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花の標べ  作者: 一ノ関珠世
第二章
21/30

1 入寮

イグルートンからは馬車で王都に向かう。ヴァージェンス様とジョシュアも入学式に出席するために来てくれている。二人は王都に着いてからは、イグルートン伯爵邸に滞在するそうだ。「久しぶりに王都の孫にも会っておこうと思ってな」と、嬉しそうに話していた。その様子にチリリと嫉妬を覚えたけれど、表層まで浮かぶ前に心の奥底に沈める。大丈夫、ヴァージェンス様は僕の事も大切に思ってくれている、と自分に言い聞かせる。時折浮かぶ焦燥感にも似たこの気持ちを周りには気づかれたくなくて、細心の注意を払って押し殺す。


 ヴァージェンス様と一緒に過ごした時間は僕にとっては濃密だったと思うけど、結局ヴァージェンス様と僕の間には血の繋がりが無い。ヴァージェンス様は僕に沢山の選択肢を提示してくれるけれど、もしこの養子という繋がりを僕から手放してしまったら、それだけできっともう二度と会えなくなる。それ程までに身分の差というものは大きい。


 だからいつも確認してしまう。ちゃんと僕もヴァージェンス様の心にいるかどうかを。ヴァージェンス様はいつも僕が手を伸ばすと必ずその手を握ってくれる。振り払われることなんて一度も無い。




 戸籍上では義兄となるマクスウェル様には、数えるほどしか会ったことはない。妹にあたるユーラディア様とは目元がよく似ているが、全体的な雰囲気はどこかお堅く、神経質そうな様子だった。きちきちと確認し、論理を積み上げていくようにヴァージェンス様と話していて、親子間の気やすさみたいなものは感じられなかった。なんだか狂いも無く引かれた罫線のような印象の人だ。


 多分マクスウェル様は僕に対してあまり良い感情は抱いていない。終始値踏みされるような視線を受け、僕も心臓がキュッと縮むような気持ちになった。この王都で何かあった時にはマクスウェル様を頼るようにとヴァージェンス様からは言われている。それでも極力迷惑はかけたくないし、そんな事態になることがないようにと願う。



 南部の主要都市から王都までは広い石畳の道が整備されており、聞こえてくる車輪の音も軽快だ。窓を開けて入ってくる空気には、秋の匂いがする。



 馬車の中ではジョシュアがカラッとした笑い声を響かせながら、騎官学校での思い出を語ってくれた。


「俺は現場からの叩き上げだからな、座学は苦手でいっつもヒィヒィ言いながら課題をこなしたけど楽しい思い出も山ほどあった。最初の一年間は本当に大変だが、同期同士の絆は一生モンだし、とりあえず中途退学だけはしないよう頑張れよ。毎年3割位は脱落しちまうからな」

「それは成績が悪くて?」

「大半は進級試験に落ちて辞めるが、中には厳しい寮生活に心が折れて辞めていく奴もいたな」


 基本的にアナレイス騎官学校の校内では完全なる上意下達で、一番の下っ端となる一年生はペルバと呼ばれ、先輩からは理不尽な要求を受けることも多いらしい。それを聞いて嫌な予感がした。

 こういった同性の集団の中で今まで僕は上手くやれた事がない。ヌースカにいた時も身体が小さくてよくからかわれたし、大きい子達にはいつも何かを巻き上げられていた。そういう事が続いたから、逃げ足だけは早くなったけど、同じ学校だと逃げてばっかりもいられないだろう。どうも僕はそういった奴らに目を付けられやすい気がする。自分でもそれが分かっているから自己防衛の意味も込めて、今まで極力不特定多数の人達と関わる事は避けてきた。


 顔が強張っていたからか、ヴァージェンス様は直ぐに気付いて手を握ってくれる。


「緊張しているのかい?」


 心配そうに顔を覗き込んでいるヴァージェンス様に、僕は静かに頷いた。正直、不安しかない。


 それでも僕の手に重ねられているヴァージェンス様の手は、分厚くてかさかさに乾いてるけど暖かい。その暖かさで、自分の中の(こご)った何かが、ほんのちょっとだけど融けていくような気がする。


「大丈夫。誰でも初めての環境には緊張するものだから」


 ガタンと大きく馬車が揺れる。道に石が落ちていたのかもしれない。僕の身体も跳ねたが、隣のヴァージェンス様の身体もジョシュアの身体もびくともしない。


 それでも少し重心がずれていたのか、ヴァージェンス様は座面に置かれたクッションに座り直した。クッションはヴァージェンス様のお尻に比べて小さめだ。それでも頑張ってお尻に当てている姿が、何だか面白くて少し笑ってしまう。


