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日向の君と日陰の僕  作者: からむますたー
3/10

take2 心ばかりのお礼と招待と…

白石さんを救護してから二日後の午後。

スマートフォンに着信のお知らせが入った。電話の主は深山さんだった。


「はい、尾上です。」

「もしもし、中野プロダクションの深山です。今、お時間よろしいでしょうか。」

「大丈夫です。」

「先日の件でのお礼なのですが、明日のお昼の十四時頃、お時間いかがでしょうか?」


僕はスケジュール帳を出して、講義の時間や予定の確認をすると


「はい、今のところ大丈夫です。」

「それでは、古都大学のレストランのラ・トリアンに十四時にお願いいたします。」

「かしこまりました。それでは、明日はよろしくお願いいたします。」


僕は通話終了のボタンを押した。前日という急な連絡ということに声優業界の忙しさが伺い知れた。


「大変なんだな、声優業関係は…」


と他人事のような呟きをした。僕は時計を確認し、次の講義である有機化学の講義室へ向かった。化学を学ぶことは楽しい。しかし、自分の生き方には何かが欠けている気がしてならない。言うなれば、ルーティンワークが正しいのだろうか。大学生としての本文は果たしている。そして、アルバイトもこなしつつ、サークルである放送メディア部の活動もしている。今も思い出す今年の夏の事件は稔、真典、瞬との四人で何とか後輩を守り切ることができた。あの事件以来、四人の結束は強くなり、色々と集まる機会も多くなった。でも、それでも何か足りないパーツがある。


(きっと、それは…)


と思考の回転を遮るように講義のチャイムが鳴った。その音とともに教授が講義室に入ってくる。


「さて、今日はフロンティア軌道論についてをやります。第二十一章を開いてください。」


今日はどうやらフロンティア軌道論というものをやるみたいだ。


「この話は量子力学を化学へ応用したこととコンピュータが普及したことで生まれた新しい分野です。化学反応の予測や途中の様子をシミュレーションによって解明することができるようになったんですね。」


(そうなんだ、それは面白そうだな…)


僕は先ほどまで抱えていた自分への問いを振り払うように講義に没頭した。


翌日の十三時五十五分、僕は大学内のラ・トリアンの前で待っていた。

事前のSMSで「予定通りの時間にお願いします」と聞いていたので、こうして約束の時間が来るのを待っていた。それから五分後。


「お待たせいたしました。」


と声のするほうを見ると、スーツ姿の深山さんと帽子とマスクをかけた女性が立っていた。


「えっと、こちらの方は…?」


僕は恐る恐るマスクの女性について尋ねると


「すみません、どうしても付いていきたくて……」

「えっ、白石さん!?」


僕は目を丸くするしかなかった。なぜなら、目の前には売れっ子声優白石実歩がいるのだから。


「ご迷惑でした?」

「いえいえ、とんでもないです。むしろ、ここに来ていいんですか?」


僕は尋ねずにはいられなかった。いろいろとまずいのではないかと思ったからだ。


「すみません、白石たっての希望でして…。一応、事務所の許可はとってありますので。」

「そうなんです。先日のことのお礼をどうしても言いたくて…」

「なるほど、そういうことでしたら…」


僕は周りの様子を伺った。なぜなら、白石さんの顔を知っている人がいないという保証はないのだ。バレてしまえば、それだけで学内は大騒ぎになってしまう。


「心配されるお気持ちは分かります。事務所としても学外より、学内のほうが安全だと判断しました。」

「言われてみれば、そうですよね……」


学内ならば、ほとんどうちの学生しかいない。また、平日の時間に学外の喫茶店でのスーツ姿と私服姿は目立ちすぎる。つまり、面倒なことを避けれるリスクが高いと判断するのも納得はいく。


「それに、私自身、学内の場所は把握できてますから。」


と両腕でガッツポーズをとる深山さん。サ


「さすが、うちのサークルの先輩ですね。」


僕は苦笑いするしかなかった。在学期間の長いほうが学内においては強いのだから。


「というわけで、早いところラ・トリアンに入りましょう。ここは美味しいですから!」


深山さんは目をキラキラさせている。僕自身、このラ・トリアンは一度しか行ったことがないのだが、料理の美味しさは太鼓判を押せるほどである。そのため小さな学会の打ち上げ会場になっている。


