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花の標べ  作者: 一ノ関珠世
第一章
13/30

12 めぐる季節


 サラは軽やかな足取りで庭のアーチをくぐった。風はやや冷たいが、日差しは暖かい。黄色に輝くエニシダも、青が爽やかなシラーも、足元に咲く小さな三色スミレもとっても可愛い。チューリップも蕾ができてきた。


 今日のサラは晴れ着を着ている。ふわりと膨らむ袖には赤い糸で、膝上丈の緑色のスカートの裾には同色で草花の刺繍が施されている。この刺繍は母のユーラが刺したものだ。ブラウスの上に重ねている黒いベストは母からのお下がりで、祖母の手で華やかな色合いで春の草花が刺されている。昨年まで着ていたユーラが作ったものもまだ着れるが、今日イグルートン邸に行くという話をすると、「こちらにしなさい」と言ってユーラが出してくれた。



 対してアルは白いブラウスに鮮やかな色で刺繍された黒いベスト、梔子色(くちなしいろ)のズボンに長靴を履いている。髪はまた一つの三つ編みに結ってあげた。サラも花冠をかぶりやすいように三つ編みのおさげにしている。ベストもサラのものと同じでミレーヌが刺したものだ。


 これは三週間前にハウスメイドのセーラおばさんが衣替えをしているとワードローブの隅から見つけたそうだ。そこにはメモが添えられていて、「我らの愛するアランディルへ」と書かれていた。ヴァージェンスは「ミレーヌはこんな準備までしていたのか。抜かりがないな」と言って急いで今日の日のアルの衣装の準備を整えた。


 梔子色(くちなしいろ)のズボンにはサラが刺繍したハンカチを挟んである。刺繍したと言ってもワンポイントでアランドの花を刺繍しているだけだ。


 16歳すぎてから女性から男性に贈るハンカチには全面に刺繍をするが、それ以下の年齢だとまだまだ親しい人に練習の意味も込めて小さく刺して贈る〝親愛のハンカチ〟だ。16歳をすぎて贈るものは〝求愛のハンカチ〟と言って婚約者や恋人に愛を伝える為に贈る。女の子はそのハンカチを作る為にも、お裁縫は小さな頃から一生懸命頑張らなければならないのだ。 




 春訪祭の初日にイグルートン邸に来るのは久しぶりだ。祖母であるミレーヌが生きている間は祭の初日はここで過ごしていた。しかしここ数年は、ヴァージェンスの実地調査と重なり、女神様の儀式も一週間から二週間遅れ、儀式自体も母や兄とやることが多かった。サラはなんとなくだがヴァージェンスがこの日を避けているように感じていた。ただアルがこの屋敷に来てからは嘘みたいにずっと屋敷にいる。時々王都まで行く以外はほとんど屋敷ですごしているんじゃないだろうか。



 アイビーの這う石壁の前まで来た。サラからくぐり戸を通るとグノ爺が私たちのことを待っていたかのように泉の前で立っていた。


「おお。この佳き日に美しい晴れ着で来てくれたとは。女神様もお慶びになるじゃろう」


 グノ爺は嬉しそうに目を細めながら、近寄ってくる。


「ああ、2人ともこれは愛し子ミレーヌの手による刺繍じゃな」


「グノ爺そんなことまで分かるの?」


 サラが目を丸くしてたずねる。


「もちろんじゃよ。ここにはミレーヌの願いが縫い止められておるからの。それに2人の下から上に伸びてゆくこの葉はここの入り口のアイビーの意匠なんじゃよ。アイビーは子々孫々の繁栄を表しているんじゃ」



 「ふーん」とサラはグノ爺に返してから、奥の道具小屋に山吹色の敷物を取りにいく。アルはじっとグノ爺を見ていた。


 このグノ爺は不思議な存在だ。アルは、サラとこの場所に来た時以外は屋敷の中で見ないことを訝しく思い、ヴァージェンスに尋ねてみたことがある。するとヴァージェンスは、

「ああ、私も妻のミレーヌかサラと一緒にいる時以外には会ったことが無いんだよ。昔ミレーヌに尋ねてみたら、「あの女神の家の守り人のようなものよ。給金ももらわず働いてくれてるから気にしなくていいわ。何かあれば向こうから言ってくるし」と言っていたから、まぁアルも気にしなくていい」

