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花の標べ  作者: 一ノ関珠世
第一章
12/30

11 楽しい週末2


 明朝。


 サラはどこからか聞こえてくるカンカンカンと何かを打ち合わせているような音で目が覚めた。まだ薄暗く、かなり早い時間ではないだろうか。眠い目を擦りながらも、サラはその音の出所が気になって、ベッドからそろりと降りた。剥き出しの足首にひんやりとした空気を感じる。

 

 窓から外を見ると、そのすぐ下の庭の所に黒い頭と褐色の頭が見えた。朝焼けに照らされていて、表情はよく見えないが、アルとジョシュアじゃないだろうか。2人は木剣をふって、時折打ち合わせたり、ジョシュアが動きを直すように見本を見せたりしている。その木剣を打ち合わせる音がここまで響いてきていたようだ。


 

―朝食の時にアルに聞いてみよう。


 そう思ってサラはもう一度暖かな寝台に潜り込んだ。


 



 サラは食堂の扉のノブに手をかけると、扉の向こうから楽しげな笑い声が聞こえてきた。

 扉を開けるとふわりと甘い匂いがする。今日のメニューは黄金色に焼かれたフレンチトーストにサラダだ。早速サラはアルの隣の席に向かう。窓から入ってくる光は柔らかく、湿気を含んでいる。サラは雨が降りそうだと思った。

 

「おはよう、お祖父様、アル。」


「おはよう、サラ。」

「おはよう、サラ。今日はお寝坊さんだね。」


 二度寝をしたからか、サラは少し寝過ぎてしまった。お祖父様はもう朝食を食べ終わって、食後の珈琲を片手にアルと会話を楽しんでいたようだ。


「そういえば、アルは朝早くにジョシュアと剣の練習をしてるの?」


 サラはそう聞くと、生野菜のサラダから食べ始めた。

 

 アルも目の前の皿を空にしてしまい、食後の紅茶を侍女のラーラに注いでもらっている。アルはラーラに感謝した後にサラに微笑みながら答えた。


「ああ。最近、早朝と夕方にジョシュア先生に剣を習っているんだ。まずは木剣をもらって練習している。すごく楽しいよ。」


 朝から運動してきたアルの顔は血色も良く薔薇色で、艶々して見える。それに少し身体つきも筋肉がついてきたんじゃないだろうか。


 ジョシュアはヴァージェンスがまだ若く王都で研究していたころに知り合ったそうだ。年も近く、変わり者同士気も合ったので爵位を継いで領地に帰る時に軍から引き抜いたそうだ。それからずっとイグルートン家に仕えてくれている。


「へぇ。確かにアルの身体、出会った頃よりもしっかりしてきたと思うわ。」

「ありがとう。自分の身は自分で守れるようになりたいからね。」


 アルは一転ツンと澄ました顔で言った。アルは容姿や身体の事を褒められるのはそんなに好きではないのか、そういう話題になるといつも流してしまう。とはいえ年下のサラに身体の成長をどうこう言われるのは大体の年頃の男の子は好まないかもしれないけれど。


 サラは以前アルに「私はアルが綺麗だと思うのだけど、アルは綺麗とかカッコいいとか言われるのは嫌いなの?」とストレートに聞いたことがある。


 すると、「ありがとう。サラが何も考えずに言ってくれてるのは分かるんだけどさ。見た目だけで判断されることが多いし、変なのまで寄ってきちゃうから反射的に警戒しちゃうんだよね。」とうんざりした顔をしながら話してくれた。


 ―確かにアルは人攫いにあっちゃいそうなくらい綺麗な顔をしてるからなぁ。美人も大変なのね。

 

 サラは鼻の形がすっきりと整ったアルの横顔を見ながら思った。


 アルはテーブル中央の砂糖の壺に手を伸ばして、そこから角砂糖を二つ落とした。実はアルは結構な甘党なのだ。きっと今日の朝食のフレンチトーストにも蜂蜜をたっぷりとかけたに違いない。



「ジョシュアもアルは筋がいいと言っていたよ。アルは何事にも真面目に取り組むから、伸びるのが早いんだろうね。この調子で頑張りなさい。」


「はい。頑張ります。」


 アルは赤い頬をさらに上気させ、潤んだ瞳で、ヴァージェンスに答えた。こういう時のアルは、まるで家に帰ったら嬉しくて飛びついてくる飼い犬のファボットみたいだ。そこには飼い主に対する絶対の信頼感と安心感がある。