 ヴァージェンス様はとっても真面目で誠実だけど、本人が思っている以上に動きが大仰でユーモラスだ。


 そう思いながら見ていると、ヴァージェンス様はハッとしたようにこちらを見て手を叩いた。


「そうだ。人と上手く付き合うコツを教えてあげようか?」


 僕が頷くと、ヴァージェンス様は目尻の皺を深くして人差し指を立てた。


「素直でいなさい。変に意固地になると視界が曇ってしまうからね。「ごめんなさい」と「ありがとう」がちゃんと言えたらどうにかなるから」


 僕はヴァージェンス様に向けて頷いて見せた。


 そしてその言葉を噛み締めるように頭の中で反芻した。困った時に、ちゃんと思い出せるように。


「君なら大丈夫だよ」


 そう言ってヴァージェンス様は僕の肩を抱いてくれる。ジョシュアも穏やかな顔で頷いている。僕はそんな二人に微笑みを返した。





 王都の門を潜ると、幾つもの細い路地と夥しい数の石造りの建物がひしめいている。以前住んでいたヌースカも地方にしては栄えていたと思うけれど、王都の街と比べると、人の多さも活気も段違いだ。



 アナレイス騎官学校はそんな王都の賑わいからは少し離れた西の小高い山の近くに建っている。3人の乗った馬車はまっすぐ寮に向かった。

 受付を済ませ、ヴァージェンス様とジョシュアと最後の抱擁を交わして、指定された部屋に行く。

 

 ノックをして扉を開くと既に二人が先に到着していた。大柄な身体付きの男の方がすぐに立ち上がり、近寄ってくる。


「うおおおお!お前びっくりする程別嬪(べっぴん)さんだなぁっ!俺はラナンカス。王都のワラン出身だ。これからよろしくな!ラナンって呼んでもいーぜ」


 ラナンカスは小麦色に焼けた肌に白い歯を輝かせながら、ニッと笑った。鍛えられた腕は太く、自分よりも二回り程大きく見え、少し怯みながらも差し出された手を握り返した。彼の大きな手は剣ダコだらけで、分厚い。彼の手と比べると、より華奢に見えてしまう自分の手首が少し恥ずかしく思えて袖を握りしめる。


「僕はマルティヌス・フェネリアル。フェネリアル男爵の三男坊さ。王都のフェネ商会は僕んちだから、入り用のものがあれば是非お声がけを!僕のことはマルトって呼んで」


 マルティヌスはラナンカスとは対照的に見るからに品のあるどこぞの御曹司といった(たたず)まいだった。派手な柄のシャツを着ているが、仕立ても良く、妙に似合っている。実家が商売をしているからか独特の調子の話し方だ。大きな声で話している訳では無いのによく通る声をしており、親しげな笑みを浮かべている。



「ああ。僕はアランディル・イグルートン。こちらこそ宜しく」


 僕は緊張しながらも出来る限り落ち着いた声を心掛けて自己紹介をした。


「じゃー、アランだな!」


 ラナンカスの言葉に、虚をつかれたような気持ちになる。ああ普通はこの名前の愛称は普通「アラン」だよな。元の名前から大きく変わらないようにと、「アル」と呼んでくれるヴァージェンス様やサラの事をふっと思い出した。


――なんだ。もう寂しくなっているみたいだ。


 そんな自分が少し可笑しくて思わず口元が緩む。郷愁を感じるには早すぎるだろう。


「イグルートンと言えば南の領地だろ。そっちの方は行ったことないんだよなー」


 ラナンはそう言いながら太い足をぶらぶらとさせるので使い込まれた椅子が抗議をするようにぎしぎしと鳴っている。


 目の前にいるマルトは僕を見て、ほうっと息を吐くと笑みを深めた。


「小麦の産地だね。イグルートン伯爵の御子息だと王都に住んでいたのかな?」


「いや、僕は先代のイグルートン伯の養子だから今まではイグルートン領に住んでいたんだ」


 人の出自にはあまり興味が無いのか、ラナンは大きな身体に似合わず音も立てない身ごなしで立ち上がった。向かって左側に備え付けられている二段ベッドの下段に座ると、僕に向かって手を振った。


「あ、ここに入った奴から場所を決めていいって言われたから、俺はここを貰ったぞ」


 そう言いながら自分が腰掛けているベッドを軽く叩いて、歯を見せながらにかっと笑う。


「僕はラナンの上にしたから〜」


 マルトはラナンの上段を選んだようだ。向かって右側が空いているようだ。


「じゃあ、僕はこっちにする」


 僕は下段のベッドを選んだ。二段ベッドの上段はいくら柵が付いてたって、寝ぼけて落ちちゃいそうで怖い。

 僕は持ってきた荷物をベッドの上に下ろして、荷ほどきをしていった。


 控えめなノックの音の後再び扉が開き、また一人部屋に入ってきた。


「初めまして。僕が最後だな。リヒャルト・ヨナイデル、ヘキサンスの生まれだ。これから宜しく」


 リヒャルトは目元が涼しげで、身長も見上げる程高い。さっぱりと襟足が刈り上げられ、髪色はミルクティ色だ。がっしりとした体つきのラナンカスと高身長のリヒャルトが部屋に加わると一気に部屋が狭くなったように感じる。


