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メタモルフォーゼ  作者: 大橋むつお
6/19

6 風は吹いている

『6 風は吹いている』        



 ミキちゃん、AKBの試験受けたって、ほんと?


 タコウィンナーをお箸で挟んだとき、口が勝手に動いてしまった。

 おまけに「ミキちゃん」って呼んでる。昼休みのお弁当の時間。


 一瞬しまったと思う。


「うん、中学のとき受けたんだけど、おっこちゃった」

「なんで、美紀ちゃんだったら、あの秋元康さんだって一発だと思うのに!?」

 あたしの、つっこんだ質問に由美ちゃんも、帆真ちゃんも真剣に耳をそばだてている。ひょっとしたら、タブーな質問だったのかもしれない。

「狙いすぎてるんだって」

「狙いすぎ?」

「簡単に言うと、カッコヨク見せようとしすぎるんだって。それが平凡で、逆に緊張感につながってるって」

「ふーむ……難しいんだね」

 あたしは、正直に感心してタコウィンナーを咀嚼した。俗説の「美人過ぎ」とはニュアンスが違う。

「ミユちゃんの、そういう自然なとこって大事だと思うの」

「あ、仲間さんもミユちゃんて呼んでる」

 ユミちゃんが感想を述べる。

「ほんとだ、あたしたちって、なんてっか、愛称で呼んでも漢字のニュアンスでしょ」

「そ、どうかすると、中間さんとか勝呂さんとか、よそ行きモードだもんね」

「アイドルの条件、知ってる?」

 あたしは急に思いつかなかった。正直に言えば「あなたたちみたいなの」が出てくる。

「歌って、踊れて……」

「いつでも笑顔でいられて……」

「根性とかもあるかも」

「うん、言えてる」

 二人の意見に、ミキちゃんは、おかしそうに笑ってる。


「ねえ、ミキちゃん、なに?」


「根拠のない自信だって!」


 そう言うと、ミキちゃんは、アハハと笑って、ご飯だけになった弁当箱にお茶をぶっかけてサラサラと食べた。

「ハハ、二人ともオヤジみたいでおもしろ~い!」

 ホマちゃんが言った。それで自分もお茶漬けしてるのに気がついて、ミキちゃんといっしょに笑ってしまった。


 昼からは体育の授業。朝、業者から受け取った体操服を持って更衣室に行く。


 ここもまあ、賑やかなこと。2/3ぐらいの子は、器用に肌を見せないようにして着替える。残りは、わりに潔く着替えている。それでもハーパンなんかは穿いてからスカートを脱いでいる。

 気がつくと、みんなの視線。パンツとブラだけになって着替えているのは自分だけだと気づいて笑っちゃう。

 まだ進二が残っているのか、美優ってのが天然なのか……でも、女子の着替えのど真ん中にいて冷静なんだから、多分美優が天然なんだろう。


 体育は、男子の憧れ、宇賀ちゃん先生だ。で、課題は……ダンス!?


「渡辺さんは、初めてだから、今日は見てるだけでいいよ。他の人は慣らしにオリジナル一回。いくよ!」

 曲はAKBの『風は吹いている』だった。さすがにミキちゃんはカンコピだった。ユミちゃんもマホちゃんもいけてるけど、全体としてはバラバラだった。あらためてAKBはエライと思った。

「じゃ、班別に別れて、創意工夫!」

 あちこちで、ああでもない、こうでもないと始まった。班は基本的に自由に組んでいるようで、あたしはすんなりミキちゃん組になった。


「あー、どうしてもオリジナルに引っ張られるなあ」

 ミキちゃんがこぼす。


「みんな、表面的なリズムやメロディーに流されないで、この曲のテーマを思い浮かべて。これは震災直後に初めてリリースされたAKBの、なんてのかな……被災した人も、そうでない人も頑張ろうって、際どくてシビアなメッセージがあるの。そこを感じれば、みんな、それぞれの『風は吹いている』ができると思うわ。そこ頭に置いて頑張って!」

「はい!」

 と、返事は良かった。


 練習が再開された。


 しかし、返事のわりには、あちこちで挫折。メロディーだけが「頑張れ」と流れている。あたしの頭の中にイメージが膨らみ、手足がリズムを取り始めた。

「先生。あたしも入っていいですか?」

「大歓迎、雰囲気に慣れてね!」

「はい!」

 と、言いながら、雰囲気を壊そうと、心の奥で蠢くモノがあった。


 二小節目で風が吹いてきた。


 哀しみと、前のめりのパッションが一度にやってきた。気づくと自分でも歌っていた。

――これ、あたし!?――

 そう感じながら、気持ちが前に行き、表現が、それに追いつき追い越していく。心と表現のフーガになった。


 気づくと、息切れしながら終わっていて、みんなが盛大な拍手をしている。

 みんな、見てくれていたんだ……。

「えらいこっちゃ、渡辺さんが、突然完成品だわ……」

 宇賀ちゃん先生が、ため息ついた。


 賞賛の裏には嫉妬がある。あたしの本能がそう言っていた……。


「じゃ、今日はここまで。六限遅れないように、さっさと着替えるいいね。起立!」

 そこで悲劇がおこった。

 あたしは、放心状態で体育座りしながら、壁に半分体を預けていた。で、その壁には、マイク用のフタがあり、そのフタの端っこがハーパンに引っかかっていた。それに気づかずに起立したので、見事にハーパンが脱げてしまった。

「渡辺さん!」

「え……ウワー!」

 同情と驚き、そしておかしみの入り交じった声が起こり、真っ赤になってハーパンを上げるあたしは、ケナゲにも照れ笑いをしていた。で、宇賀ちゃん先生も含めて大爆笑になった。


 放課後は、秋元先生(演劇部顧問の)のところへ直行した。


「先生、一度見て下さい!」

「台詞だけ入っていても、芝居にはならないぞ」

 先生は乗り気じゃなかったけど、体育の時間で暖まったあたしの勢いにつられて稽古場の視聴覚室へ付いてきてくれた。一年の杉村も来ている。

 準備室で三十秒で体操服に着替えると、低い仮設舞台に上がった。


「小道具も衣装もありませんので、無対象でやります。モーツアルトが流れている心です」


ノラ:もう、これ買い換えた方がいいよ、ロードするときのショック大きすぎる!

 

 最初の台詞が出てくると、あとは自然に役の中に入っていけた。

 先生と杉本が息を呑むのが分かった。演っている自分自身息を呑んでいる。

 これは、やっぱり優香だ。そんな思いも吹き飛んで最後まで行った。

「もう、完成の域だよ。あとは介添えと音響、照明のオペだな」

「それ、ボクがやります!」

 杉村が手を上げて、演劇部の復活が決まった。


 帰りに、受売うずめ神社に寄った。


 ドラマチックなことが立て続けに起こって、正直まいっていたんだ。

「こんなんで、いいんですか、神さま……」

 もう、声は聞こえなかった。

「いまの、こんなんと困難をかけたんですけど……」

 神さまは、笑いも、気配もせず。完全に、あたしに下駄を預けたようだ。


 明くる日、とんでもない試練が待っていることも、受売命うずめのみことは言ってくれなかった。


 つづく



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