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花の標べ  作者: 一ノ関珠世
第二章
23/30

3 自主訓練と手紙


 アナレイス騎官学校では休みの日でも朝食の前に点呼があるので、朝寝坊なんて贅沢なことは出来ない。身支度をして、食堂まで行く。


 今日の当番の一年生(ペルバ)がピシッと背筋を伸ばし、雀斑(そばかす)の散った顔を紅潮させて献立を発表している。ぎゅっと握った拳が震えていて、すごく緊張しているのが伝わってくる。何故ならこの朝当番は一言一句間違えてはいけない。間違えればこれもペナルティの対象になるからだ。


 それぞれに配られた皿には朝から驚く程の量が盛られている。これくらいは食べられないと厳しい訓練を乗り越えていくのが難しいのだろう。


 目の前に座るラナンは、食前の祈りが終わるとすぐにパンに豪快にかぶりついた。気持ちのいい食べっぷりで、どんどんと皿の上の食べ物が口の中に吸い込まれていく。


 思わず目が釘付けになってしまったが、まずは自分も食べなきゃいけない。早朝からこの量を胃袋に入れるのは無茶だと思ったが、僕はこれも訓練だと挑むような気持ちで、皿に向かった。



 

 1番に食べ終わったラナンは、待ち切れないように身体をもぞもぞとさせながら朝の自主練のお誘いをし始めた。


「なぁなぁ!この後、自主訓練場でちょっと身体を動かさねーか?」

「いいねー。」

 マルトが了承すると、リックも賛同する。

 断る理由も無いし、腹ごなしに少し運動もしたいと思ったので、僕も慌てて頷いた。

ただ、問題がある。

まだ僕は朝食が食べ切れていないんだ。


 もさもさしたマッシュポテトの山がどうしても減っていかない。口の中の水分もどんどん吸い取っていくこいつは間違いなく本日の朝食の中でも一番の敵だった。僕が憎々しげに見ていたことに気づいたのか、「それ、もしかして食べ切れないのか?」とラナンが軽く聞いてくれる。少し恥ずかしく思いながらも素直に負けを認め頷いた。


 するとラナンは嬉々としながら自分のスプーンで大きくマッシュポテトの山を削ってくれる。さすがに残すことはしたくなかったので、ほっとした。


 全員が食べ切ったところで、連れ立って野外訓練場に向かう。


「おーい、お前らも自主訓練場行かねぇ?」

ラナンは人懐っこく同じ一年生(ペルバ)に声を掛けては、どんどん向かう人数を増やしていく。そんな客引きみたいに手当たり次第訓練に誘っていくラナンに面食らう。それはマルトも同じだったようだ。


「ラナン〜?!いくらなんでも多すぎじゃない?!」

「いや、どーせ行くなら皆で行った方が楽しーだろ!適当に一年生(ペルバ)っぽい奴に声かけただけだゼっ!」


 ラナンは目をいきいきさせながら、親指を立てて豪快に笑った。


 そんな事を言うラナンに考え方の違いを感じて目眩がしそうだ。自主練習と言うのは一人や少人数でやるものだと思ってたからだ。


 休みの日にも沢山の人達と過ごすことに少し抵抗感を感じるけど、これが集団生活というものなんだろう。慣れていかなきゃいけない。


 訓練場に着くと、ラナンが手際良くグループを作らせて、体術と剣術のチームに分けていく。僕はちょうど同じ部屋のメンバーでグループになった。


 体術はもう全然ダメだった。一応一通りはジョシュアに教えてもらったつもりだったけど、僕の次に小柄なマルトにすら勝てなかった。悔しくてじりじりとした気持ちでいっぱいになるけど、これが今の現実だ。苦い気持ちも飲み込んで、すこしでも自分が取り入れる事ができるものが無いか周りを観察することに空いた時間を使った。


 剣はどうにか技術で押していけるところがあったけれど、決着に時間がかかり過ぎると細いこの身体ではどうしても競り負けることも多い。リックやラナンは自分の長所がよく分かった戦い方をしていて、力で押してくる。

もっと筋肉をつけて、身長が欲しい。少しでも強くなりたい。


 そして太陽が天頂近くになる頃、何故か訓練場の周りには見物人が多くなっていく。それもほとんどが女性だ。


「へぇ。休日の自主訓練場は出会いの場っていうのは本当だったんだ。」

「マルト、何それちょっと詳しく!」


 隣室のパトリックが食い気味にマルトの言葉に反応した。


「僕たちアナレイス騎官学校生っていうのは優良物件ですからね、平民女性から中級貴族まで幅広くお求めしていただける訳ですよ。勿論卒業後の地位によっても左右されるけれど、若い頃から唾つけとくとその後がスムーズだし、単純に殿方が勇ましく戦っている姿は見ているだけでうっとりとするそうですよ」


