take3 僕と芸能人、私と一般人。
白石さんと深山さんと会った翌日の夜。僕はバイト先である雑貨店mono+でバイトしていた。
「いやー、昼間に尾上くんが電話をかけてきたときは何事かと思ったよ。」
レジに立っている僕に店長が笑いながら話しかけてきた。
「あまり電話を使いませんからね、このご時世。」
基本的に連絡手段はメールが多い。シフト表などもセットで送れるのもあるからだ。体調不良などで急遽、休まないといけないときに、電話を使うのだが。昨年からここで働いていた僕は一度も休んだりしたことがなかったので、この電話を使う機会がなかったのだ。
「別にお店に来てからでもよかったのに。」
「さすがに、クリスマスイブにシフトに入れませんってのは緊急連絡じゃやないですか。稼ぎ時ですし。」
「それはそうだけど。実は、今年のクリスマスは早めに店を閉めようと思ってたんだ。」
「えっ、どうして急に。」
「いやぁ、地元の商店街の人達にボランティアでサンタさんをやらないかって。商店街の活性化のために、一肌脱ごうかと。」
と言って、店長は力こぶを作る素振りを見せた。
「なるほど、地域貢献ってやつですね。」
「少子化で子供も少なくなってるし、子供たちに夢を届けるのも大事な大人の仕事だよ。」
そう言って、店長は奥に戻っていった。
「夢を届けるかぁ…」
僕は白石さんのことを思い浮かべていた。アニメのほとんどはフィクション、空想の世界だ。夢の世界と言っても過言ではない。叶うことのない世界、だけどその物語や描写に惹かれてしまう。そこには自分もあんな世界に住みたい、あんな主人公になりたいといった願望があるから。そんな夢に携わる仕事ってどんな感覚なのだろうか。僕はふと考えてしまった。ぼうっとしていると、目の前にお客さんが来ていたようで、僕は慌ててレジを打った。
(さて、仕事、仕事…)
僕はさっきまでの思考を振り払うべく、レジ周りの道具を整理し始めた。
午後七時五十五分。
お店に人影はなく、商店街のほうも閉店間際の音楽が流れ時始めていた。
「尾上くん、そろそろ閉めようか。」
「わかりました。」
僕はレジの伝票処理の操作を始めた。
「店長、終わりました。」
「はーい、ありがとう。じゃあ、気を付けて帰ってね。」
「お疲れ様です。」
僕は休憩室にかけていたコートを羽織って、駅に向かった。
(うぅ、今夜も寒いなぁ…)
風は吹いていないものの、突き刺すような寒さが身に沁みる。街はクリスマスムード一色。街の至る所がイルミネーションで照らされている。何気ない街路樹や建物がイルミネーションによって、街を彩るオブジェへと変わる様子はいつ見ても美しい。
(あっ、服。どうしよう。)
イルミネーションを見ていて、ふと自分の服を見る。イベントではライブのシャツを着るのが礼儀らしいが。一度もライブやイベントに出たことのなかった私にとっては手遅れであった。
(ちょっとお洒落をしていくか…)
僕はスマートフォンでコーディネートの服を調べ始めた。
(やっぱり、襟のついたシャツがいいかな。)
普段から理工学部の制服と言っても過言ではないチェックシャツを着ているため、襟付きのシャツには着なれている。しかし、あくまで学内のお話である。学外に行く以上、異性と会う以上は最低限のお洒落はしておきたいというプライドがあった。
(明日は服を買いに行くかな…)
そんなことを考えていると、バイトの最寄り駅に着いた。改札を抜けて、ホームに降りて電車を待っていると
「尾上さん?」
小声で自分の名前を呼ばれた。声のしたほうを振り向くと、そこにはマスク姿の白石さんがいた。
「どうも、こんばんは。」
僕はあえて名前を呼ばないようにした。もしファンに聞かれて、騒がれる恐れがあるからだ。
「今日はどうされたんですか?」
「あぁ、今日は近くの雑貨屋でアルバイトをしていました。」
「雑貨屋ですか?雑貨屋のお名前をお伺いしてもいいでしょうか。」
「mono+というお店です。」
僕はスマートフォンで店を検索して、その画面を白石さんに見せた。
「へぇ、ここから近いんですね。どんなものを売っているんですか。」
「事務用品から調理道具、インテリアまで様々なものを売ってますよ。」
「色々売っているんですね。今度、遊びに行ってみようかな。」
「どうぞ。面白い店長もいますので。」
僕はユニークな店長を思い浮かべながら、白石さんに言った。
「ふふっ、それは楽しみです。」
白石さんは笑顔でそう言った。
タイミングを見計らったように、次の電車が来るアナウンスが流れた。次に来る電車は快速で、僕の家の最寄りに着く電車だ。
「僕はこれに乗って帰りますけど。」
「私は次の普通です。それでは、また次のときにですね。」
「そういえば、イベントに行けるようになったので。楽しみにしていますね。」
「本当ですか。よかった!」
白石さんはとても嬉しそうな顔で答えた。
「では、またイベントの時に。」
「待ってますね。」
僕はそう言って、自宅の最寄りに着く快速電車に乗り込んだ。
実歩side
人気新人声優の白石実歩は大学生というものに憧れていた。というのは、次に演じる役が大学生の女の子の役だからだ。自分と同じ年齢の子は大学生であり、自分も大学生になるという選択肢があった。高校生のときに声がかかった声優という道に入り、自分の生きる道はここなんだと思った。ありがたいことに、家族のように接してくれるマネージャーの深山さんに出会い、たくさんの仕事にも恵まれた。
その反面、自分の身体に負担がかかってしまい、先日、このホームで倒れてしまった。そこに大学生である尾上さんに助けられた。駅員さんから聞いた話では、カメラを向けられたところを一喝したとか。声優をやっている関係上、ファンへのイベントでは同年代のファンたちと関わることが多く、人の視線や下心には敏感になっていた。
だからこそなのだろうか、あのときの尾上さんは下心など抜きで懸命に助けてくれたし、とても同年代とは思えないかっこよさを感じた。しかも、尾上さんは私のことを知らず(たとえ知ってても変に色目を使わなかっただろう)、マネージャーの深山さんと同じ大学で、同じサークルだということを聞いて胸が躍った。
(深山さんが認めた後輩なんだもん。ちょっとくらい、仲良くなってもいいよね。)
一般人とは親しくなってはいけない。これは芸能界における鉄則だ。だけど、興味を持つことは禁止されてはいない。尾上という人物を実歩は少しでも知りたいと思った。表向きは役作りのため。そう自分に言い聞かせながら、帰りの電車に揺られたのであった。