受け取ると、肩までの茜色の髪を跳ねさせながら森の奥に駆けていってしまった。


明日またもう一話アップします。

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