「だからラナンがやたらと張り切っていたのか」


 そうポツリと呟いたのはリックだ。


「あの馬車の中からこちらをご覧になっているのは下級か中級貴族のお嬢様だし、あの辺は近くの街からはピクニック気分でお友達を誘って来る平民女性だよ」


 案内人よろしくマルトは紹介してくれる。その言葉を聞いてやたらと周りの士気は上がっているが、僕はとてつもなく嫌な予感がした。


 自分にとっては見慣れた顔でも、この顔がどれだけ女性に対して威力を発揮するかは知っているつもりだ。




「すみません。僕はただ訓練をしに来ただけですので」

 できる限り周りと視線を合わせないようにしながら、足を動かす。ふわりと香る沢山の花の匂いにむせ返りそうになり、眉間に力が入るが、周りに作られた輪はなかなか崩れない。



「お名前をお伺いしてもいいですか?」「きゃー!女の子みたいに可愛い!」「今度お姉さんと一緒に遊びに行かない?」



 馬車の近くを通る時には窓から扇子で半分顔を隠しながらにっこりと微笑む女の子に手を振られる。無視するのも悪い気がして会釈だけ応じる。すると従者が降りてきて、すすす……と近寄り「お嬢様が少しお話をしたいそうなのですが」と耳打ちをする。考え得る限り丁重に断った。もう何だかうんざりとして、寮の入口だけを目指して脇目もふらず全速力で走り抜けた。何故か歓声が上がったが、もう振り返らない。



 食堂に行くとマルトとリックは涼しい顔をして席に座っている。


「よぉ!色男っ!滅茶苦茶囲まれていたじゃないか」


 からかい混じりのマルトの言葉に、自然と口調が尖る。


「うるさい。マルトは分かるけど、何でリックも囲まれないんだよ。おかしいだろッ」

「こら!僕の顔の事しれっと貶さないでくれる?リックとアランが異常に男前なだけで、僕の顔ぐらいが毎日顔を合わせる結婚相手としては丁度いいんだからね!」

「うん、マルトはほっこりとするいい顔をしてると思うよ」

「をいこら、リック!すげー雑なフォローだな!」

 

 リックはさらっとマルトを笑顔でいなして頬杖をついた。


「まぁ、僕達はもう売約済みの札が貼られてるからね。よっぽどのことが無い限りお声はかからないんだよ」

「何それ、どういうこと?」

「ああ、もしかして知らない?これこれ」


 そう言いながら左手首に付けている腕環を掲げて指差した。マルトは金色でリックは銀色のものをしている。


「これは婚約した後にお互いに身につけるんだ。僕達には婚約者がいるんだよ」

「えっ?!もう?!早いね、二人とも」


 2人ともまだアナレイスに入学したばかりなのに、もう将来を約束した相手がいるらしい。


「いや、普通だよ。アランだってアナレイスに合格したってだけで、見合いの打診は幾つか受けた筈だよ。何も聞いてない?」

「聞いてないよ。僕は養子で爵位を相続する訳でも無いし、養子になる前は普通に平民だったからね。あとイグルートン家に迷惑を掛けない限りは、誰を選んでもいいって言ってもらってる。」


 もし結婚したい相手が見つかれば必ず現イグルートン伯爵であるマクスウェル様に相談するようには言われている。既に一線を退いているヴァージェンス様には分からない貴族間での事情もあるからだ。


 今現在イグルートンの姓を名乗っている限りはその名を貶めるようなことは出来ない。そういった意味でも女性関係には気をつけなさいとも言われている。ヴァージェンス様に迷惑はかけたくないから絶対に評判を落とすようなことはしたくない。ただでさえ僕を引き取る時に沢山の心無い言葉を言われたはずだから。


「そっか。養子先でも大事にしてもらってるんだね。でももし誰か狙ってるお嬢さんがいるなら早いこと口約束だけでも交わしておいた方がいい。女の子はあっという間に花盛りを迎えるからね」


 マルトはそう言った後、ちゃっかり腕環を買うことになった時は声を掛けてねと自分の家を売り込むことは忘れていなかった。





 部屋に戻ってからは思い思いに過ごした。僕はイグルートン邸から一冊だけ持ってきた本を開いた。それはイグルートン領で伝わる祭祀や伝承、歌をヴァージェンス様が特別に纏めたものだ。こちらは自費出版で、10冊程度しか出版してないそうだが、一冊は王立図書館にも収めていると聞いたことがある。 


