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花の標べ  作者: 一ノ関珠世
第一章
11/30

10 楽しい週末

「アルー!」


 騒々しい声と足音と共に、図書室のドアが勢いよく開けられる。今日のサラは、上は白いブラウスに白糸で刺繍がほどこしてある藍色のベストを合わせて、同じ生地のズボンを履いている。


 

「サラってば、また来たの?」


 対するアルは閲覧用の机に座ってまた本を読んでいたようだ。ちょっと呆れたような声だけど、顔はやや嬉しそうにはにかんでいる。


 アルは文字を習ってから、暇さえあれば本を読んでるようだ。しかも読むスピードも速い。会うたびに違う本を読んでいる。そこをサラが褒めると、少し照れながら「色んなことが知れて面白いし、出遅れているから、早く追い付きたいしね」と話していた。




「もちろん。私アルと遊ぶ為にちゃんと週末に出された宿題を全て終えて来たのよ。むしろもっと喜んで欲しいんだけど!」


 そう言って、サラはでんっと腰に手を当てて、アルに対して胸を張って見せた。


「えー。他に遊ぶ友達いないの?」

「な!?いるけどね!」

「ははは。冗談だよ」

 

 アルは読んでいた本にしおりを挟んで、近くのテーブルの上に置いた。表紙を見ると、『ヤーカートの冒険』だ。


 奴隷の子ヤーカートが主人から逃げ出し、知恵と勇気で未来を切り拓き、ついには隣国の王に仕えるまでの話。


「わぁ!私も前に読んだわその本。ヤーカートって自分より地位も名誉もある人にも臆せず立ち向かうし、破天荒な言動が本当にかっこいいよね!」


「そうそう。しかもヤーカートは困った人を見捨てないし、権力にも屈しない所がかっこいい」


 アルはぐっと手の平を握りしめて力説する。その姿は年相応で、物語の英雄への憧れがひしひしと伝わってくる。


「分かるわ!そして弁が立って口では誰にも負けないのよね!」


 サラは明るい緑色の瞳を更に輝かせて同意した。


 サラも本は好きなので、会えばこうして本の感想を話したりもしている。サラは冒険譚や恋愛物を特に好むが、アルは図書室の児童書コーナーの端から順々に読んでいっているようだ。その読み方はアルの真面目で几帳面な性格を映しているようで面白い。


「よーし、サラ、今日は何をする?」


「まずは髪の毛編んだげる」


「うん、お願い」

 

 アルは座っていた椅子に深く座り直して背もたれに背中を預けた。サラはそれを見て、後ろに回る。

 

 そして、いつもと同じようにおまじないの言葉を口ずさみながらアルの髪の毛を編む。もう慣れたもので、アルも軽く目を閉じて身を任せてくれる。

 サラはアルがお祖父様の養子になってからは、用事のない週末はほとんどをこのイグルートンのお屋敷で過ごしている。そして、会えばアルの髪の毛を編むのが習い性となっている。


 現れた光はじんわりとサラの指先を温めながら、編まれる髪に絡みついてゆく。


 会った頃よりも黒い髪は伸びており、もう背中まで垂れている。直毛でさらさらとしており、指で梳いても絡まることなくすとんと落ちていく。


 毛先まで編み終わった後、淡い青の髪紐でくくる。その髪紐はアルの誕生日にサラが渡したものだ。



「かなり長くなったね。アルの髪の毛。アルはどこまで伸ばすつもりなの?」


「ああ、これでも毛先は少しづつ切っているよ?これくらいの長さで維持しようかと思ってる」


 サラの父や兄は短髪で、ダラダラ長い髪よりはさっぱりしていいと思っていたけれど、アルは顔の綺麗さも相まって、長髪がよく似合っている。少し身長が伸びたとはいえ身体つきも細っそりとしているので、ドレスを着ると女の子に見えるのではないだろうか、とアルの右回りのつむじを見ながら思った。


 ここまで伸びた髪を普段はどうしているかと聞くと、「この位の長さになると自分で編めるよ」と話していた。

 週末にサラが来る時にはわざわざ軽く一つくくりにしてくれているようだ。



「よし!出来上がり!」


「ん、ありがとうサラ」


 アルは編まれた髪を確かめるように手を添えた。


「今日は天気がいいから、庭に行きましょうよ。木登りもしたいし、ブランコもしたい」


「そうだな。今日は完全に外で遊ぶ用の服で来てるものな」


 外で遊ぶ予定の時にはサラはよく兄の古着を着てくる。今日はどれだけ汚してもお咎めなしのスタイルだ。


 アルはそんなサラを見て本当に可笑しそうによく笑う。そうよく笑うようになったのだ。


 サラは週末にしか来れなかったが、アルはみるみるうちに変わっていくのがよく分かった。最初は全てが遠慮がちで、人の顔色を伺いながら、薄い笑顔を貼りつけていたのに、今では嘘みたいに力を抜いて笑えるようになった。



 そうなるとアルが本来持っている魅力がより際立ち始めた。天性の容姿の美しさもあるが、生まれた時から貴族であるサラの兄と比べても所作に華があるように感じる。一挙手一投足に目が惹きよせられるのだ。



 そんなアルを見ていると、きっとこの美しい人に惹きつけられる人は多いだろうと思う。これで髪が金色ならば王都の城に住んでいる王子様みたいではないか。


 しかしアルは基本的には人嫌いなようで、この辺りの貴族子弟の集まりにはほとんど欠席だし、我が家での仲の良い友人達との集まりも毎回招待状は出すけれどいまだに来たことはない。なのでサラは素敵な従兄弟が出来たことを自慢したいのにする機会が一度も巡って来ないのだ。


