プロローグ 出逢いは冬の駅
午後八時。季節は冬。バイトを終えて、僕はバイト先の最寄り駅に立っていた。というのは、住んでいる街がバイト先よりも郊外にあるので、下りの電車を待っているところだ。下りの電車を待っているのは、仕事終わりのサラリーマンが多い。年末ということもあり、今の時間まで仕事をしていたのだろう。自分の親もそうだったなぁと思い起こす。
ふと、隣を見ると、女の子が立っていた。歳は自分と変わらないくらい。ただ、どこかおかしい…。
そう思った、次の瞬間。その女の子がフラッと倒れ始めた。僕はすかさず、手を伸ばして受け止めた。
「大丈夫ですか?」
声をかけると
「ちょっと立ち眩みがして…。」
と言って、意識を失ってしまった。
僕は周りの人に助けを求めた。周りの人たちはオロオロする人ばかり…。またスマホを向けようとする人もいた。
「すみません、誰か手伝ってくれませんか?スマホで撮らないでください。急病人なんです。」
怒気を孕んだ声でスマホを向けている人に一喝すると、「チッ」という舌打ちの声を出しながらスマホをしまい始めた。只事ではないと思った人が呼んでくれたのだろう、駅員さんが来てくれて、容態を確認した後、休養室らしきところに案内してくれた。
「この子とは知り合いかい?」
と駅員さんが尋ねた。
「いえ、知らない人です」
「そうか、わかった。あとはこちらでやっておくから、帰っても大丈夫だよ。」
そう言われたとき、僕は帰れば何も始まらなかったんだと思う。なぜかこの女の子のことが気になって
「この子が目覚めるまで居ておきます。どういう状況だったのか、説明したほうがいいかなと思ったので」
と思わず言ってしまった。
「わかった。そちらのほうがこちらとしてもありがたいから助かったよ。そこにかけてくれ。」
僕は促されるままに椅子に座った。
「で、一応、報告として出さないといけないから聞くんだけど、どういう状況だったのかな?」
僕は倒れた状況のことを説明した。
「ほんとにいきなり倒れたんだね…。呼吸はしているし、立ち眩みがしたと言ったから、貧血かなとは思う。10分経っても目を覚まさなったら、救急搬送するよ。」
「分かりました。」
僕はそう聞いて、ほっとした。とりあえずは目を覚ますまでが問題か…。
ベッドで寝ている女の子へ視線を向けると、口が動いていた。
「目を覚ましたかい?」
僕が尋ねると
「私の…スマホ…とって…」
と消え入りそうな声で言った。僕は横に置いてあるカバンからスマホをとり、女の子に渡した。
「ロック解除したから、電話帳でマネージャーって検索して…」
「分かった」
僕は電話帳でマネージャーを検索した。
「深山マネージャーで合ってる?」
「うん、ありがとう。そこにかけて…」
僕は電話の通話ボタンを押した。
「はい、深山です。」
「すみません、私は尾上泰典と言います。このスマホの持ち主の方に代わりますね。」
僕は女の子にスマホを渡し、会話を聴いていた。
「うん、ちょっと気分が悪くなって…。大丈夫、たぶん帰れると思う…。…はい、大人しくしています。」
どうやら、大人しく待っていろ、と言われたようだ。
「えっ、代われって?分かった…」
女の子がスマホをこちらに渡してきた。
「はい、尾上です。」
「すみません、うちの白石がご迷惑をおかけしまして…。」
「あっ、いえいえ、こちらは大丈夫ですよ。どうかされましたか。」
「三十分後にそちらにお伺いできそうですので、もしお時間がありましたら、それまで待っていただけないでしょうか。状況等をお聞きしたいので。」
「わかりました。この後、何もありませんので大丈夫です。」
「ありがとうございます。すみませんが、よろしくお願いいたします。」
僕は通話が切れたの確認し、スマホを女の子に渡した。
「ごめんね、ありがとう。」
「こっちは大丈夫だよ。もうちょっとだけ寝ときなよ。」
「うん、そうする…」
女の子は布団を被った。
「どうやらマネージャーさんが来るみたいで、大丈夫になりそうです。」
「そうですか…。何とかなりそうで、よかったですね。」
「そうですね、三十分かかるそうなんですけどいいんですか?」
「大丈夫ですよ、居てもらっても。」
「ありがとうございます。」
僕は椅子に腰かけ、深山さんというマネージャーが来るのを待った。
季節は冬。僕の人生を変える出来事が今、始まろうとしていた。