 丁寧に紡がれている文章を読んでいるとヴァージェンス様の声で語られている様な気がしてくる。心地よく韻を踏んだ歌は読んでいても心の調子を整えてくれるようだ。


 ノックと共に低くくぐもった男の声がする。


「手紙のお届けです。こちらが、この部屋の分です」


寮付きの使用人がラナンに手紙の束を渡す。


「おう、ありがとよ!んーと、リックはお袋さんかー?あとはアランか………ってうぉおおおおい!お前女の子から手紙が来てるじゃねぇかぁぁぁあ」


 ラナンは大袈裟に手紙を持つ手をぷるぷると震わせながら、此方を信じられないものを目にしているかのように凝視している。


「ああ、サラでしょ。……親戚の女の子だよ」


 僕は咄嗟に色々考えたが、一番ラナンを刺激しないであろう言葉を選んだ。


が、外したようだ。


「ちょっと、お前、リンドークってリンドーク伯爵の御令嬢かよぉぉぉ!だから今日は女の子達に対して冷たかったのか。「僕、女性が苦手なんだよね」とかスカしたこと言いやがってちゃっかり自分だけ手紙もらってよう。俺だって女の子と文通してぇよぉぉおお!!ちょっとこいつは渡せねぇ。まずは嗅がせろ、いい匂いがするにちげぇねぇ」


 鼻に近づけようとするラナンの横から、マルトがスイっと手紙をかすめ取る。

 

「おいおいマルト〜!」


「ラナンって本当におバカ!汚いことするのやめてよね。ムサい男が手紙を匂ってる姿とか見たくないの、こっちは」


「かーー!お前も婚約者がいるもんなぁっ!ずるいぞ」


「あーー!やだやだ男の嫉妬って醜いなー!だから女の子が寄り付かないのさ。はい、アラン」




「ん、ありがと」


 指先で摘まれた手紙を受け取る。


 封蝋はサラがよく使う印璽が押されており、宛名が丁寧に字の粒を揃えて書いてある。前より更に字が綺麗になっているようだ。皆の前で封を切り難く思って、ペーパーナイフを抽斗(ひきだし)から引っ張り出すと、ベッドに上りカーテンを閉めた。


「クソッ!邪魔するなってことかよ。余計に気になるわぁぁ。やっぱり顔がいい奴はズルいッ!何で俺は母ちゃんに似なかったんだぁぁ」


「いーじゃないかラナン。ラナンの真っ正直で単純なところは男に人気だ。同じクラスの男達からも舎弟になりたいって申し入れがあったじゃないか」


 リックはすかさずフォローを入れるが、全然フォローになってない。

 

「男にモテても嬉しくねぇぇええええ!」


 ラナンの雄叫びがカーテン越しに聞こえてきて、アルは苦笑する。


明日は学校の図書室でサラへの返事を書こう。この部屋じゃ色々気になってゆっくり書けやしない。


 

 サラの手紙を開くと、ふわりと何かの花の香りが立ち上った。もっとよく嗅ごうと手紙に鼻を近づけてみたけれど、紙とインクの匂いしかしなかった。サラの匂いでは無かったなぁ…と考えたところで、これじゃラナンの事を笑えないなと自嘲した。



――



 親愛なるアランディルへ


 

 私の庭のメタセコイアの木も黄色くなってきたわ。少し涼しくなってきて、体調は崩してないかしら?学校はもう始まった?色んな人と話して、沢山お友達を作るのよ。アルはあまり自分から話しかけなさそうだけど、むすっとせずにちょっと微笑むだけで、すぐアルのことをみんな好きになると思うわ。話しかけやすい雰囲気を作るのが大事よ。


 イグルートンのお屋敷の皆はアルがいなくてとっても寂しそう。だからお祖父様とがお屋敷に帰って来たらお母様とアップルパイを焼いて持って行ってあげようと思っているの。


 私は相変わらず学校に行って、家に帰ってからはメイリンダムの試験勉強に勤しんでいるわ。アルみたいに1席は無理かもしれないけど、せめて5席までには入りたいの。アルがいる間にもっと勉強方法を聞いておけば良かったわ。劇的に成績を上げる方法を編み出した暁には是非教えてね。


 春には王都に行くから会えるかしら?それともそれまでに一度はこっちに戻って来れる?その時を楽しみにしているから、アルも無茶をしないで、元気に過ごしてね。


追伸

最近とっても素敵な石を拾ったの。すぐに見せてあげられないのが残念だわ。今度帰って来たらアルにだけは見せてあげる。話したい事がいっぱいあるわ。一つアルに伝えるとすれば、きのこが輪になって生えてるところは要注意よ!


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[一言] 更新お待ちしてました!また最初から読み返します!
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