 と話してくれた。貴族の屋敷には平民の街にはない門外不出の不思議があるものなのだろう。こういう時にアルは貴族の常識と平民のものとの差を感じる。


「じゃあ、花冠を作っていくね」


 アルはまずはレースのような青みがかった葉を持つルーエが群生している所に腰を下ろした。まずはルーエを編んで花冠の土台を作っていく。その手つきは慣れている様子だ。


 

「アルってばいつの間にこの花冠が作れるようになったの?」


「少し前にヴァージェンス様から教えてもらったんだよ。花冠の土台はこのルーエがいいんだって。ルーエは処女性を表すそうだよ」


「へぇ、だから春訪祭で売ってる花冠もルーエを土台にしてるのね。で、処女って何?」


「え…………っと純粋な乙女ってことだよ。サラ、そんなことよりもどんな花をここに刺したいかな。どんな色合いが好き?」

 

 アルはちょっと笑顔がひきつったが、上手く話題をそらせたことに内心安堵した。ふと酒場で交わされる下世話な男たちの話が頭を過ったが、急いで隅に追いやった。こんな事考えていると知れたら軽蔑されそうだ。サラは読書家だし、勉強もよく出来るがやはり貴族のお嬢様で、平民の子だと当たり前に知っているような言葉でも知らないことはままあった。これもまた平民と貴族の差なのだろう。


「そうねぇ。あっちの方にアザミの花も咲いてたからそれも花冠につけて欲しいわ。摘んでくるね」





 春の女神の儀式が始まる。


 出来上がった花冠は色とりどりの花で飾られており、とても美しく出来た。野の花は生命力の証だ。春をもたらしてくれる女神様へ感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。


 サラは新鮮な空気が身体の隅々まで行き渡るように意識をして、深呼吸を一つした。


 始まりの手拍子を打ち鳴らす。


「春の女神様に感謝と豊穣を祈ります。」


 そう高らかに宣言した後、手を上に広げた。掌に淡い光が集まり出す。


 サラが手を打ち鳴らす度に、金粉のように弾けてキラキラと消えていく。サラはある種の心地よさを感じながら歌いはじめた。それに重ねるようにアルの澄んだ声も重なる。


「ナディヴァーチェが届ける

あたたかな春の風

とかしてほどいて

凍てつく大地が守った命の種

光が降り注げば

土が湧きたち芽吹く時が訪れる。」


 手から光の粉を散らしながら、サラは大地の中に息づく命を思い喉を震わせる。アルは2度めながらも、目が離せないような美しい光景に胸が躍る。


 


 サラの手から出た光の粉はどんどん増えて、サラの周りを取り囲むように帯状になる。


「ナディヴァーチェの歩む地には

アランドの青い花

のびてひろげて

凍てゆるみさらさらと流れ出す川

穏やかな日差しを受けて

命が孵り歓びの唄が聞こえる」


 サラはまた再び目を閉じて、終わりの手拍子を打ち鳴らした。


 光の粉はその音が鳴ると、音もなく開いた女神様の家の扉にひゅぅっと吸い込まれていった。


 その後、ピカッと光ったと思うと、女神様の家の煙突から光が溢れてきて、花火のように吹き上げた。その光はこの女神様の家がある秘密の庭いっぱいに降り注いだ。


「え?!今の何?!」


 アルとサラはびっくりして目を合わせた。


「ほっほっほ。女神様がとてもお慶びになっただけじゃよ。来年もこうやって歌を捧げて欲しいのう」


「えええ、喜んだからこんなにも光が大量生産だったの?!」

「女神様にとっては、やっぱりこの春訪祭の日が特別なの?」


 サラとアルの立て続けの質問にグノ爺は穏やかな笑みで答えた。


「そうじゃよ。それと他にもいいことが重なったんじゃよ。よきかなよきかな、いやしけよごとじゃのう」


 そう言うと、どこかに行ってしまった。


「ふう。アル、ちょっと休んだらジョシュアを連れてお祭り見に行こう!」


 サラはそう言うと敷布に寝転がりうーんと伸びをした。すると嘘みたいにそのまますうすうと寝息をたてながら眠ってしまった。


「……早くない?!疲れてるのかな……」


 ほとんど毎週ここまで来るのはやはり大変なのかもしれない。それともこの不思議な力を使うと身体に負担がかかっているのか。アルはあどけない顔で眠るサラの前髪を揃えながら思う。