 サラから見て、アルは本当にヴァージェンスが大好きだ。その様子は普通の親子以上じゃないだろうか。


 当初はべったりとアルがヴァージェンスの周りをうろちょろしているので、サラも自分のお祖父様が盗られてしまったように感じて、面白くなかった。でもそれを母のユーラに言うと、「アルは今頼れるのがあなたのお祖父様しかいないのよ。だから、許しておあげなさい。アルはとっても傷ついてるみたいだから、あなたもアルの力になってあげるといいわ。」と諭されて、サラははっとした。 


 サラは悩みがあったら、母の他にも学校の友達もいるし、侍女のララにだって相談できる。でもアルには同じ年頃の友達すら周りにいないのだ。その事に気づいてからは、自分の兄弟のようにアルと接しようと心に決めた。毎週のようにここに来ているのもそのせいだ。

 

 サラはフレンチトーストを食べやすいよう細かく切り分けながらアルに話しかけた。


「へぇ。アルってばすごいのね。私のお兄様なんて、剣の練習はなんのかんの理由をつけて逃げ回っていたわ。」


 ヴァージェンスはパーヴェルの姿を思い出したのか、肩を揺らしながら笑った。


「ははははは。パーヴェルは身体を動かすのが大嫌いだからのう。出来れば嗜みとして、少しは剣は使えた方がいいんだがなぁ。」


「そうでしょう?でも領地を治めるなら、自分よりよっぽど上手い剣の使い手が沢山いるんだから、その者達をどれだけうまく使うかが大事なんだと言ってたわ。」


「パーヴェルらしいじゃないか。そうそうアルはまだ会ったことがないな。パーヴェルは今王都のメイリンダム貴官学校に通ってるんじゃよ。」


 メイリンダム貴官学校というのは全寮制の学校で、王都にある。領治科と官僚科に分かれており、貴族の子だけでなく、試験に通った一般の生徒も通っている。パーヴェルも通っている領治科は将来的に領地を治めることになる子や、領主をサポートする家柄の子が多く通っている。官僚科は国の中枢で将来働くことを希望する子が通う。寮生活を通して交流を深め、育まれる繋がりは卒業してからも次代の国を動かす力になる。


「お兄様ってば寮での生活が楽しいらしくって、領地にはなかなか帰ってきてくださらないの。だから、私も会えるのは冬のお休みくらいなのよ。」


「へぇ。パーヴェル様はサラに似てるの?」


 兄の姿を想像してるのか、アルはサラの顔をじっと見つめた。


「顔の雰囲気はよく似てるって言われるけど、中身は全然違うわ。」

「会うのが楽しみだな。」

「そうね。お兄様が帰ってきたら、ここにも連れてくるわ。ちょっと口が悪いけど悪い人ではないから。」


 暖かな笑い声に包まれた。サラはふとアルが誰かと会いたいと言ったのは初めてだということに気づいた。

 アルの心に余裕が出てきた証拠かもしれない。アルがどんどんこの場所に馴染んでくれているようでサラはうれしくなった。




 今日は朝食を食べ終わった後から、しとしとと雨が降り始めた。


 サラとアルは2人で図書室に来た。雨の日の図書室は古くなった紙の匂いがより際立つように感じる。


 奥の閲覧室ではヴァージェンスが本を山積みにした机で、うっとりと何かの図版を見ている。こういう時はそっとしておいてあげた方がいい。そう思いサラは反故紙の束を机に置くと、自分も物語の本を探しに行った。



アルが図版から目を離したところを見計らって、サラは話しかけた。

「ねぇ、アル、私良い事思いついたの。ちょっと暗号遊びしない?」

と誘った。


「いいけど、いきなりどうしたの?」


「2人の間だけで分かる暗号ってなんだか海賊みたいでかっこいいじゃない。暗号で宝物を探すの!片方が宝の在り処を暗号で記して、片方がそれを見つけてもってこれたら勝ちってことで!」