(というか、深山さん。楽しんでないか…。)


という思いが浮かんだが、口に出さないようにした。

店に入り、店員さんに案内されるままに席に着いた。


「さて…。」


深山さんの周りの空気が変わるのが分かった。僕は姿勢を正した。


「本日はお時間をとっていただき、ありがとうございました。先日はうちの白石を助けていただき、本当にありがとうございました。」

「ありがとうございました。」


二人は深くお辞儀をした。


「いえいえ、そんな。僕はただ、人としてやるべきことをやっただけですよ。」


僕は手をわたふたさせながら言った。


「迅速な救護のおかげで大ごとにならなかったこと。それから、SNS等の情報や報道に載ることもなかったため、事務所と白石の評判を落ちずにいられたのはこちらとしても大変有難かったことなのです。」

「な、なるほど…」


(やはり芸能業界。評判にはとても厳しいようだ…)


「ですので、こちらとしてもそれ相応のお礼をさせていただきたいのです。」

と深山さんの横にあった小さな紙袋を渡された。重さからして、お菓子の類と思われた。

「ありがとうございます。」


受け取る際に僕は少し頭を下げた。


「それから、私のほうからも渡したいものがあるのですが…」


と白石さんが小さな封筒を渡してきた。


「これは一体?」


僕は尋ねた。お札であれば受け取れない。そういうために僕は助けたわけじゃやないのだから。


「これは…今度ある私のイベントの招待チケットです…。」

「ふえっ?」


人生史上一番の間抜けな声を出したと思う。


「今度、見に来てください。」


白石さんは少し顔を赤くしながら言った。


「来られそうですか?」

「たぶん、大丈夫だと思います。」

「よかった。ぜひ、見に来てくださいね。」


白石さんはとても明るい顔で答えた。


(さすがにこの笑顔と期待を裏切るわけにはいかないな…。シフトが入っていたら、店長に泣きつこう。)


白石さんと同じようにはいかななかったが、僕は笑顔で答えた。


「このことはご内密にお願いいたします。このことがファンに知られてしまうと、大きな問題となりますので。」


深山さんが少し厳しい口調で言った。


「分かりました。」


僕は深山さんの目を合わせながら答えた。


「それでは、今日はこのあたりで。次の予定が詰まっておりますので。」


深山さんと白石さんが立ち上がるのに連れ立って、僕も席を立った。


「イベント、来られるのをお待ちしています。」


白石さんは優しい口調で言った。


「頑張って行きます。」


僕はそう答えるしかなかった。二人と別れた後、僕は封筒の中身を取り出した。青色のチケットで、関係者用という印字がされている。チケットの日時を確認すると、クリスマスイブの夜だった。バイトの時間を慌てて確認すると、ものの見事に被っていた。僕はスマートフォンを取り出し、バイト先の店長に電話をかけた。


「もしもし、アルバイトの尾上です。」

「おぉ、どうした尾上くん。」

「実はシフトの件で少し相談が…」

「いつのシフトだい?」

「それが…クリスマスイブなんですが…」

「おおっと、ついに尾上くんにも彼女ができたのかな?」

「できてたらもっと笑顔でバイトしてますよ。そして、その発言はセクハラですよ。」


僕は間髪入れずにツッコミを入れた。


「いや、すまない。ちょっとからかいたくなってね。クリスマスイブの夜だね。分かった、日ごろの尾上くんの働きに免じて、こちらで何とかしようじゃやないか。」

「ありがとうございます!」


僕は声を弾ませた。


「ほほう、そんなに喜ばれるとは思わなかった。やはり、女の子かな?」

「切りますね」

「あ、ちょっと。ともかく、楽しんできておいで。」


と言い残して、店長は通話を切った。


(直近なのにシフトを変更してくれるとは思わなかったな。店長に感謝しなきゃだな。)


僕はスケジュール帳のバイトのシフトを消して、新たに白石さんのイベントを書き込んだ。クリスマスイブは来週。


(こういうイベントに行くのは初めてだな。しかも招待されるとは…)


大概の場合、こういうイベントのチケットは何か月前から売り切れているものだ。人気の声優ならなおさらだ。


「せっかくだし、花を持っていこうか。」


そう言って、僕はラ・トリアンを後にした。


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