「ヘキサンスって北東の方か?言葉がすっげー訛ってるなー」


「田舎の出なんでね。色々と教えてくれると嬉しいよ」


 ラナンの言葉に鷹揚に頷く姿には謙虚な姿勢が見える。無駄を削ぎ落とした質実剛健な北の話し方を久々に聞き、懐かしさを感じた。


 続けて、また全員で自己紹介を行った。


「リックって呼んでもいーか?」

「どうぞお好きなように。よろしく、ラナンにアラン、そしてマルト」


 

 リックが落ち着いたところで、ラナンがどうしてここに来ることに決めたのかを話し出した。


「俺は、王都で2年第一師団に入ってたんだ。だから俺はもう15歳!そこで推薦を受けてここに来たわけ。筆記はギリッギリだったけど体術と剣は結構自信あるぞ」


 ラナンはジョシュアと同じように師団から推薦を受けて入学したようだ。道理で身体つきがいいはずだ。2歳の歳の差は大きい。


「僕は貴族っていっても三男だし、何か職があった方がいいかと思って。身体動かすのは嫌いじゃないしね。受験可能年齢になってすぐに受けたから、13歳だよ」


 そうマルトが話す。


「僕も13歳。うちは男は代々軍人ばかりでね。勉強も嫌いじゃなかったし、出来れば中央で頑張ってみたいと思ったんだ」


 続いてリックははにかみながらそう話した。リックは身長こそ高いが、軍人一家の出とは思えない程、優美な顔をしているのでその出自は少し意外に思えた。


「アランは?」


「僕は……ちゃんと身を立てて、引き取ってくれたイグルートン家に何か恩返しがしたいと思って入ったんだ。だから卒業後は領地にある第五師団に入るつもり。13歳だよ」


「へぇ。君なら近衛にも入れそうなのに!身長はまだ伸びるだろうし、その顔なら近衛の制服も映えそうだよ」


 皆はマルトの意見に肯いているが、僕は少し顔を顰める。


「卒業後も王都にいるって事は考えられないな。養父の近くで、領地を支えていけるようになりたいんだ」


 それを聞いてマルトは「アランは真面目だねぇ」と答えて、近衛の説明をしてくれた。


 近衛に入るには、実技や座学の成績だけでなく容姿も選考基準となるらしい。毎年ほんの一握りしか入隊が許可されない狭き門だそうだ。


 近衛というのは国王陛下直属の軍だ。国王陛下や王家の一族の護衛を主に行い、反乱時には王家の最後の砦となる。そこに選ばれるということは、王家からの信頼も篤く、大変誉高いことだ。


 ラナンやリックも興味津々に聞いている。やはりアナレイスに入ったからには近衛に対する憧れがあるらしい。

 

 皆が話すのを聞きながら、僕は青空に伸びゆく緑の麦の穂を思い出していた。僕がこの学校で勉学を修めた後に帰る場所は、見渡す限りに麦畑が広がるイグルートンだ。



 消灯時間を知らせる鐘が響く。


「お、消灯時間だ。ランプ消しとくね」


「おやすみ」

 

 ベッドのカーテンを閉めて、布団を引きあげた。二段ベッドの上からはマルトが寝返りをしているのかギシギシと軋んでいる。他に人がいる部屋で寝るのは随分と久しぶりだ。


 イグルートンの屋敷に住み始めて一年くらいは、ヴァージェンス様の寝台で目が覚めることも多かった。その頃の事は体調を崩しがちで頭もぼんやりとしていたのか、よく覚えていない。ヴァージェンス様が言うには、頻繁に僕は夢うつつの状態でヴァージェンス様の寝台に潜り込んできてたそうだ。

「気にしないで、いつでもおいで。一緒に寝ると暖かいからね」

とヴァージェンス様は謝る僕に言ってくれたけど、意識がしっかりしている時には気恥ずかしくて行くに行けなかった。

 そういったことも屋敷で落ち着いて過ごせるようになった2年目くらいには自然と治まっていった。




 暗闇に目が慣れてくると、誰かの寝息や身動ぎする音が聞こえてくる。


 目を瞑って、今日一日を思い出す。ルームメイトとはなんとかやっていけそうだ。3人ともに初対面の印象は可もなく不可もなくという感じか。


 ラナンは何となくがさつで、しきりたがりのガキ大将みたいな雰囲気があり、やや苦手意識をくすぐられたが、意地の悪さは感じられない。マルトは貴族の子息でありながら、ラナンとも砕けた様子で喋っていて身分にそこまで頓着は無さそうだ。リックは顔は端麗だが、マイペースでどこか間の抜けた空気が漂っている。


 まだまだぎくしゃくとした空気はあるが、人との接点を意図的に減らしていた自分にとって、今日一日は及第点をつけてもいいんじゃなかろうか。


 初めての場所に初めての人達、些細な事にも気を遣って本当に疲れた。身体は泥のように重いし、頭は鈍い痛みも感じている。目を瞑ると、気を失うように僕は眠りに落ちていった。

次回は15日の予定です^_^

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