17 カオルさんは神さまに召されました
『17 カオルさんは神さまに召されました』
片道一時間ちょっとかけてレッスンが始まった。
学校が終わって、4:05分の大宮行きに乗って、東京で地下鉄に乗り換えて神楽坂で降りて5分。放課後は必死。掃除当番なんかにあたると、駅までダッシュ。
ミキとは別々。下手に待ち合わせたら、いっしょに遅刻してしまうし、みんなの目もある。
だから一本違う電車になることもあるし、同じ電車に乗っても並んで座ったりはしない。地下鉄に乗り換えても、気安く喋ったりしない。
これは人の目じゃなくて、自分のため。行き帰りの二時間半は貴重だ。学校の予習、復習、台本読んだり(演劇部は続いている)レッスンの曲を聞いて歌やフリの勉強もある。
一カ月が、あっという間に過ぎてしまった。
「美優、明日からチームZね」
突然プロディユーサーから言われた。普通研究生からチームに入るのには三か月はかかる。
ちなみに、神楽坂46は、チームKからZまである。K・G・Rがメインで、ユニット名もKGR46。Zは、いわば予備軍ってか、劇場中心の活動で、たまにテレビに出ても、ひな壇のバック専門。
でも、チーム入りには違いない。「おめでとう」とミキが伏目がちに言ったのは戸惑った。
そのミキも三週間後には、チームZに入った。ただ、あたしは入れ替わりにチームGのメンバーになり、ここでも差が付いた。
そんな暮れも押し詰まったころ、ミキのお祖母ちゃんのカオルさんの具合が悪くなった。
「ありがとう、大変だったでしょ。二人揃ってスケジュール空けてもらうの」
「ううん、たまたまなの。わたしは完全オフだし、美優は夜の収録までないから」
「そう、よかった」
カオルさんは、ベッドを起こして、窓からの光に照らされて、あまり病人らしく見えなかった。
「並んでみて、そう、光があたるところ」
「ミキ、こっち」
「う、うん」
「美優ちゃんは、自然と光の当たる場所に立てるのね……」
「たまたまです、たまたま」
「ううん。自然に見つけて、ミキを誘ってくれた。美優ちゃん、これからもミキのこと、よろしくね」
「よろしくって、そんな……」
「ううん、美優ちゃんには、華がある。不思議ね、こないだミキのタクラミでうちに来たときには、ここまでのオーラは無かったのにね。あ、看護婦さん」
「カオルさん、今は看護師さんて言うのよ」
「はい、なんですか、カオルさん」
看護師さんは、気楽に応えてくれた。
「このスマホで、三人並んだとこ撮ってもらえませんか」
「いいですよ。じゃあ……」
カオルさんを真ん中にして、三人で撮ってもらった。
「ほら、これでいいですか?」
「あら、看護婦さん、写真撮るのうまいわね」
「スマホですもん、誰が撮っても、きれいに写りますよ」
「いいえ、アングルとか、シャッターチャンスなんかは、スマホでも決まらないものよ」
「へへ、実は十年前まで、実家が写真屋やってたもんで」
「やっぱり……!」
カオルさんは、勘が当たって嬉しそう。カオルさんが嬉しそうにするとまわりまで嬉しくなる。さすが、元タカラジェンヌではある。それも、この感じはトップスターだ。
「ほら、見てご覧なさい。写真でも美優ちゃんは違うでしょ」
「ク、確かに……」
ミキは、わざと悔しそうに言った。
「アハハ、ミキ、その敵愾心が大事なのよ」
「あの、カオルさんの宝塚時代のこと見ていいですか?」
「え、どうやって?」
「あたしのスマホで」
あたしはYou tubeで、秋園カオルを検索した。
「あら、美優ちゃんのスマホ凄いわね!」
「カオルさんのスマホでもできますよ」
「ほんと、全然知らなかった!」
「カオルさん、思いっきり昭和人間なんだもん」
そうやって、カオルさんの全盛期の映像を見て、楽しい午後を過ごした。
そして、その四日後の朝に、カオルさんは神さまに召されていきました……。
その時は早朝だったこともあり、立ち会うことができました。
もっとも、学校は間に合わずに午前中学校を休んで、気が付いたら午後の授業にも間に合わずに、そのまま神楽坂に。
なんだか、その後の人生を予告するような展開の一日でした。