take7 すれ違いは突然に
「お待たせしました。」
僕は白石さんに向かい合った。
「いえ、待ってませんよ」
そう言って白石さんは微笑んだ。
「それじゃあ、行きましょうか。」
「はい。」
僕がお店を出た瞬間、店長から
「送り狼になっちゃだめだからねー」
と茶化された。
「誰が送り狼になるんですか!」
僕は少しだけ顔を赤くして怒ったが、その横で白石さんが「ユニークな店長さんですね」と笑っていたので許した。
しめ縄飾りや紙垂といった正月の飾りで彩られた商店街の中を静かに歩く。ずっと静かなのも気まずいので、差し障りのない質問を白石さんにしてみた。
「もうすぐ正月ですね」
「そうですね」
「正月はどうされるんですか?」
「正月は仕事…ですね」
「そうですか、それは大変ですね」
……会話が止まってしまった。こういうとき、機転が利かないのが辛い。
「尾上さんは」
「はい?」
「尾上さんは、正月はどうされるんですか?」
「正月は…どうしようかなと」
「ご実家はこちらなんですか?」
「いえ、実家は遠くでして…」
「どちらなんですか?」
「えっと、香川になります。」
「香川…?」
白石さんがハッとした顔をした。
「どうされました?」
「……あっ、いえ、かなり遠いじゃないですか。」
「そうですね…。だから、帰るのだけでもちょっとした旅行になりますね」
僕は苦笑いで答えた。
「実は私、親の事情でちょっとだけ香川に住んでたことがあるんですよ」
「えっ、どこに住んでたんですか?」
「すみません、幼稚園だったので、そこまではあんまり覚えてないです…」
「そうですか…」
「もしかしたら、会ってたかもしれないですね!」
「そうですね、そうだったら面白いですね!」
僕たちは笑った。そんな他愛もない話をしていたら、いつの間にか駅に着いた。
「送り狼にならなくてよかったですね。」
「まだ、そのネタは続いていたんですか?」
白石さんにからかわれてしまった。
「送ってくださり、ありがとうございました。」
白石さんは深々と頭を下げた。
「そんな大したことはしてませんよ。」それに、まだホームまでありますから」
「そうですね、まだもうちょっとだけありますね」
僕らは改札を抜けて、ホームに立った。
「そういえば、聞きたいことがあったんです」
「前のイベント…どうでした?」
白石さんが尋ねてきた。
「あの…小学生みたいな感想かもですけど、とても楽しかったです。」
「よかったです、それと綺麗なお花もありがとうございました。」
「いえいえ、喜んでいただけたようで何よりです。」
「聞いたことのない花なので、ついつい調べちゃいました。」
「えーと、たしか、ラナンキュラスだったかな。」
「そう、それです!」
「バラのように見えて、バラじゃないってところが珍しいですよね。」
「私も、最初はバラだと思ってました。」
「店員さんに『今日仕入れたばかりの花です』って言われてまして…あと、『お似合い』だとかも言われていたような…」
僕は買ったときの店員さんとの話を思い出しながら話した。
「僕にはその意味が分からなかったんですが、この花の雰囲気が白石さんにお似合いなんだってことかなって」
「ふふふ、それはそれで当たっているかもしれませんね」
そう言いながら白石さんは笑った。けれども、その笑顔は少し引きつっていたように感じた。僕は感じた違和感から、尋ねずにはいられなかった。
「えっと、それってどういう…」
「いえいえ、悪い意味ではないですよ。そこは安心してください。」
白石さんの言葉に僕は少し棘を感じてしまった。
「あの、気を悪くされました?」
「いえ、なんでもありませんよ。」
途端に二人の間に重たい空気が流れた。
(気まずいぞ、この空気…とても気まずいぞ…)
僕はこの気まずい雰囲気を壊すための言葉を懸命に探した。しかし、僕の頭にはそんな言葉は登録されておらず、沈黙だけが流れ続けた。
言い様によっては極寒ともとれる、そんな雰囲気を変えたのは電車の到着を知らせるアナウンスだった。
「あっ、電車が来るみたいですね。」
「そうですね。」
「僕はこれで帰りますね…」
きっと、ここにロマンスの神様がいたら、居たたまれなくなった僕にアドバイスをしてくれたのだろう。そんな好都合のことが起こるはずもなく、電車は止まり、目の前でドアが開いた。
「それじゃ、また。」
「はい、また。」
僕は電車に乗り込んだ。そして、電車のドアが閉まり、動き出すその時まで白石さんを見つめていた。マスクで覆われていたが、その顔は少し悲しそうだった。ドアが閉まり、電車が動き出した以上、僕になす術はなかった。ただただ、僕は白石さんが見えなくなるまで手を振り続けていた。
(あぁ、きっと、嫌な気持ちにさせちゃったんだな…)
僕は車窓からの景色を、一人寂しく眺めていた。
実歩side
「僕にはその意味が分からなかったんですが、この花の雰囲気が白石さんにお似合いなんだってことかなって」
尾上泰典の言葉に白石実歩は自然と受け流すことができなかった。彼は純粋な気持ちで花の美しさを言ったのだろう。しかし、白石実歩は抱いていた淡い期待を裏切られたような感覚を受け取ってしまった。そして
「ふふふ、それはそれで当たっているかもしれませんね」
と心にもないことを言ってしまった。一気に雰囲気が悪くなってしまった。そのあとの彼の気遣いに大人げない返事で返してしまい、白石自身も居たたまれなくなってしまった。
(何を話せばいいんだろう…)
声優としていくつものアニメの演技をこなしたはずの彼女は、このシーンでのセリフが思いつかなかった。そこに電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。
「あっ、電車が来るみたいですね。」
「そうですね。」
「僕はこれで帰りますね…」
きっと、ここにここにロマンスの神様がいたら、ただでさえも寒いところ、更に冷えた空気を変えるためのセリフを授けてくれたのだろう。しかし、世の中、そううまくいくはずもなく、電車は止まり、目の前でドアが開いた。
「それじゃ、また。」
「はい、また。」
白石は彼を見続けた。自分がしていた顔はきっと、ぐちゃぐちゃだったかもしれない。ドアが閉まり、電車が動き出した。彼はこちらに手を振ってくれている。自分が手を振り返せば、。それだけで、お互いのわだかまりは無くなるはずだった。自分は大人げないことを言ったのに、彼は優しかった。手を振ろうとした。しかし、白石は彼が見える間にその手を振ることができなかった。
(私、彼を、嫌な気持ちにさせたままにしちゃった…)
白石はホームで一人、寂しく次の電車が来るのを待っていた。