「最初はどっちが暗号を作る?」


「もちろん私よ!だからアルはちょっと閲覧室に行って本の続きでも読んでて」


 アルは頷くとこちらをちらちらと見ながらも閲覧室に行ってくれた。その背中に「扉も閉めておいて」と声をかけた。


 サラはアルの姿が扉の向こうに消えた事を確認すると、鉛筆を持ち、本棚をうろついたり、何か反故紙に書きつけたりした。



 アルは何か熱心に調べ物をしているヴァージェンスに気をつかうように対角線上の椅子に座り、持っていた本を読み始めた。


 どれくらいの時間が経っただろうか、扉がキィと軋みながら開いた。アルは手元から顔を上げると、もう待ちきれないというようにキラキラした目でこちらを見ているサラがいた。


「さぁ、アル。これを解読してちょうだい。ヒントは全てこの図書室にあるわ」



 差し出された紙にはこう書かれてあった。


『ドア 3,


5, 神の船 45』



 アルはそれを読むと考えこむように指で顎を触りながら、図書室への入り口のドアの所に歩いていく。


 くるりと振り返って、そこから部屋全体を見た。


「この最初のドアはここのドアだね。そこから右に3とあるから、右側に3つ目の本棚、そしてその下の段に揃えて5とあるのは5段目で……」


 アルはそうブツブツと呟きながら、お目当ての本棚の前に立った。そこはどの棚も本が隙間なく並べられている。


「これかな」


 アルはそう言うと一冊の本に手をかけた。その背表紙には『ベクマール風土記』とある。


「ベクマール地方はシンドゥ川の河口にあたる場所だよね。神の船っていうのは女神の娘である禁厭の神ミーシュラが乗った船のことでしょ。神の世界からミーシュラは鏡草の船に乗ってこの大陸にやって来た。その上陸した地点がベクマール地方のカナイという村だったんだよね」


「ひゃー、早い!そしてアルってばそんなことまでよく知ってるね」


「前にヴァージェンス様が寝物語に話してくれたんだ」


 そう言いながらアルはページをパラパラとめくっていく。


「お祖父様に毎日お話を聞かせてもらうなんてとっても羨ましすぎるわ………」

 

「ヴァージェンス様は毎日毎日違った話をしてくれるんだ。本当に色んなことを知ってるんだよ」


 そう言ってアルは自分のことのように誇らし気に話した。

 

 アルは45ページに挟まってあった少し青味がかった紙に丁寧に押し花にされてある栞を持つと、


「さーて、宝物と言うのはこの栞かな?」

としてやったりといった顔でサラに言った。


「正解!と言いたいところだけど、まだ続くの。その栞に付いてる花は何かしら」


「ん?この黄色い花はメローズの花かな?」

「そうよ。でもそれだけじゃないの」

「サラって意外にロマンチストだからなぁ。どうせ花言葉だろ」


 アルはサラをからかうように声を上げ調子に響かせると、花言葉の本を探し始めた。


「何よ、ロマンチストで何が悪いのよ」とぶつくさ言いながらむくれているサラのちょっと鼻が上向きになった所が可愛く見えてアルは隠すようにして少し笑った。


「あ、これか。メローズは、えーっと……友情かな」

「そうよ。そうなのよ。アル、これからも私と仲良くしましょうねってこと。あ、その栞はアルにあげるわ。この前作ったの」


 こんなにもまわりくどいやり方で伝えたかったのが友情ということにアルは何だかおかしくて腹の底があったかくなった。確かにサラとはこれからどんな道に進もうとも、いい関係を築いていけるだろう。アルは運命の悪戯で縁が出来たこの少女の朗らかで利発なところを結構気に入っている。


「ありがとう。大事にするよ」


 そう言ってアルは胸ポケットの中にしまった。そして花言葉の本を戻そうとするとハラリと何か小さな紙片が落ちてきた。アルはそれを拾い上げた。


「なんだこれ?」


 そこにはサラが書いた暗号のように訳の分からない数字と言葉が書かれてあった。


「お祖父様のメモかしら?挟んでいたページがどこか分からないわ。ちょっと聞いてみましょう」


 サラはヴァージェンスに持って行き、その紙片を見せた。するとヴァージェンスは一瞬懐かしそうな目をした後、ピントを合わせるかのようにかけていた眼鏡を外して見た。


「驚いた。これはミレーヌの字だ。まさかこれがまた出てくるなんてな。これはわしと愛するミレーヌとの秘密の手紙なんだよ。」



「お祖父様とお祖母様も暗号遊びをしてたの?」


「そうそう、「紙に書いたらすぐ終わる言葉でも頭をひねって考えた末にわかったらより価値があるように感じない?」と言われてな」


「お祖母様ってとってもチャーミングね!」


 アルもサラの意見に同意するように頷いている。


「えーっと、これは何だったかな。大分昔にやった方法だったから忘れてしもうたよ。確か文字を数字に置き換えていったものだったと思うんだがな。」


 お祖父様は困った風に頭をかいている。

 

「僕たちにも見せてもらっていいですか?」


 そう言ってアルとサラはヴァージェンスの手元を覗き込んだ。そこには、こう書かれてあった。


『蜜蜂は 19,27,8,15,3

 では、18,7,23,5,3,17,27,12,14は?