 風が一面に生えている草花を揺らす。少し肌寒いかもしれないと思い、屋敷からブランケットを取ってこようと立ち上がるとグノ爺が存外に近くにいたので思わずビクリとしてしまった。


「サラにこれを掛けておやり。終わったらこの敷布と同じ所に置いておけばよいから」


 そう言って朽葉色の暖かそうなブランケットを手渡してくれた。アルは「ありがとう」と言ってサラにかけてやった。


 用が終わるとすぐどこかにいってしまうグノ爺がサラの寝ている様子を見ているので、気になっていることを聞いてみることにした。


「もしかして、サラは儀式をすると睡眠が必要になるの?」



「うーむ。まだ身体が小さいから睡眠が必要なんじゃよ。もう少し大きくなったら大丈夫」


 グノ爺は皺皺の目元を面白そうにくりくりとさせながら、答えになっているのかいないのか分からないことを言う。何となく苛立ちを感じながらアルは畳み掛けるようにまた尋ねる。


「もしかして、普段するおまじないなんかも不思議な力を使っているから身体に負担がかかっているの?」


「いや、借りているだけじゃよ。今はまだ身体が小さいからのう。しょうがないのう。ほっほっほ」


 そう言って笑ったかと思うとピタリと動きが止まった。屋敷の方を見ているが、それよりももっと遠くを見ているようだった。みるみるうちに顔がくちゃくちゃになり、大きな涙が溢れ始め、ぼたりぼたりと檜皮色(ひわだいろ)の服に大きな染みを作っていく。


「ああ、可哀想に。あの子が泣いておる。何度目じゃろうか。こちらも悲しみで胸が壊れそうな程じゃ」


 ズボンからハンカチとは呼べないような布切れを出して大きな鼻に当ててシューンとかんだ。グズグズした声でアルに言う。


「サラに伝えておくれ、あの子に会って欲しいと」


 話している間もグノ爺の涙は止まらない。なんだかその姿がより小さく見えてアルも胸が痛くなる。


「あの子って誰のこと?」


「会えば分かる。サラと同じナディヴァーチェ様の愛し子じゃ。頼んだぞ。もう私は聞いちゃおれん」


 そう言うと耳を押さえながら走って行ってしまった。




 その後、さすがに寝過ぎかなと思ったアルがサラを起こしたのは3の鐘が鳴ってからだった。


「アル!お祭り行こうねって言ったのに!もっと早く起こしてよ〜」


 と嘆くサラをなだめつつ急いで屋敷に戻り街に繰り出した。みなそれぞれに着飾っており、そこかしこで楽し気な音楽も聞こえてくる。


 歩きながらグノ爺の話を伝えたが、サラは首を傾げていた。ジョシュアも分からないらしい。


「そんな事言ってたの。グノ爺が泣いてるところなんて今まで見たことないわ。でもどこの誰か分からないからにはしょうがないわねぇ。会えば分かるならいつか会うのよねきっと。後でお祖父様にも聞いてみましょ」


 サラはアルの手を掴むと、「まずは、やっぱりトゥニークよね」そう言って屋台に走っていく。早速二つ買うと、アルに一つを渡した。棒にパン生地を巻いて揚げ、砂糖がまぶされたもので、熱々をはふはふ言いながら二人で食べた。噛むとじゅわっと油と砂糖が合わさって美味しい。少し鼻に抜けるのは何かハーブが使われているのだろうか。サラの方を見ると頬にまで砂糖が付いていたので、近くにあった水場で今日貰ったばかりのハンカチを濡らして拭いてやった。


 そうして祭りを満喫して帰ったのは6の鐘も鳴った後だった。

前回あと1話で第一章完結って言いましたが、やっぱりあと数話続きます。すみません。

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