「何してるの?早く行くよ」


 アルはそう言って手を差し出してくれる。サラはその手を掴むとウキウキとスキップを踏むように歩き始めた。



 

 

 庭の中心にある大きなシェラの木にマリックの作ったブランコがある。最初は一つだけだったブランコは、私が毎週のように来るようになると、マリックは反対側にも作り、2人で遊べるようになった。遠くから見ると太い幹を挟んで仲良くブランコが並んでいるようだ。


 最初は眉間に力を入れて、おっかなびっくり乗っていたアルだったが、今では慣れたものだ。反動をつけながら、どんどん高く漕いでいる。

 

 サラはブランコの板に立って漕ぎながらアルに、話しかけた。


「アルー、今読んでる本がめちゃめちゃ面白いのよ。暗黒時代の旧帝国を舞台にした恋愛小説なの。アルはまだそこまでは習ってない?」

 

 暗黒時代というのは今よりも300年ほど前の時代で、いくつもの部族や小国がひしめき合い、しのぎを削っていた。


 また洪水や飢饉、疫病なども蔓延しかなりの混乱ぶりだったらしい。その全体像がいまだに解明されてないことから暗黒時代と呼ばれる。


「いや、もうやったよ。歴史はヴァージェンス様が直々に教えてくれるから、どんどん先に進んでるんだ。あの時代の旧帝国だと、皇太子や令息達を魅了した傾国の薔薇姫の話かな?」


 その中でも旧帝国が破綻したのは、この傾国の薔薇姫を巡る騒動があったからとされている。未曾有の天災が迫っているにも関わらず、政府の要職に就くはずの次代の人材が尽くこの薔薇姫に骨抜きにされ、国民に回すべきはずの金が様々な理由をつけて薔薇姫の装飾品や遊興費に消えたと言う。


 また皇太子は当時の皇帝の第一皇子だったが、国内の貴族は第一皇子の薔薇姫への傾倒ぶりに危惧を抱き、第一皇子派と第二皇子派で割れ、内戦にまで発展してしまった。


 結局その内戦で共倒れし、国土は荒れ、民心は離れた為、皇族の遠縁の将軍が皇帝として立った。それが現在まで続く隣国のオーアジェント帝国だ。




 サラはブランコの揺れるタイミングを合わせて、手を離した。ふわりと前の土が剥き出しになっている場所に着地する。


 アルはブランコを止めてサラを見た。サラは振り向いて両手を広げる。

 

「そうそう。これ自分たちの国であったらと思うとゾッとするわ。彼女に会う前は力を合わせて国を盛り立てていこうとしてたのに、恋に落ちた途端に愚かに自分の欲を優先させるようになるなんて、怖いわね」


「何でも自分のモノにしないと我慢がならない人はいるからね」


 アルは眉間に皺を寄せ、声に軽蔑を滲ませながら吐き捨てるように言った。何かしらアルの癇に障ったようだ。今は同じような立場であるけれど、それ以前の生活はきっとサラとは天と地ほども違うのだろう。こういった過剰な反応をとるときには余りつっこまないようにしている。人には人の踏み入れられたくない場所というものがあるものだからだ。


 アルは見た目は優美で穏やかに見えるけれど、中身はかなりの激情家じゃないかとサラは思っている。本人はそんな自分を律しようとしているが、やはり零れてしまうものがあるのだろう。


 なので少し軌道修正を試みながら会話を続ける。


「でも、おかしいと思わない?旧帝国の皇太子は指名制でしょう?最初は世継ぎに選ばれるくらい優秀だったはずなのに、最後は国庫のお金にまで手をつけてしまったなんて」


「まぁこういった事もあるから、僕たちは歴史からきちんと学んで同じ過ちを繰り返さないようにしないとね」


「そうね。それにしても人ってそんなにまで恋愛をすると盲目になってしまうのかしら。恋愛で破滅した人って今までも沢山いるのに。学習能力がないのかしら?私は恋愛なんて死ぬまでしなくていいわ」


 アルは目を丸く開いて、笑った。


「はははっ。サラは面白いことを言うね。女の子はやっぱり恋愛には憧れるものじゃないの?」


「私は政略結婚で十分よ。お互いを尊重して支え合えるような関係を築けたらいいわ。お父様やお母様が理想ね。それに誰かに運命的なものを感じてもらえるほど自分の容姿に自信があるわけでもないし」


「そう?サラも十分可愛いと思うけどな」


 アルは真面目な顔をして言うが、サラは唇を尖らせた。


 サラは榛色の髪の毛で瞳の色は明るい緑色だ。褒めるとしたら、顔が小さいことだろうか。見ようによっては小動物のような愛らしさはあるが、なんとなく地味な感じは拭えない。


「あらあらありがとう。とはいえ私は身の程をわきまえてますので」


 サラはつーんと顎をそらすとさっと胸に手を当てて見せた。その様子を見てまたアルは笑う。


「はははっ。本当なのに。でも恋愛に夢を見れないという点は同感だな」


「そう?アルなら美しい令嬢と運命の恋とかありそうよ?」


 サラはからかい混じりにアルを見ると、アルは眉をひそめた。


「いいよ、そういうのは。出来る限り静かに生活したいんだ。今みたいな毎日が続いて欲しいな」


 アルはそう言って立ち上がると、そっと屋敷の方に視線をやった。その青い目が何だか置いてけぼりにされた子のようで、サラは思わずアルの手をギュッと握った。


 アルはそんなサラに寂しげに微笑むと、その手を握り返した。


「読み終わったら、その本貸して。読んでみたい。……よし、次は木登りに行こうか」


 アルは少し明るい声を出してサラと歩き始めた。


 


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