 花の声を聞くのよ。

 来年まで時間はたっぷりあるわ。しっかりと考えてね』


「来年って?」

「たぶんこの暗号が解けたら分かるんだろう。ミレーヌが書いてくれたものは全部見つけたと思ったんだけどな。それとも〝今〟見つけてもらう為に書いていたのかもしれないが……」



 ヴァージェンスはそう言うと、その紙片をサラとアルが見やすいように2人の近くのテーブルの上に置いた。

 

 アルはそれを見た後、反故紙の山から一枚とり、なにやら考えながらカリカリと鉛筆で書きつけていく。サラも負けてはいられないと思って、同じように隣に座って鉛筆と紙で格闘し始めた。


 ヴァージェンスはその姿を微笑ましく見ると、アルの向かいの席に座った。

  

 ほどなくしてアルは書きつけていた紙を脇に避けて、戻され損ねた花言葉の本に手を伸ばした。


「分かった。これ下の数はタンポポだ。花言葉は……ん?神のお告げ?」


 アルは花言葉の本を片手に首を傾げた。そこを横から覗くようにしてサラも近寄った。


「神のお告げなんて変わった花言葉ね」

「神のお告げか…………もしかして」


 ヴァージェンスはそう言うと、奥の書架まで歩くとしゃがみ込み、やや大きめの革装の本を取り出した。目次を開いた後、真剣な様子でページをめくっていく。


「あった。神のお告げと聞いて、昔ミレーヌと話したことを思い出したんだ。元はミレーヌ仲の良い友人から聞いた話なんだがな、似た話がこの『聖書補遺集』にのっていたんだ。おっ、これだ。」


 ヴァージェンスが開いたところには「ミーシュラと少女」とある。アルとサラは顔を見合わせた。


「これは川のほとりで洗濯していた少女に託宣の神であるミーシュラが村に迫る危機について教える話なんだ」


「あらミーシュラは託宣の神でもあるの?」


「そうそう。禁厭の神とよく言われているが、この話の中では託宣も行っているんだよ。……お!ここにも挟まっていた」


 そう言ってヴァージェンスはアルとサラに挟まっていた紙を見せた。



「きっとこれは君たちへの言葉だろうね。そろそろアルもサラも進学するかどうか考えなければならないからね。ミレーヌは今この時に見つけてくれるよう挟んでいたんだろう」


 そこには、やや掠れているけれど、柔らかさが感じられる字でこう書かれてあった。


『心の声を聞いて、悔いのない選択をしなさい』



 普段なら「いや、そんなことないでしょう」となることでもミレーヌだとそういうこともあるだろうなと納得してしまうような空気がある。それも、ヴァージェンスやサラの母伝いに聞いたミレーヌの数々の逸話があるからだ。


「ミレーヌは亡くなってからもちょくちょくこんな風に私たちに想いを伝えてくれるからな。本当にどこまで見えていたんだろうなぁ」


 そういうと、ヴァージェンスは愛おしそうにそこに書かれてある文字を指でなぞった。


 アルはあと一年で、サラも進学をするならそろそろ準備をしなければならない。サラは、ミレーヌの言葉が、これから様々な選択をしていく若者達へ死者の国から言葉を贈ってくれたように感じて嬉しく思った。



 アルはヴァージェンスとの約束の期限が迫っているように感じて、少し焦りを感じた。そして、何となくサラの暗号とミレーヌの暗号と重なるように浮かんできたミーシュラ神がひっかかった。漠然と何かに繋がりそうな気がしたが、サラの「さ、次はアルの番よ」という言葉でそのモヤモヤとした予感は霧散した。

ここでいったん書き溜めてたものが尽きるので、一度更新が滞るかと思います。

あと一話で第一部は終わるかな。頑張ります。

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